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夜の月に笑われて  作者: 宮城まこと
番外編 日野間温泉旅行
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第一話 いざ温泉旅行へ

 俺は織神探偵事務所の入り口で、荷物を背負い時計を確認しながら少しばかりイライラしていた。

 どうして前々から準備していなかったんだ? 行くことは三日前から決まっていたのに。

 そう――俺たちの今日の目的は日野間温泉旅行に行くことだ。響子さんの希望と、息抜きを兼ねて安瀬馬さん、八色さんも誘っている。

 この二人にもいろいろとお世話になっていた。恩返しをしなければと考えていたが、こんな形だけどできて良かった。

「ごめん、待った? 助手くん」

「待ったも何も、えらく時間がかかってたじゃないか? ちゃんと準備ができたよな?」

 マフラーを巻き、手を組んでフフンと自信満々に彼女は俺に大丈夫と言い切ってみせる。これを見た俺はどうしようもなく心配になってしまう。

「で、何を持ったんだ?」

「えーっと、人生ゲームに、フリスビーに飲み物、お弁当、お菓子は三百円分よね」

「修学旅行か!」

 まったく、一体どこにそんな物を詰めていたんだ……

 俺は彼女のキャリーバックから余計な物を取り出すように指示した。そして着替えとお金、諸々の意外全て取り出す。

「せっかく私が準備したのに。結局助手くんがやるのね」

「そりゃ、わけわかんないもん入ってたら取り出すだろ」

 響子さんは時計を確認してあら、と声を漏らす。どうしたことだろうと俺も彼女につられて時計を確認すると、バスに乗車する時間が迫っていた。

「あっ! 時間が! 急ごう響子さん!」

「もう、ちゃんと時間を確認してなさいよ。ほら、行くわよ」

 彼女は俺の手を引っ張り、最寄りのバス停へと急いだ。

 急ぎ足で最寄りの、桐之座デパート前に行くとそこには安瀬馬さん、八色さんがいた。八色さんは微笑み、手を振っている。安瀬馬さんは呆れた顔をしている。

「全く、貴様らはどうしてもっとゆとりが持てんのだ」

「それはね、助手くんが準備に手間取ったの。私は早くしなさいって言ってるのに。まぁ間に合ったからいいじゃない」

 おいおい。と心の中で思ったが、気を取り直してこの旅行を楽しもうと決意した。

「おはようございます。織神様、香澄様」

 八色さんがなんとも礼儀よく頭を下げて、挨拶をしてくれる。それはそれを見て頭を軽く下げて挨拶を返した。

「もう少しでバスがつくはずだ。良かったな、間に合って」

 安瀬馬さんが懐中時計を確認して、そう言う。

 俺もついでに確認してみるが、あと三分もすればバスは来る。安瀬馬さんの言う通り、間に合って本当に良かった。

 今回俺たちが行く場所は先ほども言った日野間温泉。二泊三日の温泉旅行ツアー。キノコ狩り、美味しい料理、景観が見える温泉。どれをとっても素晴らしい。普段なら渋ってお金は使わないところだが、カップルは半額という有難いサービスで俺たちの参加が決定した。

 俺と響子さんはカップルで誤魔化しが効くかもしれないが、安瀬馬さんと八色さんは既に結婚しているから、このサービスが適応するか心配だったが、夫婦でもこのサービスが適応されるらしい。

