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夜の月に笑われて  作者: 宮城まこと
暁、太陽は昇る
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第六話 真相①

 俺はいつものように、事務所に向かうとビルの駐車場にパトカーが停めてあるのを見かけた。恐らく南方さんが来ているのだろう。

 足早に階段を上ると、丁度南方さんが事務所から出ていくところだった。

 目の下にくまがある。相当疲れているらしいが、そんな心配一つさせずに彼は手を上げて挨拶し、俺も頭を下げて挨拶を交わす。そして彼はすれ違って、下に降りていった。

 もう用件は済んだのだろうか? 俺は彼が去ったあとで事務所に入ると悠河さんと響子さんがホワイトボードに貼られている地図に向かってなにやら喋り合いながら、ボードに書きこんでいる。

「おはようございます、悠河さん、響子さん」

「あぁ、おはよう准兵くん」

「おはよう助手くん、早速で悪いけど珈琲を淹れてもらえる?」

 俺が挨拶すると、両名がその可憐な顔を向けて挨拶を返してくれた。来るなりコーヒーを淹れてくれと言われ、俺は早速その作業に取り掛かる。

 台所に行く際に、地図を見てみるとそこには赤い点が書きこまれている。一体なんだろうと疑問に思ったのだが、後で聞こうと思いコーヒーを作り始めた。

「で、何か分かったのか?」

 俺が作ったコーヒーを持ってきて響子さんに手渡しながら、尋ねると彼女は首を縦に振った。その真剣な眼差しから察するに、どうやら南方さんからの情報でこの事件についての重大なことが分かったらしい。

「この点を見てくれる?」

 そう言われて、五つの赤い点を凝視する。これが一体なんだというのだろうか? 俺にはまったく分からない。

 ぐぬぬ、と頭を悩ましている俺を横目に、響子さんはコーヒーを嗜みながらはぁっと短いため息を漏らして言葉に出さないが、俺の何も分からない具合を大丈夫かという目線で見てくる。

 いや、威張ることじゃないが実際に分からないし、この点が放火された家ぐらいにしか分からない。あと、綺麗に円状になっていることしか……

 円?

「円……になってるのか?」

 俺の何気ない一言を聞いた響子さんはホッとした表情を浮かべていた。

「そう、円になっているのよ。最初の四件は十字を作るように、そして五件目は四件目と三件目の間で起きている。あと、奇妙なことにあの洋館みたいな家を中心にしてこの放火は起きている」

「あっ……」

 言われてみればそうだ。この放火事件はあの家を中心に、大体五〇〇メートル内で起きている。だけどどうしてだ? 何らかの規則性は見つかったが、何故あの家を中心にした? あそこは空き家で持ち主は大分前にいなくなっている。

「でも、どうしてここが中心なんだ?」

「それを今から調べるんでしょ? 朝ごはんはもう手短なもので済ませたから、行くわよ」

「行くってどこに?」

「犯人の可能性がある五人に会いに行くのよ」


 響子さんが南方さんから聞いたことはこうだった。まずはこの地図、そして悠河さんが訊いたことはここの地区の高校に進学した十年前の小学生のことだった。

 この地区に進学したのは五名。そこまで絞り込めたのは南方さんの尽力のおかげだ。昨日は聞き込みを捜査を強化し、あの家によく通っていた五名を絞り出してくれた。

「ここね、一人目は西(にし)雄介(ゆうすけ)。彼はあの家によく通っていたらしいから、何か分かるかもね」

 響子さんは南方さんから貰ったメモ用紙を確認しながら、マンションの階段を上る。

「聞き込みは私に任せろ。響子と准兵くんはここで待っててくれないか? 彼に威圧感を与えていけない。必要なことは必ず聞き出す。姉さんに任せて君たちはそこら辺でゆっくりしてくれたまえ」

