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夜の月に笑われて  作者: 宮城まこと
骨の在処
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第四話 捜査④

 俺は響子さんに貴方はついて来なくていいわ。と言われて一足先に事務所に帰っていた。もう時刻は夕方。空が赤くなり、風が徐々に冷たくなる。響子さんはどうしているだろうか。安瀬馬さんと一緒なら安全だと思うが少し不安になってしまう。

 俺は彼女が無事に帰ってくることを心の中で祈っていた。でも祈ってばかりじゃいられない。響子さんが帰ってきたらきっとお腹が減っているはずだ。夕食の準備でもしよう。

 立ち上がり、冷蔵庫を覗くが冷蔵庫には満足は食べ物が入っていない。これで何を作れってんだ。しょうがない、買い物でもしてくるか。

 そう思いスーパーに買い物に行くために扉を開けようとして手を伸ばした時、扉が開いた。


「悪い響子さん、今ちょうど食材切らしてて――」

 俺はてっきり響子さんが帰ってきたんだとばかり思っていた。

「織神様ではなくて申し訳ありませんでした。香澄様は今からお出かけですか?」

 彼女ではなく、そこにはいたのは八色さんだった。

「え! あっ、はい。そうなんですよ。ちょうど食材切らしてて、これじゃあ響子さんに文句が言われるので。八色さんはどうしてここに?」

「そうなんですか。すみません開斗様から今日の夕食にお二方をお誘いしろと言われたので、その言伝を頼まれた次第です」

「食事会ですか?」

「はい、そうなります。嫌……でしたか?」

 とんでもない、嫌じゃない。だけど俺たちが安瀬馬さんの家に行っていいのかって疑問が浮かんだ。 あの人はきっとテーブルマナーに厳しそうだな。 一応、調べてから行くか?

「場所はどこですか?」

「安瀬馬探偵事務所です。開斗様はあまり御自宅にお帰りにはならないので」

「そうなんですか」

 良かった……普通の食事会だ。内心俺はホッとした。これでテーブルマナーを調べる必要がなくなった。

「お食事会に誘っておいて大変申し訳ないのですが。こちらも食材を切らしていて、お買い物。ご一緒にしませんか?」

「はい! 構いませんよ!」

 彼女の顔が綻ぶ。初めて見た八色さんの笑顔はどこか温かく、慈愛に満ち溢れていて、人の心を安心させる。

 こんな顔も出来たんだ。

 会ったときは笑ってくれなかったのに、今はこんなにも表情が豊かになって実に人間らしい。機械的な動き方は相変わらずだが。

「では、参りましょうか」


 八色さんがそう言うと俺たちは歩いて買い物に出かけた。少し離れた場所にスーパーがあり、俺もたまにはそこで買い物をしているが、八色さんもそこで物を買っていたのか。

 もう少し多く行っていれば早く会うことが出来たのに。

 一年間、連絡も取れずに音信不通でいたから心配はしていた。けど、彼女がここまで変わるとは思っていなかった。

 安瀬馬開斗さん。あの人も響子さんと同じで計り知れないものがある。

 それは度量の大きさ、技術の高さ、頭の良さ。すべてをとっても響子さんと同じ、いやそれ以上なのかもしれない。あんな人に見えても根はきっといい人だ。

 じゃないと八色さんが変わるはずない。俺は嬉しかった。彼女が元気で、生き生きとこの日を生きていることが。

 そして俺がボーっと考え事をしているうちに目的地に着いてしまっていた。流石に歩いてくると疲れる。

 スーパーに入り、八色さんが何を買うか様子を見ていた。左手を伸ばし、キャベツが新鮮かどうか調べてる。

 ここだけ見ているとお母さんみたいだ。俺は不意に彼女の左薬指に光るものがあるのに気が付いた。


「八色さん、それ指輪ですよね?」

「はい。そうですが?」

「指輪をする趣味があったんですね。知らなかったなぁ、綺麗な白い指輪ですね。どこで買ったんですか?」

「これは貰い物です。開斗様からの婚約指輪です」

 ――婚約指輪?

 彼女は薬指についている指輪を大切そうに触りながらそう言った。

「え? 婚約指輪?」

「そう言えばご報告が遅れました。私、律動院八色と安瀬馬開斗様は婚約しております」

「婚約!?」

 聞いてないのはしょうがないとして、何故安瀬馬さんと!? 

