第三話 捜査③
「ここが佐藤さんの家ね。警察には南方さんが話を通してくれたから、余計な手間が無くて良かったわ」
目の前には立ち入り禁止の黄色いテープ。
まだ一応警察の人が出入りしているらしいが、南方さんが言った通りほとんど自殺で決定しているとのことでこのテープはもうすぐ剥がされるだろう。
一歩、家に踏む込むと床、机、椅子が暴れていた。
この部屋を見てしまえば、誰だって殺人事件を疑ってしまうのも仕方がないことだ。
「一体何があったんだ? 人が自殺するのにこんなに暴れるもんなのか?」
いや、そんなことは無いはず。
俺たちは一通り、家を探したが何もなかった。正確には自殺した後があった。
「惨いわね」
その一言に尽きる。
俺もできればこの惨状を見たくはない。
「正直、見てられねぇよ」
台所暴れた跡か、鏡が床に落ちたはずみで壁に寄りかかり、に広がった真っ赤な乾いた花弁。それは床だけでななく、壁も目に映る全てを染めていた。
首を掻き切って死んでしまった佐藤さんの最後の姿が、今もそこにあるように容易くその光景が想像できてしまう。
「すごい血ね。まるで絵の具でもぶちまけたみたい。そっちのほうが何倍もマシだけどね。どうしたの助手くん、気分が悪い?」
響子さんに言われて初めて気が付いた。俺は猛烈に気分が悪く、顔が青かった。
「まぁ、ちょっとな。ここで人が死んだと思うと。でも大丈夫だ。こんなんじゃ助手失格になるからな」
「頼もしいわね」
フフっと笑うと彼女はそっと染められた床を人差し指で撫でる。
「この人は最後に何を思って死んだのかしら」
今更だったが、壁や床に引っ掻いた跡がある。
聞いたことがある。人は生きるためにものすごい力を発揮すると。言わば火事場の馬鹿力というやつだ。
今回の傷もその類だとしたら、佐藤さんは不本意に死んだということになる。
さもなければ、ここまで傷つくことはほぼ有り得ない。
「分かるのはただ一つ、死にたくなかった。自殺なんて嘘よ。結果的にそうなってしまっただけで。この人にはまだ生きたいという意思があったのよ」
「なら俺たちに出来ることは一つだな」
「ええ、この事件を解決する。それだけよ」
俺は下を向くと何かを引きずった跡が見えてしまった。
「なぁ、響子さん。これ、なんか引きずった跡がないか?」
「!!」
見つけずらかった。と言えばそうなる。この飛び散った血のおかげでほとんど分からなかったのだから。
だけどはっきり分かる。この血とは別の方向に向かっている。極めて不自然な形で。
「一体何を引きずったのかしら。佐藤さんを引きずったわけじゃないし、重たい物とか?」
「重たい物って何があるんだよ。一通り探してそれっぽいのは無かったよな? 響子さんも確認済みだろ」
「待って。これが殺人事件だとしたら、犯人が持ち去ったと考えるのが妥当じゃないかしら?」
「持ち去ったか。ならもう一回探す必要があるな」
台所を後にして寝室のタンスの上を探すと一か所だけ空白の場所があった。
「響子さん! ちょっと来てくれ」
彼女もその個所を見ると、不思議そうな顔をする。
「ここだけ埃をかぶってない。何かを置いてあったのかしら」
「多分な。ここだけだ。警察は目につかなかったんだろうな。ここにあったのを最近捨てたのか犯人が持ち去ったのか……」
「南方さんに部屋全体の写真を見せてもらいましょ。鑑識で撮っておいているはずだから」
「そうだな。そうするか」
俺たちは、佐藤さんの家を後にした。
「今回の犯人はどんな人なのかしら」
俺もその事はよく考える。今回の犯人像は一体どういう人で、どういう経緯で人を殺すに至ったか。色んな事を考えて、想像してみるが、大体は外れる。
「相当憎い人だったから殺したのかな? だって、そうでもないとあんな殺し方出来ないだろ」
「私ね、いつも大体は犯人像が出来上がるんだけど、今回だけはどうしても出てこないのよ。その度に犯人がいないように思えるの」
「犯人がいない?」
「きっといるんだけど、少し不安で」
「不安? あの響子さんが?」
俺は笑ってみせた。今までとは違う、どこか悠河さんを真似てみたような自分なりに考えた精一杯の頼りがいのある顔。
「今まで通りやれば大丈夫だよ。何も不安になることはないよ。俺だっているしさ」
彼女は笑った。どこかホッと安心したような柔らかい顔を見せる。
「ちょっとか弱い女の子を演じてみただけよ。助手くんそう言うの好きでしょ?」
「なんでまたそんな根も葉もないこと……」
俺は、内心また冗談かと決めつけていた。
「あら、だって助手くんいつも私を守るって言ってるじゃない。だからそういう女の子が好きなのかなって」
改めて言われるとものすごく恥ずかしい。いつもよく言えてるな俺。
「俺は、俺をいじったり、わがまま言ったり、ちょっと偉そうな普通な響子さんが好きだよ」
「嬉しいこと言ってくれるのね。でも、貴方に励まされるとちょっとだけ癪だわ」
彼女に頬を強く引っ張られ、痛がりながらもがく。
「フフフフ。頼りにしてるわよ助手くん」
笑いながら、俺の頬を引っ張る姿はさながら魔だったが、いつもの響子さんらしくてホッとしている。
そして彼女の携帯電話に南方さんから電話がかかってきた。それと同時に俺の頬が解放された。
「どうしたの? あぁ二人目と三人目の情報ね。ええ、助かるわ。それに佐藤さんの家の部屋の写真を見せてくれない。分かった。こちらも分かり次第電話するわ」
「どうした?」
まだ痛む頬をさすりながら尋ねる。
「二人目の自殺者、いえ――峰尾さんの家の情報を貰ったのよ。次はそこに向かうわよ」
彼女はスタスタと先行して歩く。
「ほらさっさと歩く。早くしなさい!」
「分かってるって、待ってくれよ」
俺は彼女の後を追うようにして、駆ける。横に並び、一緒に歩いていた。
この二人の姿はまるで、運命をという道を共にしているようだった。破滅か、救済か、どちらとも言えない今にも壊れそうな道。
だが、二人で歩くには十分だった。
どんどんと謎が深まってまいりました




