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夜の月に笑われて  作者: 宮城まこと
番外編 日野間温泉旅行
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第二話 答えの出し方が解らない

 俺はバスから荷物を下ろし、響子さんと一緒に旅館の予約した部屋に向かった。

 この日野間温泉旅館は美しい木造建築で、百年前からある老舗旅館である。部屋の案内は和服を着た古き良き、大和撫子を体現したかのような女性従業員がしてくれた。

「こちらがお部屋になります。これが部屋の鍵と、お食事の会場は一階東館にある(ひのき)の間です。七時から食べられますので。温泉の方は何時入っても大丈夫です。混んでいるのが好ましくないのでしたら、五時あたりに入るとよろしいですよ。ではごゆっくりとどうぞ。では失礼します」

 丁寧に頭を下げて、退室していった。俺たちの部屋は、畳を敷いていてとても心地良い香りがする。窓の近くには小さなテーブルと二つの椅子、テーブルの上にはポットと、お茶を入れる物が一式置いてある。そこに座ると、外の景観が一望できる。

「けっこういい場所ね。ここからの景色を見ながら小説でも読もうかしら……珈琲がないのが惜しい所ね。持ってくれば良かった」

 彼女はうーんとコーヒーが無いことに、どうしたものかと考えていた。それを見ていた俺はゴホンと軽く咳払いして響子さんの気を引いてみた。

「これなんだと思う?」

「事務所の珈琲メーカー?」

 俺はニッと笑ってみせて、親指を立ててこう言った。

「絶対そう言うと思って、持って来たんだよ。今から淹れるから待っててくれるか?」

「助手くんのこと見直したわ。私の考えていること分かってるみたい。流石私の憑き人ね! じゃあお言葉に甘えて、小説でも読んで待ってるわ」

「そうしててくれ」

 俺はコーヒーを急いで淹れて、響子さんに差し出す。彼女は何も言わずにコーヒーを一口飲む。すると嫌な顔して俺を見る。

「もしかして砂糖とか入ってない?」

「そこまで気が付かなったわけじゃないが、バックに入んなくてさ」

「もう! 一瞬でもかっこいいとか思った私が馬鹿だったわ。私が苦い珈琲苦手だって知ってるでしょ? もしかして私に期待させておいて、一気に落とす作戦だったのね。私の喜びを返しなさい! だから女の子にモテなのよ」

「そこまで言わなくたっていいだろ! てか、なんだよ、一気に落とす作戦って! たんに入んなかっただけだよ! 女の子にモテないってのは毎度毎度余計だ! 俺だって、女の子に――」

「女の子に? 何よ、気になるじゃない。言いなさいよ。内緒にするならこうしてやるわ!」

 響子さんは立ち上がり、俺の額にでこピンを喰らわせた。彼女のこれはとても痛く、俺は悶えていた。でも、その中でも俺は思考を止めなかった。

 あの言葉の続き。それを響子さんに言うわけにはいかない。丁度一週間程前だろうか、俺はレストランでしずくさんに告白されたんだ。明確な答えはあの場ではもちろん出来ない。人にされた初めての告白。頭と身体が痺れ、思考がまとまらない。初めての経験で、なんて言っていいか分からないまま俺は食事を続けた。

 ああ言われてしまえば意識しないはずがない。彼女の瞳の純粋さに引き込まれそうになり、唇と表情はいつもより艶っぽく見えてしまう。

 頬がほんのり赤くなっていた。それさえもどこか可愛らしく、愛おしく、俺の胸の何かを掻き立てる。俺が響子さんのことが好き。ということがなかったら、しずくさんの告白に喜んでいただろう。

 人を好きになる。ということはある意味、枷や鎖なのかもしれない。人の思考を止め、身体だけでなく心させ縛ってしまう。

 恐ろしい感情だが、それは人が出せる美しい感情ではないだろうか。俺の恋は最早、実る確率は非常に少ない。僅かな可能性を信じて、しずくさんの告白を断るべきなのだろうか? それとも、響子さんに対するこの感情を捨て、しずくさんの告白を無下にすべきではないか。

