第二話 邂逅②
久し振り過ぎて書き方忘れてるけど許してヒヤシンス
何をしていたっけ。何をしようとしていたっけ。何も思い出せない。ただ、懐かしい感覚がする。まるで過去に立ち返ったかのような胸を締め付ける淡い感傷。俺は気が付くと高校に向かう通学路の途中で突っ立っていた。
「あれ?」
夏の太陽が俺を見下ろしている。手をかざしてみても手は透けない。暑い、気温は二十五度を超えているだろう。珍しくぼーっとしているのはおそらくこの暑さのせいだ。そうに違いない。俺は通学鞄を背負い直して高校に向かう。
公立桐之座高校。通称桐高。そして今は高校三年生の最後の夏。恋も部活もしてこなかった俺はいつもの夏と変わらなかった。就職する気にもなれず漠然と大学に進学することしか考えていない。親からは何も言われないし、これでいいと思っている。大学に入ってバイトでもして悠々自適に適当に暮らせばいいか。
通学路の途中目の前に一際長い黒い髪を靡かせた女生徒が俺の前を一人で歩いていた。
あれはたしか、織神……響子だったか?
寡黙で美人。それが織神さんの第一印象だった。学校でも誰とも喋らず、三年間一緒だった俺も彼女に話しかけてもいない。話しかけづらい雰囲気もそうだが、何より彼女自身他人を遠ざけているようにも思えた。
すると、彼女の前に複数人の男子生徒が現れた。
なにやらのっぴきならない状況だ。ここは男である俺が彼女を助けるべきなのか。そうだ、複数人の男が一人の女性を取り囲むなんて許せるわけがない。俺は彼女の前に出た。
「止めろよ。彼女いやがってんだろ」
「ああ? 誰だよお前。部外者は引っ込んでろ!」
俺は男の一人に強く突き飛ばされて尻餅をつく。
「いっ!」
ここで感情的になって手を出してはいけない。俺もこの男と同類になってしまう。だから掌を擦切っても怒りをぐっと抑えた。
「貴方たち道の途中で突っ立っていられると邪魔よ。それともなに? 私を遅刻させたいの?」
彼女の第一声はひどく攻撃的だった。どこか憧れていた美人の初めて聞く声がこんな内容なのはいささか納得いかないが、彼女の声はとても効果的だった。
「もしかして私にフラれた嫌がらせ? そんなことしているからフラれるのよ。身の程をわきまえなさい、身の程を」
彼女はきつい言葉と視線を男たちにぶつける。なるほど鈍い俺でもどうして織神さんが囲まれているのか理解できた。彼らの顔をよく見るとどこか見覚えがあった。すべて彼女に告白しフラれていった男たちだ。彼女の言う通りフラれた意趣返しと言ったところか。
「んだとてめぇ! 調子に乗んなよ!」
俺を突き飛ばした男がついに彼女に向かって殴りかかる。これは俺が想定していた一番最悪なパターンだ。俺は身体を起こして彼女の代わりに殴られてやるつもりだった。だがしかし、彼女は男の腕を掴み力をいなして投げ飛ばす。織神さんは格闘技の心得でもあるのだろうか。
「くだらない。調子に乗っているのは貴方たちの方よ。複数人でもなければ女性一人デートに誘えないの? 今日のことは許してあげる。だからもう二度と私に関わらないで」
彼女はいつも以上に冷たい目でそう言った。織神さんが凄むと男たちは腰が引けたのか投げ飛ばされた一人を庇うようにして俺たちの前から逃げるように去って行った。
「貴方もいつまでそうしているつもり? 早く立たないと遅刻するわよ」
織神さんは初めて俺に話しかけてくれたが、どうやらその毒舌は男たちだけではなく俺にも向けられてしまうようだ。
感謝してほしいわけじゃない。お礼を言われなくたって結構だ。だけど、それでもありがとうとか言うのが人間としての礼儀じゃないのか。文句の一つでも言ってやろうとしたが、彼女はつかつかと早歩きで学校に向かった。
程なくして文句を言いそびれた俺も学校に到着し、保健室での簡単な擦り傷の治療が終わり授業が始まると、前に座っている彼女の後姿だけを見つめていた。
別に気になっているわけじゃない。ただ、どうしてあんなに冷たい態度が取れるのだろうと不思議に思っているだけだ。先述の通り彼女は誰とも話さず、ただ一人で教室の窓際の席で本でも読みながら退屈な時間を過ぎることを願っているかのようにしているだけだ。
あんな風に生きて楽しいのだろうか。いや俺に彼女の快、不快を決められたものじゃないがずっと一人で寂しくないのだろうか。
こんな俺にも友達はいる。同性にも異性にも。友人は多ければ多いほどいいとは言わないが、羨ましいと思う。隣のクラスの三部結なんかいい例だ。あいつはどこにでも友達がいるし明るくて良く笑う女の子だ。俺もときどき彼女と話すが面白い奴で友人が多いのも納得できる。
ふと俺は擦り切れた右手を見る。
かっこつけて助けに入ってこのざまだと何も言えないな。放課後にもう一度先生に見てもらおう。
そして放課後、事件は起こった。何気ない日常だったと思う。女性らしい可愛げのある顔つきと優しい対応で男子生徒に人気がある保健室の片桐先生は俺の手を見て理由を知り微笑みながら代えの絆創膏を貼ってくれたときだった。
「きゃああああああああ!!」
女生徒の悲鳴が校内にこだまする。尋常ならざることに俺と片桐先生は驚き思わず椅子から立ち上がった。
「私、ちょっと見てくるね。香澄くんはここにいて」
片桐先生が保健室を飛び出すと、俺も好奇心からか黙って先生のあとをつけてみることにした。今思えば大人しく先生のいうことを聞いていれば良かったと後悔している。
俺が校舎裏の林で見たのは、女生徒の顔が剥がされた死体だった。
「なんだよ……これ」
普通の人の死に方じゃない。どうしてこんなことに。俺は肉だけになった顔面を見てしまい無いはずの目が合い腹の底から湧き上がる言い知れぬ気持ち悪さが吹き出して吐瀉物となってしまった。
「香澄くん! どうしてついてきたの!」
俺の存在に気が付いた片桐先生は吐いている俺を介抱しながら言いつけを破ったことを怒った。しかし重要なのはそこじゃない。この平和な町で、学校でこんな頭のおかしい死に方をしていることが異常なのだ。徐々に野次馬や他の先生たちが集まり、騒ぎは大きくなっていく。
「……ついに来たわね」
俺は一人の声だけはっきり聞こえた。織神響子の今まで聞いたことのない楽しそうな声を。視線の先に死体を臆することなく見つめる彼女がいた。




