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夜の月に笑われて  作者: 宮城まこと
羽無き蝶
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第二章完結 罪の償い

 肩で風を切って大学内を全速力で駆ける。息を切らし、俺はもう疲労困憊だ。タクシーを呼んで飛んで帰ってきたが肝心の三部が見当たらない。土曜の午後なだけあってか人が少ない。それはかえって好都合だが、人がいなくとも校舎内を全速力で走っている俺は変な目で見られている。そんなことはどうだっていい。

 俺はただ三部が心配だ。雲は完全に消え失せ、太陽が顔を覗かせているがその光はどこか弱々しく、夏の強い日差しとは到底言えなかった。

 風が徐々に吹き始め、俺の汗を拭うがその汗は走ったから出たものだけではない。俺の背中にびっしょりとかいている冷や汗もある。その乾いた冷や汗は背筋をゾクッとさせ、俺の恐怖心を煽る。


 食堂、第二講義室、教室、あいつが好んでいる音楽室、そして友達がいる漫画研究部の部室を全て、端から端まで探したがあの華奢な体つきをした笑顔が愛らしい女の子はいなかった。

 一度落ち着いて考えるが、三部が他に行きそうなところが見当たらない。大学には必ずいる。何故なら土曜は午後六時になるまで彼女は、大学でサークル活動をしているからだ。

 今は昼丁度。

 その活動が漫画研究部なのだがその部室にもいないとすると。どこにいる? 一応部員の人にも聞いたが今日は一度も顔を出していない。

 風邪を引いているわけでもない。病気にかかっているわけでもない。ならばどうして見つからないんだ。

 ダメだ焦るな。悔しいが俺は響子さんや三部みたいに頭が良いわけではない、だからとてもじゃないが理詰めなんて出来はしない。

 ならば俺はどうするか? 決まっている、彼女の言った一言一言を鮮明に、正確に思い出せ。

「明日が期限なの」

 何のだ?

