第八話 真相①
秋風が、いや憂いを含み身を包むような風。美しさを感じさせる落ち葉のカーペット。普段、足を踏み入れない土地に入る俺たちを歓迎してくれているようだ。俺たちを見下ろしている巨木。これは桜の木だったらしい。
二年前から咲かないと言われていた。ここら一帯は建設ラッシュの影響でマンションや、ビルが乱立している。
神楽坂町。ここは花見ができるスポットが多かった。観光客や、地元の人も桜の木を好いていた。だが、いつしかこの桜の木群は一切咲かなくなってしまった。
それから観光客の数もめっきり減り、桜の木も伐採される始末だ。そして最後にこの一本だけ残っている。
どうして俺たちがここに来ているかというと、伊津さんの別れた妻。駒木幸枝さんの家を訪問するためだ。
隣町の神楽坂町。結構大きな町で、駒木という名字の家がいくらあるんだ。地道に一つずつ探し出すしかないのか?
ここで響子さんが、こう言った。「南方さんに訊けば良いんじゃない?」俺がため息をついて答える。「忙しいみたいだから電話に出ないんだ」すると彼女は「もういやよ! こんなに歩くの」といつものように駄々をこねる。
「しょうがないだろ。神楽坂町に十五軒の駒木さんがいるんだから。残り五軒、頑張って回ろうぜ」
「この乙女の細足はもう悲鳴を上げてるわ。聞こえない? もう無理って言ってるの」
「悪いな響子さん、俺には足の声は聞こえないよ。自分を甘やかしているだけじゃないのか?」
「あら、いつから助手くんは私にそんなことを言えるようになったのかしら?」
そう言って彼女は俺の頬をつねる。
「いででで!」
「全く、冗談よ。冗談が通じない男はモテないわよ」
「悪いな、まったくモテなくて!」
「何よ、事実を言っただけじゃない。なんで怒るの?」
「事実だから怒ってるんだよ!」
「そうなの? それは悪いこと言っちゃったわね」
響子さんは頬から手を離し、つねるのを止めてくれる。いや、だとしても気を使われた感じがする。彼女の攻撃はもとい、口撃は外側でなく内側を的確に抉ってくる。
これに耐えきる自分の精神力に惚れ惚れするぞまったく。
「取り敢えず、誰かに訊くしかないな。手当たり次第に訊いてくか?」
「もう少し、移動してからにしましょう。ここら一帯の表札を見る限り、駒木は無かったわ」
「いつそんなのを見たんだ?」
「ここに来る途中よ。今まで見た表札は全部記憶しているから。さぁ、行きましょ」
「あぁ、行くか」
俺たちは歩を進め、七分程度歩いた。そこにあったのは小さな公園。その公園には遊具が一つ、ブランコしかない。
ここだと走り回るのも辛そうだ。そういう印象が強く残る。そしてブランコに女の子が一人、寂しげに座っていた。
漕ぐこともなく、ただ座っていた。
「あの人に訊いてみるか……?」
「そうね、少し話しにくそうだけど訊くだけ訊きましょ」
俺たちは近づき、話しかける。
「あの、すいません。少し、お時間を頂きたいんですがよろしいですか?」
俺が相手の警戒心を煽らないよに、細心の注意を払いながら声をかける。
「?」
彼女の瞳は壊れそうなガラスのような危うさを残している。ほんの少し、危険な香りを匂わせながら。
「えっと……」
彼女の瞳に魅入られ、言い淀んでしまった。これだと完璧に怪しまれる。
「私たちは駒木幸枝という女性を探しているの。この名前に心当たりない?」
助け船をだしてくれた響子さんは、目で何やっているのよ。と呆れながら話を進めてくれる。
「どちら様ですか? 怪しい人にはちょっと……」
「私たちが怪しく見える?」
「はい、とても」
