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百八番目は異世界魔王  作者: 藤正治
第一章 三日戦争
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02.第108魔王 出撃

 外から見た第108城砦はみすぼらしかった。

 西洋式の立派な城を期待していたのに。

 端的に表現すれば石材の山だ。

 城壁もなく堀もなく、ただ大小の四角い石を積み上げたように見える。

 頑丈そうだが、機能性は皆無に見える。


 それに我が軍勢だ。

 スケルトン兵。名前を聞いたときから想像していた通り、まるっきり骸骨の兵士だった。

 城砦の前でキリキスが両手を天にかざして何かを唱えると、地面からぼこぼことわいて出た。

 カクカクと顎を鳴らして整列する骸骨集団を前に、内心ビビッてしまった。

 いまスケルトン兵たちはガチャガチャと骨と剣と盾を鳴らしながら、全力疾走中だ。

 といっても、そんなに速くない。人間の駆け足の七割ぐらいだろうか。

 どうして骸骨が走れるんだろう?


「スケルトン兵は一般的な人間兵に比較すればやや脆弱ですが、破壊されても一日経てば復活し、食料を必要としません」

 活動源は大地から吸い上げる魔力だそうだ。魔力さえあれば半永久的に動けるらしい。

 スケルトン兵を指揮しているのは俺だ。

 キリキスから貰った『暁闇の指輪』というアイテムで300体のスケルトンを操っている。

 この指輪をはめると、脳裏にスケルトン兵の配置状況が投影される。

 チェスの駒のように動かせるし、単体に集中すれば細かい指示を下すことができる。

 さらにスケルトン兵はある程度、簡単な命令に対して自律的に行動できる。

 脳みそもないくせに。

 この『暁闇の指輪』が魔王の身分証明みたいなものらしい。

 魔王にしか扱えず、他の魔王から奪えばその配下のスケルトン兵を操ることが出来るそうだ。


 俺とキリキスは竜骨馬というものに鞍を置いてまたがっている。

 スケルトン兵が人間の骸骨なら、竜骨馬は馬の骸骨だ。材料は竜の骨らしい。

 乗り心地は悪くない。少なくとも乗馬の経験がない俺でも前に進めるし、速度も結構出せる。

 どうして動けるのか、やはり謎だが。


 俺たちは、第一〇八城砦から南東に位置する、第一〇六城砦を目指している。

 俺は指輪の力でスケルトン兵の隊列をいろいろ試してみる。指輪の操作方法の練習だ。

 ふと視線に気付いて顔を向ける。

 竜骨馬で並走しているキリキスが、こちらをじっと見詰めている。

「・・・・俺の顔に何かついているのか?」

「いいえ、何もついておりません、陛下」

 そういう意味じゃねえ。

「なにか質問か意見があるならはっきり言え」

「では陛下、さきほどはなぜ、お怒りになられたのですか? わたくしが何かお気に召さない粗相を働いたのでしょうか?」

 悪びれた様子はどこにもない。本気で疑問に思っているようだ。

 どういうことだ?

「・・・この状況がゲームだからだ」

「ゲーム、ですか?」

「ああ、三人の魔王を互いに争わせる、性質の悪いゲームだ」

 あるいは極悪なイベントか。キリキスは当然、主催者側の人間だと思っていた。

「他の魔王ってのがどんなやつらか知らないけど、必ず戦いになる。訳も分からず殺し合いなんかさせられたら、腹も立つだろう?」

「どうして戦いになるのでしょうか?」

 とぼけているのだろうか。彼女はこのゲームにおけるのコンパニオンのような立場だと思っていた。

 違うのか? 何も知らないのか? 彼女は俺を陥れた存在の仲間ではないのか?

