第三話 捜査③
柿崎亨さんが死んだ。最後のメンバーだった彼が。いや、その事実も驚くべきことだが一番驚くべきことは一日に二つの死体が見つかったということに他ならないだろう。
響子さんとともにタクシーに乗り、急いで目的地に着き、俺はバイトで稼いだなけなしの一万円を支払った。
「南方さん!」
俺が声をかけると事件現場である港付近の廃工場の入り口で待っていた南方さんが反応する。
「お前たち、来たか」
「まさか柿崎さんが死ぬなんて……」
思いもしなかった。死んでしまえば何も喋れなしない。つまり、何も聞けない。
「あぁ、俺たちも驚いた。まさか、一日で二人の仏さんを拝んじまうとはな。いつも通りの殺し方だ。内臓をぐちゃぐちゃなって、手足を切断されている」
想像しただけで吐きそうになる。
「南方さん、中に入りましょう。熱いのは嫌いなの」
手で顔を煽ぎながら響子さんは南方さんにそう言う。確かに日差しは熱い。しかし俺は背中に冷や汗をびっしょりとかいてしまっている。これが俺と彼女との神経の太さの違いだ。
廃工場に入ると噎せ返るほどの血の匂い。肺のすべてが、その気持ちの悪い匂いで埋め尽くされてしまった。
空気とともに吸い込んでしまう死の香り。誰かが言った、死は芸術だと。だが俺にはとてもじゃないが芸術とは思わない。
死。それは生命の損失。だと俺は認識している。
「これが仏さんの死体だ」
立ち入り禁止を意味する黄色いテープをくぐり、殺人現場に入るわけだが、入ると同時に先に死体を確認した響子さんが俺にこう言った。
「見ない方がいいわよ」
「え?」
彼女が言うのが遅かったのか、それとも俺が彼女の言う前に見てしまったのが悪いのか、俺は四肢がない死体を見てしまった。
「うぅ!!」
俺はその死体を見た瞬間、今まで我慢していた吐き気と気持ち悪さが吐瀉物となって外に出ようとしている。
「吐くなら外で頼むぞ」
南方さんにそう言われ、俺は急いで外に出て近くの草むらで吐いた。
朝食べたものがすべて吐き出してしまった。相変わらず、あの死体が脳裏をよぎる。また吐きそうになる。
流石にもう吐くものがない。
ただ気持ちの悪さが残る。四肢のない死体は想像していたより、残酷で見れたものじゃなかった。
響子さんは何故あんな冷静でいられるのか、いささか不思議だ。
「はい、これ」
俺の頬に冷たい水の入ったペットボトルをつけられる。
「響子さん?」
確かに響子さんだって声を聴いた瞬間に分かっていた。なのに彼女の姿がいつにもなく、頼もしく見える。
一瞬、本人かどうか疑ってしまうほどに。
「どうしたのよ、そんな情けない声出して」
「いや、ちょっと……」
彼女は俺の気持ちを悟ったように――
「死体を見るなって言ったのに、助手くんが見るから。これは自己責任。貴方が悪いのよ? まぁ、今度から私が見るなって言ったら見ちゃダメ。分かった?」
すまん。と謝ろうとしたが、彼女が俺の謝罪の言葉を遮るように続ける。
「貴方だって、夜気持ち良く寝れなくなるのは嫌でしょ。謝ることもない。謝るくらいなら、犯人を捕まえるの!」
ペットボトルでコツンと頭を叩かれた。そして彼女はそっと微笑みながらペットボトルを差し出す。
不器用ながら、これが彼女の励まし方かと心の中で苦笑し、ペットボトルを受け取る。
「ありがとう。響子さん」
俺は水で綺麗に口の中を洗い、水を飲んで気持ちが落ち着いた。
そして、響子さんと南方さんに近づく。
「もう大丈夫みたいね。なら、分かったことを言うわ。殺され方はいつもと同じ、凶器は見つかっていない。ましてや死体には持っているはずの携帯電話がない。
犯人が持ち去ったと考えるべきね。犯人は何を恐れて携帯を持ち去ったか? それは携帯でやり取りできて、こんな場所の呼び出しでも応じるほど親しい間柄だから、自分のメールを見られてしまうことを恐れたのよ」
「なるほど……」
確かに納得がいく。それもそうだ。親しい間柄でもなければこんな廃れた工場なんかに来ないだろう。相当信頼した仲だったのだろうか?
