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百八番目は異世界魔王  作者: 藤正治
第二章 魔王領ゾルガー
24/24

24.芽吹き

「あの、すみませんでした」

「気にしないで」

 肉と野菜をはさんだパンを齧りながら、俺は返事をする。

 カリナさんは肩をすくめて恐縮しているが、悪いのは俺だろう。

 いくら集中していたとはいえ、まともに対応しない俺に業を煮やしたとしても仕方がない。

 なので反省と謝罪の意味で、脳の50%ぐらいをカリナさんとの会話に割いている。

「でも、村のためにこんなにも尽力していただいている方に、なんて無作法な真似を・・・」

「いやあ村のためじゃないから」

「え?」

 いぶかしげなカリナさんの声を、脳の片隅がとらえる。

「あの、それはどういう意味でしょうか?」

「ん~~~村にとってこのぐらいの危機は、何度も体験してきたんだろうから」

 手を伸ばして、脇に置かれたバスケットから、二つ目のパンを取り出す。

 うん、今度の具はチーズとサラダだ。

「よそ者がかんたんに解決して、村の人たちは納得できるかなあ?」

 汗水たらして苦労して、幾度となく障害を乗り越えてきたのに。

 ふらりとやってきた得体の知れぬ魔術師は、不気味な骸骨を操って、あっという間に障害を取り除いてしまう。

 むなしく、ならないだろうか。

 いままでの苦難の道のりを、否定されたように思わないだろうか。

 俺なら悔しいかもしれない。あるいは、妬むかもしれない。

 まあ、村の人たちは案外、簡単に割り切るかもしれない。

 プライドを守るよりも、舞い込んだ幸運をしたたかに利用するかもしれない。

 だとしたら、とても気が楽だが。

 あれやこれや考えると、面倒くさく感じる。

 何をしてもしなくても、悪く言われるのは分り切っているのに、余計な干渉はなるべくしたくない。

「でもねえ、ディル君がいるからなあ」

 もし飢饉にでもなれば、ディル君も腹を空かせるかもしれない。

 今は育ち盛りなのだ、どっさり食べさせてやりたい。

 まさか家族や友達からひき離して、ディル君だけを城砦に引き取る訳にもいかないし。

「それにカリナもいるからね」

 開拓村における大事な人間が二人になった。

 これなら、採算を多少度外視しても、援助する理由になる。

 それに全体的に見えれば、たぶん城砦と開拓村の関係に、プラス影響を与えるだろう。

 おや、またスケ兵さんが鍬を片手に新規参集だ。

 今まで働いていたスケ兵さんの近くで働かせる。

 経験の共有が本当にされているのか、観察しよう。

 ふと見回せば、一人きりになっていた。

 いつの間にか、カリナさんは帰ったようだ。

 いい機会だ。以前から試したかったことを実行する。

 ひとつ、深呼吸した。


 心を開放し、スケ兵さんの制御に没入する。

 すべての感覚を、スケ兵さんたちのネットワークに委ねる。

 光と灰色の世界が広がった。

 時間の感覚が喪失した世界で、俺は声なき言葉でスケ兵さんたちと語り合った。



 目を開けると、天井が見えた。

 しばらく天井の木目を眺めてから、おもむろに起き上がる。

 なんだか頭が重い。それに身体の節々が痛む。

 ベッドから降り、靴を探して履くと、部屋から出た。

 どこか見覚えのある廊下を歩くが、誰もいない。

 廊下を右に曲がっておぼろげな記憶を頼りに玄関から表に出る。

 太陽のまぶしさに目を細め、辺りを見回す。

 目がしょぼしょぼして、あまりはっきりとは見えない。

 あくびを漏らしつつ、俺は歩き出した。

 霞がかかったような、はっきりしない頭を振りつつ、何かに導かれるように歩き続ける。

 しばらくしてから、その場所に到着した。


 あぜ道で、誰かがラジオ体操をしていた。


 手を大きく振りかぶってぴっぴっぴっと、テンポ良く屈伸している。

 彼女の身振り手振りに応え、スケ兵さんが規則正しく畑を耕している。

 畑のほとんどが耕し終わり、畝が美しく並んでいた。

 俺は彼女に近付きつつ、柔らかい日差しの下に照らされた農地を眺める。

 やがて辺り一面が緑に覆われ、実りの季節には黄金色に輝くのだろう。

 そんな景色を想像していると、こちらに気がついたのか相手がラジオ体操を止め、じっとこちらを見詰めていた。

 茶色い髪とハシバミ色の瞳をした少女。傍らには赤い髪の女性が並んでいる。

 確か彼女は

「フィリラ?」

