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百八番目は異世界魔王  作者: 藤正治
第一章 三日戦争
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04.第108魔王の転戦

「あーふたりとも、ちょっと戦うのを止めてください」

 早送りにしていたビデオをいきなりストップしたように、ふたりの従者はぴたりと戦いを停止した。

「フィリラ様!」

 悲鳴をあげたのは紅い髪の従者。

 青みがかった灰色の瞳。

 身長はキリキスより高く、彼女と同じ濃紺の衣服をまとっている。

 キリキスのほっそりした体型に比べると、だいぶボリューム感がある。

 少々きつめの顔立ちだが美人だ。彼女の耳も先端の尖った悪魔耳である。

「あーそこのお嬢さん、剣を捨てて降伏してくれませんか?」

「この卑怯者!!」

 うん、そうだね。怒鳴る気持ちはすごく良く分かる。

 魔王らしき少女の右腕を背中にまわして、ねじりあげているからだね?

 ついでにナイフを首に押し当てていたらふつう怒るよね?

「ラキスさん!!」

 少女は助けを求めるように紅い髪の従者の名前を呼ぶ。

 フィリラちゃんにラキスさんか。いい名前だな。

「きさまあ!フィリラ様をはなせ!!」

 ラキスさんは殺意をみなぎらせてこちらをにらんでいる。

 威圧感が半端じゃない。恐ろしさに身体が震えた。

「ヒイ!」

 フィリラちゃんが短く悲鳴をあげる。

 ナイフを持つ手に力が入り、わずかに皮膚を切ってしまった。

「やめろおお!」

 いや違うんだ! わざとじゃないんだ! ごめんよ!

「剣を捨てるんだ!」

 パニックをおこして、思わず叫んだ。

 早く剣を捨てて降伏してくれ! でないとこっちの神経がもたない!

 俺の必死の形相をどう判断したのか。ラキスさんは悔しそうに唇を噛んだ。

「キリキスやめろ!」

 ラキスが剣を捨てた瞬間、キリキスが斬りつけようとするのを制止した。

 どうして意外そうな顔をする!

「キリキス、彼女を拘束しろ」

 不審そうな表情のまま、キリキスがラキスに近付く。

 そして指先で宙になにやらくるくると描く。

 すると奇妙な光の紋様が浮かび、それを掌でぱっとつかむとそのままラキスの背中を殴りつけた。

「ッガ!」

「ラキスさん!」

 ラキスが苦悶に呻き、がっくりと膝をついた。

「キリキス!」

「束縛の魔術です。動くと激痛があるだけで、身体に影響はありません」

「あるじゃないか!?」

「最低限の処置です。従者を完全拘束するなら、四肢を切断するしかありませんが?」

 よし。あとでキリキスとはきっちり話し合おう。

 とりあえず、これでひと段落着いたわけだ。

 俺はフィリラちゃんを離した。

「えーと、フィリラちゃんだっけ?」

 声を掛けると、彼女は身体を震わせて後ずさりした。

 うーむ。完全に嫌われてしまった。当然といえば当然だが。

 女の子を人質にして、ナイフで脅して、どんだけ外道か。

 絶対にこっちが悪役だ。

 どうしたらいいか悩んでいると、フィリラちゃんの襟元がぽつんと赤く染まっていることに気付いた。

 うろたえた俺は、パタパタと身体をはたく。おお、ハンカチがあるではないか!

