第五章終局 最期の依頼
どうしてだ? どうして人を殺したんだ? 分からない。誰かが耳元で囁いているんだ、殺せって。殺したくない殺したい殺したくない殺したい。この想いが交錯する。
自分が自分じゃなくなるみたいだ。頭の中に入ってくる、何かが。ふと気が付くとそこにはそれがいた。懐かしく、可愛らしい姿で。悪魔かと思った、脳が這いずらられ意識が融けていく。残像がチラつくんだ、あの笑顔が、姿が、顔が、全てが。
違うように見えた。世界が終った。いや、そこまで酷くない。終ったのは自分の人という感情だけで、世界はいつも正常だ。
麻耶も、宗助も殺してしまった。怖い、自分では抑えられない。誰か止めてくれ。
この衝動を抑えるためには殺そう、あの二人を。そうすれば終わる、こんな感情も、想いも罪も。全部だ。
まずは、沙紀を殺す。
森を歩いている沙紀がいる。あの黒髪のポニーテール、間違いない。あぁ、お前たちが悪いんだ。罪を忘れようなんて言うから。
――死ね。
*****
「もう、殺させはしないわ」
響子さんは後ろに立っている、華奢なそうまるで折れてしまいそうになっている枝のような細腕を掴む。
その顔は小鳥さんだ。何も感じていない無機質な表情で響子さんを見つめている。その眼は心を見透かし、考えていることが筒抜けにしまいそうだ。片手には犯行に使った椿の紋章がある小刀、間違いようがない。
鳶家の小刀だ。太陽の光を反射し、森の景色をその小さな世界に留めている。鳥が鳴き、動物たちが騒ぎ出し、森を汚した俺たちを追い出そうとしている。
「貴方には人を殺させない。里崎さんも、馬場さんも。私たちが守る」
小鳥さんは手を振り払い、一歩、二歩三歩と後退りする。
「小鳥さん、いえ、違うわね。小鳥さんに犯行をなすりつけようとした人がいる。犯人は貴方だったのね、鳶さん」
響子さんの声に反応するように木の陰から、鳶さんがのそりと這い出る。その表情は暗く、心の闇に飲まれていた。
「まさかと思ってたけど残念だわ鳶さん、警官なのに人を殺すなんて。どうしてこんなことを? その偽りの正義の仮面の下に何を思っていたの?」
「何を?」
「そう、何を思っていたの」
鳶さんはゆっくりと深呼吸し、俺たちに昔話をする老人のように虚空を見て話し出す。
「あの時、喧嘩をしていた時。あいつらが、忘れようって言ったんです……一緒に一生背負おうと約束したのに! 許せなかった。織神さん、どうして犯人だって分かったんですか?」
「貴方が小鳥さんに似ていること。それが一番の理由かしら。それだけじゃないわ、人を殺すために川に、竹林に、森。貴方は祈りの歌になぞらえて殺した。祟りを私たちに強く印象つけるためにね。
さて、なんで分かったか話しましょうか。馬場さんが言ってたわ、貴方と小鳥さんは子どもの時そっくりで見分けがつかなかった。そこで貴方は写真など見て思いつき能力を使い、小鳥さんに一番似ている自分を作り出した。そうすればあの四人は小鳥さんが蘇ったと思って、慄き、動けなくなり殺しやすくなる。加えて村の人は尾白様の祟りだと勘違いする。
そうそう、大野さんと十勝さんを殺したトリックって言えるものかわからないけどそれも分かったわ。秘密の近道を使ったのね、離れた貴方の家から温泉までは凡そ十分。あの時、十勝さんが私たちと離れてたったの五分。それなのにどうやって殺すか、待ち伏せは出来ない。見つかる可能性があるから、ならどうするか。強制的に別れさせればいい、貴方は十勝さんの物を隠し孤立させ殺した。でも温泉までは時間がかかる。だけど貴方には近道があった。そこを使い時間を大幅に短縮し、貴方は逃げた。騒ぎの時に家を留守にしていたら疑われるものね。小刀を持たせるために家から分身を送り出してもそこを通らせればバレることもないし、殺し遅れることもない。大野さんを殺した時だって同じよ。私の推理間違ってる?」
鳶さんは首を振り、涙を地面に零さないように手で押さえながら木によしかかった。落ち葉は舞い、視界を赤く染める。
分身の動きも止まった。
「殺すつもりなんてなかったんだ。考えて、謝ろうと思った……なのに、なのに俺は殺していた。俺じゃない俺が体を操って、あの二人を殺した。殺したくなかった、でも。体は言うことを聞いてくれなかった。もう遅いんです、俺はもう俺じゃない」
「そうね。貴方はもう、人じゃないわ。ただの憑神よ」
「俺の……最期の依頼を頼めますか? お願いです、これ以上誰かを殺す前に俺を止めてください。お願いします」
本当は殺したくなかった、思いもよらない一言だった。憑神に憑かれた人は人を殺すことをなんとも思わなくなると思っていた。
だけど、鳶さんの心の叫びは胸に響き、震わせた。これは紛れもない事実だ。人と憑神の間でもがき苦しみ、必死に憑神を抑えて絞り出した言葉。彼の決意を無駄には出来ない。
「その依頼、承ったわ」
「ありがとう……ございます」
その言葉を最後に彼の中の人間は死んだ。そして、憑神と言う凶暴な獣が暴れ出す。
「うがぁぁぁぁ!! 織、神、さん」
突如分身が疾風の如く、駆け出し響子さんに襲いかかる。激しい金属音が森に響く。小刀と刀、重なる視線。
俺も分身も互いに目は本気だ。
「助手くん、いつも助けに来るのが少し遅いわよ」
「悪いな。これでも最速だぜ? 響子さんは下がっててくれ」
「勿論、倒せるわよね?」
ポニーテールを解いて髪が風になびく。彼女は腕を組み、俺にいたずらにそう聞いた。
「俺は響子さんを守るために強くなったんだ。こんな奴すぐに倒してやるさ、安心してろよお姫様」
「じゃあ守られちゃおうかしら。頑張ってね、私の王子様」
気合は入れてもらった、あとは勝つだけだ。ここまで言って負けてたまるかよッ!
