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百八番目は異世界魔王  作者: 藤正治
第二章 魔王領ゾルガー
22/24

22.開拓村

 いま俺は、カリナさんの案内で、村の中を散策していた。

 ソーク村長は早くに妻を、そして息子夫婦を亡くしていた。

 現在、ソーク村長の家族には、家長であるソークさん、息子の長女であるカリナ、長男ゼンダ、後見をしているディル君の四人構成だ。

 カリナさん、二度ほど夫に死に別れ、いまは村長の家で家事を切り盛りしているらしい。

 長男ゼンダは村長である祖父の補佐をしながら畑を耕している。

 ゼンダには婚約者がいるらしい。結婚式にはお祝いを贈ろう。

 少し不愉快な気分になる部分もあったが、村長さんちの事情を聞きながら、村を見てまわる。

 村の様子は、どこか急ごしらえというか、とりあえず住むには困らないという、微妙な造りだ。

 家は木造で塗装はなし。公共の施設というか、商いをする店舗が一軒もない。

 基本的に自給自足、なのだろう。どの家も庭には野菜を植え、家畜を飼っている。

 防壁の内側にあるから、それなり密度があるが、やはり田舎の村だ。

「貧しい村で、驚いたでしょう?」

「そんなことはありません」

 貧しい、という感じはしない。ときおりすれ違う村人が着ている服も、質素ではあるが粗末な印象はないし、顔色も健康そうだ。

 慎ましやか、という言葉があっている気がする。

 カリナさんは左側に並び、右手はディルくんと手をつないで村の中を歩く。

 彼女の背は俺よりちょっと低いぐらいだから、女性としては高いほうかもしれない。

「案内、といっても何もない村ですから」

 祖父に命じられて案内役を務めている彼女は、困ったような笑顔を浮かべた。

「村の皆さんは、飲み水はどうされていますか?」

「飲み水、ですか? 村で共同の水場がありますが」

「では、そこにお願いします」

「こっちだよ!」

 ディルくんが俺の腕をひっぱる。俺はちょっとよろけてから引っ張られるのにまかせる。

「まあディルったら、カズサさんと仲がいいのね?」

「うん、おじちゃん大好き!」

「おじちゃんは失礼でしょ、ディル」

「いや、別にどちらでもかまいませんが」

「え~~~」

 俺が寛大に言うと、なぜかディル君が不満そうだ。

「なんだ?」

「いつもおじちゃんっていうと怒るのに」

 確信犯か!

「やーいおじちゃん!」

 うぬ、もはや許せん! 必殺大車輪の刑だ!

