第三章終局 貴方の帰る場所
夕日が完全に沈み、この桐之座町は完全な夜に支配される。秋の涼しい風がその不気味さを倍増させ、恐怖心を煽る。だが、人工の光が輝きだし不思議と小さな安心感を与えてくれる。妙に気持ちがいい月。満月が俺たちを照らしてくれた。
自然も今は味方だ。
「なぁ、響子さん。なんで安瀬馬さんは雁野親子が犯人だって分かったんだ?」
「貴方、分かってなかったの?」
「まぁ」
恥ずかしながら、あの説明じゃまったくわからない。
「良いわ、説明してあげる。犯人は骨をこよなく愛していることは流石に分かるわよね。あの犯人が骨をそのままにすると思う? 必ず保存するはずでしょ。だから、あの臭いはホルマリンだって分かったの。あの息子がどうやって大量のホルマリンを入手するか、それは外科部長の親をゆするしかなかった。
あの息子が異常な愛情を沸いてしまった理由を考えると強烈な印象が必要。私自身が考えて、導き出した答えは白骨した死体を見た……これは私の推理だったけど、どうやら当たってたみたいね。そして殺人をして骨を集めた。ここだけは安瀬馬くんの推理は外れたわ」
そういうことだったのか。
あの少ない情報でここまでの答えを導き出すとは流石の一言に尽きる。
安瀬馬さんは行方不明になった国山さんの部屋を見て携帯電話や財布、生活に必要な物を置いて行っていることに気が付き、殺害されていると推理したらしい。
この二人の驚くべき能力に改めて驚いた。
「どう、分かった?」
「ありがとう。とりあえず全部理解した」
「なら良いわ」
そう言い終わると彼女の携帯が鳴る。どうやら安瀬馬さんからの電話だ。
「もしもし、ええ、もう捕まえたの? コンビニの近くにいるわ。ええ、すぐに到着するわ」
電話を切り、携帯電話をポケットにしまい、夜の空に浮かんでいるどこか悲しい光を放つ満月を響子さんは見ていた。
「助手くん、あの息子が捕まったそうよ。この近くのコンビニいるわ。行きましょう」
「コンビニ!?」
ここから近くのコンビニなんてすぐそこの角を曲がるだけで着く。
そして俺たちは角を曲がり、コンビニに向かう。コンビニ近くの電柱にバイクと安瀬馬さんと八色さんが犯人を囲んでいた。
犯人である雁野昇平は電柱に縄で括り付けられ何か大声で、喚いていた。
「ふざけんなよ! 俺がいつ人を殺したんだよ、証拠でもあんのか!」
俺が聞いたその台詞。当然、安瀬馬さんや響子さんにも聞こえている。その言葉で安瀬馬さんの堪忍袋が切れたのか、彼の顔面を蹴り飛ばした。
「証拠だと? 貴様の親がそう言っているんだ。先ほど、警察から頭部がない女性の死体が見つかったと連絡があった白を切るつもりなら、その笑みを止めろ」
そう――笑っていた。彼は犯人と言われて、突きつけられても、悠然に極めて楽観的に不気味におぞましく笑っていた。
その笑みは余裕からなのかそれとも、この状況を楽しんでいるのか。どちらにせよ分からない。いや、分かりたくもない。
「この状況で、こんなに綺麗な骨をしてそうな人に囲まれたら笑うしかないだろ!! ゆっくりと皮を剥いで目玉を抉って、野鳥の餌にしてやろうか? 楽しみだなぁ、あなたたちの泣き顔とその骨を見るのがさぁ!! ははははははは!」
彼は笑う高らかに。俺も彼の行ってきた残虐な行いを想像するだけで怒りが込みあがってくる。
俺も安瀬馬さんみたいに、手を出してしまうかもしれない。
だが、この場の誰より怒りを露わにしていた人がいた。