 彼女が変わったのは嬉しいけど、ここまで変わっていたなんて、結婚したのは大丈夫、まだ耐えれる。

 だけど、どうして?

「何時ですか?」

「半年ほど前ですかね」

「なんて言われて結婚しようと思ったんですか? 普通に結婚しよう。って言われたんですか?」


「えっとですね。私がいつものように開斗様のお世話をしているときに、部屋から掃除が終わり出ようとしたのですが。開斗様が突然呼び止めて、

 『今から婚約者を探すのは流石に面倒だ。親父は早く家庭を持てと(うるさ)くてな。見合いもする気にはなれん。だからと言って恋愛なんぞに興じている暇もない。八色、これは命令だ。オレと結婚しろ』と言われました」


 強引だ! どこぞの少女マンガじゃあるまいし、恋愛もロマンチックもありもしない。そして八色さんがなんて言ったのかも予測がつく。

「なんて言って返事をしたんですか?」

「主の命ならば、従います。と言いました。どこかおかしいでしょうか? 他のメイドたちからはその事を伝えたら酷い顔をされました。最初は疑問に思いましたが、私からしても結婚しなければいけないと思っていたので、こんな私をもらってくれる人がいるなら私は文句は言いません」

 俺は顎に手を当て考えた。こんな結婚の形があってもいいのだろうかと、憑き人との結婚。

 俺もいつかは、結婚などしなければならないだろう。

 だが、人を辞めた俺を誰が好む? 疑問に思ったがその疑問に一筋の光が差した。

 八色さんには安瀬馬さんがいる。俺は響子さん……いや、彼女には自由に生きてもらわないと、自由に恋愛して結婚して。幸せな家庭を作る。

 俺じゃない誰かと。そう想像しただけで心が鉛みたいに重くなった。どうした俺、今更決めたことに後悔したのか?

 決めたじゃないか、この想いは伝えるわけにはいけないと。きっと響子さんの迷惑になるかもしれないから。


「どうしました? 浮かない顔をしてますが」

「大丈夫です。買い物の続きをしましょう」

 俺は笑顔を向け、八色さんにそう言った。

 三十分程度買い物をしているとそれは暗くなり始めていた。そしてスーパーから出る時には夜になっていた。

「遅くなりましたね。早く帰りましょう」

「そうしますか」

 事務所に向かうための近道があるとのことで俺と八色さんは、人通りのない車道と歩道の境がない道をバックに入れた食材を互いに持ちながら歩いていた。

 空を見上げると、星が綺麗だった。夏の面影がなくなっていくがまだ星空だけは夏の面影を残していた。

 満月の月が俺たちを照らす。きっと響子さんはこの月を見ながら綺麗だと思っているだろう。

「良い満月だ。こんな日に限って血が騒ぐ……今回の獲物はお前らだ」

「!!」 

 満月を喜んでいたのは俺や響子さんだけじゃなった。後ろには――


「憑神……?」

 骸の武士。黒い馬に乗っている。鎧や兜をしていて腰には大小二本の刀。

 禍々しい雰囲気とその無い筈の眼からは激しい闘志が燃えている。放つ殺気は無意識に行動を止めてしまう。

 この憑神、ただの憑神じゃない。

「俺の名前はそんな可笑しな名前でない。(りゅう)()(ちょう)()(ろう)という名がある。しかとその頭に叩きつけてでも覚えてもらおう。男に女」

 俺たちは顔を合わせると互いに頷き、奴が馬から降りる前にバックを置くと同時に駆け出した。

「ほほう、やる気ではないか」

 飛び上がり、同時に一閃。しかしそれはいとも簡単に刀で防がれてしまった。

「甘い!!」


 力任せに俺たちを振り払い、距離を取らされてしまった。奴は馬を踏み台にして飛び降りる。

 俺は刀を、八色さんは軍刀を構えた。瞬きをした一瞬の僅かな隙が奴の姿を見失ってしまった。

どこにいる? そう思ったときには遅かった。下からの一撃。

 俺の下顎から脳天を突き刺そうとした刀はすれすれで避けることが出来た。

 そして横にいた八色さんが、横に軍刀を振るうが見切られ、奴に避けられる。彼女の攻撃はこれでは終わらない。華麗な足捌きで奴の頭を突く。

 ――やったか?

