表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百八番目は異世界魔王  作者: 藤正治
第一章 三日戦争
3/24

03.白の従者と紅の従者

 斜面を駆け下りたのは、突撃速度を上昇させる意図があったからだ。

 ただ意外と急勾配なので予想よりもスピードが!

 しかも馬上で視線が高く、風圧とかのせいで体感速度がハンパでない。

「ひいいいいい」

 非常に恐い。竜骨馬から転げ落ちたらえらいことになりそうだ。

 あ、スケ兵がこけた。

 しかも後続の仲間にどんどん踏まれてポキポキだ。

 必死になって、竜骨馬の首にしがみついた。

「ご安心下さい陛下」

 キリキスの声だけが聞こえる。視線を前方からそらせない。

「竜骨馬は優秀です。たとえ崖から落ちても、陛下を背から落としません」

 崖から落ちるのは勘弁だけど! たのむよ!

 城砦まであと五十mあたりで、前方の地面から敵のスケ兵がわき出した。

 壁のように立ち塞がり、こちらの進路をふさごうとする。

 数はおそらく同数の三百体。一気に距離が縮まり、両軍が激突した。

 ガシャン、という音と共に、先頭を駆けていた味方のスケ兵が、敵のスケ兵を真っ向から両断する。

 スピードに乗っていたため、一撃で相手がバラバラだ。

 次々と味方のスケ兵が突撃した。

 激闘だった。

 無言のまま戦う命なき兵士たち。

 頭蓋骨を切り飛ばされ、肋骨を折られ、手や足を失ってもなお戦い続ける。

 鳴り響くのは剣と剣がぶつかる金属音と骨が砕ける乾いた音。

 人間同士が殺し合うのとはまた別種の、凄惨な戦場の光景。

 激しい戦いの渦中にあって、俺は震えていた。

 指揮どころではない。

 味方のスケ兵の壁の外で吹き荒れる、無慈悲な戦いの嵐。

 俺は激しく後悔する。

 どうしてキリキスに指揮をまかせなかったのか。

 どうして戦おうなどと思ったのか。

 負けて元々などと考えたが、愚かにもほどがある。

 負ければ、死ぬのだ。そんな覚悟など、ありはしなかった。

 分かっているつもりで、なにも分かっていなかった。

 二度と、二度と戦おうなどと!

 指が真っ白になるほど強く手綱をにぎった手に、そっと触れる感触があった。

 

 キリキスが、隣にいた。


 恐怖と緊張のため視界が狭くなっていたらしい。

 だから彼女が傍に竜骨馬を寄せてきたのに気がつかなかった。

 彼女は白い手を俺の手に重ね、こちらを見つめる。

 彼女の瞳には怯える俺に対する侮蔑も失望もない。

 彼女はただ待っている。


 俺は目を閉じた。


 キリキスの手をそっと外し、両手で耳をふさぐ。

 一切の音を締め出し、視界を閉ざした闇の中で、ただひたすらに集中する。

 隣にはキリキスがいる。

 命をかけて俺を守ると言った、最後の盾がいる。

 だから俺は、俺自身の仕事を全うする。

 戦場の俯瞰図が頭蓋骨の裏側に投影された。

 スケ兵の配置が光点となって現れる。

 白い光点が味方で、赤い光点が敵だ。

 味方の紡錘陣形は多少歪になっているが、まだ保たれている。

 外側を削られながらも前進している。

 敵は城砦を守るように壁を作っているが、こちらの進撃を抑えきれない。

 壁はどんどん圧され、くの字に折れ曲がっていく。

 こちらは外側が削られた分だけ内側から兵を出し、ひたすらに前進を命じる。

 じりじりと、焦燥感が募って進軍速度ことさら遅く感じる。

 ふいに、針の先ほどの綻びが壁に生じる。

 俺はそのわずかな隙間に戦力を集中させ、一気に押し広げる。

 俺は目を見開いた。

 前方に続く細い糸ほどの道筋が、城砦の正面、大扉まで続いている。


「いけ! キリキス!!」

「はい、陛下」

 竜骨馬を一気に走らせ、キリキスが戦場を駆ける。

 俺も彼女のあとに続くが、差はひらく一方だ。

 白い髪をもつ少女は、敵も味方も関係なく蹴散らし、風のように走る。

 城塞の大扉まであとわずかという距離で

 跳んだ。

 竜骨馬の背を蹴り、宙を鷹のように飛翔し、大きく両手を天に掲げる。

 彼女の掌から銀の輝きがほとばしる。

 夕暮れ迫る戦場を、煌々と照らすほどの輝きが膨れあがる。

 目も眩む光とともに、シルキスの身体が大扉に激突した。

 大扉が吹っ飛んだ。

「ウソや!!」

 俺は思わずつっこんだ。


 三メートルはあろうかという、金属で補強された扉。

 それが四つに叩き割られ、爆音とともに内側に吹き飛ぶ。

 呆然と俺が見守る中、彼女はそのまま城砦の中へ突入にした。

 俺は竜骨馬を駆りながら、驚くよりも呆れていた。


 いらないんじゃないか、俺?


 城砦に突入した俺は、数体のスケ兵とともに走っていた。

 なるべく多くの味方スケ兵を城砦内部に侵入・反転させ、後続する敵スケ兵を防がせた。

 あくまでも時間稼ぎだ。

 通路には味方スケ兵を充満させた。これなら一対一か二対二の戦いになる。

 敵が突破するにしてもかなり手間取るだろう。

 こちらが魔王を討つのが早いか、時間との競争だ。

 それだけの手当をしてから、俺はキリキスを探した。

 一目散に追わず、のんびりしすぎかなと思わないでもなかったのが、大丈夫じゃない?

