第四話 捜査④
なんということだ。予期せぬことは起きている。響子さんが探偵事務所の台所で俺のために朝ごはんを作ってくれている。そして俺はソファーでその料理が届くのを待つ。
彼女はものすごく料理は下手だが努力は相当する。
だが、台所で叫び声やすごい焦げた臭いがするのはなぜだろう。見たい気持ちはあるが彼女はその作っているのを見られるのが嫌らしい。俺は誤って見てしまった時は酷かった。
真っ赤な顔をして俺に強烈なビンタを喰らわせた。なかなか顔の腫れが取れなかったことを、今でも体が覚えている。
結構痛かった。
たまに努力したことに気付いて欲しくてそわそわしているが何も言わなかったら怒る。それに気が付くのも大変だ。
要は見極めが大事。
「出来たわよ。私の特性目玉焼き」
「目玉焼き?」
見慣れない可愛らしいエプロンで出てきて俺に差し出してきたのは彼女が言うには目玉焼きらしい。 でもそれはあまりにも、目玉焼きとは言えなかった。
そうそれはまるでダークマターのようだった。
「そうよ。他に何があるのよ?」
「いや、ダークマターかと」
「ダークマター? なんで私の渾身の料理が暗黒物質になるのよ。もういいわ。そんなこと言うなら助手くんにはあげない。こんな美味しそうな料理、私だけで食べるんだから」
お勧めしないが、こう言ってしまえば彼女は言うことを聞いてくれない。そして断言しよう、絶対不味い。
「頂きます」
彼女がそそくさと一人で食べ始めてしまった。こうなれば俺は麦茶を用意しておかないといけないな。
「う……!」
響子さんは片手で口を押えて動きが止まってしまう。どんどん顔が青くなっているのがこちらから見てもよくわかる。
俺は黙って麦茶を差し出すと彼女は一気に喉を通して胃袋に叩き込んだ。暫くの間響子さんのことを見つめていたが多分今、ショックを受けてるだろう。
「不味かったろ?」
「うん……」
「今、代わりの目玉焼き作ってやるよ」
俺は立ち上がり、料理を始める。今日の彼女は随分弱気な返事をする。その理由は言わなくても分かる。
響子さんの頭はあの事故のことで一杯なのだ。そのことで考えが詰まってこんな慣れないことをしたんだろう。
こうなって弱気な返事をするなんて、ごく稀にあることなんだが、これは結構詰まってるな。いつもの自信満々の表情がない。
「なぁ響子さん」
俺は料理を一時中断し、響子さんの前に座り深呼吸をして話しかけた。
「どうしたの? 助手くん」
「今日の響子さんはらしくない!」
「え? いきなり何を言ってるの?」
「いつもの響子さんは事件が発生すると嬉しそうで、犯人にどんな事情があっても許さないし、足を組んで好きな本を読みながら、俺の淹れたコーヒーを飲んでくれて、自分の考えをちゃんと何があっても突き通す。
俺はそんな、そんないつもの響子さんが好きだ。大丈夫、自信を持ってくれ。一番近くで見てきた俺が言うんだ。間違いないよ」
彼女ははぁと息を吐いて、閉じていた目を開けて俺にこう言った。
「貴方に心配されるなんて、いよいよ私も落ちてきたかしら」
「俺は――」
「分かってる。分かってるわよ……そうね、確かに私らしくなかったわ」
彼女は立ち上がり、いつもの自信に満ちた優しい笑みを浮かべた。
「ありがとう。准兵」
でも。と彼女は続ける。
「いつもの響子さんが好き? 俺が言うんだ。間違いないよ? これって告白のつもり?」
優しい笑みから一転、彼女はクスクスと意地悪な微笑みをし。
「説教か告白かどっちかにしなさいよ、この馬鹿」
人が言って後悔している部分を突いてくるなんて。
俺は響子さんに額にでこピンをされた。初めて喰らうでこピンは意外にも痛く、自分の額をこすっていた。そんな俺を差し置いて彼女は好きな作者の本を足を組んで読み始めた。
