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夜の月に笑われて  作者: 宮城まこと
顔剥ぎ兎
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第六話 異変①

 織神さんと南方さんによる捜査は程なくして終えた。目の前で起きていることが非現実的過ぎて自分がまだ夢の中にいるようだった。いや、これが夢の中であるならば目を覚ませば終わるはずなのだ。しかし頬を撫でる風、身体をめぐる血液と循環させるために脈打っている心臓もすべて現実。願っても出来事が変わることは無い。


 俺は彼女の横顔をちらりと見ると依然涼しい顔をしている。目の前で人が死んでいるっていうのに彼女の心情はどうなっているんだ。生きている人間ではないみたいだ。表情と同様に血液すら冷たくなってしまっているのか。


 いいや。これは考えすぎた。どういう理由があっても彼女は人間だ。そうでなければ俺と一緒に帰り道を歩いているはずが無い。どういう理由は分からないが一緒に帰るように俺に言ってきた。もちろん最初は断ろうとしたが、彼女の鋭い視線に怯んで嫌だとは言えなかった。


「なぁ、そろそろ理由を話してくれないか?」


 ここは素直に尋ねてみた。


「どうして俺があんたと一緒に帰らないといけないんだよ」


「そうね。ここでなら話してもいいかも」


 隣で歩いている彼女は俺の前に出てくるりと振り返る。誰も歩いていない歩道橋の上で二人しか聞こえない声で話し出す。


「貴方、今日から自分の家に帰ってはダメよ。この事件が解決するまで私と一緒に行動すること。この条件を飲まないと詳しいことは話せられない」


「え? なんだよそれ。理由になってないだろ」


「まずこの条件を飲んでくれないと理由は話せないって言っているでしょ。何も知らないままが嫌なら大人しく飲みなさい」


 まずいな。このままだと彼女の鋭い視線でまた鵜呑みにさせられそうだ。たしかに彼女の言う通り何も知らないままでは気持ちが悪い。人の肌に似た生温い風が俺を急かすように頬を撫でて吹き抜けていく。ここは受け入れるふりをして後でこっそりと自分の家に戻ればいい話だ。意を決して固唾を飲み込み、ゆっくりと頷いた。


「……分かった。織神さんが言う条件ってのを飲み込むよ」


 俺がそう言うと彼女はじろりと右手を見つめる。血のついた包丁を拾い上げたこの右手に何かあるのだろうか。


「じゃあ、言うわ。よく聞いて。貴方が偶然見かけた死体。あの死体はこの世ならざる憑神(つきがみ)っていう殺意の権化によって殺された」


「え?」


 ちょっと待ってくれ。どうして俺が彼女と一緒に帰り、共に行動しないといけないのかの理由になっていないじゃないか。それになんだ憑神って。たしかにあの死体は常識では測れない殺され方をしているが、だとしても憑神なんて言葉を簡単に信用なんてできない。


「信じられないって顔をしているわね。まぁ言葉だけじゃ信じるのも無理ね。実際に見せないと」


「み、見せる?」


 突然、背中に悪寒が走る。まるで心臓に手でも当てられているような気味悪さと吐き気。幽霊など信じない俺でも人ならざるモノが見つめているのが分かった。


 振り返るな。得体の知れない何かに肩を叩かれてもだ。しかし、人間の性ゆえなのか無性に振り返って安心を求めてしまう自分がいた。微かに震える手、落ち着きのない呼吸。


 俺は我慢できずにゆっくりと祈りながら振り返った。はずだった。


「振り返ってはダメよ。貴方まで魅入られたら面倒になる」


 彼女のため息交じりの言葉で俺の挙動は止まった。すると、織神さんは俺の背後にいる何かに向かって鋭い視線をくれた。


「私の前で憑こうなんていい度胸しているじゃない。お礼に払ってあげるわ。土下座して喜びなさい」


 目にも止まらぬ彼女の手刀が何かを捉え、確実に息の根を止めた。


「ほら、今の貴方にも見えるはずよ」


 彼女は仕留めた憑神とやらを捕まえて俺にわざわざと見せてきた。おそるおそる彼女の持っている手に目をくれると、そこには鳩がいた。ただの鳩ではない、どこかどす黒く直視しているだけで気味が悪くなってくる。これが憑神。


「こんなのはまだ弱い方だけど、ここにいる人間ぐらいなら簡単に殺せるほどの殺意がある。……皮肉ね、平和の象徴である鳩が憑神になるなんて」


 俺は憑神の鳩をしげしげと見つめ、魅入られるように触れようと手を伸ばすと彼女は冷たくあしらうように叱咤した。


「触れるのはよしなさい。普通の人間が触れるとこいつは強くなる。私だけじゃあ手が負えなくなるぐらいにね」


「ご、ごめん。なんかボーっとしちゃって……」


 彼女は容赦なく躊躇いなく鳩を握りつぶすと、鳩は黒い霧とともに跡形も無く消え去った。


「貴方はこれに狙われているの。だから私が傍にいて守らないといけない。それでも貴方が自分の家に帰るというなら私は止めないわ。その分、地獄を見る覚悟はしてちょうだい」


 彼女は本気だ。見捨てはしないけれど、忠告を無視すると地獄を見せてその体に恐怖を覚えさせる。こんな俺でもあの憑神が危険な存在だということは分かる。


 誰が好んで地獄を見たがる人がいるんだ。選択肢は元から一つじゃないか。


「分かった。今日は織神さんの家にお邪魔するよ……」


 まさか初めてがこんな形で女性の家に行くことになろうとは残念でならない。が、命には変えられないのだ。俺は恐怖と妙な緊張感と高揚を感じながら彼女の足跡をなぞるように歩いた。

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