第三話 捜査②
メイド喫茶のアイドルであり、私の職場の先輩である木山夏帆さんが謎の溺死により、店は臨時休業を余儀なくされた。
昨日は、最良の日になるどころか、最悪の日になってしまったわ。
この事件は怨恨かはたまた私怨か、それとも光の舞台で活躍する彼女に嫉妬した、影の死神が招いた事件か。
犯人像が男か女か、それすらも分からない。何処かにこの事件の解決するヒントがあればいいんだけど。今は、犯人の動機を推理しなくちゃ。
昨日のなかなか寝付けない最悪な夜に南方さんに電話し、詳しい状況を聞いた。
夏帆さんは、休日は人で賑わうこの町の大きな公園、桐之辺公園で死んでいたという。
勿論、その公園に噴水は無い。警察は彼女の穏やかな死に顔から、特に親しい仲の人間を犯人として捜査を開始していた。
今日はなんでもシャノンの従業員の取り調べだとか言ってわ。私は昨日、電話でされたし、結だってもう取り調べされて帰ってきた。
夏帆さんが生前親しかった、あの静さんも取り調べされていた。
誰よりも深い悲しみを感じているはずなのに、彼女は取り調べに快く応じた。犯人を捕まえるためらなと。
夏帆さんの死因は体内の酸素が足りず、窒息死した。
おかしい点を挙げるとすれば、そうね、まずは死因が窒息死だということ、犯人の指紋などなく、携帯電話を握りしめながら死んでいたこと、そして彼女は穏やかな表情をしていること。
考えると謎ばかり増えていく。
そうこう考えているともう、お昼になっていた。いつもならコンビニでお弁当でも買って食べるんだけど、今日は結も来ているから、彼女が料理をするみたい。
お昼ご飯でも食べて、気持ちをリフレッシュさせましょう。
「結ー、お昼ご飯出来た?」
「うん、出来たよ!」
と、元気な声でそう言った。
私には分かる。今、彼女は空元気で私に迷惑をかけないようにそう振る舞っている。あの子の笑顔は輝きを失ってしまった。
それはまるで、曇天の空に隠れた太陽のようにだった。彼女は弱々しく、それでもなお光り続け、どうしようもない現実を必死に受け入れようとしている。
私はそれを見守ることしか出来ない。
彼女には――いえ、人には必ず立ち直れる力はある。私はそう信じている。
「今日は何を作ったの?」
「今日はね、オムライスを作ったよ!」
どれどれと私は早速、席につき頂きますと言って、オムライスを見る。形は悪くない、問題は味ね。彼女が料理をしているところなんて初めて見たし、はっきりと言えば私と同じなのではないか? っと思い不安だった。
口に入れ、ゆっくりと味わう。
「美味しいわ」
美味しかった。それもそうよね、私が認めたくないけど突飛して料理が下手なのよね。
普通の女の子なんだから、料理ぐらいできて当たり前よね。
確かに美味しかったけど、助手くんほどではないわ。助手くんを褒めているわけじゃないけど、比べたらって話ね。
「良かったー、響子は香澄の料理で舌が肥えてるから、不満だと思ったよ」
「そんなことないわ。助手くんの料理だってまだまだよ」
「そんなこと言ったら、香澄が泣くよー? あんなに料理の事、勉強してたのに。ぜーんぶ、響子のためなんだよ」
「前にも言ったけど、あれは助手くんがボランティアで行ってることなのよ。感謝だってしてるし、文句ひとつ言ってこないし」
「なんだか響子と香澄の関係って面白いよね。どこまで行ったの?」
私はオムライスを食べるのを止め、スプーンを置き、彼女に呆れた表情で言った。
「あのね、どこまで行ったとか訊くけど、どこまでも行ってない。寧ろ、スタートラインにすら立ってないわよ。探偵と助手の関係よ。分かった?」
「なーんだ、面白くない」
なんでわざわざ面白くする必要があるのよ。と内心呆れ果てた思いをしながら、私は結と一緒に食事を続けた。
そして食器の片付けが終わり、私と結はシャノンに向かった。
その理由は、彼女のロッカーを調べるため。なにか重大な手掛かりが見つかるかもしれない。
私はあるかどうか分からない希望を頼りに、捜査を始めた。
シャノンの入り口は勿論開かない。裏口の扉は開いていた。
開いていることを不審に思い、警戒して中に入る。厨房、フロアともに異常はない。
ただ日に陰り、暗い店内だけは心に刺さる。本来ならば、もっと賑やかで、笑い声が絶えない場所なのに。
調べてないとすれば、私たちが着替えている部屋。そこにきっと先客がいるわ。
案の定、更衣室には明かりが点いていた。私は気を引き締め、部屋に入る。
すると、その部屋には静さんがいた。
目を閉じて、夏帆さんのロッカーに頭を打ち付けている。その様子は死んでしまった夏帆さんと会話しているように見えた。
「静さん?」
