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百八番目は異世界魔王  作者: 藤正治
第二章 魔王領ゾルガー
21/24

21.逃走の魔王

「そうだ、村へ行こう!」

 翌々日の朝食の席で、俺は唐突に叫んだ。

「サラダのお替りをもらえるか?」

「このハム、とても美味しいですね」

「素晴らしいです!」

「開拓村の人から分けてもらったの」

「・・・・・」

 俺の発言はスルーされ、みんなは食事を続行する。

 俺は静かに椅子に座りなおすと、食事を再開した。

 うん、塩味が効いていているね。あ、俺の涙か。


「それで今日は開拓村へ訪問しようと思うんだ」

「いいですけど、村の女の人に変なことしないでくださいね?」

「しないよ!? なんだよ変なことって!」

「胸に手を当てて考えてください? 心当たりがあるでしょう?」

 にっこりと怖い笑顔のフィリラ。

 いちおう胸に手を当ててから答える。

「ないよ!? まったく! これっぽちも!」

「まあ、ないんですか」

 そうですか、それはそれはと言いながら、フィリラは食器を片付けて部屋を出た。

 俺は頭を抱えてテーブルに突っ伏した。

「なんとか誤解を解かないと・・・・・・」

「・・・あながち誤解でもないのが難しいですね」

「ぁあ!」

 顔をあげて凄むと、クルスはひいと息をのんで縮こまる。

 しまった、ひょっとしてトラウマになってしまったか?

「陛下の威厳にうたれたのでしょう」

 キリキスがうんうん頷く。うん、それ違うから。

「わたしたちも誤解だと説明したんだが・・・優しい目で分かっていますと言われてしまうんだ」

 アルフも困り顔だ。

 中途半端に状況を把握されたのがまずかった。

 実際に目撃されれば誤解などされなかったのだろうが、位置的には死角で声だけ聞いて判断されたようなのだ。

 しかもよりによって最後のやりとりだけ。

 なるほど妄想をたくましくすれば、俺がよからぬ行為に及んだと、思われても仕方ない会話だったが。

「ラキスからも言ってやってくれよ」

「いやね? 聞いて納得はしたんだけどね?・・・今のフィリラ様はちょっとね?」

 フィリラは不潔ですと叫んで逃げられたが、ラキスとキリキスははちゃんと最後まで事情を聞いて納得してくれたのだ。

「ラキスでもだめか」

「こういうのは時間をおいた方がいい。冷静になれば、耳を傾ける余裕もでてくる」

「その前に死んじゃうよ!」

「いや、それは大げさだろ?」

「大げさじゃない! 少ないんだよ! 食事の盛りが! 俺だけ!」

 回数を経るごとに減っていく食事の割り当て。

 最初は気のせいかと思ったが、今朝はあきらかにみんなの半分の量だった! 

 少しずつ減っていく食事と冷たい笑顔に、俺は恐怖心をつのらせてゆく。

 真綿で首を絞めるような陰湿で執拗な虐待に、俺は殺意さえ感じられた。

「そういうわけで、しばらく開拓村で厄介になるから。あとは頼んだ」

「なるほど、急に何を言い出すのかと思えば、それが狙いか」

 なんやかや理由を並べて開拓村の訪問を先延ばしにしてきたが、いい機会だ。開拓村の様子をじっくり観察しよう。

「まあ、しばらく距離を離したほうが良策かもな。わかった、後のことはまかせろ。それで誰を連れて行く?」

「一人で行くよ。食事をたかりに行くのが主な目的なんだから。あまり大勢で押しかけるほど図々しくない」

「いや、もうちょっと体裁をとりつくろえ」

 アルフが呆れてため息をついた。


「おじちゃ―――ん」

「はははは・・・・おしおきだああああ!!」

「きゃああははははは」

 逃げるディルくんを追いかける。

 だが、つかまらない。ちょこまかと小回りがきくのだ。けっこう本気になった。

 護衛のスケ兵さんたちは村の外に置いてきた。村人には近付かないように周辺地域の巡回を頼む。

 開拓村の周囲は、魔獣避けの柵で囲まれていた。

 高さは俺の背丈ほどだが、あまり頑丈そうではない。これで魔獣を阻めるのか、ちょっと心配だ。

 スケ兵さんたちの接近に気がついたのか、ディルくんが村の外まで出迎えてくれた。

 ようやく捕まえたディルくんを、ひとしきりくすぐりの刑に処すと、手をつないで一緒に村の門まで近寄った。

 門の脇には警備のためか、若い男が槍を抱えて立っていた。

 口をあけてぽかんとしている。遠目で見たスケ兵さんに驚いたのだろうか。

 フィリラたちが何回か訪れて順応させようとしたのだが、まだ慣れていないのだろうか。

 忌避感のようなものがあると厄介だ。

「わたしはカズサという。村長のソーク殿に取り次いでもらえるか」

「あ、ああ、ちょっと待っててくれ!」

 彼は慌てて駆け出したが、槍を門に立てかけて置いていってしまった。いいのだろうか?