俺は分身を押し退け、刀を構える。分身は距離を詰め小刀で突く。挙動は素人だ、振り回す事にさえ注意していれば当たることはない。
突きを躱し、刀で反撃をしようとするがどうしても鳶さんの笑顔や、小鳥さんが浮かんで動きが鈍くなってしまう。
「うおぉぉぉぉ!!」
その念を跳ね除け、刀を振るう。分身は地面に叩きつけられ、動かない。やったのか?
「助手くん、避けなさい!」
「え?」
今まで動かなかった鳶さんが俺の横腹を蹴り飛ばした。咳き込み、起き上がると彼の尾てい骨から狐の真っ白な尾が七本生えていた。
俺はここまで浸食された人は見たことがなかった、身も心も全て憑神に支配されてしまったのだろうか? いや、彼の意志を無駄にできない。ここで俺が斬る。
立ち上がり、斬りつけるが腕を掴まれ仰向けに投げられてしまう。そしてそのまま顔面に小刀を突き下ろした。俺の首を掠ってしまうが、言葉通り首の皮一枚で済んだ。
もう一本の小刀。響子さんの部屋にあった物で間違いない。俺は逃げ出すため鳶さんを蹴り、立ち上がると激痛とともに右足の膝を落ち葉で埋め尽くされている地面に着く。脹脛を斬られている。
俺の脹脛を斬ったのは意識を取り戻した分身だった。
――しまった。
前を向くと鳶さんの蹴りが俺の頭を弾く。俺の口から折れた歯が血とともに飛び出る。反撃しようとするが分身に左肩を刺される。俺は何とか分身の髪を掴み投げ飛ばすが、見事に受け身を取られる。
「だらしがないわね。あんなかっこいいこと言っておいて」
「すまん」
「やるわよ」
「怪我するなよ」
「あら、私を守ってくれるんじゃなかったの?」
「守るけど――」
「安心したわ。これで思う存分戦える。こんなこと言うのも何なんだけど私と一緒に戦ってくれる?」
「もちろんだ」
俺は煙となり、響子さんは憑神化をした。久し振りの憑神化だ。何故かどことなく心地いい、今まで以上に強いと言える何かがある。俺は確信している。
「行くわよ」
あぁ。
響子さんは納刀し、抜刀の構えを取る。鳶さんと分身は同時に駆け出す。すれ違うその時、鳶さんと分身を切り裂いていた。
黒い煙が吹き出し、分身は今にも消えてしまいそうだった。
「とどめよ」
とどめを刺そうとした時、尾が響子さんを弾き飛ばし傷を再生させていく。ゆらりと分身とともに立ち上がると地に伏す響子さんを刺そうとしていたが、動きが止まる。
「?」
「これ以上はさせない。殺させない! けりは自分でつけます。織神さん、香澄さん」
鳶さんが意識を取り戻した。響子さんが話そうとするとあることに気が付いた。彼女を刺そうとした小刀が彼の腹部に刺さっている。
「貴方……!」
「おい、分身。俺がお前ならやることわかってるよな? フッ、ここまで小鳥に似てると怖いよ」
互いに向き合い、互いの腹を小刀で突き刺した。苦しみながらも分身を殺しきった。そして自分も殺させた。
分身が消え、鳶さんの中から一匹の狐が飛び出る。あれが憑神。響子さんは逃すことなくそれを切り裂いた。
「鳶さん!」
憑神化を解き、倒れている鳶さんに駆け寄る。
「俺、あの二人に、謝ってきます。小鳥にも。あと……南方、先輩に伝えて、もらえ、ますか? 今まで……迷惑かけて、すいませんって」
「ええ、確かに伝えるわ」
「やっぱり、ここから見る景色は綺麗だぁ……」
体温が低くなり、鳶さんはこの美しい景色を最期に目にしてゆっくりと目を閉じた。
次話は完結となります!
お楽しみに