 悠河さんはインターホンを押し、ドアが開く。それを俺たちは遠目で見ている。ここの近くにあった橋に二人佇みながら流れる川を見つめていた。

「この川、落ちたら冷たいわよね」

「どうして落ちることを考えるんだよ。まぁ冷たいよな当たり前に」

「最近ね、私……可笑しな夢をよく見るの」

「可笑しな夢?」

 あぁ、まただ。また彼女は哀しい目をしている。これがどうしても俺の胸を締め付ける。触れて慰めてやることも出来ない。

 俺は無力なのかもしれない。いや、無力なんだろう。

「そうなの。終わりのない穴に落ちていく夢。とっても暗くて、怖い。誰かに笑われている気がするの。でもね、そんな中でも私の後を追って落ちてくる人がいる。とても優しくて、温かい声。でも顔が見えないの」

「顔が見えないのか?」

 コクリと頷く。

「それがね、私、じょ――」

「終わったぞー」

 言葉が遮られて少々不満そうな顔をしているが、それと真逆で悠河さんはにこやかだった。悠河さんが駆け寄ってきて、嬉しそうに話し出す。

「分かったぞ。あの家に傘が大量にあった理由。それは小坂さんは相当な傘好きだったんだ」

 傘好き?

「それだけ?」

「みんな小坂さんが大好きで、よく折り畳みの傘や、自慢の傘を持ち寄ったそうだ。自身の集めていた数を集めてあぁなったらしい。響子、そのメモに誠という名はないか?」

 そう言われて響子さんはメモを確認する。そして驚いた顔をして彼女にこう言った。あったと。彼女はニヤリと笑い、自信満々に。

「そいつの家に行くぞ。今回のカギだ」

 俺たちは誠、()()(まこと)の家に向かった。風が強く、身を竦めるが悠河さんは颯爽と前を歩く。

 この風はあまりいい気にならない。ただ寒いのではなく、何も感じられない言わば空の風。それは隙間が大きな心にするりと入り込み、その中で吹きすさぶ。それがたまらなく嫌だった。まるで胸を抉られるようで。

「ここが、久野誠の家か……意外と立派な一軒家だな」

 悠河さんは関心を持ちながら、インターホンを押そうとするが、響子さんが制止する。

「今度は私がやるわ。姉さんは見ておいて。成長した妹の力を見たいでしょ?」

「うーん、分かった。今回は譲ろう。頑張れよ」

「ありがとう。行くわよ助手くん!」

 そして今度は響子さんがインターホンを押した。すると反応が無い。不思議そうに思いながら、もう一度インターホンを押すと二階から誰かが降りてきて急いでドアを開けた。

「すいません! 今まで寝ていたものですから」

「ええ、構いませんよ。私は、生活安全課の織神響子と申します。それとこちらが同じく香澄准兵くんです」

 響子さんと俺は毎度のように偽装した警察手帳を見せる。

「警察ですか……?」

 彼は警戒した。今までよりも強く。分からないでもない、誰だってとある日に警察が来れば驚くだろうし、少し警戒だってするだろう。

「少し、お話をお聞きしたくて」

「一体何のですか? 放火事件とだったら、僕は無関係ですよ?」

「何故放火事件だと?」

「それは、最近ここの近くで頻繁に起こっているんでしょ? そのことかなぁって思って」

「いえ、今回は狙われる可能性が高い場所で張り込みをして毎晩放火している犯人を捕まえようという作戦でして、万が一、包囲網外に被害が出ては困りますので燃えやす物は出すのを控えていただければと」

「張り込みの場所って?」

「間違って来ないように教えておきますが、捜査情報なので絶対に内緒ですよ? 小坂邸から五〇〇メートルの北、西、東と包囲網をしてます。絶対に来ないでくださいね?」

「分かりました。小坂邸か……」

「どうかしました?」

「いえ、懐かしいんです。いきなり僕の前から消えて、僕の大好きだった人ですよ。今も忘れられないんです、あの人に傘を一杯あげたりして」

「そうでしたか、小坂邸もしっかり守りますので」

 そう言って、響子さんは久野家を後にした。

「分かったのか?」

 悠河さんがそう訊くと彼女は――

「今日で、捕まえるわよ。連続放火魔」

 そう言って、振り向くこともなく歩を進めた。そう、響子さんの言う通り、今日でこの放火事件を終わらせる。

次話が終局となります。

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