23.えんたーていめんと
その日、村長宅に戻ったのはだいぶ遅くになってからだ。
ゼンダ君と相談して了承を得てから、カリナさん、ディル君と一緒に鍛冶師のところに直行。
打ち合せをしてからふたりと別れ、村の外に出てスケ兵さんを集合させる。
三十体を鍛冶師の元へ送り、残りのスケ兵さんと近くの雑木林で材料を集め、ついでに小型魔獣と遭遇したので戦闘をこなし、また鍛冶師のところに戻り、邪魔だと追い返された。
「おかえりなさい、カズサ様」
笑顔で迎えてくれるカリナさんに案内されて食堂へ。
食堂にはソーク村長、ゼンダ君、ディル君が待っていた。
カリナさんは台所から一人の少女を連れてきて、紹介してくれた。
「弟の婚約者のニーナです」
はにかむ笑顔が可愛い少女で、カリナさんとの仲は良さそうだった。
今のところ嫁小姑問題はなさそうである。
食卓は、だいぶ奮発してくれたようである。
たぶんフィリラが持ち込んだ魔獣の肉を料理したものに、村で栽培した野菜。
特に野菜がうれしい。城砦の食事は野菜が乏しく、肉料理はご馳走という文化なのか文句がでない。
だけど現代人の俺は栄養バランスが心配なので、むしろ野菜中心の食事の方がありがたい。
特に野菜たっぷりのシチューぽい料理は三杯もお代わりしてしまった。
「どうもお恥ずかしいところを」
むさぼるように食べ終わってひと心地つき、ようやく我に返った始末である。
「いいえ、とても美味しそうに食べてもらって、作った甲斐がありました」
カリナさんはにっこり笑った。どうやらシチューは彼女が作ったものらしい。
美人な上に料理まで得意とか、完璧じゃないか。
再婚とかしないのだろうか、相当もてるだろうに。
案内された客室で、俺は疲れた身体をベッドに横たえた。
すぐさま睡魔に襲われる。眠りに落ちる寸前、城砦のみんなの顔がまぶたに浮かんだ。
その中で、怒っているはずのフィリラの顔が、何故だか悲しげだった。
翌日の朝、打ち合わせを終えた俺たちは、朝食もそこそこに家を出た。
途中で分かれた俺たちは、それぞれの目的場所へと向かう。俺とゼンダは畑の方だ。
ゼンダと俺はその場所でさらに綿密な打ち合わせをして時間を過ごす。
そんな俺たちの元に、村人たちがぼつぼつと集まり始めた。
ディルくんは子供達を、カリナさんは女性たちを、ソーク村長は男性たちを、それぞれ引き連れている。
ほとんどが困惑した表情だ。特に大人たちはいぶかしげな表情で、俺のほうを見てひそひそと言葉をかわしている。
俺は気付かない振りをして、ディル君に頼んで子供たちを前に並ばせて座らせた。
畑のあぜ道の下に、前列が子供たち、その背後に所在なげに立ち並ぶ大人たち。
あぜ道の脇に立ち、俺は観客たちの注目が集まるのを待った。
彼らが静まりかえるのを待ってから、俺はわざとらしく手のひらを額にかざし、あぜ道のはるか先を眺める振りをする。
つられて観客たちも、何事かと俺の視線の先を眺める。
踊りながら、二体の骸骨がやってくる。
一体は腰を上下に振りながら手を空でひらひら振りながら。
一体はくるくると身体を回し、ときおりポーズを決めながら。
かちゃかちゃと、関節を鳴らしつつやってくる。
村人たちがざわめき出すが、俺は無視する。
ソーク村長とその家族が周囲に言葉を投げかけ、村人たちを宥めている。
やがて骸骨は村人たちの前にやってくると、ぺこりとお辞儀をした。
全身を薄い赤色と黄色い染料で、それぞれ塗り分けられたスケ兵さんである。
二体とも武装はなく、黒い毛皮を切り抜いて作った、八の字のヒゲを鼻の下に貼り付けている。
あぜ道に立つ彼らを、子供たちがぽかんとした目で見上げる。
ふたたび赤と黄のスケ兵さんたちが踊りだす。
かつて俺の世界を席巻した偉大なエンターテイメントのダンスのパクリである。
スケ兵さんたちにふさわしい演目である。
昨夜、俺は食事の席で、開拓村の人たちを集めて欲しいと頼んだ。
たびたび開拓村を訪れていたフィリラは、村人を不必要に脅かさないように、スケ兵さんたちを塀の内側に入れることはなかった。
村の周囲を巡回し、魔獣たちを駆除するスケ兵さんたちの姿を村人たちはたびたび目撃したから、ある程度の耐性は出来ていたらしい。
