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夜の月に笑われて  作者: 宮城まこと
骨の在処
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第三章完結 その命の価値は?

 俺が目を覚ますと、初めに目に飛び込んできたのはシミひとつない真っ白な見知らぬ天井だった。

 ここはどこだ?

 分からない。意識がはっきりとしているがなぜか頭はボーっとしている。手を動かし、周りを見渡してみるも別に異常はない。

 どうやら生きているらしい。

 この体になって、死ぬという感覚が鈍っていたがあの経験をしてはっきり言うと、死ぬのが怖くなった。何も感じない、何も触れない、何も考えられない。

 あの響子さんの声でさえもひどく遠くから聞こえたんだ。

 だけど、響子さんが俺の頬を撫でた感覚だけははっきりと残っている。

 あれが死ぬってことか。

 腹に空いた傷を触れると包帯が巻いてある。痛みはない、けど動かすと傷口が開いてしまうだろう。

 そうだ、あの憑神はどうした? まさか、俺だけ生き残ったとかないよな……


「あら、起きたの? 助手くん、怪我の具合はどう?」

「響子さん!!」

 俺は起き上がろうとすると、腹の傷が痛む。

「私を見て嬉しいのは分かるけど、いきなり無理すると傷口が開くわよ」

「あっ、あぁ、ごめん。なら悪いけど、ベッドを起こしてくれるか?」

 彼女はきっと面倒だと思いながら、ベッドを起こしてくれた。これで大分話しやすくなる。

「響子さん、あの憑神はどうなったんだ……?」

「倒したわよ」

 響子さんは近くの椅子に座り、俺の顔を見てどこか懐かしむ目を向けて話した。

「本当か!? 良かった」 

 だけど、一体どうやって? 俺が倒れた後で響子さんは戦えないのは明白だ。

 安瀬馬さんだけで勝ちきれるのも難しいはずだ、腹の刺し傷もあったことだし。

「どうやって、倒したんだ?」


 俺の問いに簡単に答えられそうにない響子さんは、この病室に嫌になるほどの静寂をもたらした。

 いつもより哀しそうな眼をしている彼女はただ、虚空を見つめていた。

 聞かなければこの疑問の種は生まれなかった。まさか俺が彼女に疑いを持つことになるとは、この時の俺を含めて響子さんも考えていなかっただろう。

 そして――重苦しい口をゆっくりと開く。

「私が……私が殺したの」

 捕まえたのではなく、殺した。彼女ははっきりと言った。目を伏せながら、言った後に後悔の念を感じながら。

 殺したと。


「殺したの。あいつの首を撥ね飛ばして……きっと殺す必要がなかった。捕まえてきっちりと罪を償えさせれば良かった。だけど、助手くんが刺されて頭が真っ白になったのよ。そうしたら殺していた。私、駄目ね……感情的になって、刀を振るった。私もあいつらと同じ、人殺しよ」


「違う。響子さんは人殺しなんかじゃない! あいつらは自分のために、欲望のために人を殺す。けど響子さんは人を守るために刀を振るったんだ。それを罪だというなら、俺も一緒に背負うから」


 俺は精一杯の笑顔を向ける。

「馬鹿……貴方は大馬鹿者よ」

「そうだよ。俺は馬鹿だよ。それと……その、生きててくれてありがとう」

「私は死なないわ。だって、助手くんの作った珈琲まだ飲みたいもの」

 そう言って響子さんは優しい笑みを返して、俺をそっと抱き締めた。その瞬間、俺は分かってしまった。彼女が体を震わせているのを。

 俺はそっと背中に手を当てた。

「これは邪魔したか? だが、場所は考えた方がいいと思うがな」

「っ! 安瀬馬さん!」

 俺と響子さんは急いで離れ、平然を装った。俺も彼女も耳の先が真っ赤になるほどに恥ずかしがっていた。

「元気そうだな、香澄」

 安瀬馬さんは頭に包帯を巻いていながらも、いつも通り元気そうだった。そして手には果物が沢山入っているかごを持っていた。

「この果物は見舞いだ。八色、調理しろ」 

「了解しました」

 八色さんはかごからおもむろにリンゴを取り出すと空中に放り投げ、なんと手刀でリンゴの皮をむき、うさぎの形を作って皿に綺麗に並べた。

 どうやってやったんだよ。


「どうぞ、織神様も香澄様も」

 響子さんは足を組み、リンゴを口に運ぶ。そのリンゴはとても甘く、口の中で見事に酸味と調和していた。

「貴様には色々と説明せねばなるまいよ。香澄、ここは執行人や他の祓い屋たちが使う病院だ。肩の怪我も完治しているだろう?」

 そう言われてみればいつしか肩の痛みはなく、傷も綺麗に消えていた。

「しかし、貴様は一度死んだ。これだけは事実だ。この病院で見事に蘇生し、今こうして生きている。腹の傷は完全治癒するのは、憑き人の貴様とは言え、かなり時間がかかる。あの憑神の灰が貴様の身体の再生能力を阻害しているのだ。最後の足掻きと言うわけだ。なに、あいつは完全に消滅した。貴様の灰を媒介にして復活などはしたりせん。心配することはない」

「そう、ですか……それを聞いて安心しました。で、退院はいつ頃出来そうですか?」

「医者が言うにはあと一週間もすれば退院が出来るそうだ。退院したら、織神に何か礼をしろ。五日間寝たきりの貴様を、ずっと看病していたんだ」

 そうだったのか。だからいつもより俺を見て懐かしい眼をしていたんだ。本当に俺は、響子さんに助けられてばっかだな。

 響子さんを守らないと。もっと力をつけないといけない。

「そうなのか響子さん」

「貴方がいないと暇だから、暇つぶしで看病してたのよ。有難く思いなさい」

 響子さんはそっぽを向いて俺にそう言った。

 だけど、今回の出来事ではっきり分かった。俺は弱い。


「八色さん、俺に刀の修行をつけてください!」

 俺はもっと強くなりたい。

「よろしいのですか? 安瀬馬の刀の道は過酷を極めます。覚悟はおありで?」

「もちろんです。俺は今より、強くなりたい。響子さんを守るために」

 八色さんは安瀬馬さんを見て、互いに頷いた。

「分かりました。ですが、まずその怪我を治癒させた後に稽古をつけましょう」

「ありがとうございます!」

 俺は頭を下げて喜んだ。そして俺は響子さんに「もう少し寝てなさい」と言われ横になる。すると眠気が襲い、俺を眠らせた。

 そして寝る間際、響子さんと安瀬馬さんが何かを話していた。俺自身、何を話しているか分からなかった。

「オレは暫く探偵家業を、休業する。この腹の傷が癒えるまでだがな。貴様はどうする?」

「私も助手くんが刀の稽古が終わるまで、探偵は休業するわ。久し振りに友人と会うことにする」

「そうか。あと貴様に尋ねたいことがある」

「何よ?」

「織神の秘技、あれほどの技。体に負担がかからないと言ったら嘘になるだろう? どんな代償がある」

「あれは普通の憑神化と違って、外に纏うんじゃなくて、内側から憑神化するの。だから力が強い分、負担も相当よ。だけどその負担ってのも四日程度寝込むくらいだけどね。それに」

「それに?」

「誰にも守られてない分、死ぬのが怖くなるのよ」

「二人ならば越えられるか……確かにそうだな。オレも八色がいるからここまでやってこれた」

惚気(のろけ)ないでよ」

「貴様も大切な人――いや、香澄を守り抜けよ」

「貴方に言われなくても分かってるわよ。今度こそ守り抜いてみせるわ……私の大切な人」

次章も楽しみにしていて下さい!

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