22.開拓村
いま俺は、カリナさんの案内で、村の中を散策していた。
ソーク村長は早くに妻を、そして息子夫婦を亡くしていた。
現在、ソーク村長の家族には、家長であるソークさん、息子の長女であるカリナ、長男ゼンダ、後見をしているディル君の四人構成だ。
カリナさん、二度ほど夫に死に別れ、いまは村長の家で家事を切り盛りしているらしい。
長男ゼンダは村長である祖父の補佐をしながら畑を耕している。
ゼンダには婚約者がいるらしい。結婚式にはお祝いを贈ろう。
少し不愉快な気分になる部分もあったが、村長さんちの事情を聞きながら、村を見てまわる。
村の様子は、どこか急ごしらえというか、とりあえず住むには困らないという、微妙な造りだ。
家は木造で塗装はなし。公共の施設というか、商いをする店舗が一軒もない。
基本的に自給自足、なのだろう。どの家も庭には野菜を植え、家畜を飼っている。
防壁の内側にあるから、それなり密度があるが、やはり田舎の村だ。
「貧しい村で、驚いたでしょう?」
「そんなことはありません」
貧しい、という感じはしない。ときおりすれ違う村人が着ている服も、質素ではあるが粗末な印象はないし、顔色も健康そうだ。
慎ましやか、という言葉があっている気がする。
カリナさんは左側に並び、右手はディルくんと手をつないで村の中を歩く。
彼女の背は俺よりちょっと低いぐらいだから、女性としては高いほうかもしれない。
「案内、といっても何もない村ですから」
祖父に命じられて案内役を務めている彼女は、困ったような笑顔を浮かべた。
「村の皆さんは、飲み水はどうされていますか?」
「飲み水、ですか? 村で共同の水場がありますが」
「では、そこにお願いします」
「こっちだよ!」
ディルくんが俺の腕をひっぱる。俺はちょっとよろけてから引っ張られるのにまかせる。
「まあディルったら、カズサさんと仲がいいのね?」
「うん、おじちゃん大好き!」
「おじちゃんは失礼でしょ、ディル」
「いや、別にどちらでもかまいませんが」
「え~~~」
俺が寛大に言うと、なぜかディル君が不満そうだ。
「なんだ?」
「いつもおじちゃんっていうと怒るのに」
確信犯か!
「やーいおじちゃん!」
うぬ、もはや許せん! 必殺大車輪の刑だ!
「きゃあああああ」
ディル君を捕まえた俺は、その小さな身体を抱きかかえ、ぐるぐると振り回す。
悲鳴というか歓声をあげるディル君は、地面に降ろすと目を回して座り込んだ。
「ふ、悪は滅びた」
格好つけようとして、俺も尻もちをついた。大車輪は自滅技だったようだ。
ふと見上げると、カリナさんが口をおさえて顔を真っ赤にしていた。
「あの、カリナさん?」
声を掛けると、彼女は背を向け、肩をふるわせて笑いをこらえた。
バツが悪くて俺は立ち上がると、座り込むディル君にも手を貸して立たせた。
「カリナお姉ちゃん、どうしたの?」
ディル君が不思議そうに彼女の顔をのぞき込む。
「な、なんでも、ないのよ」
呼吸を乱しながら答えるカリナさん。いや、笑いすぎじゃないか。
「ごほん、それでは案内を頼みます」
「え、ええ・・・・ぷ」
どうやら彼女は、笑い上戸のようだ。
その後、俺たちは村の水場に立ち寄った。
村の中央に井戸が掘ってあり、桶を滑車でくみ上げるようだ。
飲み水、炊事に洗濯などに使われているようだ。今もちょうど、三人のおばさんたちが洗濯をしていた。