 そう思った瞬間、ずきりと胸が痛んだ。彼女を殴った拳を意識する。

「見ず知らずの人間が兵隊を率いて隣に住んでいるんだぞ? いつ襲われるか不安になるだろう?」

「ですが、必ずしも襲い掛かってくるとは限らないのでは?」

 俺はキリキスをまじまじと見詰めた。冗談を言っている様子はない。

「あのな、キリキス。俺達が今まさに、戦争をおっぱじめようとしているんだぞ?」

 キリキスは思案げにうつむく。俺は彼女の尖った悪魔耳をぼんやりと眺めた。

「陛下はなぜ、戦を仕掛けられるのですか?」

「そりゃあ決まっている。相手がいつか、こっちに攻め込んでくると思っているからだ」

 答えながらキリキスの反応をうかがうが、非難がましい様子はまったく見せない。

 むしろ納得したという感じなのが、かえって心配だ。

 彼女の倫理観の琴線はどこにあるのだろうか?

「もし戦うのがお嫌なら、他の魔王方と交渉し、不戦の約定を交わせばよろしいのでは?」

「無理だな」

 ためらいもなく切って捨てた。

「会ったこともない他の魔王たちを信用できない。戦って降伏させないと安心できない」

 相手も同じことを考えているかもしれないと疑う。

 それならいっそ、やられる前にやってしまえ、と言う理屈だ。

 もはや被害妄想のレベルである。


 これこそが、戦いを仕掛ける最大の理由だ。


 狭量で猜疑心に満ちた俺という人間のサンプルがある以上、他の魔王が同類ではないという保証はない。

 少なくとも俺には三人の魔王が同等の立場で共存できる可能性は信じられない。

 元の世界ならば、そこまで過剰な反応は必要ない。国や軍隊という、強力な第三者の介入と保護が期待できるからだ。

 だが今の孤立無援の状況では、自分の身を守れるのは自分しかいない。


 そして同等の戦力を保有した魔王が並立しているのは、バランス的にひどく危険だ。

 かえって抜きん出た絶対強者がいたほうがマシだろう。

 群雄割拠の戦国時代と、強大な軍事力を持った政権による統一と平和の時代を思い起こせばわかりやすいだろうか。

 しかも他の魔王を倒せば、なんだか強い力とやらが得られるらしい。

 危うい均衡状態に明確な利益がぶら下げられれば、互いに疑心暗鬼となり争わないはずがない。


「それに三人とも同じくらいの兵力を持つなら、泥沼の戦いになる」

 ABが争えば、Cが漁夫の利を狙う。

 ABが同盟してCを討ったら、その直後にABは即座に互いを討とうとする。

 それは事前に予想できるからAはなるべくBに戦わせ、自軍を温存しようとする。

 あるいはAはBと同盟を結びつつ、密かにCと連絡を取り、時期を見計らって疲弊したCと手を組みBを討ち、反す刀でCを撃つ。

 CはABに離間の策を施し、互いに争わせる。


「そうやって騙しあい裏切りあい、憎しみを募らせていく。けっこうめんどくさいだろ?」

「確かに際限がないように思えます」

「だからさ、ゲーム盤をひっくり返してやるのさ」

 俺はいま、歪んだ笑みを浮かべているだろう。

「誰がどうしてこんな馬鹿げたゲームをお膳立てしたのか知らないけど、律儀につきあう気はないね。だからさ、ぜんぶ投げ出してやるんだ」

 全兵力での一斉攻撃。

 後先を考えず、他の魔王が態勢を整える前に打つ、乾坤一擲の大バクチ。

 バクチが外れれば、本当に逃げるしかない。

 最初から逃げるつもりだったのだからもともとだ。いっそ負けてしまえばさっぱりするぐらいだ。

 これだけ手間ひま掛けた舞台から役者が一人、幕あけ同時にケツをまくって退場するのだ。

 愉快痛快というものだ。


「そんなわけでキリキス、残念だけどおまえは貧乏くじをひいたらしいな」

 他の魔王に仕えていれば、こんな愚行に付き合わずに済んだだろうに。

