第二話 捜査②
俺は南方さんからの事件解決の依頼を頼まれた。
しかし、響子さんは寝込んでおりどう考えても動ける状況じゃない。一応、彼女にも話してみるがあの様子だ。無理はかけられない。
「響子さん?」
戸を開けるとまだ響子さんは寝ていた。スヤスヤと寝息をたて、汗はかいているものの初めに見た時より大分マシになっている。
「どうしたの? なんだかお客さんが……来てたみたいだけど」
彼女は目を覚まし、こちらを向かずに布団の中から声を出した。だが、その声は弱々しく俺の心配を煽るだけだった。
「南方さんが来たんだ。事件解決の依頼だった」
「断ったの? 引き受けたの?」
「響子さんがこういう状態だから――」
「断ったの?」
次の言葉を発する前に言われたが、俺はこう答えた。
「いや、断ってない。けど、響子さんがこんな状態だから保留にしてる」
そう。と言って彼女は再び眠りについた。
響子さんとの約束があったんだ。甘い物を買ってきてあげないとな。近くのコンビニにあるプリンでも買うか。
いつもは頼れる人。けど、今日だけは風邪だって引いてしまう普通の女の子なんだ。死線を潜り抜け憑神と気高く戦う響子さんじゃない。
そっと事務所から外出し、彼女の好きなこのコンビニ特製のプリンを買い物かごに入れる。それに水、僅かな食料を買って事務所に戻る。
そろそろ汗を拭いてあげないといけない。そうだった、他の部分を拭くためには誰か他の女性を呼ぶしかない。
三部でも呼ぶか?
昼ご飯の内容を考えながら事務所の扉を開けると、そこには着替えを済ませて外出の準備をしている響子さんがいた。
手には純白のマフラー。
「何してるんだよ響子さん!?」
慌てる俺と違い、彼女は至って冷静。
「何って、事件を解決しに行くのよ。助手くん、南方さんに依頼を引き受けるって連絡して頂戴」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫なわけないでしょ。今もフラフラで気を抜いたら倒れそうよ。でも、きっと貴方なら一人で解決するって言い出すに決まってるわ。貴方だけじゃ心配だから私も行くの。それに、もう……事件から逃げないって決めたから」
覚悟を決めた彼女の目に圧倒され、俺は一抹の不安を覚えながら南方さんに電話する。
事件の詳しい内容なこうだった。
最近、黒い服を着た女性ばかりを狙う殺人事件が勃発している。巷の女性たちは気が気ではないはずだ。
特徴として舌を切り、じわじわと嬲り殺す。首に見られる何かに刺されたような痕。打撲痕、そして他所に見られる切り傷。鳶さんとの事件を思い出すが、今回は違う。
近くの路上に設置されている防犯カメラには被害者の女性が見つかった現場から走るさる男がいた。しかも大勢。
現場は運悪く、大きな公園の近くで市民ランナーやダイエット目的、日ごろの運動不足を解消するために走っている人がいる。
襲われたのは黒いパーカーのランナー、飲み会帰りの女性会社員等々。全員深夜にこの場所を通っている。
犯行可能な人物は大勢いる。犯人である人物を特定することすら難しい。
ヒントは幾つかもらった。背丈からして男性、服装は軽装であることから家は近くにあるのかもしれない。逃走する際、少々走りずらそうにしていた。
俺は南方さんに失礼だが、「これは警察でも解決できるのでは?」と質問したところ、今女性を殺害した犯人を殺すという別事件で警察は総動員だから、手が離せないと答えられた。
犯人を殺す。まるで漫画に登場する義賊のようだ。正義を掲げ、悪を断罪する悪。俺はそう認識している。
きっと響子さんも良いイメージは持っていないだろう。
響子さんに訊かれたことがある。
「もし助手くんが愛する人を殺されて、憤慨し、犯人を追い詰めて今犯人を殺せるとするわ。貴方はその人を殺す?」
調理中でそんなことを訊かれて驚いた。
答えあぐねた。いきなりそう訊かれるとは思っていなかったし、ましたや答えなんて用意していない。
そんな中、捻り出した答えは――
「殺さない。かな。だって、そんなこときっと望んでないと思うから。綺麗ごとかもしれないけどこれしか答えがない」
何故こんなことを訊いたのか尋ねたが彼女の愛読書にそう書いてあったようだ。
俺たちは事件が多発している大きな公園、浪間公園に来ていた。そこには未だに多くのランナーや学生の運動部が走っている。
おかしい点など無い。路上カメラは完全に死角の場所で殺害されている。
「完全に死角ね。取り敢えず、休んでいるランナー中心に話しかけてみましょうか」
「そうするか」
俺たちは休憩中のランナーを中心に話しかけた。
彼らが言うには深夜に一人、ランニングをする姿をしているがランニングとは思えない速度でこの公園を走り去った人がいた。
その人が犯人?
聞き込みを続け、十二人目でやっと、その人物の顔を見て知っているという人が見つかった。
犯人に一番近い男の名は清水明。ここの近くのマンションに住んでいて、近所付き合いがあまり得意ではないらしくやや孤立気味だという。
俺たちはその人物に会いにマンションに向かった。管理人に訳を話すと怪訝な顔をされ、偽装した警察手帳を見せてもなかなか案内されなかった。
何とか説得して案内してもらうとマンションの四階。清水の表札が見える。
響子さんはインターホンを押し、反応を待つ。
「はい?」
ぼさぼさの頭と奥に見える食べかけのラーメンとテレビに映し出されているのはバラエティー番組。壁に掛けられているウインドブレーカー、玄関は様々な靴が放置されている。一際目立つのがスセートデザインシューズ。
「警察の織神と申します。ここで起きている事件に関して――」
ドアは激しい音を立てて閉ざされた。響子さんはきょとんとした表情を浮かべたままゴホゴホと咳き込み、ドアをノックする。
「帰れ! 俺は警察が嫌いなんだよ。ただでさえ近所付き合いが悪いんだ。これで悪化したら訴えるからな!!」
ドアの向こうで怒号が飛ぶ。
「それでは一つだけお尋ねします。答えてくれたならば、今日のところは大人しく帰ります。貴方はあの公園で走るのが日課ですか?」
「そうだよ!! なんか文句でもあんのか! 答えてやったんだ、さっさと帰れ!」
俺たちは嫌われたものだと思いながらマンションを後にする。大したことは聞けなかった。頭を悩ませながら歩くが響子さんの状態は芳しくなくずっと咳き込んでいる。
「早く帰ろう。無理し過ぎだ」
「ゴホッ、ゴホッ。そうね……熱っぽいし早く帰りましょう」
振り向き直し、前を向くと俺は一匹の蜂とすれ違った。すぐに気が付いたおかしいことに。今は秋だ。十一月下旬、蜂など飛んでいるはずがない。
何かが地面に倒れる音がした。
恐ろしい、想像が頭を駆け巡る。当たってくれるなと心の底から普段は存在を信じない神に祈る。
振り返ると――
「響子さんッ!!」
倒れていた。当たってしまった。響子さんが、呼びかけても意識が返事が無い。揺すってみても反応が無い。
手先が冷たく、額は焼けるように熱い。熱が悪化した? そんないきなり? とにかく考えるのはあとだ。
俺は咄嗟に思い出す、骸の武士に瀕死の傷を負わされた自分を見事に救ってくれた。祓い屋専門の病院を。
彼女を抱き上げ、俺はその病院に向かって走り出す。
明らかに容体が異常だ。頼む、死なないでくれ。
響子さん、最大の危機!
間に合うのか助手くん




