第六話 捜査⑤
「南方さん、死体はどこでどう見つかったの?」
響子さんはコーヒーの香りと味を楽しみながら、南方さんに尋ねた。
「奴が起こした殺人事件の現場だ。まるで手向けられる花のように、そこにあった。ドラム缶から右腕を出してな。走っているランナーが見つけて通報してくれたんだ。路上カメラの死角、見つからなかったのも無理はない」
「だとしても、犯行現場から誰にも見つからずにドラム缶を運べるかしら? ましてや、大人とコンクリートが入っているのよ。人数が複数いないと絶対に運べない」
「車で運べば、ある程度人目についても車内までは見んだろう。複数犯人がいる可能性も警察は追っている」
「セメントってそんな簡単に固まるの?」
「完全でなければ、一日二日あれば固まる。実際に砕いたコンクリートはそれほど固くなかった」
「犯人は、相当恨みがあったんでしょうね。骨を砕いただけじゃなく、わざわざコンクリートで固めるなんて。私怨かしらね」
「可能性は大いにあり得る。全く、一件が終わったらこれか……」
「貴方も大変ね」
「気遣いありがとう。さて、香澄くん、安瀬馬。この間の件は感謝している。警察代表として礼を言う」
南方さんは俺と安瀬馬さんの方を向いて頭を下げる。それにつられ、しずくさんも頭を下げた。
「礼なんてとんでもないです。俺たちにだって事情はありましたし、お役に立てて良かったです」
俺が慌てて手を振り、頭を上げてくれと願うが、二人が頭を下げている姿を見て安瀬馬さんが鼻で笑い、こう言った。
「フン。礼をしている暇があったら、さっさと捜査に戻れ」
「なっ――」
俺が安瀬馬さんの言葉に突っかかっていこうとしたが、彼は続けた。
「犯人を一刻も早く捕まえて、貴様も美味い酒を飲みたいだろう。この事件、安瀬馬探偵事務所も引き受ける。話を聞いてしまった手前引き戻れん。良いな八色」
「私は開斗様について行くだけでございます」
こうして安瀬馬さんと俺たちの合同捜査が始まった。彼と八色さんがいれば百人力だ。
「良いのか?」
ようやく頭を上げた南方さんが疑問を投げかけた。
「良いも悪いもあるものか……目の前で犯罪が起こっているというのに、見過ごしてなるものか」
「分かった。こちらも捜査情報をできるだけ公開する。よろしく頼む」
その言葉を残して南方さんとしずくさんは捜査に戻った。
まぁ、いつもの事ながら証拠は少ない。まず、憑神が関わっていて間違いないだろう。骨をへし折るほどの力。いやなことを思い出してしまう。
憑神は憑いた人の恨み辛みでその力を上げる。これは一般的に言われていることで例外だってある。あの人型だって、その感情がなくとも俺たちを凌駕していた。
人型でないことを祈るしかない。修行したといえ、恐らく勝てないだろう。理由は分かっている。完全な憑神化が出来ないから。
八色さんに尋ねたことがある。いつから完全に憑けたんですか? っと。すると彼女は――
五か月と答えた。時間だけで言うなら俺たちの方が関わりあっている時間は長い。なのに何故? 安瀬馬さんの言葉が脳裏を駆け抜ける。
隠し事をしている可能性。余計な詮索はよそうと決めたばかりなのに、頭の片隅でどうしても考えてしまう。
もちろん、安瀬馬さんが強いということも関係している。響子さんが弱いわけでもない。これはきっと心の問題。俺がしっかりと彼女を支え、信じてやる。このくらいしか、俺には出来ない。だけど気にしていない。
やれることやっていくことがどれだけ大切か、俺は八色さんとの修行で学んだから。
「これからどうしましょうか?」
響子さんがコーヒーを飲みながら、これからの捜査について相談した。
「オレたちは殺人現場を当たる。何か見落としていないかもう一度調べる」
「それじゃ、私たちはセメントが盗まれた工事現場に行ってみるわ。助手くん、南方さんに電話して確認して頂戴」
「あぁ、了解」
「では、捜査開始!」
安瀬馬さんの一言で捜査が始まる。と思ったが、それを快く思っていない人がただ一人だけいた。
「ちょっと、なんで安瀬馬くんが仕切るのよ! この事件は私たちが先に引き受けたんだから、私が仕切るわ!」
「勝手にしろ」
こほんと咳払いし、響子さんの表情が真剣みを帯びる。
「犯人を捕まえるために、全力を尽くしましょう。行くわよ!!」
響子さんの掛け声で事件が今度こそ開始された。
俺たちは防寒対策をした格好で斎間建設が着工している工事現場に来ていた。大きな空地、ここにはビルが建つ予定だ。
今日も大勢の人が働いている。
俺たちは南方さんに話をつけてもらって、現場監督の伊津悟さんと話す予定だ。あくまでもセメントが盗まれた経緯を聞くため。殺人事件のことは伏せている。
「こんにちわ伊津さん。生活安全課の織神響子です。そしてこちらが香澄准兵くんです」
「初めまして、織神さん。香澄さん」
生活安全課と名乗って大丈夫なのかという一抹の不安は拭いきれないが、この場の勢いに任せる。
俺と響子さんは伊津さんにどうぞ座ってくださいと言われ、席に座る。現場事務所内にはストーブがついてあり、暖を絶やさず与えてくれる。
「コーヒーでいいですか?」
「いえいえ、お構いなく。私たちはお話を伺いに来ただけですので」
「最近、恐ろしい事件が起きていますな。殺人事件と窃盗が重なっていて、夜も眠れません」
「大丈夫です私たちが――」
「私たちが?」
「いえ、私たち警察が必ず捕まえると。そう言いたかったのです」
完全に危うく私たちが解決してみせると言うところだったぞ、響子さん。うまく誤魔化せて良かった。言い直したのも似たような感じだったけど。
「早速ですみませんが、一通りこの工事現場見てみると防犯カメラらしき物が見当たらないのですが、盗まれた当夜は誰もいなかったんですか?」
「私が一人で、仕事をしていました。すいません、集中していたもので気が付きませんでした」
そう言うと伊津さんの携帯が鳴る。だけどその音はとても可愛らしい音だった。女性がしていてしそうな、およそ彼には似合わない。
「すいません。メールです」
「ええ、どうぞ構いませんよ」
伊津さんはメールを確認してそっと作業着の胸ポケットにしまう。携帯にも可愛らしい熊のストラップがついていた。
「では最後に一つ」
「?」
「そのストラップはどこで手に入りますか?」
「えっと、昔のことでどこで手に入れたか忘れました。すいません」
「今日のところはこれで失礼します」
俺たちは立ち上がり、頭を下げてその場を後にした。
「なんだったんだよ最後の質問!」
「そんなに怒らなくっても良いじゃない。可愛かったから欲しかったのよ。助手くんに買ってもらおうと思ったの」
「はぁ……」
そんなことだったのかよ。なにか重大な意味だと思っていたのに、想像した俺が馬鹿みたいだ。
「そんな物だったらいつでも買ってやるよ」
「ほんとに!? やった! 温泉のことと言い、助手くん太っ腹ね」
「今回だけだからな」
「私からもお礼するわよ。ちゃんと」
「お礼?」
「私を看病してくれたお礼。そのぐらいは礼儀はちゃんとするわよ。まぁ、楽しみに待ってて」
「了解、楽しみに待ってるよ」
俺は冷たい風に吹かれながら、帰路についた。
一体、彼女のお礼とはなんだろう。ちょっとだけ嫌な予感がする。
響子のお礼とは一体なんでしょう




