07.剣騎の魔王
「聞け、私の名はアルフェシオ・アイスバーグ。
そなたも私もこの茶番劇に巻き込まれた
哀れな道化に過ぎぬ。
なれば多くを語るまい。
剣を置き、降伏せよ。
さすれば命は保障しよう。
アイスバーグの名にかけて、悪いようにはせぬ!」
三百体のスケ兵の前で、堂々と口上を述べる少女。
その美しくも力強い声は、平原に吹く風に乗って響き渡る。
銀の鎧をまとい、竜骨馬に堂々とまたがる姿はまさに物語に登場する騎士そのもの。
蒼い空を背景に、黒く長い髪をなびかせる凛々しい姿に思わず見惚れる
「負けてるよね? どう見てもあっちのほうがかっこいいよね?」
「そうでしょうか? 陛下のほうが魔王にふさわしいお姿かと思いますが」
誉めているのか、それ。
俺たちは、三百体のスケ兵の後ろで、こそこそと話し合う。
「しちゃおうか、降伏。なんか勝てそうもないし」
「・・・陛下のお望みのままに」
言いつつ、どこか不満そうなキリキス。
いや、顔には出てないんだけどね。なんていうか、雰囲気というかそこはかとなく冷たい視線というか。
相手の魔王は、またもや女性だった。
傍らに控えているのは、従者らしき少女。
距離があるのではっきりしないが、キリキスと同じ濃紺の衣装。
隣の主と同じ黒い髪で、肩口あたりで切りそろえている。遠目だと姉妹のようにも見える。
「そもそも、何で女の子ばっかりなの?」
そう、この世界で会う人間はなぜか女の子ばかり。
いや、文句があるわけじゃないよ。アイラちゃんもラキスさんも可愛いし美人だ。
遠目で断言はできないけどあのアルフェシオさんも従者も期待できそうだし?
「・・・陛下?」
ああキリキスさんも魅力的ですよ! 愛想はないけど!
「返事、したほうがいいかな?」
「無視すればよろしいのでは?」
いろいろ相談しているあいだに、アルフェシオは諦めたのか単なる儀礼的な呼び掛けだったのか、さっさと後ろに引っ込む。
そして敵のスケ兵たちが行動を始めた。
一応、こちらにも作戦はある。
まず、相手に対して、百体のスケ兵を横一文字にずらっと並べ、計三列の防御態勢を敷く。
相手の攻撃を受けたら徐々に後退する。
左手後方には林があり、そこには百体のスケ兵が隠してある。
林が背後にまわるように敵を誘導したら、一気に襲わせる。
前後から挟撃して包囲すれば、たぶん勝負はこちらのものだ。
この作戦の肝は、相手がこちらの総兵数が三百体であると思い込むはずだという前提による。
魔王たちに各々配備されたスケ兵は三百体きり。
まさかこちらが昨日のうちに城砦をひとつ落とし、百五十体のスケ兵を手に入れているとは思うはずがない。
ちなみに、フィリラちゃんとラキスさんの監視用の十体を除いて、百四十体のスケ兵は歩行が困難なほど壊れてしまった。
昨日の出発時点で復活が間に合わず、置いてきてしまったのだ。
欲を言えば二倍の兵力で戦いたかったが、仕方ないだろう。
必勝を期すならば三倍以上の兵力差が理想らしいし、その状況に持ち込むのが名将の資質らしいけどね。
しょせん一介の庶民にはこれが精一杯なのだ。
動き出した敵のスケ兵は全軍で来るかと思ったが、左側の百体が回り込むように進軍した。
俺もそれに合わせてスケ兵の位置を変えると、相手のスケ兵はさっと後退した。
首を傾げてこっちのスケ兵を下げると、今度は右側のスケ兵が前進する。
ちょっと慌ててこちらでは左側にあたるスケ兵を動かすと、またもやさっと後退する。
なにがしたいんだろう?
そうやって、敵が背後にまわるような動きを見せるたびにそれを防ごうとして対処する。
そのルーチンワークを繰り返すうちにアルフェシオの意図を理解した。
三列に並んでいた陣形は、相手の動きに翻弄されるうちにジグザグで歪な形になり、しかも中央がやや薄くなっていた。
まずい。そう思った瞬間だった。
鬨の声をあげ、アルフェシオが先頭になって敵軍が突撃してきた。
ガシャンと、天まで響く衝突音。
アルフェシオが竜骨馬にまたがりながら、槍状の武器を振り下ろす。
先端についた斧のような部分をスケ兵の真っ向から叩きつける。
頭蓋骨を粉砕し、背骨を押し潰し、スケ兵は真っ向唐竹割りだ。
とどめに竜骨馬がぶち当たり、バラバラに吹っ飛んだ。
待て! それは反則だろう!