 俺が諦めれば、誰も傷つかない。だけど、しずくさんの告白を断れば、彼女が傷つく。

 はっきりと言えば、迷っていた。このままこの茶番を続けるべきか。それとも今までの全てを捨て去り、振り向いてくれている人のもとに行くべきか。

 どうしようもなく、いつもより、響子さんが遠く見えてしまう。元々、無理な話だったのかもしれない。響子さんは高嶺の花、俺はそこらに生えている雑草だ。

 彼女には幸せになってほしいとほざきながら、結局は俺の手で……と考えていたんだろう。まったくふざけた話だ。

 もう、何もかも分からない。自分の決意も、響子さんのことも、どれが正解なのかも。報われないのは慣れている。だけど、俺たちは近すぎたのかもしれない。

 家族でもないのに、一緒にご飯を食べて、世話をして、俺は何をしたかったんだろうな。一緒にいれるだけで幸せ? それは俺のわがままだったのかもしれない。その幸せが永遠に続くことは有り得ないって知ってたろ。

 いずれ彼女は俺以外の男性と結婚し、探偵家業も終わるだろう。

 そうなれば俺は必要のない人になる。そうなれば、俺はどこかに就職し、働くだろう。響子さんを忘れるように、逃げるようにしずくさんの元に行くのかもな。

 そうしてしまえば、俺は最低だ。逃げるためにしずくさんは使えない。

 ――どうすればいいんだろう。


「どうしたの助手くん? そんなに怖い顔して? そんなに私のでこピン痛かった?」

 そっと俺の頬を撫でる彼女の手を、無意識のうちに振り払ってしまっていた。

「様子が変よ?」

「大丈夫だよ響子さん。俺は何ともない。そうだ、温泉に行こう。今なら空いてるらしいから」

 一度振り払ってしまったのにも関わらず、彼女はもう一度俺の頬に手を差し伸べ、今度は両手で俺の顔を掴む。

「待ちなさい。貴方今、とても寂しそうで、哀しくそうで、迷っている目をしているわ。答えなさい香澄准兵、貴方は一体何に迷っているの?」

 響子さんが俺の名を呼ぶのはお礼を言うとき以外にもう一つある。それは隠し事を見抜く時だ。彼女の能力には敵わない。

 俺はそっと彼女を抱きしめていた。

「え!? ちょっと、何してるのよ!」

「ごめん、少しだけ、このままでいてくれないか? 俺のわがままはこれで最後に……するから」

「何言ってるのよ。貴方は私のわがままを聞く役目でしょ? まっ、たまには聞いてあげるわよ。今はこうしてほしいのね。分かったわ。貴方が迷ってるなら、私がちゃんと答えを出してあげるわ。安心してなさい」

 それからすぐに俺たちは離れ、温泉に向かった。そこには一足先に来ていた安瀬馬さんがいた。

「どうした、浮かない顔をして。織神となにかあったのか?」

「いえ、そういうわけじゃないんですけど、ちょっと……」

「せっかくだ。話を聞いてやる。湯に浸かりながらな」

 俺と安瀬馬さんは湯に浸かり、俺がつらつらと話し出した。自分が何を考えているか、響子さんに言えなかったけど、安瀬馬さんにはすらすらと言えた。

「なるほど、それで迷っているわけか……オレには理解出来んな。好きならば、伝えてみればいいのではないか? 単純だろ?」

「安瀬馬さんは、八色さんに告白するとき、本当にそこにいたから言ったんですか?」

「ふむ、そうではない。貴様の事務所からオレの家に来た時、心は全く開かなかった。むしろ、オレたちは喧嘩していた。初めてだった、オレが誰かとここまで喧嘩したのは。だけどいつしか、オレはそれが心地よくなっていた。それからだ、この繋がりを大切にしようと思ったのは。オレもあいつ意外とは結婚できる気がしなかったしな。そういう貴様は?」

「え?」

「織神のことが好きなんだろ? 自分自身の決意を変えてしまうほど、愚かなことはない」

「答えの出し方が解らないんです……どうしていいか」

「それは貴様が――いや、皆まで言うまい。あとは貴様自身で考えろ」

 俺は空を見上げると、そこには三日月と美しい星空が広がっていた。こういう時に、嫌になるほど綺麗に映る。

 それがたまらなく、心に沁みた。

さて、助手くんの答えはでるのでしょうか?

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