「良いねぇ。最高だぜ。だが、女が刀を持っているのは気に入らねぇ!」

 奴は当たる寸前に手で軍刀を掴んで勢いを殺していた。軍刀を抑えられた彼女は無防備。危険を察した俺はそのまま斬りかかる。

「うおぉぉぉぉ!」

「はっ、斬る前に叫んだら今から斬りますって言ってるもんじゃねぇかよ!」

 軍刀を握ったまま強引に八色さんを振り回し、俺にぶつける。

「ぐあぁ」


 完全な隙が出来てしまうが、彼女は受け身を取って素早く切り返した。

 様々な方法での攻撃が防がれてしまう。

 また防がれ、攻撃し、防がれ、攻撃し、その繰り返しだったが、俺は彼女の動作を目に焼き付けていた。

 これが一流の憑き人の戦い方。

 互いに一太刀も当たっていない。

 だが状況は動いた。外した軍刀を逆手に持ち替え回転し、相手の振り下ろした斬撃を躱す。そしてその隙を切り裂く。

「驚いたぜ。危うく斬られるところだった」

 手甲で止められた軍刀。彼女の目の前には奴の拳。拳が彼女の顔面を捉え、後方へ吹き飛ばす。

「八色さん!! てめぇ!」

 俺は再度駆け出し、斬りつけるが完全に太刀筋が読まれている。悔しい。何もできない。俺は何の役にも立ってないじゃないか。

「ぬるいんだよ、その太刀筋!」

 刀を掴まれ、顔面を殴られる。よろけるが、倒れることを許さないと言わんばかりに、腹を蹴り上げられる。息と行動が止まった瞬間に左頬に奴の裏拳が撃ち込まれた。

 口の中に血が広がる。

 意識が途切れる。しかし、痛みが俺の意識を無理矢理起こす。

「くだらねぇ刀振りやがる。とっとと死ね」

 振り下ろされた無情な鉄の塊。刃が俺の首を捉える前に――


「これ以上、私の大事な友人に手を出さないでいただけますか?」

 後ろから軍刀で背中を切り裂くが、鎧のせいで浅い。

「!!」

 振り向きながら刀を振るうが奴が切り裂いたのは空気。奴が目にしたのは八色さんの両足。彼女は奴に向かってドロップキックを喰らわせた。

「ぐおぉっ!」

 奴が吹き飛び、背中から地面に叩きつけられた。

「大丈夫ですか?」

 彼女は鼻血が出ていながらも俺のことを気遣ってくれた。

「八色さんこそ、鼻血出てますよ」

「これは失礼しました」

 そう言って、鼻血を手で拭うと彼女は俺に耳打ちした。

「隙を作っていただけませんか? それで仕留めます」

「分かりました。やってみます」


 俺は立ち上がり、落ちていた鞘を拾い上げ、刀を構え深呼吸をしてゆっくりと走り出す。

 動きが読まれているならそれでいい。だからそれを逆手に取る!

 俺の横に振るった斬撃は刀で止められた。勝負はここからだ!

 左手に持っていた鞘で一撃を加えようとして奴の頭を殴る。それを奴は当たる寸前で躱し、僅かに顎を掠めた。

 その振るった勢いを殺さずに先程の八色さんみたいに回転し、刀で突く。

「おのれ!」

 その一撃は肩を掠めるだけだった。そのお返しで左肩を切り裂かれた。

「うあぁぁ!!」

 予想以上に痛い。けど、隙は作った。勢いよく振り下ろした刀はすぐには戻らない。

「ありがとうございます」

 俺を飛び越え、力一杯振り下ろした軍刀。その一撃は兜を割った。

 しかし、奴は仕留めきれなかった。


「面白い。俺の兜を砕くとは。本気を出すには相応しいかもしれんな」

 刀の周りに灰が纏っていた。あれが、奴の殺人能力。

「しかし、俺にはもう時間がない。よかろう、今日のところは見逃してやる。いずれにせよお前らを殺す」

 そう言うと奴は灰となって消えた。

 一応、俺たちは憑神を退くことに成功したが痛手を負った。そんなことより、俺は一撃も入れられなかったことが悔しい。

 月光が雲に隠れる中、俺の心には悔しさだけが残った。

今回はバトル主体に書きました

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