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夜の月に笑われて  作者: 宮城まこと
貴方の影を追う
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第六章終局 その先に

 俺は空を見ていた。泣き出しそうな曇天の空を。

 俺と響子さんは伊津さんの自宅に来ていた。この事件の犯人はこんな俺にだって分かった。響子さんの口から直接言わずとも。

 犯行方法は彼女に教えてもらった。まず、SNS上で娘になりきり彼の娘を殺した清水明を呼び出した。

 どうやら、近々会う約束をしていたらしい。そういうやりとりをしていたのも安瀬馬さんの調査で分かっている。

 清水さんはそこで女性になりすました伊津さんと会い、そして殺された。憑神に憑かれた人間が憑神に殺される。

 何の因果なのか分からないが、これ以上の皮肉は無い。

 訊くところ、伊津さんは女性に対する暴力を撲滅する運動に参加していた。そこでは女性を暴行した人間を殺す彼はまさに、正義の味方だった。これが正義と言ったら、そうになるのかもしれない。だけど俺、いや、俺と響子さんはその正義を否定する。

 人を殺して成す正義など有ってなるものか。殺していい人間なんていない。くさい正義論を語りたいわけじゃない。

 ただ、然るべき報いを受けさせないといけない。罪を悔やみ、背負って生きていく。俺たちが捕まえてきた人全員ではないが、相当数罰を受け、どこかで生きている。

 清水さんも、伊津さんもきっとこの中に入るだろう。これ以上罪を犯す前に止める。それが俺の使命だ。

「どうしたの? 怖い顔して」

 横にいる響子さんが話しかけてくれる。強張った俺の顔の表情が自然と緩む。

「あんまり怖い顔していると女の子が寄り付かないわよ? まぁ、もともと寄り付かないでしょうけどね」

 フフっと彼女は艶やかな唇を手で隠し、俺を見て笑う。

「悪いな響子さん、なんか体が強張って」

「あら、緊張してるの? 力を抜きなさい。私たち二人で戦ってきたでしょ。二人で協力して必ずやり遂げるの。そうね、帰ったらみんなを誘って日野間温泉に行きましょうよ。美味しい食べ物も食べて、温泉に入って……楽しいことばっかりね」

 だから――と彼女は続ける。

「こんな事件、終わらせて帰りましょ。久し振りにお鍋が食べたいわ。安瀬馬くんも八色さんも呼んでやりましょ」

「ハハッ、そうだな。なら早く帰って鍋の材料買わないとな。よし、腕によりをかけて美味い鍋作ってやるよ」

「期待してるわよ。お母さん」

「あぁ、楽しみに待っててくれ。娘」

 体全体を支配していた緊張が嘘のように消えた。まるで響子さんが魔法を使ったようだ。体だけじゃない、心も軽い。

「行くわよ」

 伊津さんの家のインターホンを押し、反応を待つ。


「はい?」

 玄関の戸を開けて出てきたのは伊津さん本人だった。

「こんにちわ伊津さん。私です、覚えていますか?」

「ええもちろんですとも。生活安全課の織神さんですよね。今日はどういった用件で?」

「窃盗事件の犯人が見つかりましたので、その報告にと、参った次第です」

「そうですか、分かりました。どうぞ入ってください」

「失礼します」

 俺と響子さんは伊津さんに招かれ、茶の間のテーブルを挟んだ椅子に座る。

「で、その犯人は一体どういう人なんです?」

 そう伊津さんに尋ねられ、響子さんはゆっくりと口を開く。

「犯人、それは貴方ですよ」

「え? 何を言ってるんですか!? どうして被害者の私が犯人なんですか!?」

「窃盗事件とここ数日で起きている殺人事件、それは全部貴方の仕業ですね?」

「……」

「SNS上でのやりとり、それと貴方が過去に清水に娘を殺されていること、現場監督の貴方なら苦も無くコンクリートも盗めるでしょう。貴方の別れた奥さんが言っていました。好江さんの携帯は貴方が持っていると。SNSはその娘さんの携帯に探知されたわ。変な言い逃れは出来ないわよ」

「そうですか……バレてしまいましたか」

 彼は開き直ったように、俺たちを見てニヤリとあくどい笑みを浮かべた。

「そうです。私が殺しました。ですが、それが悪いとは思っていません。みんな思っていたはずだ、憎いと。その想いを私が体現したんですよ!」

「滑稽な話ね。貴方は正義の味方にでもなったつもり? 貴方も私たちにも人を罰する権利なんてありはしないの。ましてや、人を殺して裁いた時点でその人と同類なのよ。真実を追い詰めた貴方は、一体何を悟ったの?」

「黙れぇえええぇえ!!」

 怒号を飛ばし、机を拳で叩く。

「警察は無能だ。惰性で犯人を捜査して、挙句の果てには犯人を捕まえられないだと? 清水を捕まえるのが遅かったから、娘が……好江が死んだんだ! だから私が裁いた! 私の正義を突き通すために!」

「貴方のその衝動が正義と言うなら、私も自分の正義を突き通すわ!」

 勝負は一瞬だった。 

 伊津さんの身体から黒い煙が発して腕が、蛸の足に変わり、攻撃してきたと同時に響子さんは俺が渡した刀を手に取り、抜刀。

 そして俺は煙となり、憑神化をする。

 蛸の足を見事に切断。支えを失った鞘を床に落ちる前に拾って、それで伊津さんの顎を強打した。後ろに反った無防備な伊津さんを切り裂く。

 そして納刀。

「これで終わりよ。貴方の正義はここで潰えるの」

「くそ! くそ! くそぉぉぉぉおおお!!」

 身体から出る黒い煙、もう痛みで動けないだろう。俺たちは憑神化を解き、響子さんは執行人に電話をする。

「今回の見事なお手際。織神嬢、ささやかながら敬意を表します。では、早速」

 部屋に出現した執行人の園江さんは棺桶を床に突き刺し、伊津さんを捕えた。

「では、私はこれで」

「ちょっと待って」

「何ですかな? あまり時間がありませんが」

「貴方にとって正義ってなに?」

「憑神を使った罪人を裁くことです」

「揺るがないのね」

「揺らいだら正義ではありません。揺らがない信念こそが即ち、正義なのですから。もうよろしいですかな?」

「ええ、ごめんなさんね。引き留めて」

 園江さんは瞬きをする間に消えていた。

 この事件はこうして終わりを迎えた。

「帰りましょ」

「そうだな。帰ろう」

 俺たちは誰もいなくなった伊津家を後にして、帰路に着く。すると、雨が降り出した。傘を持っていない俺たちは素直に雨に濡れた。

「雨に濡れるの久し振りだわ。案外、心地いいのかもね」

「そのままだとまた風邪引くぞ」

「それは嫌だわ。早く帰りましょう!」

 俺たちは雨が強くなる前に急ぎ足で事務所に帰った。

 そのあと、鍋の暖かい煙が俺と響子さん、安瀬馬さん、八色さんを優しく包んでくれた。

次話完結です!

が、意外な展開に?

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