俺はそれを一歩、先に推し進めたかった。
それがこの演出である。
ひとしきり踊り終えたスケ兵さんが、さも疲れたと言わんばかりに大仰に額の汗を拭う仕草をする。
くすくすと、子供たちの間で笑いがおこる。
肩と首と腰の骨をぐるぐると回すスケ兵さんたちは、あぜ道にあったカボチャもどきに気がつく。
赤スケ兵さんがそれを持ち上げ、首を傾げる。
そしていきなりカボチャを投げると、黄スケ兵さんは慌てふためきながら受け取る。
何をするんだとカボチャを脇に抱え、片手を振り上げて抗議する黄スケさん。
まあまあと黄スケさんからカボチャを取り上げると、赤スケさんはタッタッタとあぜ道を軽快に歩き、距離をおく。
天高く投げられるカボチャ。
驚いた黄スケさんは、あっちにうろうろこっちにうろうろしながら何とかキャッチする。
子供たちから、パチパチと拍手があがる。
子供たちの突然の賞賛に、黄スケさんは得意満面。口元のヒゲを得意げにひねる。
面白くないのは赤スケさん。戻ってきて黄スケさんからカボチャを奪い取ると、さらに距離を離してカボチャを投げる。
今度は勢いが強すぎたんだろう。キャッチした黄スケさんはたたらを踏みつつ、何とかカボチャを抱え込んでキャッチする。
さらに大きな子供たちの拍手と歓声が。
得意になってふんぞり返る黄スケさん。
地団駄を踏んで悔しがる赤スケさん。
何度か同じことが繰り返され、距離がひらき、高さが増すカボチャのキャッチボール。
次第に危なっかしくなりながらどうにかキャッチする黄スケさん。
はしゃぎだす子供たち。
嫉妬に身もだえする赤スケさんは一気に距離を開き、黄スケさんに挑戦する。
さすがにこの距離は無理だと手を振り、辞退しようとする黄スケさん。
それを見て、ぴょんぴょん跳びはね、あざけ笑う赤スケさん。
実に憎たらしい仕草だ。
それでも自信がないのか、黄スケさんは肩を落とし、しょんぼりとうつむく。
「がんばれ!」
ディル君が応援する。
「がんばれ!」
隣りの女の子も応援する。
「がんばれ! がんばれ!」
男の子たちが立ちあがって叫ぶ。
「がんばれ! がんばれ! がんばれ!」
「負けるな!」
子供たちの声援を受け、黄スケさんの曲がっていた腰が伸びる。
うつむいていた顔があがる。
子供たちに顔を向け、ぽっかりとあいた眼窟の奥に、闘志の炎が灯った。気がする。
黄スケさんは大きく頷くと、赤スケさんにびしっと指を突きつけた。
来い、と。どんな強敵であろうと、子供たちの応援がある限り、俺は負けないと。
ふん、しょせんは悪あがきよ。この俺様の偉大な力を思い知るがいい。
赤スケさんは大きくカボチャを振り上げると、思いっきり投げつけた。
今までにない速度と勢いで迫るカボチャ。
だが黄スケさんはひるまない。
真正面からカボチャを胸に抱きとめ、そして吹っ飛ぶ。
子供たちから悲鳴があがる。
ごろごろと転がる黄スケさん。
ポキグシャと嫌な音がする。
何度も転がり、やがて仰向けに倒れ、動かない。
シンと静まりかえり、誰も声を発しない。
やがて
倒れた姿勢のまま、カボチャを高々と天に掲げる黄スケさん。
子供たちがいっせいに走り出す。
倒れる黄スケさんの周りを囲み、いくつも手が伸ばされ、いたわる様にその骨を撫でる。
いつまでも倒れているわけにはいかない。
優しい子供たちに心配を掛けてはいけない。
何本もの肋骨が折れていたが、黄スケさんは雄雄しく立ち上がると、カボチャをトロフィーのように捧げもった。
子供たちの歓声が、風に乗って響き渡った。
そして大人たちも、そんな彼らを祝福するように、拍手を送った。
そして現在、十体のスケ兵さんが、畑を耕している。
手にした鍬は村の鍛冶師さんが徹夜をして作ったものだ。
材料となる鉄が少なかったので、スケ兵さんの剣を鋳つぶして作ってもらった。
用意した剣は五十本。剣一本でだいたい二本の鍬が出来る計算だ。
鍛冶師さんには現在も鍬を作ってもらっている。
合計百本の鍬が出来るまで、彼にはがんばってもらうつもりだ。
さすがに一人では無理なので、助手に三体のスケ兵さんを貸してある。
合鎚などの繰り返し作業ならば、動作を記憶させたスケ兵さんにも可能である。
鍛冶師さんにはなるべく体力を使わないようにしてもらい、早急に百本の鍬を完成させて欲しいと頼んだ。