「貴方、正真正銘の屑野郎ね。寛大な私だって久し振りに怒りそうになるわ。貴方は今まで捕まえた中で一番たちが悪い……雁野昇平、私が本物の芸術を教えてあげるわ。土下座して喜びなさい」
まるで地を這うゴミ虫を見るかのような俺や二人には絶対向けない、冷酷で冷徹な視線。彼女は静かに怒りの炎を激しく燃やしていた。
「芸術? これは笑えない冗談だなぁ。これこそが芸術で、人の衝動の権化の愛だよ! 美しいものを愛でたいと思って何が悪いんだ!」
「これ以上、戯言を言うな。次はお前の頭を撥ね飛ばす」
安瀬馬さんの一言により、彼は黙った。ように見えた。
「くくくくっ、あはははははは! もういいよ、みんな殺して俺の作品にしてやる! だからここで殺す!」
彼の身体から噴き出る黒い煙。あれは憑神だ。しかし、様子が変だ。黒い煙は出るものの一向に具現化しない。
俺は嫌な予感がした。
当たらないでくれと祈るが、運命が俺を嘲笑うかのようにその予感は当たってしまった。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!!」
――憑神化。彼の体には既にあの武士が浸食しており、人格を、その体を全て乗っ取ってしまう。そこにはもう、雁野昇平の人格は無く、あれは彼の姿をした竜華長次郎だ。
「げはぁ!! やっとこれで楽しめる」
縄を強引に引き千切り、安瀬馬さんの首を掴もうとするが、俺は彼を押して跳ね除け代わりに掴まれ、その瞬間に出現した馬に竜華長次郎は乗り、俺を引きずったまま馬は空を駆けた。
満月を背に、俺は必死の抵抗をするが奴の力は緩まない。それどころか掴む力は一層強くなる。
「そう急くな。今、人気のないところでたっぷりと殺してやる」
奴は口角を吊り上げ、あくどい笑みを浮かべた。このまま好き勝手させるわけにはいかない、そう思い俺は影から刀を取り出し刀を抜かないまま、奴の肘を殴った。
「ぐっ、おのれ!」
俺は力が弱まるところを見計らってその手を振り解いた。落ちることは分かっていたし、承知の上で行ったんだ。多少の痛みは我慢しろよ俺!
「うわあぁぁあぁぁぁ!?」
俺は桐之山の小さいながら深さがある川に落ちた。なんとか岸にしがみつき、這い出るがふらついた足取りでまともに歩けない。
いたるところを打撲している。肩の癒え切らない傷口も開いてしまった。唯一の幸運は低い高さから落ちたことだ。
もう少し高かったら俺は、骨折でもしていただろう。
「くそ……」
痛みは取れ、再生も始まっている。打撲のことは心配しなくてもいい、だけどこの肩の傷だけはどうしても心配になる。
「暴れるから落ちるのだ。俺の楽しみが少なくなったらどうするつもりだ」
「知るかよ。それに俺はお前を楽しませないで、ぶった斬るぜ?」
「面白い、やれるものならやってみろ。その自信ごと命を斬り伏せてくれる!」
気味の悪い烏の声が一鳴きした瞬間、それは開戦の合図になった。俺は駆け出し、鞘から刀を抜いて月光に反射しながらも奴を斬りつけるが刀で止められてしまう。
「相変わらず、甘っちょろい刀を振るう。もっと殺気を籠めろ!」
「くっ!」
俺は一旦距離を取って、頭を落ち着かせた。
あいつはもう憑神の身体じゃない。だから無理な動きは出来ないはずだ、それを狙って少ない隙を斬る!
俺は勢いをつけて走り出す。
走る勢いを利用しての俺の渾身の一閃だったが、簡単に止められ鍔迫り合いをする形になってしまった。
「殺気を籠めろと言ったのが分からんのか? そうだ、あの黒髪の女を殺せば変わるか?」
あの黒髪、響子さんのことか!