結が思わず声をかけてしまう。その声に反応して、静さんは涙を流しながら、こちらを向いた。
ここまで張り続けた糸がぷつりと切れ、感情をせき止めていた何かが壊れてしまったのね。
ただ静かに涙を流している、表情を変えずに。
「なんだ、お前たちか。かっこ悪いだろ、私が泣いてる姿」
「そんなことないですよ。私も散々、泣きましたから」
結は彼女に近づき、ハンカチを手渡す。涙をふき、ベンチに腰掛ける静さんはとても寂しそうに見えた。
「で、お前たちは何しに来たんだ?」
「私と響子は、夏帆さんのロッカーを調べに来ました」
「何のために?」
キッと私たちを強い目線で威嚇する。どうやら理由が聞きたいみたいね。
「良いわ。その理由を教えてあげる、私は探偵。夏帆さんの死の真相を暴き出すためにここに来た。これが理由よ、文句あって?」
彼女は私の変わった口調に驚きながらも、探偵か。と呟き、ならいいことを教えてやると続けた。
「夏帆には、熱烈なファンが三人いた。あの人は彼氏がいなかったから、あの三人はファンとしてとても大切にしてたらしい。誕生日にはプレゼントをもらって喜んでたよ」
彼女の話を聞くにつれて、彼女は本当に夏帆さんのことを知っていることを実感した。きっと彼女なら何かを知っている。
「その三人が怪しいと?」
「そこまでは言わんさ。大事なお客さんだからな、ただ、お前の推理の参考になればっと思っただけさ」
「参考ね……一応、頭に入れとくわ」
そして静さんの目の前で夏帆さんのロッカーを開ける。そこに写真がいたるところに貼ってあった。
静さんと一緒に遊園地で遊んだ記念の写真やこの町の夏の風物詩、桐之座神社祭りで撮った写真。自宅で遊んだ写真、どれもこれも二人とも笑顔だった。
だが、ロッカーには不思議な物が置いてあった。
「腕時計……?」
そこには腕時計が置いてあった。おしゃれな白い時計。だけどなんでこんなところに?
「それが、ファンからの贈り物だよ。そういや、忘れたって言ってたな」
「これが」
だけど、それ以外このロッカーから得られなかった。私は希望を掴み損ねた。
「何もなかったね。夏帆さんの手掛かり」
結は下を向き、落ち込みながらそう言った。
「捜査ってのはそういうものよ。手掛かりが見つからなかったぐらいで意気消沈していたら、とてもじゃないけど、助手くんの代わりは務まらないわ」
出来れば今からでも遅くないから、彼女は手を引いて欲しい。危険な、荊の道を歩き続けることになるから。
私たちが裏口から出ると、正面の入り口に男性が一人、花束を持って呆然とした表情で立っていた。
「響子、誰あの人?」
「私が分かるわけないでしょ」
彼は私たちが話している声に気が付き、花束を持ったまま走り出した。その走る寸前に私は見た、その左腕に、夏帆さんと同じ白い腕時計をしているのを。
「待ちなさい!!」
私は急いで走り出すが、それに適していない靴のせいで上手く走れない。だが、隣にいる結が韋駄天の如く駆け出し、犯人にタックルし動きを止めた。
「貴方、どうして逃げるのよ。おかげで、走ったじゃないの!」
「ご、ごめんなさい」
私が少し遅れて怒ると彼は謝り、結にどいてくれないかと言って立ち上がった。
見た目は十代後半か、二十代前半。私と同い年くらいね。
赤い上着とジーンズ、腕には白い時計、髪は長く、顔にかかっている。
「どうして逃げるのよ」
彼は面目なさそうに、頭を掻きながら逃げたわけを話す。
「ニュースで夏帆さんが死んだって見たから、せめて花束でもって思って。でも君たちを見たら怒られるかなって」
「理由もなく怒るわけないでしょう。学校の先生には理由もなく怒られたりした?」
「いや、その……すいません」
この人はファンの一人、美濃雄大。ここ二、三年前から喫茶に通い詰め、夏帆さんに惚れたらしいわ。
告白するつもりで、腕時計をプレゼントまでしたけど結局勇気がなくて告白できず、彼女が死んでしまって、酷く後悔している。
「誰も怒らないから、花は自分で置いてきなさい。それとあとで貴方に話があるわ。時間はあるわよね」
「あるけど――」
「あるけど、何?」
「なんでもないです」
彼が花束を置くのを見届け、結はその人をじっと見ていた。
「どうしたの、そんなに見つめて?」
「あの人、いい人だなって思ってさ。やっぱり、夏帆さんはたくさんの人に愛されてたんだね」
「そうね。だからこそ犯人は絶対に捕まえるのよ」
「うん」
一陣の風が、花を散らせ街路樹の紅葉した葉を落とす。その風は私の頬や髪を絡み付くように撫でていき、最後には私たちを笑っていった気がした。
響子さんは一歩一歩、解決に向けて前進してます!