 彼の代わりというわけではないが、辺りの景色を眺めて待っていると、門番さんが帰ってきた。

「村長が待っている、案内は・・・ディル、頼めるか?」

「いいよ!」

 ディル君はいい返事をすると、俺の手を引っぱった。


「訪問が遅れて申し訳ない」

「いえ、魔術師殿はお忙しいとのこと。わざわざお出で下さって恐縮です」

「そういえば結構なみやげ物も頂き、感謝する。皆も喜んでいる」

「お口に合えばなにより」

 俺とソーク村長は互いに社交辞令をかわし合った。

 彼と対面するのは二回目だが、多少は親密になっていると思う。

 俺のほうはまだ気後れから口調はかたいが、村長のほうは自然体だ。

 自分のホームグランドだから余裕があるのだろう。

 俺たちが会っているのは、村長の自宅だ。

 周囲の家と比べるとだいぶ大きいが、さきほど屋内を案内されて、半ば集会場の機能を持っているからだと分かった。

 庭は広いが観賞用ではなく、菜園や家畜小屋があり、なんとなく田舎の祖父母の家を思い出した。

「そういえば、頂いた塩のお礼をあらためて言わせていただきたい。村のもの全員が感謝しております」

「礼にはおよばない。なんだったらまだ備蓄があるので、提供してもかまわないが」

「ありがとうございます。ですがそろそろ行商が参る時期です。付き合いもあるので、彼からも購入しませんといけないので」

「ほう、行商人が」

 平静を装いながら、関心が高まるのを抑えきれない。

「どのようなものを商っているのか?」

「日用品、食料、衣料、嗜好品、特産品、なんでもです。村の者から要望を聞いて仕入れてくることもありますな」

「こういってはなんだが、この辺りではあまり大きな商いは難しいと思うが」

「ええ、確かに。しかし荷馬車をもっていますが、彼は行商人としては駆け出しです。古手の行商人の縄張りを避け、僻地をまわって稼いでいるようです」

「なるほど。このような開拓村では、重宝する人間だな」

「ええ、ですから義理を欠くわけにはいかないのです」

「納得した。ところでその行商人、わたしにも紹介してもらえまいか?」

「むろんです」

「ありがたい」

 よし! どのような人物か分からないが、商いに通じている人物との伝手は喉から手が出るほど欲しい。

 これを足掛かりに、いろいろ試みてみたいプランがいくつもあるのだ。

 それからしばらく、ソーク村長とよもやま話に花を咲かせた。

 いくつか重要な情報も入手する。その際たるものは、第一〇八城砦の北東部、開拓村の東を流れる川の情報だ。

 リンデバル川は、北の氷雪山を水源とし、南の蒼海へと続いているらしい。

 上流をさかのぼれば森林地帯へと続き、下流をくだれば途中には王都があるらしい。

 俺は興奮していた。

 上流からは森林資源、下流からは王都との交易による物資の入手。

 だが、気になる点もある。

「このあたりに村はここだけのようだが、なにか理由があるのか?」

「昔から、魔獣の住む土地として、あまり人が寄らないのです。まあ、四六時中襲われるわけではなかったのですが。実入りが少なく、危険をおかしてまで開拓しようとする領主がいなかったようです」

 自分の領地の開発があり、他所まで手を広げる余裕はないのだとか。

 上流から木材を伐採して領域の開発を行い、下流の王都と交易して様々な物資を購入する。

 もし需要があれば、木材を王都まで流して運び、売り捌けるかもしれない。

 俺が脳内でいくつもの計画が渦巻いて、村長との会話に集中するのが難しくなった。

 そのためだろう。背後でドアをノックする音に、驚いてしまった。

 一瞬緊張したが、足音が近付いても動揺をみせない。

 ソーク村長が、俺を害する理由は、あまりない。

 考えてみれば、俺の側には仲間がひとりもいない。

 そんな状態で部外者と接するのははじめてではないだろうか。

 急に心細さをおぼえた。

「失礼します」

 白い手が、お茶の入った木製のカップを置いた。ついで村長の前にも。

 なぜか俺は最初、その指先をじっと眺めていた。

 指先から腕、肩、流れる金髪、そしてその横顔を。

 俺の視線に気が付いたのか、彼女が振り向く。

 年の頃はアルフより二つ、三つ、年上か。柔らかい表情をした女性だった。

 彼女はにっこりと笑うと、ソーク村長のやや斜め後ろに立つ。

「孫娘のカリナです」

「カリナです、どうぞよろしく」

 窓から差し込む光を背にして、彼女の黄金の髪が輝いた。

 彼女の左目は瞳も白目部分もなく、透明なガラスのようだった。

 まるで湖を映しこんだ宝石のように、どこまでも青く透き通っている。

「カズサです、よろしく」

 俺は短く答え、会釈した。

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