第五話 捜査④
私は南方さんに情報をもらうために、結が一足先に帰っている事務所に帰ってきていた。彼女は私の飲む珈琲を作っていた。
作り方は、助手くんに聞いたみたいね。だけど美味しく作れるかしら? 私の飲む珈琲は苦過ぎず、かといって甘過ぎず、絶妙な割合で作られている。他人が飲むと、甘いと言われるけど、私にはこれが丁度いい。
最初のころは、あれこれ文句を言ったわ。そのおかげか、助手くんは今はとっても上手に私好みな珈琲を入れてくれる。
私は足を組み、本を読んで助手くんがいた時と変わらず、コーヒーが出来上がるのを待っていた。
「出来たよ。香澄みたいに上手に作れた自信はないけど」
彼女はへへと笑って、テーブルに置く。色は変わらない、香りも、問題はその味を再現できているか。
私は香りを楽しながら、一口飲む。
「どう?」
「美味しいけど、少し甘いわ。評価するなら、百点中八十点くらいね。珈琲なら助手くんが作った方が美味しいわね」
「だって、香澄は響子とほとんど一緒にいるから分かるじゃん。私は今さっき初めて作ったんだよ?」
「私は料理には厳しいの。母の料理が今まで食べて一番美味しかったわ」
「響子のお母さんってどんな人? 厳しかった?」
「私の母は、そうね……ある意味厳しい人でもあった。優しいだけじゃなくて、その厳しさの中にだってどこまでも包み込んでくれそうな優しさがある。私が尊敬する人よ」
そう言えば、助手くんと憑神化するときその感覚に似ている。温かくて、優しくて、そばにいるだけなのに心が強くなる。
「そんな人だったんだ。きっと響子のお母さんなら、美人でかっこいい人なんだろうね」
「ええ、そんな人よ」
私がそう話していると事務所の扉が開いた。
「おう、話に来てやったぞ。って誰だあんた!?」
南方さんが面倒そうに事務所に入ってくるなり、結を指差してそう言った。
「あっ! 初めまして、彼女の友人で香澄の助手の代わりで響子の手伝いをしています、三部結と申します!」
結は南方さんに敬礼して、新人社員よろしく元気に自己紹介をした。
「あっ、こちらこそ初めまして」
彼も習慣かどうか分からないけど、結に向かい敬礼をしていた。
「どうぞ南方さん、座って頂戴」
南方さんはあぁと言ってネクタイを緩ませて、ソファーに座る。
「結、南方さんに珈琲を」
「うん、分かった」
彼女は急いで、珈琲を淹れ南方さんに差し出す。彼はありがとうと言って、珈琲を一口飲むと、目を見開き驚いた。
「なんだ、この甘いコーヒー。ほぼカフェオレじゃねぇか」
結はなんと私専用で作った珈琲を南方さんに出してしまった。当たり前の如く甘いに決まってるわ。
「結、普通のを南方さんに淹れてきてもらえるかしら?」
「あ、ごめん。今淹れなおすよ」
彼女はてけてけと歩き、珈琲を淹れなおす。
「そうだ、香澄くんはどうした? いないのか?」
「助手くんには助手くんなりの事情があってね。今はいないのよ」
「お前の世話に嫌気がさしたわけでは無いんだな、俺てっきりそう言う理由かとばかり」
「そんなわけないじゃない」
南方さんはおもむろに上着の胸ポケットから、煙草とライターを取り出し、その中から一本取り、火をつけた。
「ちょっと、ここは禁煙よ」
テーブルをとんとんと、叩きながら私はそう言った。
「すまん、この一本だけ吸わせてくれ」
彼は煙草を吸い、煙を吐く。携帯用の灰皿を使い煙草の火を消すと、結の作った新しい珈琲が丁度運ばれてきた。
「最近、寝てなくてな。煙草を吸えば目が冴えるんだが……」
「やだやだ、体調管理もできない大人になりたくないわ」
「お前だって、もう二十歳だろうに。まっ、それもそうだな。三十五のおっさんが何言ってんだって話だよな」
――さて。と南方さんは本題に入る。
「今日の朝から、俺たち警察は木山夏帆の元カレに事情聴取をした」
「その結果は?」
「焦るな、奴は被害者と二年前別れてからも脅迫、ストーカー行為を頻繁にし、一年前に裁判所から警告を受けている。付き合ってている時も、血が上りやすい性格でな。彼女や周りの人間に対して暴力沙汰はしょっちゅうだった」