 名前を呼ぶと、フィリラはこちらに近付き、やや低い位置から俺を見上げる。

 苦しそうな、悲しげな顔だった。

「どうしてここに?」

 しばらく沈黙したまま互いを見詰め合ってから尋ねた。

「・・・お迎えにあがりました」

 フィリラは顔を伏せ、呟くように答える。

 どうにも気詰まりな空気に耐えかね、傍らのラキスに視線を送る。

 ラキスは苦笑し、フィリラの肩をぽんと叩く。

「フィリラ様?」

 フィリラはそれでも頑なに沈黙を守っていたが、やがて意を決して顔を上げ

「申し訳ありませんでした!」

「お、おう?」

 勢いにのまれ、一歩後退する。

「分かっていたんです、最初から! カズサ様がそんなことをする人じゃないって! でも! 自分でも何がなんだか分からないけど苦しくて! カズサ様の言葉を聞くのが怖くて! どうしていいのか分からなくて!」

 言いながら感情が昂ってきたのか、最後は嗚咽まじりに叫ぶフィリラ。

 意識しないで手が伸びた。まだ頭がはっきりとしないが、どうすればいいのか、自然と理解した。

「よしよし」

 フィリラをかるく抱きとめ、背中をぽんぽんと叩く。

「よしよし、だいじょうぶだいじょうぶ」

 慰めているのに何故か効果がなく、フィリラちゃんがいっそう泣きじゃくる。

 困り果ててラキスに助けを求めようとしたが

 ラキスは服の袖をかみ締め、恍惚とした表情で身悶えていた。

 悔しい! でも可愛い!

 小声で何度も呟く彼女を半眼で睨む。

 やがて腕の中でフィリラが次第に落ち着き、いきなりパッと離れた。

 顔が真っ赤だ。もじもじと指を絡ませてこちらを上目遣いで見詰める。

「カズサさん!!」

 背後から、誰かが大きな声で呼びかける。

 振り返るとすごい勢いで金色の髪の女性が駆けてくる。

「やあ、カリナさ―――」

「ばかああああああ!!」

 頬をひっぱたかれた。

「どれだけ! わたしが! シンパイ! したと!」

 胸倉をつかまれ、一言ごとにビンタを喰らう。

「思っているの!」

 最後は右の頬をグーで殴られた。


 三日間、俺は不眠不休でスケ兵さんの指揮をしていたらしい。

 そう教えられて、呆然としてしまった。

 いくらなんでも信じられない。

 途中で何度も連れて帰ろうとしたが、赤スケさんと黄スケさんが、乱暴こそ働かないが断固として立ちはだかって、邪魔をしたらしい。

 わずかに水を飲ませるのが精一杯で、あとは憑かれたようにスケ兵さんたちの動きを眺めていたらしい。

 手の施しようのない状況で昨日、フィリラちゃんが開拓村を訪れた。

 話しを聞いたフィリラちゃんは、ラキスと直轄のスケ兵さんに指示して赤黄スケ兵さんを拘束。

 俺の制御権を何とか奪って仕事を引き継いだらしい。

 どうやってと尋ねたらフィリラちゃんが目をそらし、ラキスが殴って気絶させたと言った。

 隷属魔術、許容範囲が広すぎないか?

 記憶にまったくないが、危ない状態だったらしい。

 俺が謝ると、カリナさんは拗ねた顔で横を向き、許してくれなかった。

 どうやらそうとう心配をかけたらしい。

 何度も平謝り謝って、ようやく謝罪を受け入れてくれた。

 ほっとしたのもつかの間、今度はフィリラちゃんが冷たい視線で俺を睨む。

「・・・・女たらし」

 ラキスがざまあみろと言わんばかりの顔で、ひひひと笑う。


 ともかく、仕事が終わったので、挨拶もそこそこに城砦に帰還することになった。

 やることはいくらでもある。危険な目にあったが、得たものは少なくない。

 ソーク村長とゼンダ君に頼んで、あまった竜麦と雑穀の種を分けてもらい、ディル君とこんど遊ぶ約束をした。

 カリナさんには、世話になった礼だけしか言えなかった。

「また、来てくださいね」

 青い左目をもつ女性は、穏やかな笑顔でそう言ってくれた。

 こうして俺たちは、開拓村を出て、我が家への道をたどった。


 後日、城砦から少し離れた場所に、畑を作った。

 小さな芽が出た日、俺と黄スケさん赤スケさんと鍬スケさんたちは、畑の周りを踊りながら回った。

 鍬を掲げながら踊る俺たちを、仲間達は楽しげに眺めていた。

 最初にキリキスが踊りの列に加わった。

 次にフィリラとラキス、そしてクルスも。

 ひとり残ったアルフも、照れくさそうに踊りに加わった。


 その日、ゾルガー領に祭日が作られた。

 来年もまた、みんなで踊る日を迎えたい。

 そう願った。

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