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夜の月に笑われて  作者: 宮城まこと
暁、太陽は昇る
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第七章終局 燃ゆる想い

 生物、無機物、この世の全てが寝静まるとされている午前二時。冷たくなった夜風に浸りながら、俺は時を待った。犯人が現れるその時を。

 感じる風が俺の頬を撫でていき、去り際に笑っていく。それがが気に入らなかった俺は無理に目を漆黒に向けることなく、ただ瞳を閉じた。そして、少し思い出してしまう。あの時言った響子さんの言葉を、夢の話だ。

 多分、他愛のない世間話だったのだろう。だけど、どうしてもそれが気になってしまう。何か隠していると考えてしまう。

 話してくれること待つと決めたが、俺はもう待てない。けど訊くのが怖い。触れてはいけない物に触れてしまうそうで。

 きっとこの想いもそれが大きく影響しているんだ。諦めてしまうという選択肢を決めざるおえない状況。

「助手くん、ねぇ助手くん」

「……どうした?」

 隣には響子さんがいて、家を見張っている。今回は南方さんらにも手伝って、実際に包囲網をしいてある。

 俺たちはここを張って犯人の登場を待つ。

「いや、元気がないみたいだから。ちょっと心配しただけよ」

「俺は大丈夫だよ。それよりさ、あの……夢のことが気になって」

「夢……? あぁ、あのこと。それがどうしたの? あのことは何でもないわよ、気にさせてごめんなさいね」

「いいんだ。俺こそ思い出させてごめん」

 微妙な雰囲気が俺たちを包む。

「あのね助手くん――」 

「来たぞ響子さん!」

 俺たちは橋に向かった。その対には黒い影が近づいてくる。やがて月を覆っていた雲が晴れ、その美しい月下の元に犯人は姿は現した。

「こんばんわ、月が綺麗な良い夜ね。こんな夜に放火しようなんて馬鹿な人はいないでしょうね、そう思わない? 久野誠くん」

 フードで顔がはっきりと判断できなかったが、彼が顔を上げると、隙間から久野誠の顔が見えた。

「こんな夜だから、火を灯して明るくするんだよ。見えなくなったら困るだろ?」 

 笑って見せた。嘲るように、蔑むように。彼はフードを取り、その不敵な笑みを晒す。張りつめたこの空間が俺は嫌いだった。

 肺が凍りそうで、手先が凍えているように冷たい。

「誰が見えなくなると言うの? 明かりは街灯や、この月明りで十分だわ。そうじゃないんでしょ。貴方が本当に見せたかったのは、小坂さんよね?」

「……」

「小坂さんは、突然いなくなったって言ったわね。彼女は十年前事故で死んでしまった。ただいなくなるだけなら、大事に保管していた傘を置いて行くわけないもの。貴方は、心残りだった。傘が見せられなくなるのが。だから、小坂邸を中心にして、放火を起こした。傘に見立ててね」

「なんだ、そこまでバレてたんだ。その通り、傘に見立てて放火を起こし続けていた。それだと、天国のあの人にも見えるじゃないか。何も悪いことはしていない」

「放火は立派な犯罪よ。ましてや貴方は家を燃やしている。ここの住人は、放火のせいで夜も気持ちよく寝れはしない」

「じゃあ、あなたはここの安眠のために僕を捕まえるんですか?」

「違うわ。私が悪を捕まえる理由は至極単純。悪が嫌いだからよ。貴方これ以上悪の道を進むというのなら、私はその道を断つ!!」

 