だとしたら柿崎さんは信頼していた人に裏切られて死んだことになる。
同じ死ぬとしても裏切られて死ぬなんてこんなにひどい話があるか。いや、ない。だからこそ許せないんだ。犯人が……
「助手くん。今日は予定を変更して、野中さんと前川さんの家に行きましょう。犯人に殺されないっていう可能性がないわけじゃない。早いに越したことはないわ」
「そうしよう。俺もこんな事件速く終わらせたい」
「南方さん、炭村さんに見張りの刑事をつけてくれるかしら? 今日狙われないとは限らないから」
「了解した。部下を二人行かせよう」
俺たちが現場を後にしようとするが、南方さんが呼び止めた。
「お前たち、行くところがあるならこいつを足に使え。俺の部下の鳶だ」
「鳶隼人です! よろしくお願いします!」
ずいぶん元気な人だ。
「香澄准兵です。よろしくお願いします」
「織神響子。よろしく頼むわ、鳶さん」
俺たちは鳶さんのパトカーに乗せてもらい、スムーズに移動ができた。感謝しないと。
「じゃあ本官はここで待っています!」
「ありがとうございます。鳶さん」
俺がお礼を言っているのに、響子さんはそそくさと野中さんが住んでいるアパートに向かった。
急いで、響子さんに追いつくと彼女はもうインターホンを押して野中さんを呼び出していた。仕事が速いのは助かるが、少しは待ってほしい。
「はい。どちら様ですか?」
中から出てきたのはショートカットの可愛らしい女の人だ。
「警察の者ですけども、野中雅美さんですね? 榎秋さんについてお伺いしたいのすが、少々お時間もらってもよろしいでしょうか?」
「あっ、はい。どうぞ」
俺たちは野中さんの部屋に入れてもらう。
「汚い部屋ですが、どうぞ腰を下ろしてください。今お茶を切らしているので、コーヒーでもいいですか?」
「いえいえ、お構いなく」
響子さんは座り、きょろきょろと部屋を見渡す。そこには季節外れの帽子付きのパーカー。干して間もない部屋着。昼の日差しがやや入りにくい窓と綺麗な青いカーテン。変哲もない普通の部屋だ。
「どうぞ。安いコーヒーですが」
「ありがとうございます。では頂きます」
響子さんはコーヒーを一口飲んで話を切り出す。
「野中さんは榎秋さんと親しい間柄とお聞きしましたが、自殺した時、貴方に何か相談などはされましたか?」
「ちょっと待って下さい。秋ちゃんが死ぬ前に手紙をもらって」
野中さんがタンスの中から色々な物を取り出して、やっとのことでその手紙を見つけた。しかも一通ではない。見るからに十、いや、百はあるぞ。
「これは三年間、私と秋ちゃんがやり取りした手紙です」
「すべて見せてもらっても?」
「どうぞ」
響子さんが手紙の一枚に手を伸ばし、目を通す。
「助手くんも手伝って」
「あぁ、分かった」
そこからは時間がかかった。二時間程度かかっただろうか? その時間に見合う成果は得られた。
秋さんが高校時代、三年間炭村さんに想いを寄せていたこと。その想いが成就しなかったことも。そして、三年生の初めから、文章が徐々におかしくなっていた。
これはいじめられていたせいなのか、心が病んでしまって文字も所々歪んでしまっている。それだけで気持ちが痛いほど解ってしまう。
「これが、自殺する一日前の手紙です。私がもっと秋ちゃんの力になってあげられれば自殺しなかったかもしれないのに……自分の非力が嫌になります」
そう言って下唇を噛み締めながら、見せてくれたのは今までと打って変わってどこか、誰かを恨んでいるような文章だった。
「親愛なる雅美へ
こんな想い、綴るべきじゃなのかもね
辛いという私の想い
生きているの?
なんで……かな? 涙も出ない
もう、わけわかんない
ダメだよむりだよ
こんなことになるならううんもう遅いよね
私なんて、殺されればいいんだって思える
しねない。しにたくないけどだけどむりだ
最後はね、てを振ってさよならするね。バイバイ雅美」
こんな文章、見れたものじゃない。
文面から痛いほどに気持ちが伝わる。俺は読み終わる前に何度か目を逸らして、こみ上げてくる何かを抑えていた。
「あの、大丈夫ですか?」
俺は野中さんに心配されてしまった。
「はい、大丈夫です」
俺の横の響子さんを見ると、その遺書をずっと目を通していた。
「野中さん、遺書。ありがとうございます。お返しします」
そっと遺書を返し、時計を確認して、立ち上がる。
「すいません。長い間いてしまって、私たちはここで御暇いたします」
「あ、はい」
俺たちは野中さんの家を出て、パトカーに乗って次は前川さんの家に向かう。
前川さんの家は実家暮らしなので、実家に向かうことになる。
鳶さんにはまた待ってもらって、俺たちは前川さんの家のインターホンを押す。すると出てきたのは多分、前川さんの母親だ。
「すみませんが、どちらさまですか?」
「警察の者ですが、前川由美さんはいらっしゃいますでしょうか?」
「今はちょうど留守にしておりまして」
「そう……ですが、また日を改めてお伺いします。お忙しいところ失礼しました」
前川さんがいない。少し不安だがいないのならしょうがない。ここは大人しく帰るとしよう。
鳶さんに探偵事務所に送ってもらって、今は事務所のソファーでゆったりとしている。
「助手くんおなか減った。何か作ってくれるかしら?」
「悪い、今はそういう気分じゃないんだ」
そういうと彼女は見るからに怒っていた。
「もう、助手くんったら私を餓死させるつもり? こんなうら若き乙女をいじめるなんて、酷いわ」
「あぁもう分かったよ! 今作るからちょっと待ってろ!」
「あっ、久し振りにオムライスが食べたいわ! 今はそういう気分なの」
彼女はそう言いながらなにやら考えているようだった。
俺には何を考えているかわからなかったが、彼女がねだったオムライスを作っている。ちょっと気持ちが紛らわせれる。
きっと響子さんが気を利かせて――いや、そんなことないか。
俺たちはきっと、幽霊の正体に近づいている。もう少しでこの事件は大きな動きがあるような、気がしてならない。
「なぁ、響子さん」
「何よ? 助手くん」
「幽霊っていると思うか?」
「幽霊なんていないわよ。私がそう言うんだからいないのよ」
彼女は自信満々に俺の淹れたコーヒーを飲みながらそう言った。
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