「てめぇ!! 響子さんに手を出してみろ、俺が殺す!」
「良い眼だ。もっと俺を興じさせてみろ」
俺はその時から怒りで我を見失った刀の振るい方をした。
力に任せに振り、徐々に大振りになってしまって当たらずやり場のない怒りが体の中でもがいていた。
「どうした? 当たっておらんぞ? 結局この程度か……」
そう言うと腕を掴み、投げ飛ばす。俺は近くの木にぶつかり、大きく咳き込む。痛みですぐに動けない。
そして奴は俺の肩の傷口を踏みつけた。
「ぐあぁぁぁぁぁぁ!?」
「やはりつまらん。死ね」
俺は死を覚悟した。
するとエンジン音がどんどん近づいてくるのが分かる。
オフロードバイクが奴を轢き殺すためにバイクをジャンプさせ、ぶつかろうとするが奴は避け距離と取った。
運転手は安瀬馬さんで間違いない。だが、八色さんがいない。
月光が途切れた。その影の正体は八色さんだった。
「上か!」
振り下ろした軍刀を何とか防ぎ、反撃しようとするが彼女の素早い追撃で頬を斬られた。
「久し振りの切り傷だ。良いねぇ、これだから生身は止められないんだよ! この殺気、たまんねぇ」
奴が空を仰ぎながら大声で笑う。
「八色、やるぞ」
バイクから降りてきた安瀬馬さんが八色さんに向かってそう言った。
軍服のボタンを一つだけ開け、前を向いたまま俺に話しかけた。
「おい、織神の憑き人。よく見ていろ。これが本当の憑神化だ」
八色さんが軍刀を渡し、黒い煙と化す。
彼の身体を包み込み衣服が変化する。黒い軍服が白い軍服になり、凄まじいほどの殺気で周りの空気を凍りつけさせた。
これが本当の意味での憑神化。
「これは面白い。先ほどの女はどこに行った? それはまぁいい、それよりお前を斬らせろ!」
「言ったはずだ。戯言を言ったら頭を撥ね飛ばすと。――範囲指定」
範囲指定。そう呟くと、何もない空間を切り裂いた。
「お前何処を斬っている?」
「確かに斬ったぞ。手始めにお前の利き腕を」
その刹那。奴の腕は切断され、鮮血と絶叫が飛び散る。
俺はなにが起こったのか理解が出来なかった。安瀬馬さんはなにをしたんだ?
「香澄、だったか……これがオレの、いや、八色とオレの殺人能力だ。完全に憑き人と融合せねば出来ぬ技だ。覚えておけ、これが格の違いだ」
呆然とした俺を一度も見ずに痛みでのたうち回っている奴の首を撥ね飛ばすため、もう一度範囲指定と言った。
「いてぇよ。いてえぇ。だけど、やっぱ俺の骨も綺麗だ。最高だ。殺してぇ、殺してぇ、みんなみんなお前も全員、ぶっ殺す。死ね! 死ねぇ!!」
「あまりの痛みで主人格と憑神が混ざったか。だがこれでお前を殺してやる」
だが、奴のした行為は切断された肘から先のない右腕に刀を埋め込み、無理矢理再生させた。
肘から先は刀が生えている状態になっている、あいつはどこまで化け物なんだ。
「無駄な足掻きだ」
俺は奴がニヤリと笑うところを見た。安瀬馬さんの振った見えない斬撃をなんと躱してみせた。
「!!」
「見切ったぜ、その技!」
完全に不意を突かれた安瀬馬さんの腹を蹴り飛ばし、蹲ったところを顔面を殴るがそれだけは辛うじて防いだ。
距離と取らされた安瀬馬さんは口を拭い、軍刀を構える。
「助手くん!」
響子さんの声が聞こえた。息を切らし走りながら彼女は俺のもとに駆け寄ってきた。
「もう馬鹿、なんで連れていかれるのよ! 今日何回走らせる気? もうくたくたよ」
「ご……ごめん」
緊張感がまるでない。ここまで張り詰めた状況を彼女は見事にぶち壊した。
「さて、私たちも行くわよ」
「あぁ。やろう」
俺たちも憑神化をして安瀬馬さん同様、刀を向ける。
三人が一斉に走り出す。
響子さんが振るった刀を防ぐが、安瀬馬さんの一撃が後からくる。脇腹を掠めた一撃をわざともらい彼を裏拳で殴る。そして響子さんには蹴りと喰らわせた。
体勢を立て直した安瀬馬さんはもう一度突く。
刀の腹で止められ力が拮抗して動かない、その軍刀の上に響子さんが舞い降り、奴の頭を切り裂く。
しかし、超人的な反応で身体をのけ反らせて躱す。そして軍刀を振り払い、奴は腰についた小刀と抜き安瀬馬さんの腹を刺す。
そのまま胸倉を掴み頭突きをして、彼を力一杯投げ飛ばした。
だが心配している暇はない。
彼女は刀を振り下ろすが首の皮一枚で避け、またしても蹴りを入れられてしまい、響子さんはその場で倒れてしまった。
「女が刀を振るうなんざ気に入らねぇ。死ね」
「織神ぃ!!」
あまりの痛みで立ち上がれない安瀬馬さん。このままでは響子さんが死んでしまう。それだけはダメだ! 誰かじゃない、俺が守るんだ!