井戸端会議の途中で、俺たちの姿に気がついたのか、ぴたりと口を閉ざす。探るような視線を向けてきた。
俺はちょっと距離を置き、丁寧に頭を下げると、おばさんたちも慌てて会釈した。
「井戸はここだけですか?」
「あと二か所ありますよ。造りはここと同じですね」
「・・・ちょっと気になったのですが、どうしてリンデバル川の近くに村を建設しなかったのでしょう」
「祖父から聞いた話しですが、川の岸辺には小さい魔獣が徘徊していて、子供を襲うことがあるので距離を離したそうです」
「なるほど。だとしたら、申し訳ないけど岸辺の魔獣は追い払わせてもらえば、水の便が良い拠点が築けるわけだ。水郷の里とか、いいですよね?」
「水郷?」
「川のほとりにあって、水路を掘って里の中に水を流すんですよ」
まあと、口に手をあてて驚くカリナさん。俺はちょっといい気になって説明する。
「水路を分岐させて里の中に張り巡らせ、家のすぐ近くで水仕事が出来るようになります。大きい水路には小さな船をうかべて人や荷物を運んだりします」
カリナさんは眉をちょっと寄せて、考え込むように周囲を見回す。
俺の話しからその情景を想像しているのだろう。
「水路があって、その両脇に道があり、家が並びます。あと、柳といって、非常に細くて長い葉をもつ木を植えたりもしますね」
「・・・でも、そんなに水路で分断されたら、人の行き来が不便ではないかしら」
この女性は、頭がいい。俺はそれがうれしかった。
「ええ。ですからいくつもの橋が掛けられますね。水路がこう、低い位置になって、その上にまたがるように橋がかかり、その下を小船が通れるようにもなっています」
「・・・こんな感じかしら」
カリナさんはしゃがみこみ、俺のつたない説明から想像した水路や橋の様子を描く。
俺は隣に座り、図を訂正しながら説明を加える。
「こんな感じですね。あと、夜になって灯りをともすと、水路に光が映って、とても綺麗ですよ。店の窓から漏れる明かりがずっと並び、若い男女が連れ歩き、小船に乗った人々がそんな光景を眺めて楽しむんです」
「・・・素敵ですね」
「ええ、本当に・・・・故郷にはこんな町や、他にも特色のある町がいくつもありました」
旅行が好きだったので、観光であちこちに行くのが趣味だった。
そういえば、しばらく故郷のことを思い出していなかった。
忙しかったのもあるし、こちらの世界にも馴染んだせいもあるだろう。
・・・未練がましいかもしれないが、あまりこちらの世界に慣れたくはない。
まだ、いや、これからもずっと、故郷へ帰る手段は探すつもりだ。
だから、この世界に慣れて、その決意を鈍らせたくないのだ。
「おにいちゃん、どうかしたの?」
「え? ああ、悪い、ぼっとしていた」
「ムズカシイ顔をしてたよ」
「へえ。かっこいい顔だったか?」
「すごく変な顔だった。だいじょうぶ?」
「心配してくれてありがとな・・・そんな変な顔だったか」
「うん、お腹がいたいのを、がまんしているみたいだった」
「そりゃ変な顔だな・・・・・こんな顔かああああ!」
俺が必殺のヘン顔を放つと、ディル君は笑い転げて撃沈した。
さぞやカリナさんも笑撃を受けたかと思いきや、あれ、ウケていない?
こちらの顔を、例の青く透明な左目で見詰めている。
物思いに耽るような表情で、ニコリともしない。恥ずかしい! 滑ってしまった!