 俺はポケットからハンカチ引き抜くと、フィリラちゃんに近付く。

「い、いや!」

 涙をうかべて怯えるフィリラちゃん。

 仕方なく腕を伸ばしてハンカチを差し出した。

「首、切れちゃってるから、これで押さえて、ね?」

 喉元に血がにじんでいる。皮一枚ぐらいだから、圧迫すればすぐに止血できるだろう。

 俺が懇願すると、フィリラちゃんはおずおずと片手でハンカチを受ける。

 手にしたそれをまじまじと見た後で、喉元に当てた。

 傷痕、残らないといいけど。

「ごめんね」

 フィリラちゃんはこちらをじっと見詰める。

「・・・どうしてですか?」

「うん?」

「どうして、こんなひどいことをするんですか」

 悲しげに呟いて、彼女はうつむいてしまった。


 ああ、そうだった。

 謝って済むことじゃなかったんだ。


 攻撃を開始したとき、スケルトン兵の対応がぬるいと感じた。

 この城砦は、まるで防御態勢がとられていなかった。

 彼女は戦いのことなどまるで念頭になかったのだ。

 他の魔王を攻撃するつもりなど思いつきもしなかったのだ。

 明日はどう分からないが。もしかするとこちらに攻めてきたかもしれない。

 明日でなくとも明後日は、あるいは将来はどうか。

 だけどそんなことは俺の言い訳だ。

 俺が一方的に戦いを仕掛け、女の子を人質にした。

 それが全てだ。

「キリキス、この城砦に牢屋はあるか?」

「ございます、基本仕様ですから」

 だが、ぜんぶ想定内のことだ。

 就任したばかりの魔王たちが混乱から立ち直り、状況を受け入れ、態勢を整える前に討つ。

 これこそが俺の博打の狙いであり、結果はみごと的中した。

 素直に喜んでもいいのかもしれない。勝利により、こちらが主導権を握ったのだ。

 延々と続く戦いを回避する可能性が高くなったのだ。誇ってもいいのかもしれない。


 なのに、この惨めな気分はどこから来るのだろう。


「彼女たちを牢屋に保護しておけ。水と食料も忘れるな。世話用にスケルトン兵を十体つけておけ。丁重に扱うんだぞ」

「はい、陛下」

 そう答えたきり、キリキスは動こうとしない。

「どうした?」

「僭越ながら陛下、指輪はいかがいたしましょう」

 言われて思い出した。フィリラちゃんの手を見てみれば、俺と同じ暁闇の指輪がはめられている。

 そうだ、まだ外ではスケ兵たちが戦っているだろう。一刻も早く、停止させなければいけない。

「フィリラちゃん、頼みがあるんだけど。その指輪、俺にくれないか?」

「これ、ですか?」

 フィリラちゃんが指輪に触れたとき、叫び声があがった。

「いけませんフィリラ様! 指輪を渡してはなりません!」

 ラキスさんだった。叫んだ瞬間、顔が苦痛に歪む。

 束縛の魔術がどれほどの激痛か、その表情を見ればわかる。

 しかし彼女は歯を食いしばって悲鳴をこらえた。

「指輪は、本人の意思でなければ外れません・・・指を切り落としますか?」

 黙れバカキリキス。

 フィリラちゃんはじっと俺を見詰め、口を開いた。

「指輪がとても大切なものだと、ラキスさんに教えてもらいました」

 そう言って指輪をさする。

「でもラキスさんのこと、助けてくれるならお渡しします」

 俺は考えるふりをしてから頷いた。簡単に了承すると、嘘っぽくなりそうだから。

「分かった、約束するよ」

「・・・信じます」

 フィリラちゃんは指輪を外すと、俺に渡した。

 こうして俺の、この世界での最初の戦いは終わりを告げた。


「お見事でした、陛下」

「女の子を人質にして、か?」

「はい、実に合理的な手際でした」

 皮肉ではないのだろうが気分は滅入る。

「お疲れでしょう、今日はもうお休みになりますか?」

「何を言っているんだ?」

 確かに肉体的にも精神的にも疲労困憊だ。

 時刻も窓の外を見ればすでに夕暮れ時らしい。

「すぐに出撃するぞ、準備を整えろ」

 休息している暇など、あるはずがなかった。

次話掲載予約 明日2014/08/16 00時


その夜、従者達の非情な定めを知る。

次話『従者の宿命と異世界の朝』

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