 それだけさっきの光景が衝撃的だったのだ。

 ひょっとして彼女一人で城砦を陥落させられたんじゃなかろうか。


 城砦の内部構造は、俺の城砦と良く似ていた。

 というか、まるっきり同じだと思う。

 いや、自分の城砦だって玉座から外へ出るまでの通路を一回通ったきりだが。

 ごく単純な構造で迷いようがなかった。

 だからとりあえず、玉座のある部屋まで行ってみようと思った。

 通路の奥から、金属を激しく打ち合わせる音が聞こえてきた。

 最初は小さく、やがて玉座の部屋に近づくにしたがい大きくなり、俺はあわてて走った。

 玉座の部屋で見たそれは、銀色の軌跡の乱舞だった。

 キリキスは長大な剣を背負っていた。どう考えても彼女の身長とは不釣合いな長さと重さの剣だった。

 その剣がいま、縦横無尽に振るわれていた。

 二振りの剣が空気を切り裂き、数瞬のうちに何度も交叉して火花を散らす。

 高速で振るわれる剣の軌跡は幾重にも折り重なってほとんど面となり、互いの領域を貪欲に侵食しようとしのぎを削っている。

 刃が打ち合わさる音は絶え間がなく連続し、甲高い不協和音を奏でた。


 考えてみれば、当り前だった。

 俺にキリキスがいるのだ。とうぜん相手の魔王にも従者がいるのだ。

 キリキスが強いなら相手の従者も強いはずだ。

 二人の速度は目視で捉えることが困難な次元まで高まる。

 残像が幾重にも重なって判別しがたい。

 両者はかろうじて髪の色で違いが分かる程度だ。

 キリキスの、銀色に近い白い髪。

 敵の従者の、燃え盛る炎のような紅い髪。

 キリキスと同じ濃紺の衣装、背丈は相手のほうが高い。

 髪の長さは背中の中ほどまでか。

 紅い髪が闇夜で振りまわす松明の炎のようにたなびく。


 凄まじい両者の戦いぶりに、俺は息を飲む。

 加勢など不可能だ。二人を取り巻く刃の結界は、近付くものを敵味方なく一瞬にして切り刻むだろう。

 だが、手をこまねいて観ているわけにはいかない。

 両者の戦いは拮抗しているが、懸念がないわけではない。

 キリキスはさきほど、不可解で強力な力を発現した後なのだ。

 あれほどの力を放出が、なんのリスクもなしに行えるはずがない。

 疲労か、ファンタジー風に言うならばMPの減少か。

 毛筋ほどの隙さえ勝敗を傾けるようなこの戦いにおいて、それが不利にならないはずがない。


 そしてキリキス自身が気付かないはずがない。


 なのに、キリキスは援護もなしに突入した。

 なんのために?

 敵の従者をいち早く抑え、俺に危険を及ぼさないためだろうか。

 誓い通りに剣となって敵を討つつもりなのか。

 俺には分からない。

 だったら、託されたのだと思いたい。

 キリキスの掌の感触を思い出す。

 ひどく冷たい感じがしたが、不快ではなかった。

 その感触を思い出し、焦る気持ちをむりやり押し込める。

 背後にいるスケ兵たちを待機させ、冷静に周囲を観察する。

 不意に、そこにいるべき人物が欠けていることに気付く。


 敵の魔王はどこだ?


 従者は魔王の最後の盾だと言う。

 ならば敵に攻め込まれたこの状況で、紅い髪の従者は主である魔王の側にいるはずではないのか。

 視線が玉座へと吸い寄せられる。

 俺の城砦にあったのと寸分の違いもないデザインだ。

 その玉座の裏側から、わずかに茶色いものがのぞいている。

 目を細めてみる。視力はいいほうだ。

 腰から護身用に渡されたナイフを引き抜く、

 敵の従者の背後の壁沿いに、腰を屈めてじりじりと這い進む。

 幸いキリキスとの戦いに集中しすぎているのか、こちらに気付く様子はない。

 仮に気付かれても、キリキスを相手にしているこの状況で、対処できるはずがない。

 キリキスはそこまで考えていたのだろうか?

 慎重に、それこそカタツムリのようにじりじりと玉座に近寄る。

 緊張のあまり、額も背中も汗でびっしょりだ。

 もしかすると、紅い従者は自らの命を捨てても、俺を狙うかもしれない。

 その手にした剣を投げつければ、俺は串刺しだ。

 たとえ自分が斬られようと、俺が死んだらそこでゲームオーバーだ。

 紅い従者はいつこちらに気がつくか。

 もしかしたら視界の端で、こちらをうかがっているのかも。

 恐くて恐くて、確認することもできない。

 剣に串刺しされる光景を妄想する。

 そんなことが頭の中をぐるぐる回っていたせいか。


 我に返るとすでに玉座の裏側に到達していた。


 そこで目にしたものは、ある意味予想通りで、別の意味で想像もしなかったものだった。

 魔王がいた。

 玉座の背もたれに隠れ、両手で頭を抱えてぶるぶる震えてうずくまっていた。

「あーもしもし?」

 俺がナイフを向けて小声で話しかけると、魔王はびくりと背中を振るわせた。

 いかにも恐る恐るといった感じで振り向き、恐怖の眼差しをこちらに向けた。

 魔王は茶色い髪を三つ編みにしていた。

 ハシバミ色の瞳、ちょっぴり浮かんだソバカスがチャームポイント。

 年下の、純朴そうな女の子だった。

次話掲載予約 明日2014/08/15 00時


魔王の少女と従者は捕らえたが、勝利は苦かった。

それでも彼は、次の戦いへと再び出撃する。

次話『第108魔王の転戦』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