「バスが来たわ。乗るわよ」 

 バスがバス停に着くと、我先にと響子さんがウキウキとした表情でバスに乗り込んだ。俺はそれを見てハハと笑みを浮かべながら、乗り込む。

「私たちの席はここよ。窓側が私、助手くんは通路側ね。荷物上げてくれる?」

「了解。そうだ、響子さん、酔い止めは飲んだか? かなりの距離を走るから飲んでおいたほうが良いぞ」

「あら、私はもうそんなものに頼らなくてもよくなったのよ。どう、すごいでしょ?」

 フフフと俺に笑ってみせる響子さんだが、本当に大丈夫なのかと心配になりながら俺のバックから彼女にばれないように、そっと酔い止めの薬と水を取り出して荷物を上げた。

 八色さんと安瀬馬さんは前の席で、後ろには女性が一人で本を読みながら、座っていた。

 バスはほどなくして出発した。


 そしてバスが出発して約一時間。本を読む者、パンフレットを見てカップルか夫婦か分からないが、楽しそうに話している。安瀬馬さんは八色さんが淹れた紅茶を嗜んでいる。

 だが、ただ一人バスの旅を楽しめていない者がいた。俺の隣で車酔いでグロッキー状態の響子さん。外の景色をただボーっと見つめている。

「だから言わんこっちゃない。俺の言うこと聞いてくれて酔い止め飲んでくれれば良かったのに。意地なんて張るから。響子さんの悪い癖だぞ?」

「うるさい……助手くんが私のこと励ましてくれないから酔ったのよ。でも頑張ったわよ、ここまで耐えたわ。ほら、私って褒めて伸びるタイプじゃない?」

「褒めたって、酔ってることは変わらんぞ」

「もう分かってるわよ。ちょっとした冗談。もう本気にして……助手くん、水」

「はいはい。ほら、まだ飲んでないやつ。ついでに酔い止めも飲んだほうかいいぞ」

「ええ、悔しいけどそうさせてもらうわ」

 俺は響子さんに水と酔い止めの薬を手渡す。それを受け取った彼女は、ゆっくりと薬を水とともに飲んだ。

「これで大分楽になるだろ」

「まぁ、気休め程度にはなったわ」

「あの、大丈夫ですか? かなり車酔いできつそうでしたけど?」

 後ろの女性が、小説に栞を挟んでこちらに少しだけ見を乗り出して響子さんのことを心配してくれる。

「大丈夫です。ご心配おかけしました」

「そうですか、何はともあれ良かったです」

 座ろうとする彼女の読んでいる本を見て、今までグロッキー状態だった響子さんはいきなり覚醒し、話しかける。

「それ、その本。渡島栄徳の四十万(しじま)(ざくら)よね? 貴方もよく渡島先生の作品を読むの? 私先生のファンなの」

「それはありがとうございます」

「ありがとうございます?」

 当然、俺もその言葉に違和感を覚える。

「はい。渡島栄徳は私の父なんです」

「え!? じゃあ貴方が渡島栄徳の娘さん!? 子どもが二人いることは知っていたけれどもまさか、こんな所で会えるなんて……人生何があるか分からないわね」

「父の名前は本名で、私の名前は()(しま)(えい)()と申します。ファンがいたことを伝えればきっと父も喜びます」

「渡島栄嘉……? 貴方ももしかして本を書いているの? 確か、作品の名前は……彼岸(ひがん)(べに)? だったかしら」

「わぁ! びっくりしました。私の小説の作品を知っている人がいるなんて」

「お世辞抜きで面白かったわ。特に主人公が、自分自身が死んでいることに気付くシーン。あの時のヒロインの言葉が良かったわ」

 そこで、二人の言葉が重なった。

「貴方は私が愛した人の虚像」

 そして二人は笑い出した。俺にはよく分からないが意気投合したらしい。

 隣ですっかり元気を取り戻した響子さんたちの会話を聞きながら気が付くと、バスは舗装された山道を進み、日野間温泉旅館に到着していた。

 俺たちは順にバスから降り、山の新鮮な空気を味わっていた。

「やっと来たわね。さぁ、助手くん。楽しむわよ!」

「俺は元からそのつもりだっての」

 と俺は笑って響子さんに言った。

 ここから俺の温泉旅行が、これからの物語に意外な影響を及ぼすとはこの時、俺ですら分からなかった。

さぁ、着きました旅館に。

大体三話~五話で番外編を完結させます

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