その瞬間、彼の身体の中から黒い煙が現出し、その姿はまごうことなき『虎』だった。その巨体が着地するな否や、一吼え。

 目の前に焼け野原の風景が広がったのは俺だけじゃない。隣にいた響子さんも、同様に感じていた。意識を保つと、そこには何の変哲のないただの夜の街の景色が広がっていた。

 奴が見せた幻覚。それを身で感じ、俺と響子さんは気を引き締める。が、それは刹那遅かった。

 気が付くと、俺ははるか遠くへ弾き飛ばされていた。コンクリートに身を引きずられると、すぐさま体勢を立て直し、刀を取り出す。

 抜刀しているときに、俺は思ってしまった。勝てないと。例え憑神化が出来たとしても、この相手だけは可能性がまるでない。

 人の形を模した憑神よりも、神として崇められていた憑神よりも、不幸を呼び起す憑神よりも、どの憑神よりも凶悪で、凶暴で、強靭で、強大で、巨大だ。

 唾を飲み込む。緊張をして手足が微かに震えていた。おまけに視界も霞む。

 その時だった。そう認識してから俺は胸の出血に気が付く。膝を地面に着き、止めどなく垂れ流れる血を必死に抑え、闘志がまだ残っている瞳を奴に向ける。

 それでもなお俺を突き動かしたのはたった一つの誓い。忘れかけていたそれを今一度思い出した。

 ――響子さんを守る。

 それだけで、俺はもう一度立ち上げれる。なんだっていい、それだけで戦える。傷ついてもいい、答えはもう出ている。

 力強く駆け出した俺の脚はいつもより、軽く。不思議と羽が生えた感覚になった。

 俺は虎に近づき、渾身の拳をぶつけた。虎は怯み、距離を取った。

「いいか、よく覚えとけよ虎野郎。響子さんに手を出したら許さねぇ!」

 だが、傷が深すぎた。今の俺は立っているだけで精一杯だった。意識がどうも消えかかり、体がふらつく。

「よく言ったぞ准兵くん!」

 颯爽と現れたのは、月夜に映える美人、織神悠河さんだった。

「悪いが、こっからは私の出番だ。妹の友人を傷つけたんだ、覚悟しろよ」

 虎は完全に標的を変え、後ろに立っている悠河さんに襲いかかる。鋭い爪で切り裂こうとしているが、悠河さんの一蹴で橋の下の川に落ちた。いや、この場合は落としたと言うべきだ。

「安心しな。これで思う存分暴れれる。手加減なしで来いよ」

 悠河さんも川に飛び下り、浅い川だが冷たいはずだ。それにかなりの高さから降りたはずなのに、互いに全くの無傷。

「我を蹴るか小娘、我はこの世を燃やす虎。その美しい貌も焼き殺し、骨にしてくれる」

 憑神が喋った。有り得ないことが起きている。憑神は話すことはないが、例外として数体確認されているが、いずれも人型だ。

 獣型が人語を話すとは聞いたことが無い。

「なるほど、憑いた主の感情や言葉を全て奪ったな。チッ、厄介な奴だ」

 響子さんが、久野さんを確認すると、膝を着き涎を垂らし虚ろな瞳をしていた。

「憑神に全部持っていかれたのね」

「久野さんは大丈夫なのか?」

「貴方は自分の心配をしなさい。また勝手に死んだら許さないんだから」

 彼女は震えていた。何も出来ない無力な自分に、失う怖さを知ってしまった自分を情けなく思い。俺の胸の傷を見つめながら、彼女は袖を強く握る。

 下を向くと、既に憑神と悠河さんの戦いは始まっていた。


 彼女の姿は何も変わりないが、虎の攻撃を見事に躱す。紙一重で避け続けているが、いつかは当たってしまうという不安感を拭いきれない戦い方だ。

 一体悠河さんはどうやって戦うんだ? その答えはすぐに出た。

 彼女から噴き出る黒い煙。見違えるはずがなかった、それは憑神のそのものだ。だけど憑き人がいない悠河さんがどうして?