「……助手くん?」
響子さんに突き刺そうとしてた刀は背中から俺の体を突き刺していた。これ以上進まないように俺は刃を両手で握りしめている。
「悪い、響子さん……俺弱いからさ……こんな守り方しか思いつかなかった。ごめん」
刀は抜かれ、俺はその場に仰向けで倒れ込む。
「ちょっと、起きてよ助手くん! ねぇ、私を置いて死んだりしないわよね? ねぇってば!」
あぁ――最後の最後で……泣かせちゃ――
「助手くん……? 助手くん! 起きてよ准兵ぃ!」
*****
血が止まらない。私の両手が真っ赤になっても血が止まらない。それどころか、灰化し始めている。
「武士の情けだ。最後の言葉は聞けたか? 愛する男が死んでしまって、さぞ辛かろう。ここで一緒に死ね」
誰が殺した? 私が弱いから? そうだ。私が弱いからいけないんだ。だけど、一番は貴方がいたこと。
無情に振り下ろされた刀を私は傍らに落ちている刀を拾い上げ、刀を弾く。そして私は思いっ切りあいつを斬り飛ばした。
彼の腹から血が出る。こんなものじゃない、助手くんが、助手くんが受けた悲しみと痛みは!
「私は貴方を許さない」
目を開けない助手くんの頬を撫で、私は微笑みこう言った。
「力を貸して。大丈夫、すぐ終わらせるわ」
憑神化していないのに身体が黒い何かで包まれる。いつものように温かくない。一人で戦うってこういうことなんだ。寂しいわね。
改めて思う、私は助手くんに守られていたんだって。思い出す、あの温かい日。
笑いあって、私の料理不味いって言ってきたりしてちょっとだけ喧嘩した時も。
壊したのはあいつだ。
私はあいつを許さない。
「あれが、織神の秘技か……」
腹の傷で立ち上がれない安瀬馬くんはそう言った。そう、これが私の織神家の秘技。
織神家はもともと憑き人はいた。だけどいつしか初代の憑き人の憑神が生まれてくる子に遺伝した。というより体に宿して生まれる。
これは呪い。秘技なんかじゃない。
「来なさい。武士らしく、斬ってあげるわ。土下座して喜びなさい」
「面白れぇ、行くぞぉ、女ぁぁぁぁ!!」
鞘に刀を入れ、抜刀の構えを取る。そして勝負は一瞬だった。
「終わりよ。これで何もかも」
私はすれ違いに彼の足と首と切断し、死体は空中で一回転した。
「女ぁ、天晴だ」
そう彼の生首が喋ったような気がした。怨念というより執念、これがきっと憑神になった理由なのね。
安瀬馬くんの方を向くと憑神化を解いていて、八色さんに治療を受けていた。彼の片手には最新の携帯電話。
執行人に電話したのね。
「いやはや、これはお美しい。織神嬢、まさか二度この目で織神の秘技を見られるとは……」
執行人は跪き、胸に手を当て私を美しい物を見るような視線で私を見ていた。
「そんなことはどうでもいいの。早く、助手くんを」
「ご心配には及びません。すでに我々専用の病院に運び終わりました。これが住所でございます」
一枚のメモ用紙を私に手渡し、棺桶を突き立て死体を回収した。
「これで終わったな、織神」
「ええ。でも……」
「心配するな。香澄は大丈夫だ。貴様がそうでどうする、気をしっかり持て」
私は秘儀を解き、木にもたれかかった。
「分かってる。分かってるわよ」
涙を拭った目に映った、いつにもなく夏の色香と面影を残した夜空は今日に限って、嫌になるほど綺麗だった。
次話で色々と説明します




