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夜の月に笑われて  作者: 宮城まこと
顔剥ぎ兎
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第十三話 捜査⑤

 俺たちは白崎さんの家の近くまで来ていた。まずどうやって彼女の家に入ろうか。頭を右や左に捻らせていても良い案が浮かんでこなかった。二階の部屋を見つめていた織神さんが呆れた様子で作戦を立ててくれた。設定はこうだ、俺たちは彼女と親しくしていた学生の一人でいじめを黙認してしまっていた。罪の意識もあり、彼女に謝るために来たと。実際俺は白崎さんとはそれなりに仲良くしていた。今思えば葬式もあったという記憶はない。誰も彼女の家に線香を上げに行ったという話はないのだ。


 織神さんが言う通り、白崎さんが死んだというのはただのウワサなのかもしれない。彼女の親友だった者も誰かに口止めされているように彼女の話題は出さない。たとえ先生方に口止めを命令されたとしても、この事実だけは白崎さんの両親は黙ってはいないだろう。


 自分の娘がまるで最初から存在しなかったように扱われるのは、存在を消されてしまうのは、どうしたって我慢ならないはずだ。


 考えうる可能性は狭まってくる。このウワサは両親の了解を得て作られているという、それこそ根も葉もない可能性が現実味を帯びてくる。


 一体、どれが真実でどれが虚実なのか。これだけは自分の目で確かめなければならない。無意識下でもいじめを黙殺してきた一人として。


「香澄くん、貴方ペンとか持ってない? いつも持ち歩いているでしょ?」


「あ、あるけど。なんでそれを」


「三年も貴方と同じクラスなのよ。嫌でも貴方の癖は覚えるわよ」


 内心ドキッと来てしまったが、彼女の言う通り俺は制服姿のままでズボンのポケットには癖でペンを入れたままにしてしまっている。母にはこの癖でたまにこっぴどく叱られてしまったものだが。


「あるなら貸してちょうだい」


 これも必要な事なのだろうと変に勘繰りもせず、俺は彼女にペンを貸した。


 そして織神さんがインターホンを躊躇なく押す。遊び慣れた友人の家を訪ねるかのように。


「はーい」


 インターホン越しに女性の声が聞こえてくる。おそらく白崎さんの母親だろう。さて、母親に会うことは出来た。しかし本番はこれからだ。死んでしまった白崎さんについてどう聞き出すか。勝負はこの一点にかかっている。


「どなたですか?」


 母親からの問いに織神さんが臆することなく会話を始める。


「初めまして。白崎麻耶さんと親しくさせていただいていた、織神響子と申します。今日は友人と一緒に麻耶さんにお線香を上げさせていただきたいと思い、お尋ねしました。事前にご連絡なさらなかったことは謝罪いたします。どうかご容赦いただけたなら、死んでしまった彼女に一言謝らせてもらえませんか?」


 出だしは悪くない。むしろ謝りに来た友人を演じさせればどの女優にだって手本として見せられるぐらいだ。これで相手はどう返してくるのか。それと、あえて死んでしまったと付け加えたのだ。失礼だと思われるがそれでいい。白崎麻耶という人間は世間の中では死んでしまっているものだと、相手に思い込ませる必要があるのだ。


「……分かりました。どうぞお入りください」


 ガチャリと玄関を閉ざしていた扉の鍵が開いた。中から母親が出て来て、俺たちを招き入れる。客間に通されソファーに腰掛ける。お茶を出してくれるとのことなので俺と織神さんはその間、怪しまれることなく可能な限り家の中を見渡した。


 不審なところは何もない。どこにでもある普通の家だ。足りないものがあるとすれば麻耶さんの姿だけだろうか。物寂しさが瞳の端に映るこの家で目に留まったモノがあった。食事をするであろうテーブルに椅子が四つあったのだ。


 四つ? おかしい、麻耶さんは一人娘だったはずだ。一つは客人用だとしてももう一つは余計ではなかろうか。


 いや、考え過ぎだろうか。死んだ娘の思い出の品ぐらい残していても不思議ではない。


「外は暑かったでしょ? 麦茶だけどどうぞ」


「お気遣いいただきありがとうございます、いただきます」


 俺と織神さんはほぼ同時に麦茶に口をつけた。


「こうやってお線香を上げてくてくれたのは、貴方たちが初めてよ。きっとあの子も喜ぶと思うわ」


「いえ、私たちも二年前の葬儀に立ち会うべきでした。でも……」


 織神さんは目元を手で覆い肩を震わせる。泣いている。もちろんフリだろうが。俺も申し訳なさそうにしている表情を浮かべ、彼女に同調する。


「いいのよ。こうして来てくれたんだもの。麻耶はこっちの仏間にいるわ。お線香を上げてくれればきっと喜ぶわ」


 仏間に向かう途中、彼女は廊下にある二階に続く階段の前でふと立ち止まる。玄関の目の前に設置されているこの階段と玄関にある何かを一瞥して彼女は母親にこう尋ねた。麻耶さんの部屋はお二階ですか。と。母親は多少訝しげに思いながらもそうだと答えた。


「じゃあ外から見えるあの部屋が麻耶さんのお部屋なんですね」


 ああ、そうだ。と彼女は何かを思い出したかのようにズボンのポケットから俺が貸したペンを取り出した。


「これ。彼女が私に貸してくれたものなんです。良ければ、彼女の部屋に私の手で返してお礼が言いたいんです」


 なるほど、このときのためにペンを貸してくれと言ったのか。これで部屋にいって直接真実をたしかめるという強引な方法もある。がこれはいささか強引過ぎないか。


「なら私が預かるわ。二階はまだ片付いてないの。ごめんなさいね」


 織神さんもこれ以上食い下がると不審がられると思ったのか、彼女はすんなりとペンを母親に手渡した。


 仏間に行き、麻耶さんの写真も飾られていない仏前に座り、俺はあのとき助けてあげられなかった謝罪を込めて線香を上げ、手を合わせた。まだウワサを完全に否定できるものは見つからないまま長居する理由も見つけられず帰ることになったが、その去り際に織神さんはこう言った。


「なんだか、麻耶さんが生きているみたいですね」


「え?」


 麻耶さんの母親が意表を突かれたかのように抜けた声を出すと、彼女は畳みかけるように続ける。


「靴も部屋も椅子もそのままにしていると、本当に麻耶さんがいるみたいですね。私も懐かしい気持ちになれました。ああそれと、麻耶さんのお部屋は定期的に換気してカーテンも開けておくといいですよ。今日みたいな日は高温多湿ですから。彼女もよく風に当たって気持ち良いと笑っていましたから。では私たちはこれで失礼します」


 織神さんはにこりと百合の花のような微笑みを浮かべて頭を下げると、俺を連れて白崎さんの家をあとにした。

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