「教授との戦いに力を貸して」

 そうだ。今彼女は間違いなければ教授の部屋にでもいるはずだ。高いお茶でも飲みながら勝ち誇った顔をして笑っているはずだ。

 確か、数学の教授の部屋は三階に東のグラウンドが良く見える廊下の近くにある。


 完全に逆の校舎を探していた。くそ、もう少し冷静になれば分かったはずだろ。こういう時の自分の不甲斐無さを恨む。

 俺は方向転換し、一呼吸おいて再度走り出す。少ない人を避けてできる限りの最大加速をする。疲労からかついに足がもつれ始めてしまう。

 転びそうになりながらも東の校舎に続く渡り廊下を駆け抜ける。

 今なら少しの段差でも転んでしまいそうだ。俺の体なんてどうせ傷ついたってすぐに治る。だからそんなことは考えなくていい。

 今ただ走れさえすればいいんだ。

 そして教授の部屋の近くに三部を発見した。だけど、発見したのは三部だけじゃなかった。

「三部ッ! そこで伏せろ!」

「え!? ちょっと、なんでなんで香澄が走ってんの!? それに伏せろって意味わかんない!」

「良いから早くしてくれ!」

 三部は不審がりながらも渋々その場にしゃがみ込む。


 その一瞬、野球ボールが窓ガラスを割って侵入してきた。そのボールは迷うことなく三部に向かっているが俺がそんなことさせはしない。

 高速でスピンしている野球ボールを素手で掴み、三部への直撃を避けた。しかしボールは不規則な回転が加わっており俺の手の中で荒ぶり続けている。

「くっ……!」

 皮膚が抉れ、土で汚れたボールを赤く染めていく。

「止まれってんだ」

 思いっ切りボールを握っている右手に力を入れる。指が、掌が皮膚が削れていき悲鳴を上げている。

 俺だってこんなことしたくはない。だがここで止めなければ三部に当たってしまう。

 それだけはダメだ。絶対にこのボールを止める。

「くそったれが……痛いんだよ!」

 ――止まった。やっとの思いで止めたボールから黒い蝶が一匹、まるで絵から出てくるどこかの化け物のようにマークから実体へと変わる。

 これが憑神、不幸蝶。響子さんが言うにいは名前がついている憑神はあまりいないと言っていた。それほど有名な蝶らしい。

 俺はその有名な蝶を握りつぶす。

 これでもう、被害も出ることもない。この一件はあとは響子さんに任せるとしよう。


「三部、怪我ないか?」

「う、うん。怪我はないよ。それより香澄、首にガラスが刺さってるよ……」

 彼女が震えた指で差した。俺の首には確かに五センチほどある大きなガラスの破片が刺さっていた。右手と首から血が滴り、床を汚す。

「あぁ、ほんとだ。参ったな。これじゃあ助けたってのに格好がつかねぇぜ」

 俺はボールを投げ捨て、床に座り込む。まず、破片を抜きたいところだが、三部がいたんじゃあ抜けない。

 ましてや教授の部屋が近い。すぐに窓が割れた音に気付いて出てくるだろう。そして人が集まり大事になる。

 それだけは避けたいところだ。

「うぅ、なんで?」

「え?」 

 初めて見た。三部が泣いている顔。目から大粒の涙をボロボロと流している。子供っぽいところはあったけど、これだとまるで赤ん坊だな。

「なんで助けたの! 香澄が、香澄が怪我したじゃん! 私が響子に怒られるんだよ」

 それに関して大丈夫だ。俺の怪我は彼女の考えの内だ。これしきの怪我、ガラスさえ抜ければものの五分で完治するのに。


「大丈夫だ。こんな怪我であの響子さんが怒るわけねぇよ」

「香澄は響子にとって大事な存在なんだよ。言わなくてもあたしには分かるよ」

「はは、だと良いけどな。悪い三部、誰か来たら野球ボールが飛んできたって言ってくれ。俺は行かなきゃいけないんだ」

「響子のところに?」

「まっ、そんなところだ」

「香澄たちって、時々危なっかしいことしてるように見えるけど何してるの?」

「ごめん。それは教えられない。俺と響子さんの二人だけの秘密なんだ」

 俺は(きびす)を返し、歩き始める。

「それじゃあ、行くよ」

 そのあとすぐに教授が来て、三部が状況を説明した。あいつにも心配かけてると思うと申し訳ない気持ちで一杯になる。

 そしてそんな気持ちをこらえながら響子さんに電話をかける。


「もしもし? 響子さん。こっちは終わったよ。今から――え? 怪我してないかって? ……大丈夫だよ。どこも怪我なんてしてない」

 こんなところで変に心配をされたくない。響子さんは犯人と対峙しているからだ。

「え!? 嘘じゃないって。どこも怪我なんてしてない。う……この癖、見破られていたか。はい、すいません。今からそっちに向かいます」

 俺は電話を切り、ガラスを抜き取りポケットの中に入れる。

 血がやや出るがこれもすぐに止まるはずだ。

 この体のおかげでボールが飛んでいくのが分かったし、キャッチもできた。そして傷も回復する。俺は憑かれて良かった、と身に感じていた。


*****

 そしてボールが助手くんにキャッチされる三分前。私はこの大学の屋上にいた。弱々しい太陽の光、穏やかな風が心地いい。

 こんな日には事務所に籠って珈琲を飲みながら本を読むのが最高だわ。

 だけど、そうも言ってられないみたいね。だって目の前にはこの事故を引き起こした張本人、永洞国一がいるんですもの。

「どうしてここが分かった? えっと確か織神響子さんだよね」

「どうしてって、不幸蝶に憑かれた人間は空を見るのを好むのよ。人影が屋上に上がってくのを見たって言う人がいたからもしかしてって思っただけよ」

「つまりは勘ってことでいいのかな?」

「そんなところね」

「驚いたなぁ、なんで君がこんなところに?」

「質問攻めね、まぁいいわ。教えてあげる。私は探偵よ。普段は警察からの協力を要請されて動くけど、今回はそういうのじゃないの」


「じゃあどういうのだい?」

「私の目の前で事件が起こったから。単純な理由よこの上なくね」

 私が動く理由なんてただそれだけなのよ。悪が許せないから。

「でも、僕が犯人っていう証拠があるのか?」

「証拠? 周りにその蝶が舞っているだけでも十分じゃない? それとももっと詳しく教えたほうがいいかしら?」

「できれば。そうじゃない理由で説明してくれる?」


「しょうがないわね。一番の理由は貴方が私に似ていること。人との笑顔を嫌って。いえ、最初の事故を起こした理由はそうじゃないのよね。最初の理由は仲間への嫉妬。だから同じ走り高跳びの選手を怪我をさせた。そこから暴走していった。

 二人目の被害者の加持さんからの事故は、全部貴方が人の笑顔を嫌って行った行為よ。不幸蝶は、嫉妬している人間に惹かれる。そして人の笑顔を嫌う。完全に憑かれてるのよ、貴方」


 彼は空に向かってははっと笑うと錆びているフェンスに寄りかかる。

「そこまでバレたらしょうがない。でも彼女、三部結は許さない」

「あの子の笑顔が一番頭に来るから」

「そうだよ。そいつだけじゃない、今までお見舞いに来た奴もみんな笑っていたんだ。俺をみんな馬鹿にしたんだ。それが許せないんだ!」

 怪我をして大きな大会に出れなかった。それと周りの期待に応えなければという重圧に押しつぶされてきっと心が死んでしまって被害妄想と憑神に憑りつかれたのね。

 同情なんてしないわ。

 そして助手くんから電話がかかってきた。 


「もしもし? ええ、そう。分かったわ……貴方、怪我しなかった? してないって?」

 もう、くだらない嘘をつくんだから。

「嘘おっしゃい。どうしても怪我をしてないって言い張るのね。貴方、自分が嘘を言う時必ず次の言葉が詰まるじゃない。見破られてたかって? 当たり前でしょ。私と助手くん、何年一緒にいるのよ。さっさと屋上に来なさい。分かったわね」