 響子さんに尋ねようとしたが、彼女の横顔は真剣で、声をかけられなかった。

 そして悠河さんは煙に包まれ、黒いライダースーツに変化した煙を纏い、夜よりも暗く、深く、艶やかに見えたその衣は彼女の武器に変わった。

 漆黒の大剣を携えた悠河さんは、肩に担ぎそのまま走り出す。それを見計らい、虎の方向で目の前が発火。炎に包まれる。

 だが、彼女はあえてその中を突き進み、炎の壁を突破する。

 大剣を振り下ろし、川を割る。虎はそこに姿はなかった。その姿は空にあった。

 空中からの炎を纏った爪が叩きつけられる。煙が上がり、辺りが見えなくなるが悠河さんは大剣を素早く捨て、衣がまた変化する。

 二本の刀になり、煙から突進してきた虎をすれ違い様に斬る。一本の刀が折れ、虎の皮膚にも切り傷が生まれた。

 虎は振り向き、一歩、また一歩と悠河さんに近づく。それに対して彼女も近づいた。互いに接触しそうな距離まで近づき、睨み合った。

「なかなかやる小娘だ。名は?」

「私の名か……冥土の土産に持ってけよ。織神悠河だ」

「織神悠河よ。我は今から貴様を殺す」

「先にぶっ倒すのは私の方だ」

 互いに笑ったように見えた。

 その刹那。爪と刀が重なり合い、甲高い金属音が響き渡る。瓦解したのは刀の方で、それをいち早く把握した悠河さんは後ろに飛び、折れた刀を捨て一呼吸おいて真っ直ぐ虎を見つめる。

