第一話 捜査①
気持ちがいいほど晴れ渡った空。どこか清々しい心の淀みをとってくれそうな風。いつしか夏の暑い日差しが徐々に消えていき、涼しい秋の訪れを感じさせる。
だけど今日は珍しく夏を感じる暑さになってしまっている。公共の時計台から見える電磁温度計は二八度となっていた。
時刻は午前八時三十分。大通りの電光掲示板を見ていると、桐之座町大通りのオフィスビルの近くで女性の人骨発見。と映し出されていた。
女性の人骨? しかもこの大通りときた。人の行き来が多いこの場所で人骨が簡単に発見されないものなのだろうか? 人が白骨化するまで夏の場合、平均で一ヶ月かかるということを聞いた。
その一ヶ月間で見つからないっていうのは少々無理がある気がしてならない。
ここで考えてもきっと答えは出ない。警察も動いていることだし大丈夫だろう。
俺は交差点に着き、信号が赤から青に変わるのを待つ。
その近くには大きなテレビモニターがありそこでニュース番組が流れていた。
「女性の白骨死体が発見されたとのことですが、これは自殺なのでしょうか、それとも殺人事件なのでしょうか? 殺人事件という可能性も捨てきれない警察はその両方で調べているそうです」
女性アナウンサーが淡々と事件について喋っていた。この町も物騒な事件が多いな。
この前は四肢無しの死体。そして今度は白骨死体か。
俺はこの事件が、織神探偵事務所に舞い込んでこないことを心から祈った。
信号が青になり、自転車を勢いよく発進させた。
すぐに事務所に着き、俺は階段をゆっくりと上がって行く。
さて今日は何を作ってあげようっと朝ごはんの内容を考えていたら事務所前に来ていた。
「おはよう、響子さん」
俺があいさつすると、彼女は。
「おはよう、助手くん。今日は早速だけどお客さんが来るの。朝ごはんは後でいいから今は珈琲だけでいいわ」
「お客さん? 南方さんでも来るのか? ここに来る人なんてあの人ぐらいしかいないだろ」
「今日は違うの。そうね、貴方に分かりやすく説明するとしたら私たちと同業者。気を付けて、あいつは嫌味な奴だから」
響子さんが言うのなら間違いない。もしかしてあの人が来るのか? だとしたら一年ぶりに会う。元気にしてるといいな。
「了解。今からコーヒー入れるから待っててくれ」
俺は台所に行き、コーヒーを作り始める。しかし、あの人が来るとしたら会うなんて久しぶりだな。色々思い出話を聞こう。
だが、あの人でない可能性もある。そうだとしたら一体どういう人なのだろうか? 響子さんが言う通り、嫌味な人なのだろうか。
直接会ったことのある響子さんが言うのだから間違いはないのかもしれない。
そうこう考えているうちにコーヒーが出来たので彼女に差し出す。
その時だった――探偵事務所の扉が開いたのだった。
「久し振りだな。織神」
入ってきたのは黒い軍服を着た一人の男性。その白い髪の毛は女性に引けを取らないほど艶やかだった。
一見女性に人気がありそうだが、その鋭い眼光は明らかに俺と響子さんを威圧していた。スラリと伸びた背丈、一八〇センチはある。長身痩躯でありながら、その軍服の下には見かけに似合わない筋肉が眠っている。
「あら、久し振りね。安瀬馬くん」
「目上の人間には敬語を使えと習わなかったのか? この程度の礼儀を知らんとなるとその織神の名が泣くぞ」
「敬語ってどういう字を書くか分かる? 敬うって字が入るのよ。私は貴方を敬っていない。寧ろ、貴方のことはそれに値しない人間だと思っているわ」
「笑わせるな。頭脳、事件解決の成功率。憑神の討伐数を見てもどう考えたって貴様はオレを敬うべきだ。よって敬語を使え」
「安瀬馬の人って面白い冗談を言うのが得意なようね。じゃなかったらそんなこと言えないはずだわ。そのルックスとそれだけの冗談が言えれば、芸能人になった方が今より数倍稼げるわ」
「ほう、貴様に褒めてもらえるとはな。そうだな憑神を狩りつくしたら、芸能界にでも入ってやろう。新しい道を提示してくれてありがとう織神」
「今すぐ入っても大丈夫よ。私と助手くんが全部狩るもの」
なんだこの舌戦。凄まじいにもほどがある。だって彼が入ってきてからまだ一分も経っていないのにこの舌戦。
それになんだよ、さっきのありがとうってあんな捻くれたありがとうは見たこともない。それに彼が同業者というなら憑き人はどこにいる?