「あら、それは心外ね。清廉潔白の権化みたいな私が怪しく見えるなんて。まぁいいわ、私は駒木幸枝さんの亡くなった娘さんの友人なの。ここに引っ越したと聞いたけど、なにせ初めて来たから分からなくて」
「そういうことですか……」
「どう、信じてくれる?」
「大分怪しいですが、悪い人には見えません。分かりました。近くまで案内します」
「ありがとう。貴方名前は?」
「鹿崎華実です。貴方は?」
「私は、織神響子。こっちが香澄准兵くん。改めてお礼を言うわ。ありがとう鹿崎さん」
俺たちは、鹿崎さんに連れられ駒木幸枝さんの家に向かった。
住宅街を抜けた先に見えた駒木という表札。彼女が正しきればここが目的地だ。
「では、私はこれで失礼します。織神さん、香澄さん」
その言葉を言い残して、鹿崎さんは去っていった。そして俺はインターホンを押す。
「はぁーい」
返事が聞こえる。扉を開けてくれたのは駒木幸枝で間違いなさそうだ。
「どちら様ですか?」
「私、桐之座警察署の生活安全課から参りました織神響子と申します。今回は亡くなった伊津好江さんのことについてお話をお伺いに来ました」
響子さんが丁寧に挨拶し、手帳を見せると、駒木さんは良い顔はしなかった。むしろ、その顔は怪訝だった。
「帰ってください。もう話すことはありません」
「好江さんを殺した犯人、清水明がまたもや犯行を繰り返しました。犯人確保のためにどういう場所で犯行を行うか知っておきたいんです。もう犠牲者が出ないように」
そこからの沈黙は長かった。静寂の時の中、ようやく駒木さんが口を開く。
「入ってください。ここだと住民に見られますから」
「協力感謝します」
彼女が中に入る。それについて行くように俺たちも中に入る。小奇麗な玄関、年頃の女の子が好きそうな靴。靴箱の上には薔薇の造花。
「どうぞ、お座りください」
「失礼します」
「あの子が死んだときの様子を教えればいいんですよね?」
「はい。お辛いでしょうが、好江さんの人柄と普段の様子も教えて頂けますか? よろしくお願いします」
「あの子は良い子でした。よく笑って、学校にも友達がいて、父親がいないこと以外は何不自由ない生活を送らせてました。それなのに何で、あの子が狙われなきゃいけなんですかね? 私ははっきり言って犯人を殺してやりたいです。死んだと聞いた時は悪い夢だと思いました。夢であって欲しかったです。暗い夜道で、後ろから殴られてそれで……」
ポロリと涙を流す。自分の体を痛めて生んだ子どもが殺されて、辛くないはずがない。犯人は死んだとはいえあいつは死んで当然だったのかもしれない。
だとしても……か。人を殺すことは間違いだと、響子さんが言っていた。でもそれが自分の立場だったら、本当に冷静でいられるだろうか? いや、それは不可能に近い。
「遺品はどうなされました?」
「そのままです。でも」
「でも?」
「携帯だけは、別れた夫が持っていきました。大切な家族写真が入っていますから」
「分かりました。お辛い想いをさせてしまい、申し訳ありません。これで私たちは失礼します」
駒木家を後にすると俺は響子さんに問う。
「どうして清水が生きてるって言ったんだよ」
「その方が話が速いでしょ?」
「だけどな……」
俺が疑問の声を出していると響子さんの携帯電話が鳴る。
「安瀬馬くんからだわ。もしもし? ええ、なるほど、それは奇妙ね。分かってるわ、これを聞いて犯人が誰か分かったわ。ええ、私たちが捕まえるわ。それじゃあ」
通話を切り、上着のポケットに携帯電話をしまう。
「どうしたんだ?」
「好江さんの携帯から死んだ清水とSNS上で会話をしていることが分かったの。犯人はもう分かるわよね?」
彼女は哀しい顔をしながら、俺の手を引き歩き続けた。
次話、終局です!