アルフェシオが斧槍を振るうたびにスケ兵が叩き潰される。
彼女の従者は積極的には攻撃をしない。
竜骨馬にまたがる主人に寄り添うように歩いている。
時折、主人の死角に入り込むスケ兵だけを剣で斬り伏せている。
その動きは静かに感じられる。滑るように走り、剣を一閃する。
せせらぎの水面で瞬く光のような剣筋だ。
彼女のおかげで、アルフェシオはただひたすら敵を蹴散らすことに専念できるようだ。
攻める魔王に、守る従者。
攻防一体のコンビネーションで、俺の防御陣形を崩していく。
戦術的後退などではなかった。
その苛烈な攻撃に押され、俺は必死になってスケ兵を操る。
こちらが一歩退くたびに相手は二歩踏み出すような感じだ。
スケ兵を中央に集めようとすれば左右の壁が薄くなる。
その分、敵のスケ兵が包み込むように前進してくる。
守りに徹し、被害を最小限に抑えるのが精一杯だ。
「陛下、私が出ます」
「だめだ!」
前に出ようとするキリキスを制止する。
たしかにあのアルフェシオを抑えようと思えばキリキスを出すしかない。
だが、相手には従者の護衛がいるのだ。二対一では勝ち目がない。
「ずるいぞなんだあれは! 不公平すぎる!」
罵っても現実は過酷だ。
従者には従者を当て、スケ兵にはスケ兵を当てる。そこまでは互角だ。
だが魔王のスペックにいくらなんでも差がありすぎる。
アルフェシオに戦いを挑んでも、俺なんか一蹴されるのが落ちだ。
「陛下、必殺技の許可を!」
「くどい!」
ここで許可を出すぐらいなら、最初から禁じたりはしない。
キリキスの命を危険にさらすぐらいなら、わずかな可能性に賭けて逃げ出したほうがましだ。
押される一方だが、なんとか戦闘を継続できている理由のひとつは、スケ兵に恐怖心がないおかげだろう。
人間は感情の生き物であり、死を恐れる生き物だ。
戦いでは、自分たちが勝っていると思ったときには勇敢になり、負けたと思えば命を守るために逃げ出す。
よく戦争物の小説で語られるその手の理屈は、戦争に行ったことがなくても容易に想像がつく。
たぶん人間の本質をついているから理解できるのだ。
俺だって皆が威勢よくわめきながら前に進んでいたら怖くてもついて行くだろう。
周りが動揺して逃げ出したら、他の人間を追い越して逃走する自信が、ある。
しかしスケ兵には恐怖心がない。勝っていようが負けていようが、淡々と敵と戦う。
どう見ても劣勢な状況だが、スケ兵は俺の命令通りに戦い、壊されてゆく。
そして同じことが、相手のスケ兵にも言える。
アルフェシオがいくら獅子奮迅の戦いをしても、決して鼓舞されない。
ただ機械的に攻撃してくるだけだ。
理由の二つ目は、どうやらスケ兵を操る俺の技量が、アルフェシオより上だという点だ。
それはそうだろう。あんなに激しく戦いながら、スケ兵を指揮する集中力を保てるはずがない。
もしかするとアルフェシオではなく、従者が指揮しているのかもしれない。
それならば従者の動きが消極的なのも頷ける。
ただ従者はスケ兵を指揮できるが、暁闇の指輪を使った魔王より劣るらしい。
だとしたら何故、アルフェシオは自ら指揮をとらずに、剣をふるっているのか。
もしかすると彼女は人間を率いる感覚で、スケ兵を率いているのではないだろうか。
自らの武勇に自信があるので、先頭に立って戦っているのではないだろうか。
剣を振るう彼女は確かに強い。俺なんか、比較するのもおこがましい。
だけどキリキスやラキスさんほどではない。
それは人間の範疇での強さだ。魔王の従者の人外の強さには及ばない。
もしアルフェシオと従者が役割を代えて戦っていたら、とっくに防御は突破されているはずだ。
だから俺は、被害を減らすことだけを考えて粘る。
スケ兵たち全体に意識を張り巡らせ、相手の攻撃を受け流しながら後退を続ける。
触手を伸ばすように執拗に牽制し、突出する部分があれば包んで叩く。
無駄な足掻きをできるだけ引き伸ばし、相手には優勢を確信させる。
