第十一話 捜査③
喫茶店で繰り広げられるガールズトークに肩身の狭さを感じながら、俺は簡単な事件の整理を始めた。もっとも、時間がかかるからそうしろと織神さんから事前に言われたのだ。彼女の言葉通りどうやら女性同士の会話というものは男性が想像しているよりもずっと他愛の無いものだと思い知らされた。
コーヒーを飲み、思案に耽る。
まず事件が発生したのは昨日の午後、五時間目の時間帯だ。しかし死体が見つかったのは放課後。生徒が下校を始めてせいぜい三十分と言ったところだろうか。普段人が通らない校舎裏に遺体があったということもあり、すぐには見つからなかった。芹沢さんの遺体を見つけたのは偶然通りがかった女生徒。植え込みから見えた妙に白い足を見つけ、剥がされた顔を見てしまった。
思い出すだけで食欲も元気も無くなってくるのだが、俺もああなる可能性があるのだ、このまま殺されるわけにはいかない。
三部の話では芹沢さんは五時間目にさしかかったところで、体調不良で保健室に向かっている。殺される可能性があったのは廊下か保健室だ。怪しさだけで言うなら、おそらく保健室が一番だろう。だが、片桐先生に人は殺せない。確たる証拠はある。先生はあの時間、俺たちの家庭科の授業を十五分程度手伝っていた。本来の家庭科の先生――加藤先生は諸事情で数分遅れてきたのだ。
そう言えば、加藤先生が遅れてきた理由はなんだったんだろう。活発な生徒が茶化すために尋ねてみたが理由は答えてくれなかった。
この十五分という時間があれば、芹沢さんを殺すことは可能ではないだろうか。いやそんなことを考え始めたら職員室にいるすべての暇な先生が犯人になる。これはどうしたってスマートな推理じゃない。ただの邪推だ。
そもそも、加藤先生に芹沢さんを殺す理由はない。怖いひとだが生徒想いの良い先生だ。一年のときに担任だったから知っている。芹沢さんに強請られていたわけでも、何か弱みを握られていたわけでもない。だとすれば、殺される原因は何だ。
――イジメ。
漠然とこの言葉が俺の脳裏を掠めた。
芹沢さんは校内では有名なイジメっ子だった。成績は優秀でおまけに顔も良い。風のうわさで聞いたことがあるのだが、実は隣にいる織神さんを目の敵にしようとしていたとか。とにかくライバル視していたらしい。当の本人は歯牙にもかけないといった様子だが。
殺される原因があるならば、イジメの関係者だろう。事実、芹沢さんのイジメによって飛び降り自殺をしてしまった子もいる。
しかし、あの飛び降り事件以来芹沢さんのイジメは控えめになったと聞く。事実そうだ。白崎さん以上の凄惨で陰湿なことは起きていない。
だけど、死んだ人間がどうやって人を殺す。もしかしたらあの憑神とやらに死んだ人間の怨念に憑りついて殺人を実行するなんてものもいるかもしれない。
落ち着け。考えが飛躍している。第一、レインコートの奴が芹沢さんを殺した犯人と同一人物だとすると白崎さんの体格とはまったくの別物だ。彼女の身長は目の前に座っている小柄な三部と同じくらい。奴の身長は織神さんとほとんど一緒だ。
俺の考えは此処で詰まった。
「香澄、どうしたの? 眉間にしわ寄せて難しい顔してるよ?」
会話にまったく参加してこない俺を気にしてか三部が心配そうな顔をして尋ねてくる。
「あ、ああ。別に。なんともない」
「ならいいんだけど。それはそうとさ、なんで香澄は制服のままなの?」
この場で俺だけが昨日の服のまま。誰だってツッコみたくもなる。これは適当に理由を作っておかなければ妙なことになるな。
「朝いつもの癖で、慌てて準備したらこの様だよ」
ははははと俺はへたくそな乾いた笑いを浮かべた。変なところで勘の鋭い彼女を上手く誤魔化せただろうか。
「そうなの。私と遊ぶときとか、慌てて制服着てくることもあるんだから」
すかさず織神さんが俺の拙い言い訳を上手く補完してくれたおかげで、三部は少々訝しげな表情をしながら、そういうことかと頷いてくれた。いや、織神さんの補完は新しい誤解を招くぞ。まるで俺が常日頃から彼女と遊んでいるかのようではないか。俺と彼女は昨日初めて話したばかりだぞ。
「三部さん、貴重なお話ありがとう。惜しいけど私たちはこれで失礼するわ」
三部に粗を探される前に織神さんは俺を連れて、甘ったるい女子同士の雰囲気から逃げるように喫茶店から去ろうとする。
「三部さん。なんて堅苦しい呼び方じゃなくていいよ。結って呼んでよ」
そう言って、にかっと羨ましいほどの笑顔で三部が笑うと、彼女はそこはかとなく悲しい顔をしてから、こくりと頷いた。
「ありがとう、じゃあそうさせてもらうわ。またね、結」
「うん、また遊ぼうね。響子」
俺たちは足早に喫茶店を後にした。俺は織神響子の等身大の姿が見えた気がした。友人同士で他愛のない会話をして笑って、誰が好きだとか、何が嫌いだとか、そういう話題で盛り上がって最後にはお互いの友情を確かめるように別れを言い合う。これきりではなく、これからも。と。
「私ね……彼女の笑顔が嫌いだったのよ」
彼女が初めて自分から言の葉から滴る雫を零す。
「なんでも知っているような顔して、無神経で、生きていれば何とかなるって、良いことがあるってそう思っているし、そう信じている……。そんな彼女が私は大嫌いだった。私に向けられているわけでもないのに、無性に腹が立ったこともある。でも、どうして彼女があんな笑顔が出来るのか少し、分かった気がするの」
織神響子は立ち止った。振り返ることもせず、誰にも聞こえないような声で、ただ吐き出すようにこう言った。
「生きているからこそ……笑えるのよね」
見えるはずの無い彼女の瞳の色が容易に想像できるのは何故だろうか。懐かしいセピア色で染められた美しい瞳を。