 電話を切り、中断していた会話を続ける。

「貴方に残念なお知らせがあるわ。結は無事よ。それで、どこまで話したかしら?」

「そっか、失敗したか……。覚えてるくせに嫌味な女だな。君は」

「あら、私は物事をはっきりと言ったまでよ。電話に夢中で忘れたの」

「みんな君の本性を見ればがっかりするだろうね」

「謎は美しさを引き立たせるものよ。貴方がもし噂を流したって私の周りがつけた評価はそれほど変動がない思うわよ。まっ、周りがどう思おうとも私は関係ないけど」

「強い人なんだな君は」

「ええ。でも最初から強かったわけじゃないわ。努力して強くなった。誰にだって強くなれるチャンスはいくらでもあるわ。もちろん貴方にも」


 彼は首を横に振る。

「俺は弱いから、もう強くなれないよ。だから怪我をさせた皆にも償いをしないと」

「償い?」

「そう、償い」

 彼は片方の松葉杖を投げ捨て、その手でフェンスを握る。そしてその手から黒い蝶――不幸蝶が大量に出現する。

 まさか憑神化をする気? だけどそうじゃなかった。

「貴方まさか!!」

「そのまさかだよ。なんだか君と話していると今までやってきたことが馬鹿みたいに思えてきたんだ。不思議な気持ちだ。ありがとう。最後の最後でちゃんとした人間に戻れた気がしたよ」

 不幸蝶の力でフェンスが壊れて、支える術を失った彼の体は空中に投げ出される。

「馬鹿な真似はやめなさい」

 私は彼の右手と、壊れていないフェンスを掴んで彼が落ちるのを阻止した。


「離してくれ」

 彼が哀しい顔で懇願する。

「離すわけないでしょ……それに私の前で死なれたらこれから食べるお昼ご飯が不味くなるわ」

 私は目一杯力を入れて彼を引き上げる。けど彼の体重でなかなか上がらない。

 悔しいわ。アレを使うしかないなんて。

 そして私は使いたくもないとある力を使って彼を引き上げ、安全なところまで襟を掴んで投げ飛ばした。

「痛い?」

「げほっ、げほっ、痛いに決まってんだろ」

「それは生きているからよ。貴方が死んで罪を償うっていうのはそれはただの逃げだわ。償いたいならちゃんと生きて償いなさい!」

 そう言って私は、彼の頬に思いっ切りビンタをした。


「う!」

「これは結を傷つけようとした分。そして――」

「ぶっ!!」

 私は彼の顔面を殴った。かけていた眼鏡が飛ぶ。

「これは助手くんを傷つけた分」

 やっぱり殴ると手が痛いわね。私はヒリヒリと痛む拳をさする。

 すると屋上の扉が開き、首の血が痛々しく見える助手くんが出てきた。

「響子さん!」

「意外と早かったわね。こっちも今、終わった所よ……」

 私たちは彼を見ると彼は放心しながら地面に頭をつけ、懺悔をしていた。

「よく聞きなさい。私が貴方にやり直すチャンスをあげたのよ。土下座して喜びなさい」

 彼は泣き崩れた。

 こうして憑神が自然消滅し、全てが終わった。


*****

「なぁ響子さん」

「どうしたのよ助手くん」

 事件が終わった次の日。俺たちはいつものように探偵事務所で過ごしていた。彼女の右拳には真っ白な包帯が巻いてある。

「どうして蝶が自然消滅したんだ? いつもなら俺が斬らない限り終わらないだろ?」

「不幸蝶はね、その不幸が叶わないと消えるのよ。かなりの高確率で成功するけど。そうだ、不幸蝶は直接憑き人に触れない限り不幸は起きないはずよ」

「それ、きっと俺だ」

 彼女は呆れた顔をしてこう言った。

「馬鹿! だから矢が飛んできたのよ。私のとこに来たのは本当に偶然なんだけど」

「ごめん。今度から気を付ける」

「だったら、駅前の美味しいシュークリームを買って来なさいよ」

「ええ!?」

「早く」

「分かりました」

 俺は財布を確認して探偵事務所を後にする。

 俺は天気が良い空を見上げて夏を感じる。そして徐々に季節が変わっていくのも肌を目を通して分かる。

 もう少しで秋になる。秋は好きな季節だ。紅葉は綺麗だし、美味しい物もたくさんある。響子さんが好きな涼しい日が続く。

 俺は密かに秋の到来を楽しみにしていた。

 だが、その季節の変わり目に俺は死んだ――

次章も楽しみにしていて下さい!

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