いつ終わるとも知れない、脳が焼ききれそうな緊張の連続だった。
そして、予定していた位置に到着した。
今朝のうちに、ない知恵を振り絞って罠を施した場所だ。
疲労でかすむ目が、アルフェシオの軍勢の背後にスケ兵を潜ませた林を認めた。
「来い!」
俺は叫んだ。叫ぶ必要はない。俺の意思を暁闇の指輪が伝える。
林から百体のスケ兵が、アルフェシオの軍勢を背後から襲った。
挟撃が決まっても、すぐには効果が見えなかった。
やはりスケ兵は動揺することなく、戦い続けたからだ。
しかし俺がスケ兵を慎重に操り、完全に包囲すると勝敗はこちらに傾いた。
背後から攻められれば、反撃するしかない。
迎撃態勢をとれば自ずから進撃は止まる。
包囲されれば、内側の兵は戦力にはならない。
外側から徐々に削られ、数を減らしてゆく。
元よりこちらは百体、戦力が多いのだ。
アルフェシオに削られた分を差し引いても優勢だ。
仮に同じ割合で減ったとしても、こちらの兵力が多く残る。単純な引き算だ。
アルフェシオもそれを理解しているのだろう。やや後ろに下がった。
おそらく指揮に専念して事態を打開しようとしているのだろう。
たぶんもう遅い。大勢は決したと思う。
肩の力が抜け、降伏勧告をしようと前に出た。
「陛下!」
キリキスの悲鳴まじりの叫び。
ああ、そうだった。
馬鹿か、俺は。
俺は知っていたはずだった。分かっていたはずだ。
魔王が危機に陥ったとき、その従者が立ちはだかることを。
俺の視線の先、スケ兵の壁の向こうに魔王の従者がいた。
黒い髪の少女と俺の視線が交わる。
その黒く神秘的な静けさを秘めた瞳を、距離を越えて確かに見た。
天に伸ばした白くしなやかな手に、闇があふれる。
すべての光を飲み込む闇、戦場の音さえ吸い込み、静寂をもたらす真の闇。
彼女が腕を振り下ろすと、闇は解き放たれた鳥のように羽ばたく。
俺と彼女のあいだにいた、十体あまりのスケ兵が闇に飲み込まれて消失した。
破壊されたのではない。消えたのだ。それこそ骨さえ残さず。
呆然と立ち尽くす俺は、背中に強い衝撃を感じた。
その勢いのままに、地面に倒れ伏す。
キリキスだと分かった。
彼女が俺を守るように、覆いかぶさるのを感じる。
やめろ!
そう叫ぶ暇もなく周囲に闇が満ち
光が戻った。
背中の重みはすぐに消えた。
ギイン、金属音が響く。
すぐさま立ち上がり、右手を見る。
キリキスと敵の従者が、剣をまじえていた。
「キリキス!」
「陛下、前を!」
ハッとして向き直る。
アルフェシオが目前に迫っていた。
斧槍を投げ捨て、腰から剣を引き抜く。
その勢いのままに横なぎに剣を振るう。
避ける間もなかった。自分の剣を盾にして後ろに跳ぶ。
彼女の剣は盾にした剣ごと押し込み、さらに蹴り飛ばされた。
俺は地面を転がって衝撃を殺し、体勢を立て直そうともがく。
「降伏しろ!」
アルフェシオが怒鳴る。
馬鹿だ! あと三歩踏み込み、剣を振り下ろせば彼女の勝利なのに。
戦いの前の口上で、命を保障するという言葉は本気だったのか?
俺は助けを求めようとキリキスの方を反射的に見た。
敵の従者と戦う彼女の背中一面が、
黒く焼けただれていた。
「ぁあああああああああああ!」
俺は叫んだ。声の限り叫んだ。
俺の怒りと無念の叫びに、アルフェシオがわずかに後ずさる。
その一歩が、彼女から勝利の機会を奪った。
彼女の足首を、地面を突き破って伸びた骨の手がつかんだ。
足をとられ、彼女が後ろに倒れる。
周囲の地面からスケ兵五十体がわき出して、いっせいにアルフェシオを取り押さえた。
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次話掲載予約 明日2014/08/18 00時
三魔王の戦いは決着した。
魔王と従者六名は話し合いの席につく。
そこで第108魔王は自らの正体を明かそうとするが。
次話『三魔王会談』