「きゃあああああ」

 ディル君を捕まえた俺は、その小さな身体を抱きかかえ、ぐるぐると振り回す。

 悲鳴というか歓声をあげるディル君は、地面に降ろすと目を回して座り込んだ。

「ふ、悪は滅びた」

 格好つけようとして、俺も尻もちをついた。大車輪は自滅技だったようだ。

 ふと見上げると、カリナさんが口をおさえて顔を真っ赤にしていた。

「あの、カリナさん?」

 声を掛けると、彼女は背を向け、肩をふるわせて笑いをこらえた。

 バツが悪くて俺は立ち上がると、座り込むディル君にも手を貸して立たせた。

「カリナお姉ちゃん、どうしたの?」

 ディル君が不思議そうに彼女の顔をのぞき込む。

「な、なんでも、ないのよ」

 呼吸を乱しながら答えるカリナさん。いや、笑いすぎじゃないか。

「ごほん、それでは案内を頼みます」

「え、ええ・・・・ぷ」

 どうやら彼女は、笑い上戸のようだ。


 その後、俺たちは村の水場に立ち寄った。

 村の中央に井戸が掘ってあり、桶を滑車でくみ上げるようだ。

 飲み水、炊事に洗濯などに使われているようだ。今もちょうど、三人のおばさんたちが洗濯をしていた。

 井戸端会議の途中で、俺たちの姿に気がついたのか、ぴたりと口を閉ざす。探るような視線を向けてきた。

 俺はちょっと距離を置き、丁寧に頭を下げると、おばさんたちも慌てて会釈した。

「井戸はここだけですか?」

「あと二か所ありますよ。造りはここと同じですね」

「・・・ちょっと気になったのですが、どうしてリンデバル川の近くに村を建設しなかったのでしょう」

「祖父から聞いた話しですが、川の岸辺には小さい魔獣が徘徊していて、子供を襲うことがあるので距離を離したそうです」

「なるほど。だとしたら、申し訳ないけど岸辺の魔獣は追い払わせてもらえば、水の便が良い拠点が築けるわけだ。水郷の里とか、いいですよね?」

「水郷?」

「川のほとりにあって、水路を掘って里の中に水を流すんですよ」

 まあと、口に手をあてて驚くカリナさん。俺はちょっといい気になって説明する。

「水路を分岐させて里の中に張り巡らせ、家のすぐ近くで水仕事が出来るようになります。大きい水路には小さな船をうかべて人や荷物を運んだりします」

 カリナさんは眉をちょっと寄せて、考え込むように周囲を見回す。

 俺の話しからその情景を想像しているのだろう。

「水路があって、その両脇に道があり、家が並びます。あと、柳といって、非常に細くて長い葉をもつ木を植えたりもしますね」

「・・・でも、そんなに水路で分断されたら、人の行き来が不便ではないかしら」

 この女性は、頭がいい。俺はそれがうれしかった。

「ええ。ですからいくつもの橋が掛けられますね。水路がこう、低い位置になって、その上にまたがるように橋がかかり、その下を小船が通れるようにもなっています」

「・・・こんな感じかしら」

 カリナさんはしゃがみこみ、俺のつたない説明から想像した水路や橋の様子を描く。

 俺は隣に座り、図を訂正しながら説明を加える。

「こんな感じですね。あと、夜になって灯りをともすと、水路に光が映って、とても綺麗ですよ。店の窓から漏れる明かりがずっと並び、若い男女が連れ歩き、小船に乗った人々がそんな光景を眺めて楽しむんです」

「・・・素敵ですね」

「ええ、本当に・・・・故郷にはこんな町や、他にも特色のある町がいくつもありました」

 旅行が好きだったので、観光であちこちに行くのが趣味だった。

 そういえば、しばらく故郷のことを思い出していなかった。

 忙しかったのもあるし、こちらの世界にも馴染んだせいもあるだろう。

 ・・・未練がましいかもしれないが、あまりこちらの世界に慣れたくはない。

 まだ、いや、これからもずっと、故郷へ帰る手段は探すつもりだ。

 だから、この世界に慣れて、その決意を鈍らせたくないのだ。

「おにいちゃん、どうかしたの?」

「え? ああ、悪い、ぼっとしていた」

「ムズカシイ顔をしてたよ」

「へえ。かっこいい顔だったか?」

「すごく変な顔だった。だいじょうぶ?」

「心配してくれてありがとな・・・そんな変な顔だったか」

「うん、お腹がいたいのを、がまんしているみたいだった」

「そりゃ変な顔だな・・・・・こんな顔かああああ!」

 俺が必殺のヘン顔を放つと、ディル君は笑い転げて撃沈した。

 さぞやカリナさんも笑撃を受けたかと思いきや、あれ、ウケていない?

 こちらの顔を、例の青く透明な左目で見詰めている。

 物思いに耽るような表情で、ニコリともしない。恥ずかしい! 滑ってしまった!

