05.従者の宿命と異世界の朝
スケルトン兵たちを指揮するのにも慣れてきた。
同時に、彼らの生態?についても理解が進む。
スケ兵は数が増えるに従い、個々の集まりというより一つの生命体として機能している。
彼らは一種の波動を周囲に放ち、その反響で空間を把握している。
その範囲は数が増えるに従って広がり、さらに一体が得た情報は全員が共有している。
こうして形成されるネットワークに接続するためのツールが、暁闇の指輪なのだ。
暁闇の指輪はスケ兵一人ひとりが認識する情報を統合整理している。
だからこそ夜の闇の中でも足元をとられず進軍することが可能となる。
いま俺たちは星空のもと、暗い平原をがちゃがちゃと行進していた。
暗い中で走るのは危険なので速度は控えめだ。
さすがに今日は疲れてしまった。
睡魔に襲われ、竜骨馬の上でぐらぐらと身体が揺らぐ。
「そういえば、キリキスは魔術が使えるのな?」
眠気覚ましに傍らのキリキスに会話をふる。
この世界は魔術があることを、転写された情報によって知っていた。
だが具体的にどのようなものかは把握していない。
「はい陛下。正式の魔術師のものとは、だいぶ違いますが」
彼女によれば、魔王の従者が使う魔術は従者専用のものがほとんどらしい。
一般に流布している魔術は基本的なものがわずかに使える程度だそうだ。
「じゃあ、あの大扉を破壊したのは従者専用の魔術か?」
「いいえ、必殺技です」
「ひっさつわざあ?」
なんか胡散臭い話しが出てきた。
「はい、従者が己の生命と魂を贄とし、発動する究極奥義です。従者それぞれがもつ固有能力です」
究極とか奥義とか固有能力とか。なんだろう、いたたまれない気分になる。
「耐久度の問題はありますが、破壊力は抜群です」
暗いので彼女の表情は分からないが、なんだか得意げな口調だ。
いやそれよりも
「・・・ちょっと待て。耐久度ってなんだ?」
「必殺技を使う度に従者の耐久度が下がります。耐久度は回復しません。必殺技の威力が耐久度を超えると従者は自壊します」
・・・・・・・
「バカヤロウ!!」
俺は怒鳴った。
「なぜそんなものを使った! どういうつもりだ!」
「? あの状況ではもっとも有効な手段だと判断しました」
キリキスの困惑した雰囲気が伝わった。
「お、お、おま、おまえ、こ、こ、この、バ、バカヤロウ!」
怒りのあまり口がまわらない。
「あ、あと、な、何回使えるんだ!」
「わかりません」
「分からないだと!」
「何回使用すれば自壊するのか、予測することは不可能です」
必殺技は従者によって千差万別であり、従者の性能諸元は個人差がある。
必殺技の属性と従者の能力の相性が良ければ制限回数が多く、悪ければ少ない。
その組み合わせは無数にあり、統計的な分析がなされていないという。
「過去の従者はほぼ必殺技によって自滅していますが、一度目の発現によって死亡した例は皆無です。
ですから、陛下の初親征を飾るのにふさわしい武功をと思い、使用しました」
ぐるぐると思考が空回りする。
「・・・いったい従者とはなんなんだ。どうしてそこまで魔王に尽くす」
「従者は主である魔王の道具です」
さも当然とばかりにキリキスが答える。
「盟約により我々は生み出され、主である魔王のために死にます」
その疑問すら抱いていない口調に、俺はキリキスという存在を理解した。
≪魔王の世紀≫の真の犠牲者は、彼女たち従者なのだ。
魔王たちのために限界を超えて戦い、散っていった過去の従者たち。
俺は望まぬ地位に就いた魔王たちだけが犠牲者だと思っていた。
従者達こそ魔王に捧げられた、自覚のない哀れな生贄なのだ。
俺は彼女を殴ってしまった後悔に苛まれた。
「申し訳ありません」
「・・・なぜ、謝る」
「事前に許可を得るべきでした。私の命は陛下のもの、どこで使い潰すか陛下の判断を仰ぐべきでした」
かみ合わない。まるで話しがかみ合わない。
この女を理屈で説得するのは無理だ。
いまの彼女に懺悔しても自己満足にしかならないことが分かった。
「・・・そうだな。今後は勝手なまねは許さない」
「はい、陛下」
「では二度と、必殺技は使うな。永久に封印しろ」
「陛下、それでは陛下をお守りすることが」
「くどい。お前は俺の従者だ。俺の命が果てる最後まで、生きて俺と共にいろ」
もういい。説得がだめなら命令するだけだ。
こんなろくでもない世界で、ひとりぼっちにされてたまるか。
こいつには最後の最後まで、つき合ってもらうさ。
必ず生き延びてやる。年をとって耄碌したら介護をさせ、下の世話までさせてやる。
「・・・陛下のお望みのままに」
遠くから、キリキスの声が聞こえた。
ああ、もう、怒ったら余計に疲れた。もう限界だ。
「・・・キリキス、あとは任せた。俺は寝る」
その言葉を最後に、俺は馬上に伏せて、意識を手放した。
目が覚めたら、青い空が見えた。
屋根のない場所で目覚めたのは初体験だ。
「おはようございます」
「うおっ!」
傍らにはキリキスが地面に座って、こちらの顔をジッと覗き込んでいた。
「お、おう、おはよ」
「申し訳ありませんでした。野営の設備を持って来るべきでした。御身を地面などに横たえた失態、いかような処分でもご存分に」
ろくに準備する時間もなかったし。仕方ないよ。
「いいよいいよ。しっかり眠れたし。キリキスは大丈夫? よく眠れた?」
「お心遣い、感謝いたします。ですが従者は数日ぐらいならば睡眠を必要としないので、陛下に虫がたからないように警戒しておりました」
・・・え?
「もしかして一晩中その格好で?」
「はい、もちろんです」
・・・こええ! すげーこええよ!
なんなの! 暗闇の中、ずっと俺を見詰めていたの!?
「・・・そうか、ありがとうな」
「いえ、従者として当然の務めです」
・・・・・当然なんだ
まあいい。それよりも寝起きといえば当然ある種の生理的欲求がある。
見渡せばあたりは一面の平原、予定していた林は見えるがだいぶ距離がある。
困ったぞ。だが、そこで気遣いをみせるキリキス!
俺があたりをキョロキョロと辺りをうかがう仕草から万事察してくれる。
「陛下、あちらに準備を整えております」
指差した方向には、地面にあけられた穴がひとつ!
・・・仕方ないよね。まっとうなトイレを期待するほうが贅沢というものだ。
どっこいしょと立ち上がって歩き出したが、なぜかキリキスが一緒だ。
「・・・どうしてついてくるの?」
「警護のためです」
平原のど真ん中だよ!
「それに後をぬぐいませんと」
手にした手巾らしき布切れを見せる。
拭うってナニを! そういう趣味はありません!
俺はキリキスの肩をつかみ、ぐるりと反転させた。
「あ、あの、陛下?」
そのままぐいぐいと押して、30メートルほど進んだ。
「ここにいろ。それと、よしと言うまでこっちを向くんじゃありません!」
□
第107魔王の行動は彼の予想を超えていた。
魔王同士の新たな戦いが迫る。
次話『想定外の遭遇』