おそらく質は悪くなるだろうが、数を揃えるほうが重要だ。
一本ずつ鍬を手にした十体のスケ兵さんが、横一列に並んで畑を耕している。
ゼンダ君のアドバイスを聞きながら、なるべく深く土を掘り返す動作に最適化をはかる。
鍬の角度、手の振り方、腰の落とし方。微調整を繰り返しながらスケ兵さんたちを指揮する。
一度動作を覚えさせれば、スケ兵さんたちが勝手に作業を進めてくれる。
俺がしなければならないのは、全体の列を整え、折り返し地点になれば方向転換するだけだ。
鍛冶師さんから新しい鍬が運ばれると、待機しているスケ兵さんに渡して列に組み込んでいく。
ずっと見守る必要があるが、脳の負担はそれほどでもない。
大変なのは子供たちの相手をしている黄スケさんの制御だ。
いちやくヒーローになった黄スケさんは、子供たちと一緒に遊んでいる。
子供たちと手をつないだりおぶったり、踊りをおどったり鬼ごっこしたりと引っぱりだこだ。
一方、そんな黄スケさんにちょっかいを掛けようとして、護衛の子供たちに追い掛け回される赤スケさん。
黄スケさんへの仕打ちで、子供たちにだいぶ嫌われたようだ。
棒で追い払われたりしながらも、しつこく近寄ろうとする。
護衛の男の子たちをかわしても、女の子にかばわれている黄スケさんにはなかなか手が出せず、辺りをうろうろとしている。
赤スケさん、実は女の子で、本当は憎からず黄スケさんのことを想っている。
だが素直になれず、つい意地悪をしてしまうのだ。という設定。
ともかくスケ兵さんの屯田化は順調なスタートを滑り出した。
最終的には百体のスケ兵さんがずらりと並び、開拓村の畑を耕しまわるのだ。
そうなれば竜麦の植え付けも例年より少し遅れる程度で済み、収穫も上手くいけば例年より若干下回る程度の被害で収まるだろう。
「お疲れ様です、カズサ様」
背後からカリナさんの声が聞こえる。
「あーうん」
俺は生返事を返す。あぜ道に座りながらも、周囲のスケ兵さんの動きをすべて制御しているので、会話に避ける脳の資源が足りないのだ。
「少し休息されてはいかがですか?」
「うーんもうちょっと」
「お昼、作ってきましたから、召し上がってください」
「あーありがとー」
列がずれてきたスケ兵さんの方向修正をしながら礼を言う。
また一本、鍛冶師のところから鍬を担いできたスケ兵さんがやってくる。
鍛冶師さん、大丈夫だろうか。心配だが、彼には頑張ってもらうしかない。
何しろ開拓村には、スケ兵さんに回せる鍬の余分はない。今は村中総出で畑を耕しているのだ。
牛っぽい家畜に鋤を引かせて、男女の別なく鍬を手にして働いている。
畑仕事には無理がある、幼い子供たちは黄スケさん赤スケさんコンビが面倒をみている。
村人全員が、竜麦の植え付けに向け、協力して働いている。
畑を耕す者、食事の準備に追われる者、子供の面倒をみる者。
そして鍬を振るうスケ兵さんに、剣を持って周囲を巡回しているスケ兵さん。
近くではソーク村長、ゼンダ君、村の主だったものが相談している。
スケ兵さんの作業スピードをみて、雑穀用の畑を拓いてみようかという案だ。
スケ兵さんには、やはり学習能力がある。
同じ作業を繰り返すほどに、動作の最適化を自律的に行っているのだろう。
途中から参加したスケ兵さんより、朝から働いているスケ兵さんの動作のほうが滑らかだ。
しかもそれだけではない、途中参加のスケ兵さんの最適化が早い。
おそらく、付近のスケ兵さんの経験を共有しているのではないか。
おかげで俺は大助かりだ。
最初はいちいち細かい動作まで制御していたのが、今では大まかな指示を与えるだけで済んでいる。
「・・・カズサさん?」
「え?」
とはいえ、気を散らす余裕はないので、カリナさんの言葉を聞き逃した。
「ゴハンを食べなさい!!!」
脳髄を直撃する怒号。
「ぎゃあっ!?」
俺は座ったままの姿勢で跳び上がり、バランスを崩してあぜ道から畑へと転がり落ちる。
畑を耕していたり、巡回していたり、子供たちと遊んでいたスケ兵さん百体すべてが跳び上がり、コケた。
「あ。あら?」
畑まで転がり落ちた俺があぜ道を見上げると
カリナさんが両手を口にあてて立ちすくんでいた。




