第二話 捜査①
私は三連勤のバイトを面倒に思いながら、今日もシャノンに来ていた。助手くんの刀の稽古が終わりまでの手伝いだけど、最初は作業的だった仕事も楽しく思える。
昨日は久し振りに助手くんに会った。顔には出さなかったものの、疲弊しきって、顔も手もボロボロだったわ。
けど、心なしか逞しくなった気がする。男子三日会わざれば刮目して見よってよく言ったものだわ。
前まで身体がちょっと細かった彼も、いつの間にか頼りがいのある男の子になっていた、ってわけね。
どんな風に稽古をしているんだろう? 私は少し考えてみるけど、八色さんにやられて地べたを這う、助手くんしか思いつかない。
バイトのことは完全に上の空になっていて、メイド服に着替えるために伸ばした手は止まっていた。 私と同じ三連勤の結は、考え事している私を見て、ニヤニヤしているが気にしない。きっと、またくだらないことを言いそうだから。
「おい、織神。何ぼさっとしてんだ……さっさと着替えろ」
静さんにかなり男っぽい口調でそう言われて、思考の旅に出ていた自我がようやくいるべき居場所に帰ってきた。
「すいません。今すぐ着替えます」
私は急いでメイド服を着るが、ある異変に気付いてしまう。
「静さん、夏帆さんはどうしたんですか?」
髪を結ぶためにヘアゴムを口にくわえている静さんは、髪を後ろに結んでしまってから「今日は休みだ」とメイド服を正しながらそう言った。
「そうなんですか。風邪とか引いたんでしょうか?」
「さぁな、あの人だって色々あるんだろ。私にはメールで今日、休むってオーナーに言ってくれとしか書いてなかったからな」
あの人は仕事大好き人間で職場でも有名だった。オタク――いえ、ファンの人に残念な思いをさせたくないという理由で、高熱が出ても出勤したという伝説は、バイトの私でも知っている。
少し、気になる。そんな人が休むなんてよっぽどの理由。邪推し過ぎかしら?
「分かったら、さっさと開店準備するぞ。一人足りない分、全員で補うんだ!」
夏帆さんがいないときなんてなかったから、誰がリーダーシップを発揮するのだろうと思っていたが、そういうことに一番興味を示さなそうな人が指揮するのが、私は少々驚いた。
当たり前と言えば当たり前になるわね。だってこの店が開店初期からいる、初代メンバーですもの。リーダーシップを発揮してもなんら問題はないわ。
そう言えば、夏帆さんと静さんはとても仲が良く、休日も遊ぶ仲だと聞いたわ。
夏帆さんの日課である、日記にもその事だけでなく色々なことが、事細かに書かれている。
私は静さんの指示に従い、迅速に準備をした。
何事もなく開店し、何事もなくお昼を迎えた。流石に今日は助手くんは来なかったけど、意外なお客さんが来店する。
「お帰りなさいませ。って、なんで貴方がここにいるのよ。南方さん」
私の目には鳶さんと南方さんがいる。
「それはこっちが訊きたいぐらいだ。だが、今はそれどころじゃないんだ。オーナーはいるか?」
「? ええ、それならこっちに。案内するわ」
警察がオーナーに何の用かしら? 客や、従業員の視線が南方さんと鳶さんに嫌になるほど注がれる。
鳶さんは初めて見るメイド喫茶の店員に、目を奪われていたが南方さんに喝を入れられ、姿勢を正す。
私がオーナーのところに案内して、私は部屋を出て行かずその場で腕を組み、壁によしかかり話を聞く。
「あなたがオーナーの川崎さんですね」
「はい、そうですが。警察が一体私の店に何の用で?」
「重苦しい話になります。覚悟をしてください……木山夏帆さんが今日、遺体で発見されました」
「え!?」
私も当然驚いた。あの夏帆さんが死んだ。この喫茶店のマドンナ的存在で、誰よりも人の笑顔を愛している彼女が。
にわかには信じられない。
「鳶、写真を見せてやれ」
「はい。こちらが、遺体の写真です。顔だけしか見せられませんが」
オーナーは写真を見た瞬間にその場に泣き崩れた。私も見せてもらったけど、あの顔は紛れもなく夏帆さん本人だった。
何故か彼女の死に顔は、安らかな顔をしていた。
「死因がとても奇妙なんです」
と南方さんはゆっくりと話し出す。重々しく、とても気の毒そうに。
「死因は、溺死です」
溺死? この海が無い桐之座町で? 海どころか水族館すらないというのに、どうやって溺死したの?
「これは自殺とは考えにくいです。我々警察は、殺人事件として犯人を追っています。何か彼女に、異変などはありませんでしたか? 相談事とか」
「いえ、特にありませんでした。今日、仕事を休むとしか」
それから南方さんはオーナーにいくつか質問をするけど、捜査の参考になることは聞けなかった。オーナーは夕方までで閉店とし、警察が帰った後でスタッフ全員を集めた。
「なんですか、みんな集めて」
静さんがそう訊く。するとオーナーは涙を流しながら。
「今日、夏帆ちゃんが死んだ」
みんなに残酷な真実を伝えた。夏帆さんが死んだと。泣きじゃくる者もいた、結も例外ではなく閉店した、夕日で照らされている店の椅子に膝を抱えて座り込み、泣き顔を見せないように静かにすすり泣いていた。
私はそっと近づき、結に声をかけた。
「結、大丈夫?」
彼女は首を横に振る。メイド服のスカートは彼女の死を悼む、大粒の涙でびしょびしょに濡れていた。
「響子はなんで……そんな、平気でいられるの?」
結が嗚咽しながらも、その泣き顔で崩れた顔でこっちを向きながらそう言った。
「平気じゃないわよ」
私は拳を固く握っている。
そう、平気なわけがない。本当は今すぐにでも犯人を捕まえて殴りたい。腸が煮えくり返るとかいうレベルを既に超えている。
下手をすれば決壊してしまいそうなダムのように、噴火してしまいそうな火山の如き怒りという、どうしようもない感情を、悟られないように冷静な仮面の下に隠している。
私は今、とてつもなく怒っている。
心の底で暴れだしそうな怒りの虎に、鎖をつけて無理矢理飼いならしているがいつ暴れ出すか私自身、分からない。
「犯人を捕まえるわ」
「え?」
休業していた探偵家業を再開させる。そう決心した。助手くんがいないのは心もとないけど、贅沢も言ってられない。
この事件は私だけで解決してみせる、絶対に。
「あたしも、手伝う。探偵の助手くらいなら務まるよ!」
「ダメよ。貴方には務まらないわ」
「なんで? あたしも犯人を捕まえたい! 捕まえて、ちゃんと罪を償わせないと、あたしの……みんなの気が収まらないよ!」
彼女はいつものおふざけをする顔ではない。さながら戦場に出る騎士のように、強い眼差しと揺るぎない固い決心。
私はその迫力に蹴落とされ、暫く考えてから答えを出した。
「よく聞きなさい。絶対に無理なことはしないこと。これを守らないと、手伝いはさせられないわ。約束出来る?」
「分かった。約束する」
私は不本意ながらも結に約束させ、捜査の手伝いをさせることにし、ここに彼女と私の異色のコンビが結成された。
さて今回は、誰が犯人なのでしょうか