こうなればもう心配することなんて何もない。
俺は急いで朝ごはんを淹れたてのコーヒーともに響子さんに差し出す。
「頂きます」
「いただきます」
俺たちはゆっくりと食べ終わり、響子さんは読書、俺は皿洗いをしている。
「ねぇ、助手くん」
「なんだ響子さん?」
「調べ残したことがあるから、今日も大学に行くわよ」
「了解!」
早々に皿洗いを終わらせて大学に向かう。外に出ると天気は生憎のくもりだ。
こんな天気だとせっかくの夏だというのに遊ぶのが億劫になるだろう。
それを知ってか知らずか響子さんはこのくもりという天気が雨の次に好きらしい。
よほど晴れた日が嫌いなのか。その理由が気になるところだが、たぶんそれは聞いてはいけないものだとそう思っている。
そうそう、響子さんの調べ残したこととは昨日彼女の携帯に三部から電話がかかってきたのだ。
それは二か月前に足を怪我した人がもしかしたらこの事故に関わっているのかもしれないと三部が言っていたのだ。その彼の名前は、俺もその名前を聞いて驚いた。
その名は永洞国一。
俺たちはバスに乗って、大学に向かう。俺の隣にいる響子さんは読書を嗜んでいた。よく酔わないなと思っていると気が付くと大学に着いた。
このバスの停留所は大学の文字通り、目の前にある。
大学の正門に待っている三部と会い、早速永洞に会いに行った。彼は食堂にいるらしく、そこ向かった。
そして食堂に着くと、お昼前だからだろうか多くの人がいる。大きな声で笑っている者や女性のグループで話している者がいた。
だが、そこに松葉杖を持っていたのは一人だけだった。
「貴方が永洞国一?」
「え、はい。あれ? 結に准兵くんじゃないか」
俺を見て彼は二つの意味で驚いた。一つはここにいること、もう一つは。
「まさか君が美女を射止めたうわさの彼だったのか」
あの噂だった。こんなところまで噂が広がっているなんて俊之のいってることも馬鹿にはならないな。
「そんなことはどうでもいいの。貴方の怪我をした時の話をしてくれないかしら?」
「別にいいけど、楽しくないよ?」
「構わないわ」
これから永洞の話を聞いた。その話を聞いてると話している方も、聞いてる方も辛かった。
どんな風に怪我したのかも、陸上に対する思いもすべて聞いた。
「俺はこれから診察があるからこれで」
彼は頭を下げてその場を去った。
「さて、私たちも二人目の被害者に会いに行くわよ」
「でも、どこに入院してるのかって分かるのか?」
「分かるわよ。結に教えてもらったもの」
なるほど彼女たちは俺の知らない間にそんなことをしていたのか。俺にも少しは教えてほしいものだ。
「じゃあ行くわ。結、ありがとう」
「ううん。大丈夫だよ」
俺たちは三部から一口サイズのチョコレートをもらってまたバスの停留所に向かう。
ここの大学は正門から出ようとすれば、必ず弓道場を通る。俺たちも例外じゃない。弓道場を通りかかった時、俺はまた嫌な予感がする。
彼女から目を離さず、歩いていたが。
「響子さん、危ない!!」
後輩が先輩の射を見るために作った小窓だが、何者かに壊されて、そして丁度防護用のネットが破れていてたまたまその二つを通り抜け、響子さんに向かってきたが、俺は彼女に抱き付いて倒れこみながらも直撃は避けた。
「助手くん大丈夫!?」
「大丈夫だ。響子さんは?」
「私は大丈夫。それでもなんで弓道の矢が? 普段なら有り得ないわ」
その時俺と響子さんが見たのはあの一羽の黒い蝶だった。
この俺の周りを舞っている蝶は俺たちを嘲笑っているようだった――
事件がいよいよ、佳境に向かっていきます