「え~と、カリナさん、次の場所の案内を頼んでもいいですか」
「え、はい、何か要望がありますか?」
「畑を見たいです」
我に返ってすこし動揺するカリナさんに、次のリクエストを告げた。
遠くの畑で、人影が大きく手を振っているのが見える。
何かを叫んでいるようだが、ここまで声が届かない。
「ゼンダ! ちょっとこっちに来てえ!!!」
俺はびっくりして本当に跳び上がってしまった。
なんというかカリナさん、すごい肺活量だ。
拡声器なんかいらない。声量は胸囲に比例するのだろうか。
こちらの声が聞こえたのか、ゼンダと思しき人物は駆け足で向かってくる。
俺はまだドキドキする心臓を手で抑えた。
「あらカズサ様、どうかしました?」
「いえ、その、大きな声ですね?」
バカ正直に答えるバカがここにいた。
「あら、そうですか? でもこのぐらい、この辺りでは普通ですよ? だって小さい声では、遠くの人に用件を伝えられませんから? いちいち近づいて話していたら、仕事になりませんわ」
しごく平静な口調だが、その顔は真っ赤かだ。
我が口に呪いあれ! 我が舌に災いあれ!
「そうですね、確かにその通りです。あれぐらいが普通なんですね」
俺は頷いてみせた。携帯がないのだから、歩いて疲れたくなければ、大声を出すしかない。
でも俺にはあの声量は不可能だ。今度、メガホンを自作しよう。極短距離通信には便利なアイテムだ。
うむ、考えてみれば本当に便利だ。絶対に作ろう。
「やあ姉さん、そちらの方は?」
「おじい様のお客様で、カズサ様よ」
「ああ、あなたが! 初めまして、ゼンダです」
ゼンダ君は俺と同い年ぐらい、爽やかな印象の好青年だった。
日に焼けた褐色の肌、カリナさんと同じ金髪に青い瞳、輝くばかりに白い歯がこぼれる。
正直、カリナさんの弟でなければ、こっそり呪詛するところだ。
それもあるが、ディル君に引き続き貴重な男性キャラだ、友人候補になってほしい。
「カズサだ、よろしく。忙しいところを邪魔して申し訳ない」
「とんでもない、村の恩人を粗略にできません」
あれ? いま聞きなれない称号で呼ばれたけど。
「恩人?」
「はい、あなたが魔獣駆除を行ってくれるお蔭で、ようやく畑仕事ができるようになりました。一時期は、村の外へ出るのも危険でしたから」
「ほんとうに、ありがとうございました」
「い、いや、それは、なによりです」
姉弟の誠意あふれる感謝を受け、困惑した。
・・・俺が人助けをするときは、あくまで打算的なものだ。
決して博愛精神ではないから、礼を言われたりすると後ろめたくなってしまう。
だが、今回の好影響は偶然の産物であって計算したものではない。
だから感謝されると気恥ずかしくなり、ちょっぴり嬉しかった。
ゼンダ君はニコニコしている。
カリナさんも笑顔だが、またもや少し考え込んでいる感じがする。
あからさまではないが、探るような視線だ。
「あそこにはどんな植物を植えるのですか」
「ええ、あそこには竜麦を植えます。いまは土を耕しています」
別に竜が食べる麦ではないらしい。麦と言っているが、俺の世界の麦とはあきらかに別種の穀物だ。
丈夫でやせた土地でもよく育つらしい。パンの原料にもなる、開拓村の主食だ。
「予定はかなり遅れていますが、夏の天候が良ければ飢えずに済むでしょう」
「そうね、カズサ様にはどれほど感謝してもたりないわ」
・・・いま、聞き捨てならないことを聞いた気がする。
「種蒔きが遅れているのか?」
「ええ、例年ならばとっくに土起こしを終わっているのですが。魔獣のために畑に出られなかった分、大慌てですよ」
たぶん、補佐として村長を支えてきた経験のためだろうか。
非常事態だろうに、ずいぶんと落ち着いている。
「育ちの早い雑穀も植えますし、危険ですが魔獣狩りも行います。手を尽くして、必ずのりきますよ」
この祖父にしてこの孫ありというか。正直なところ、連敗続きではさすがに悔しい気がしてきた。
彼らの武器が不屈の精神力なら、俺は他力本願で対抗するだけだ。
俺は前方に広がる畑を見た。
休耕している畑もあるだろうが、全部耕すにはまだ大分かかりそうだ。
「カリナさん、村の鍛冶師のところへ案内してもらえますか?」