第三話 捜査③
俺は第二講義室の扉を開けた。三部は呑気に黒板に絵を描いていた。意外ながらも彼女の絵は上手く、漫画家としてもやっていけそうな感じがする。
いやいやそんなことを考えている場合じゃない。早く用事を済ませ、響子さんのところに行かねければ。
「なぁ三部、二件目の事故現場ってどこになるんだ?」
「そう……だね、えっと確か二人目の加持さんは演劇部の手伝いをしてその機材の下敷きになっちゃったみたい。不運な話だよねほんとに、ただ手伝いをしていただけなのに」
「確かに、そうだな。演劇部のところに行けば良いのか?」
「うん。でも今日は演劇部は休みだったはずだから、明日行ってみるといいかも」
「ありがとう。明日響子さんを連れてまた来るよ」
「じゃあ明日お菓子でも用意して待ってる」
「あぁ、そうしててくれ」
三部と響子さんが関わって、響子さんは変わった。いい方向に変わっていったんだ。人とよく話し、よく笑うようになった。彼女の笑顔は今までにないくらいはつらつとしている。それは紛れもなく三部結と言う女性のおかげだ。
俺も彼女には感謝している。俺だけだと絶対響子さんを変えられなかったんだ。
初めて会ったときは酷かった。無表情で無口、たまに口を開けば毒舌。浮かべる表情は冷笑。高校時代の響子さんは人と関わるのを嫌っていた。
自分でもそう言ってたくらいだから相当なものだろう。
そして俺は響子さんがいるであろうグラウンドに戻る。案の定いたが、彼女はグラウンドの端のベンチに座り込んで何かを考えていた。
「どうした響子さん? 何か分かったのか? どうやってぶつかったとか。色々訊いたんだろ?」
「ええ、もちろん聞いたわ。お互いに暑さのせいでボーっとしていたらしいわ。これじゃあ何もわかってもないのと一緒。考えても無駄ね。助手くん、今日は帰りましょう」
結局分からずじまいか……これもしょうがない結果なのか。
「そうするか。帰りにケーキでも買って食べるか」
「あら、それ本当?」
「嘘言ってどうするんだよ。本当に決まってるだろ。丁度給料も入ったことだし」
「やった! なら早く帰りましょう! 助手くん、珈琲を淹れるのも忘れずにね」
「了解」
俺たちは結果的に何も分からないままだが、明日にあればきっと何かが解ると信じて帰路へとつく。
*****
香澄と響子が帰ってしまって暇になってしまった。あたしは響子に手伝ってもらった数式の証明を確認してみる。
「う……」
しまった。あたしの間違っている部分も直されてる。これをたった三十分でやり遂げてしまうなんてやっぱり、響子は天才だ。
これで明日の教授との対決に勝てる。でも……高校時代の時も聞いたけど絶対香澄の奴、響子のこと好きだよね。
じゃなきゃ朝ごはんとか作りに行かないよ。
あの二人が付き合ったらどうなるんだろう? ちょっと考えてみることにする。
「ははっ」
っと思わず吹き出しってしまった。
今と全然変わらないや。あぁいうタイプには香澄みたいな一途な奴がお似合いだ。
「さてっと」
帰ろうと思い立って、あたしは第二講義室を出る。すると廊下を歩いている松葉杖をついて歩いている眼鏡をかけた男の人がいた。
「ん? おお、永洞くん久し振りだね。足の怪我は大変そうだね」
「結ちゃん、久し振りだね。相変わらず足のほうは言うことをなかなか聞いてくれなくてね。手術もして、ハビリもして、やっと松葉杖を使ってやっと歩けるようになったんだ。大学も今、リハビリついでに歩いてるんだ」
永洞くんはあたしの大学の友人。陸上部のエースで、走り高跳びの選手だったんだ。
でも二か月前に足の腱を切っちゃって、勝てば全国大会に出れる大会に出れなかった。彼の手術後にお見舞いに行ったけど意気消沈してて、ずっと泣いてた。
力になってあげられれば良かったけど、あたしには慰めることしかできなかったし、ただ声をかけてあげることしかできなかった。
でも今は元気なって次の大会に間に合うように必死にリハビリしてる。
「大変だね。良し、あたしも暇だから付き合うよ!」
「え!? 良いよ別に……これ見ててもつまんないと思うし、付き合う者ものじゃないしさ」
「良いの、暇だから。それにリハビリも楽しい方が良いじゃん。階段とかも危ないでしょ?」
なんとか彼を説得させて、彼のリハビリに付き合った。
松葉杖を使って歩くのは意外と難しそうで、しかも彼は松葉杖を使って歩くのは、これが三日目だという。
そりゃ、覚束ないはずだ。
「ねぇ? 永洞くん」
「どうした? 結ちゃん」
あたしは話のネタがてらに今、陸上部で起こっている事故について彼に同じ陸上部としてどう思っているか聞いた。
「永洞くんはさ、陸上部で起こってる事故についてどう思う?」
「どう思ってるってそりゃ、残念だなって思ってるよ。でも全国が近いってのにどいつもこいつもヘラヘラした顔で練習なんかやってるからだよ。
俺が怪我さえしなけりゃな、全国にだって行けたのに、実力なくて運で行ったみたいなやつが行ったって意味ないんだよ」
彼の言葉に熱がこもっているが、それは陸上に対する熱い思いと、自分自身への怒りと、そしてそのどちらにも属さない、ただのやりどころのない怒りがあった。
あたしはその怒りが怖かった。自慢じゃないけどあたしにはその人の本質がなんとなく分かるんだ。永洞くんはどこか、高校時代の響子に似ている気がする。
人を、笑顔も嫌って人と関わるのが嫌いだったあの時の彼女を思い出す。
その時は香澄もいたからなんとかできたけど、今はあたししかいない。つまり、何もできないんだ。
「永洞くん怖い」
「え、あっ! ごめん。ちょっと熱くなって」
あたしは彼のその言動を忘れられず、どこか不安に思いながら彼について行った。
そしてあたしたちは誰も使っていない第二グラウンドに着いて、野球部がしまうのを忘れたのかグローブが二つ、ボールが一つあった。
「お、せっかくだからキャッチボールでもするか? 歩くのも疲れたし」
「都合よくあるし、やろうか!」
あたしは精一杯の笑顔を彼に向けた。
彼はベンチに座ってキャッチボールを始める。小学生ぶりにやるキャッチボールはなかなか慣れないながらも楽しく続けた。
すると彼の投げたボールがあたしを通り越して、後ろの方に行ってしまった。ミスしたんだと思いながらボールを取りに行く。
取ったボールにはこの大学の蝶のマークがある。でもそれは紅い蝶のはず。あたしが見たのは黒い蝶のマークだった。
「ん?」
あたしは疑問に思いながら永洞くんに返球する。
「この蝶のマークって確か赤い色だよね。でもそれ、黒いよね。なんでかな?」
「さぁ? 変色でもしたんじゃないか?」
そう言って野球ボールを握る永洞くんの眼は怖かった。少しあたしの心は不安になりながらも、そんなこともないと思わせるぐらい、このキャッチボールは時間を忘れるくらいに楽しかった。
途中から語り部が結に変わるところがこの章が進展するところです