「え~と、カリナさん、次の場所の案内を頼んでもいいですか」

「え、はい、何か要望がありますか?」

「畑を見たいです」

 我に返ってすこし動揺するカリナさんに、次のリクエストを告げた。


 遠くの畑で、人影が大きく手を振っているのが見える。

 何かを叫んでいるようだが、ここまで声が届かない。

「ゼンダ! ちょっとこっちに来てえ!!!」

 俺はびっくりして本当に跳び上がってしまった。

 なんというかカリナさん、すごい肺活量だ。

 拡声器なんかいらない。声量は胸囲に比例するのだろうか。

 こちらの声が聞こえたのか、ゼンダと思しき人物は駆け足で向かってくる。

 俺はまだドキドキする心臓を手で抑えた。

「あらカズサ様、どうかしました?」

「いえ、その、大きな声ですね?」

 バカ正直に答えるバカがここにいた。

「あら、そうですか? でもこのぐらい、この辺りでは普通ですよ? だって小さい声では、遠くの人に用件を伝えられませんから? いちいち近づいて話していたら、仕事になりませんわ」

 しごく平静な口調だが、その顔は真っ赤かだ。

 我が口に呪いあれ! 我が舌に災いあれ!

「そうですね、確かにその通りです。あれぐらいが普通なんですね」

 俺は頷いてみせた。携帯がないのだから、歩いて疲れたくなければ、大声を出すしかない。

 でも俺にはあの声量は不可能だ。今度、メガホンを自作しよう。極短距離通信には便利なアイテムだ。

 うむ、考えてみれば本当に便利だ。絶対に作ろう。

「やあ姉さん、そちらの方は?」

「おじい様のお客様で、カズサ様よ」

「ああ、あなたが! 初めまして、ゼンダです」

 ゼンダ君は俺と同い年ぐらい、爽やかな印象の好青年だった。

 日に焼けた褐色の肌、カリナさんと同じ金髪に青い瞳、輝くばかりに白い歯がこぼれる。

 正直、カリナさんの弟でなければ、こっそり呪詛するところだ。

 それもあるが、ディル君に引き続き貴重な男性キャラだ、友人候補になってほしい。

「カズサだ、よろしく。忙しいところを邪魔して申し訳ない」

「とんでもない、村の恩人を粗略にできません」

 あれ? いま聞きなれない称号で呼ばれたけど。

「恩人?」

「はい、あなたが魔獣駆除を行ってくれるお蔭で、ようやく畑仕事ができるようになりました。一時期は、村の外へ出るのも危険でしたから」

「ほんとうに、ありがとうございました」

「い、いや、それは、なによりです」

 姉弟の誠意あふれる感謝を受け、困惑した。

 ・・・俺が人助けをするときは、あくまで打算的なものだ。

 決して博愛精神ではないから、礼を言われたりすると後ろめたくなってしまう。

 だが、今回の好影響は偶然の産物であって計算したものではない。

 だから感謝されると気恥ずかしくなり、ちょっぴり嬉しかった。

 ゼンダ君はニコニコしている。

 カリナさんも笑顔だが、またもや少し考え込んでいる感じがする。

 あからさまではないが、探るような視線だ。

「あそこにはどんな植物を植えるのですか」

「ええ、あそこには竜麦を植えます。いまは土を耕しています」

 別に竜が食べる麦ではないらしい。麦と言っているが、俺の世界の麦とはあきらかに別種の穀物だ。

 丈夫でやせた土地でもよく育つらしい。パンの原料にもなる、開拓村の主食だ。

「予定はかなり遅れていますが、夏の天候が良ければ飢えずに済むでしょう」

「そうね、カズサ様にはどれほど感謝してもたりないわ」

 ・・・いま、聞き捨てならないことを聞いた気がする。

「種蒔きが遅れているのか?」

「ええ、例年ならばとっくに土起こしを終わっているのですが。魔獣のために畑に出られなかった分、大慌てですよ」

 たぶん、補佐として村長を支えてきた経験のためだろうか。

 非常事態だろうに、ずいぶんと落ち着いている。

「育ちの早い雑穀も植えますし、危険ですが魔獣狩りも行います。手を尽くして、必ずのりきますよ」

 この祖父にしてこの孫ありというか。正直なところ、連敗続きではさすがに悔しい気がしてきた。

 彼らの武器が不屈の精神力なら、俺は他力本願で対抗するだけだ。

 俺は前方に広がる畑を見た。

 休耕している畑もあるだろうが、全部耕すにはまだ大分かかりそうだ。

「カリナさん、村の鍛冶師のところへ案内してもらえますか?」

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