「申し訳ありません。織神様。開斗様もいい加減にしてみてはいかがでしょうか?」
彼の後ろから現れたメイド服を着た女性の名は俺もよく知っている。彼女こそが仕事上会ったことがある唯一の人。
「八色さん! お久し振りです」
彼女の名は律動院八色。青色を基調としたスカートが地面までついてしまいそうなメイド服を着ている。
女性にしては背は高く、覇気の籠っていない目はどこか秋の空に似ている。
異常なほどの肌の白さと、美しい黒髪と顔立ちを武器にすればきっと簡単に男性を虜にしてしまうだろう。
彼女の纏う空気は一年前会った時より凛としており、声色もあの時より明るい。ただ、どこまでも機械的なのは変わらない。
主の命令には絶対逆らわないそんな人だ。
「久方ぶりで御座います、香澄様」
そして相変わらず、喋るときはいつも敬語。
「おい、八色。何故オレが止めねばならない? 食い下がってきたのは織神の方だぞ」
「失礼ね。貴方が始めたことよ。あたかも私が始めたみたいに言わないでほしいわ」
再び、あの舌戦が始まろうとしている。すると八色さんは持っていたアタッシュケースを床に置き、安瀬馬さんに耳打ちをする。
すると彼の口は止まり、言葉を飲み込む。
一体どんな魔法の言葉を言ったのだろう? 俺にも教えて欲しい。
こほんっと安瀬馬さんが咳払いをして。
「すまなかったな織神。今日は嫌味を言いに来たわけではないんだ。立ち話はなんだ、座って話をしよう」
すると響子さんは不思議そうな顔をしたが、何故彼が黙ったかを理解して「ええ、そうね。座って話しましょう」と言った。
三人は席に着く。俺は安瀬馬さんと八色さんにコーヒーを淹れる。
「おい、織神の憑き人。オレはコーヒーは飲まん」
「え、そうなんですか」
しまった。このコーヒーはどうすればいいんだ? 捨てるのも勿体ないし、あまり好んで飲まないが自分で飲むとしよう。
「八色、いつものを頼む」
「了解しました開斗様」
八色さんが持っていたアタッシュケースから紅茶を作るもの一式が出てきた。すると彼女はそのまま紅茶を作り始めた。
「すみません香澄様、色々お借りしても構いませんか?」
「はい、どうぞ」
八色さんが紅茶を作り始めたころ安瀬馬さんが話し始めた。
「随分盛況なようだが、織神最近はどうだ?」
「嫌味を言いに来たんじゃなくて世間話をしに来たの? まぁ、見ての通り私は助手くんと楽しくやっているわ。それがどうかした?」
「いや、それならそれでいいんだ。おい、織神の憑き人。お前はどうだ」
いきなり話を振られ、飲んでいたコーヒーを慌てて飲む。最近って言われても、なんて言えばいいんだろう?
最近は喉にガラスが刺さったとでも言えばいいのか? 安瀬馬さんの目は早く言えと物語っていた。
「えっと……まぁ最近はぼちぼちです」
俺はその威圧に負けて考えていた答えとは全然違った答えを言ってしまった。
「そうか。さて、本題に入ろう」
それと同時に八色さんが紅茶を作り終わって安瀬馬さんに差し出す。
「貴様らは白骨化の死体事件を知っているか?」
朝、ニュースでやっていたあの事件のことだ。
「もちろん知っているわ。それがどうかしたの?」
「あの事件がオレのところに正式に依頼が来た。白骨死体が発見されたのは、正確に言うなら三日前だ。その時、オレが死体を調べるとそこには灰があった。その意味が分かるか?」
安瀬馬さんはこんな小さな探偵事務所とは違い、大きな探偵事務所を経営している。
警察にも独自のコネがあり、探偵事務所を開業して三年間で解決した事件は五十は超えている。
彼の関係した事件は勿論、俺たちと同じく憑神が絡んでいる。
確かに、こう見てみれば俺たちとは天と地ぐらいの差がある。
「ええ。憑神が関わっている。そう言いたいんでしょう」
「そうだ。オレの見立てでは憑神の能力は人を灰にする能力。これはまだ報道されていないが、死体の骨の一部が何者かによって盗まれている」
「犯人は骨が好きなのかしら」
「それは犯人に直接聞け。警察は自殺の可能性はほぼ捨てている。かと言って他殺を疑うも犯人は憑神を使っている。そして頼りたくはないが、貴様にこの事件解決の協力を願いたい」
「どうしてよ? 認めたくないけど貴方だって相当な腕と頭脳を持っているでしょう。そっちだけで解決は出来ないの?」
「解決だけなら、わざわざ貴様に頼ったりはせん。推理の手伝いはあくまでもついでだ。オレが頼みたいのは憑神の討伐だ。人を灰にする能力……恐らく相手は強力な憑神だ」
「強力な憑神?」
ついに来たか、強力な憑神が関わっている事件が。俺は生唾を飲み込み、響子さんの返答を聞く。
「どうする? 報酬は弾むぞ。こっちは園江家とのコンタクトは無い。今のところ貴様に頼るしかない」
彼女はコーヒーをゆっくり味わうように飲み、スッと安瀬馬さんの目を見た。
「やるわ。私が手伝ってあげるんだから、土下座して喜びなさい」
この時、どこからともなく冷たい風が入り込み俺の頬を撫でる。この事件に協力するのは賛成だが、どこか怖い。
俺は下唇を噛みながらこの事件の顛末を案じていた。
雲が太陽に差し掛かり、日差しが一時的に消える。一瞬闇に包まれた桐之座町は俺たちをどこか深い闇に誘っていた。
さぁ、始まりました第三章
新キャラも参戦して物語は加速していきます!