「いえ、お気遣いなく。むしろ本懐というものです」

 キリキスの言葉に、一瞬だが感情らしきものがうかがえた。

「魔王は自由の体現者。あらゆる束縛から解き放たれ、自らが欲するままに生きる者。運命が定めた道筋を、あえて踏み外してこそ魔王に相応しいと存じます」

 すぐに彼女らしい、淡々とした口調に戻った。

「ですからどうぞ陛下はお望みのままにお進み下さい。キリキスが剣をもって道を切りひらきましょう」

 だが今は、あまり不愉快には感じなかった。




 疲れた。とにかく疲れた。

 乗馬、なめていた。

「陛下、あちらが第一〇六城砦です」

 キリキスの平然とした顔が小憎らしい。

「・・・ちょっとまて」

 尻が痛い。気持ち悪い。はきそう。


 スケルトン兵三百体を率い、全速力で走った三時間半あまり。

 日はすでに西に傾いているが、日没にはまだ時間がある。

 木々の生えた小高い丘に到着した俺たちは、眼下の平野に目標の城砦を眺めていた。

 第一〇六城砦は、俺の第一〇八城砦と寸分たがわぬ造りである。

 石材の切り出し場のように無骨な建築物。見渡す限りの平原の中に、置き忘れたように建っている。

 人影は見えない。スケルトン兵も見えない。

 第一〇六城砦はまるっきり沈黙していた。

 嫌な予感がする。罠とかそんな気配ではなく、腹の底に感じる不快感。


「留守かな?」

「いえ、留守ではありません」

 わかってるよ。

「歩哨とか警戒態勢とか、見当たらないな」

「敵の気配が近付けば、スケルトン兵が目覚めて城砦を防御します。この丘を降りたあたりで察知されるでしょう」

 すごいなスケルトン兵。高性能じゃないか。一家に一体、ぜひ欲しい白物だ。

「ていうとあれか? さっきみたいに地面からぼこぼこと?」

「城砦前の地面の様子ではまだ一度も起動していないのでしょう。門を攻める前に、相当数が立ち塞がると思います」

「う~~ん」

 一応、防衛機構というか罠的な感じなのだろうが、どうだろう。

 厄介ではあるが、ずさん過ぎないか?


「それよりも城砦の大扉が邪魔だな」

「問題ありません。あそこまでたどり着けば、私が排除します」

 実に頼もしいことだ。

「よし、いきますか?」

 尻の痛みも治まったので、竜骨馬にまたがる。

「陛下も来られるのですか?」

 行かなくてもいいの?

「許可を頂ければ、私がスケルトン兵を率いて攻め落としますが」


 魔王の従者は、主の許可があれば暁闇の指輪がなくても、ある程度スケルトン兵を操れるらしい。

 俺は少し考えて、やはりついていくことにした。

「戦いながらスケルトン兵を操るのは難しいだろ? 俺が指揮を担当するから、キリキスは大扉を破ることに専念してくれ」

「わかりました」

 この作戦の要は、いかにしてすばやく城砦の内部に侵入するかだ。

 キリキスは自信満々の様子だが、実際どうするつもりだろう?

 口にはしないが、どうも失敗しそうな気がする。旗色が悪くなったらキリキスを連れて、とっとと尻尾を巻いて逃げよう。


「じゃあ、いくぞ~~」

 三百体のスケルトン兵を紡錘陣形にそろえる。

 小説などの戦闘シーンでは、一点突破の場合はこの陣形を採るのが普通らしい。なので真似してみた。

 だけど理屈が分からないのですごく不安だ。俺とキリキスは紡錘陣形の中央辺りで竜骨馬にまたがる。


「突撃~~」

 カタカチャカタカチャカタチャ!

 無言で剣を振りかざすスケルトン兵たち。

 彼らはノリノリのようだ。

 俺たちは一斉に丘を駆け下りた。

彼は敵陣を突破し、第106城砦に突入する。

そこで初めて目撃する、従者同士の激闘。

次話『白の従者と紅の従者』

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