第六章完結 立候補
私は今、レストランの窓側の席に座っている。さながら獲物を待ち続ける百獣の王の獣のように。高級そうなシャンデリア、内装。私は久し振りにドレスに着替え、メニュー表を見るふりをしてある人物の動向を観察している。
その人物は男性で、私もよく知っている。むしろ、その癖、挙動の一つ一つ正確に把握できる。
「お待たせしました」
女性が彼に近づき、頭を下げる。その人物は葛木しずく。南方さんの新しい部下で鳶さんの後任である。根は真っ直ぐで、志も曲げない。しかしながら少々、体よりも先に気持ちが先走るため無茶をしがちである。
「あっ! いいんですよ。……俺も今来たところですから」
嘘つけ。予約の一時間も前に来ておいて。来るまでの間、水だけで過ごすなんてなかなか律儀な性格なのね。
まぁ、それもよく知ってるんだけど。
「じゃあ座ってください。何頼みましょうか?」
彼は椅子に彼女を座らせ、メニューを見る。私と同じメニュー表を見ているはずだ。彼の好みから、頼む料理を当ててみよう。
ズバリ、パスタだ。
「じゃあこの海鮮、ソルトパスタを一つお願いします」
「私も彼と同じのをお願いします」
「かしこまりました。それまでごゆるりと」
ウエイトレスが頭を下げてその場を後にした。
「あの、本日はいきなりお誘いしたのにもかかわらず、ありがとうございます。香澄さん」
「大丈夫ですよ。俺はいつでも暇ですから。むしろ、誰かに誘って欲しかったぐらいですから」
「そうですか! 良かった……てっきりお邪魔をしたのかと」
そう、しずくさんの食事相手は助手くんなの。どうしてこう状況の至ったかというとそれは二日前だった。
私がゆっくりしていた時に助手くんの携帯電話にメールが来たのだ。
「十二月一日。もしよければお食事しませんか? 助けてもらったお礼がしたいんです。警察としてはなく、一個人の人間として誠意を見せたいんです。お返事をもらい次第、詳しいお話をいたします」
この答えは二つ返事でイエスと返信した。らしい、私に相談し、適当にあしらってみたものの結局気になって、ついてきてしまった。
「あの、この説はありがとうございました。私が迷惑をかけただけに……捕えるのに時間がかかってしまいました。」
「気にしないでください。清水さんの事はしょうがなかったけど、もう一つの事件は解決しましたから。こういう話もなんです、今日はお互いに仕事のことは忘れて楽しみましょう」
「そうですね。すいません、こんな話をしてしまって」
ハハハと互いに照れくさそうに笑い、助手くんは水を一つ口自分を落ち着かせるように飲む。それのオウム返しのようにしずくさんも水を飲む。
なんか、兄妹を見ているようだわ。似た者同士、仲良くやっていけるのかもね。
そして互いの料理が届く。
「お待たせいたしました。海鮮ソルトパスタです」
真っ白な皿に盛られたパスタは美しく、何故が光り輝いて見える。そして私の料理も届く。
「それでは、いただきます」
助手くんはいつもの癖で手を合わせて、あたかも私とご飯を食べているようにいただきますと言ってしまう。
「あっ!」
「フフ、それじゃあ私もいただきます」
彼女は手を口に当て、慎ましく笑う。その姿は女性の私から見てもとても愛らしく、可愛らしかった。助手くんはそういう顔に弱い。
きっと顔を赤くしてるに違いないわ。
「美味しいですね」
「そうですね。葛木さんはこういう店によく来るんですか?」
「いえいえ、さすがに一人では来ませんよ」
手を横に振っていやいやと笑いながら否定する。
「え!? お一人なんですか!? てっきり彼氏さんがいるのかと……すいません」
「生まれてこの方、彼氏なんてできたことはありませんよ。ずっと警官になるのが夢で勉強してましたから。香澄さん、私だってそんなこと言われるとちょっとは傷つくんですよ?」
彼女はクスクスと悪戯っぽい笑顔を向け、優しい瞳で助手くんを見ていた。その表情は何かに恋焦がれている少女のようだ。
「すいません。デリカシーが無くて」
助手くんには難しい女心は理解できそうにないわ。全く私と一緒にいるっていうのに……
「香澄さんは、織神さんとはどういう関係なんですか?」
しずくさんが唐突にそう尋ねる。顔を赤くしながら。
「そうですね……」
あからさまに回答に困る助手くんだったが、必死に言葉を探して捻り出した答えをようやく言った。この答えは私も気になることろ。
「俺にとって、響子さんはとっても大事な人です。あんな口調だけど、芯は真っ直ぐで迷うそうな時は道を示してくれます。関係で言うなら……親友でもありませんし、一体何なんでしょう? 実際俺にも分かりません。ただ、一つ確実に言えるのは俺は何があっても響子さんを守ります」
彼は自信に満ち満ちた表情をしている。分からないながらもどこかこの感覚が心地いいと、私自身もそう感じている。
でも、いつかはこの関係もはっきりとさせなければならないわ。ただの主従関係なのか、探偵と助手の関係なのか……それとも全く別の答えか。
「そうですか……良い関係ですね! 羨ましいくらいです」
「羨ましい……ですか?」
「私も織神さんみたいになりたかったです」
彼女の鼓動が早まり、どこか落ち着かない印象を与えるが、瞳はしっかりと何かを決心していた。助手くんに何かを告げると。
「私は、織神さんみたいに香澄さんの隣にいたかったです。あの、その――織神さんが、彼女でもないなら、私が香澄さんの彼女に立候補しても良いでしょうか?」
「え?」
聞こえていた。彼にも確実に。この私にですら聞こえていたんだから。
「もっと端的に言います。私は……私、葛木しずくは香澄准兵さんのことが好きです。恥ずかしながら、初めて会った時から心惹かれていました……もしよければ――」
ハッと彼女は我に戻り、顔を赤めて俯き、突然席を立ちあがって助手くんにこう言った。
「すいません、お手洗いに行ってきます」
丁寧に頭を下げてその場を後にした。助手くんは呆気にとられ、力が抜けてしまう。
初めて見て聞いた人の告白。まだドキドキとしている。だけどどうしてだろう、胸に霧がかかったようにスッキリしない。
私はこの感情を知っている。兄が可愛がられている弟を見ている想いに似ている。
それは――嫉妬。
誰かに嫉妬している。理由は分からない。だけど、この想いは間違いなく事実だった。
次話からは、番外編を書きます!