 次に変化した形は刀でも大剣でもなく、大鎌。

 鎌を回し、空気を切り裂く。虎は危険だと感じ仕掛ける。咆哮し、炎弾を五つ放つ。それを全て鎌で無効化し、駆ける。

 鎌は確かに虎の身体を切り裂いた。はずだった。

「!!」

 悠河さんの驚愕もそのはず、虎の身体は陽炎のようにゆらゆらと揺れ、湯気のように消えていった。そして煙が集まり、彼女の後ろに出現。

 発火。悠河さんの周りが火に包まれ、身動きが取れなくなってしまった。火炎は徐々に彼女に迫っていた。

「どうやら、そいつがお前のとっておきみたいだな」

 悠河さんのその言葉を聞いた響子さんが、言葉を零した。

「姉さんには敵わないわ。結局、推理をしたのも姉さんだし、戦いだって姉さんが一番強い。そして姉さんには一度見てしまった業は二度と通じない」

 火炎の陣をを切り裂き、虎に突撃。無謀だ、またあの現象で躱されてしまう。

 案の定、あの現象で躱され、決定的な隙を突かれる。俺は、悠河さんの無事を祈った。だが、響子さんはそんなことはしなかった、勝てると信じていたから。

 虎は再度出現し、鋭利なその爪で悠河さんに襲いかかる。

「これで終わりだ。なかなか強かったぜ。だけど私は、まだ死ぬわけにはいかないんでね」

 貫いていたのは虎の身体のほうだった。無数の刀に刺され、地に伏していた。その刀は全て彼女の背中から出ていた。 

 刀が消え、虎から煙が噴出する。

「どうして見破った? 消える前にそれを聞かせろ……」

「簡単なことさ、お前が反応しきれない瞬間に避けられないほどの刀をぶつけただけだ。じゃあな、虎さんよ」

 月夜に映し出された頭が無い虎の亡骸は、自然とその世界の闇に呑まれていった。彼女は仰ぐ、この星が美しい空を。

 まだ自分が生きているんだと、確かめたかった。そして目的を再確認した。

「終わったよ、帰ろう。風邪引いちまう」


 放火事件が終わり、三日が経過した。犯人はその後、警察に身柄を拘束され、それから詳しいことは分からない。

 きっと何かしらの罰が与えられるんだと思う。

「もう行くんですか? まだいても俺は困りませんよ。きっと響子さんだって」

「良いんだよ、本来はちょっと寄っただけだし。要件も終わったから私は行くよ」

 事務所のビル前。悠河さんの見送りに来ているのは俺だけだった。響子さんは出てきていない。

「響子さんも、見送ればいいのに」

「あいつはいつもこうだよ。まぁいいさ、きっと泣くだろうから。今も窓から見てるだろうさ。あいつは寂しがり屋だから。君がいてくれて助かるよ」

「いえ、そんなことは。俺も彼女に助けられてますから」

 彼女はフフっと上品に笑った。

「なぁ、准兵くん。君が良ければんなんだが、ずっと響子の傍にいてやってくれないか? 君がいれば安心だ」

「……」

 すぐに答えられない願いだった。

「答えは出ているんだろ? あとは勇気だけさ。人は傷つきながら前に進む。怖いことなんてない、自分を自分で騙してはいけないよ」

「誓った約束がありました。俺は響子さんを守ると。誰に誓ったわけでもありません、自分で自分自身に誓ったんです」

「そうか、それは良い誓いだな」

「俺はいつまでも、あの危なっかしい自称美人天才探偵を守りたいです。それが俺の答えです」

「ならば、響子のことは頼んだよ。君たちなら良いコンビになる」

 そうウィンクをしてヘルメットを被り、手を上げてバイクを発進させる。

「じゃあな准兵くん、また会おう!」

 去ってしまった。

 感謝しないとな、悠河さんにも。

 電話をしていた。しずくさんに。電話に出た彼女は驚きで、声が上ずっていた。俺は笑いながら、話したいことがあると、話を切り出した。

「伝えたいことがあります。しずくさんの気持ちは嬉しかったです。でも――」

「分かってます。お気持ちを聞いてありがとうございました。私、こう見えても強いんですよ! 貴方にフラれても、すぐに――」

 泣いていた。覚悟していたことだが、心が痛む。それも全て彼女も俺も、傷つくことを覚悟した結果だ。

「ごめんなんて、言わないでください。ここで優しくすると卑怯ですよ。私は大丈夫ですから!」

 電話を切られた。心で謝り、俺は事務所に向かう。

 握りしめた拳にほんのりと汗をかきながら、ドアを開けた。そこには響子さんがいつも通りにソファーに座りながらコーヒーを飲んでいた。

「響子さん、伝えたいことがある。聞いてくれるか?」

「何よ、改まって」

 改めて言うと気恥ずかしい。だけど言わないとな。

「俺は……響子さんのことをずっと守りたい。そう思ってる」

「ずっとって一生? 一生私を守ってくれるの?」

 彼女は目の前のコーヒーを置いて、尋ねてくる。

「そうなる。……ダメか?」

 彼女は立ち上がり、俺の前まで近づきこう言った。

「何よ今更。貴方はずっと私の隣で珈琲を作るのよ。勿論、守りながらね」

「それって――」

「貴方はずっと私の隣にいればいいのよ。これは社長命令よ。文句は?」

 俺は笑った。今までよりも豪気に。まるで悠河さんみたいだ。

「これからもよろしくな。響子さん」

「ええよろしく。助手くん」

 だが、響子さんは顔色を変えた。いつにもなく真剣で、少し恐ろしい。

「この時を待っていたのかもしれないわ。覚悟はして頂戴ね。これから全てを貴方に話すわ」

 乾いた喉を潤すように、唾を飲み込む。

「私はある男を探している。その名前は()()(れん)()(ろう)。私の人生を狂わし、両親を殺した男よ。姉さんはその男を探すために全国を旅しているの。よく聞きなさい香澄准兵、私の目的はこの男を捕まえること。もし対峙したら、殺してしまうかもしれないその時は」

「俺が止める。だろ?」

「復讐に憑りつかれた私の隣にいてくれますか?」

「当たり前だろ。さっきも言ったけど、俺はずっと響子さんの隣にいるよ」

 そう言った俺を見つめながら、彼女は微笑んで見せた。

ついに明らかになった響子さんが探偵をしている理由。

次が完結になります。

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