私は南方さんから早く答えが聞きたくて、少しばかりイライラしていた。
「だからなんだってのよ?」
「夏帆さんが死ぬ前の日も、奴はストーカーをしていたそうだ。隣には彼女の親友、静さんがいて声をかけれなかったそうだ。結果はシロ。ストーカー行為は罰せられるかもしれないがな」
「何か彼が関係してるの?」
私は足を組み直しそう訊いた。
「関係はなかった。が、奴が言うには夏帆さんは静さんが大きな支えだと言っていたそうだ。そして、何かの鍵をお守りにしていたそうだ。捜査は振り出しってわけだ……警察は静さんについて入念に調べる。お前は?」
「私は、夏帆さんについて調べてみるわ」
その言葉を最後に南方さんは鳶さんが運転するパトカーに乗り、事務所を後にした。
「どうするの?」
結は綺麗に飲み干した珈琲カップを洗い、私に質問した。
「決まってるわ。夏帆さんの家を調べる、自宅はここから遠くないはずだから今から行きましょう」
「分かった。でも、こんなに何もないなんてね。答えがどこかに書いてなればいいのに」
書いてある? 私はもう一つの可能性に気が付かなかった、夏帆さんの手帳だ。そこには色々なことが書いてあるはず。
そして気になるのは彼女がお守りとしていた何かの鍵。この二つがこの事件を解くための文字通り鍵ね。
「行くわよ、夏帆さんのアパートに!」
私たちは秋の涼しさを感じながら、夏帆さんのアパートに向かった。
一度、彼女の家に招かれたことがある。小さな部屋でシャノンの従業員全員が入るには狭かったけど、鍋を作ってもらって、私と結と静さんはお酒を飲まないけど、他のみんなは楽しく飲んでいた。
最後にはみんなにこれからもよろしくと、顔を赤めながら笑顔で言っていた。
「着いたわ。ここね」
私はアパートの大家さんに、私とこの子は木山夏帆さんの姉妹なんです。と嘘をつき、やや怪しまれながらも遺品の整理と言って合鍵を使い、部屋に入れてもらった。
あの日見た時と何も変わらない。青色が好きで、カーペット、カーテンが青い。ソファーには好きなアニメのキャラクターの枕をいくつも置いてある。静さんに取って貰ったと自慢げに話していた。
私たちは日記を探すために捜索を始める。
きっちりと整理整頓されているテーブルの上には何もない。
「あったよー!」
結がそう言うと寝室の押入れには段ボールに入っている大量の日記が見つかった。小学校一年生から、最近の私がバイトに来た時も記されている。
「こんなにあるの。探すのに骨が折れるったらありゃしないわ、結、貴方は二年前からあの暴力彼氏の日記を探して。私は最近のを探すから」
二年前のも最近のも見つかった。だけど、何かおかしい。この日記には、何かが足りていない。そうだ、彼女だ。
静さんがいない。所々名前は出ているが、プライベートなことが一切書いていないわ。あの彼氏のことですら事細かに書かれているのに。
一体何故?
「あるはずよ。ここのどこかに、静さんのことを事細かに書かれている日記が。探しましょう」
結は居間、私は寝室を探した。私はスタンドライトが立っている小さな机に目が止まった。引き出しが一つ。その一つの引き出しを開けると、そこには真新しい日記と珍しいタイプの錠前がついた日記があった。
「これは……!」
一つは一番新しい、死ぬ前日のことを書いている。もう一つは鍵を使わないと開かない仕組みになってるわ。
「どうしたの? なにこの日記、珍しい形だね。私もこんな形見たことない」
「私だって見たことないわよ。でも、きっとこの錠前がついた日記に静さんのことが書いてある。これがこの事件を解く、最大の鍵ね」
この錠前が外れると同時に、この事件の謎という錠前も真実という名の鍵で解き明かさられる。
夏帆さんがお守りとして持っていた、あの鍵がきっとこの日記の鍵ね。
私は確信していた、一歩一歩しっかりと大地を踏みしめ、夏帆さんの気持ちを感じとりながら真実に近づいていることを。
もう少し、あともう少しで手が届く。
真相に近づいている響子さん。
犯人は一体誰?




