19.糾弾
「はじめてくれ」
俺は二体のスケ兵さんたちに命じると、彼らは手にした武器で戦いを始めた。
城砦の前には、対抗試合のようにスケ兵さんたちが二列に並び、自分の出番を待っている。
右側の列が剣を手にしたスケ兵さん、左側が槍を手にしたスケ兵さん。
しばらくしてから戦いの決着がついた。
結果は剣を持ったスケ兵さんの勝利だ。槍のスケ兵さんはバラバラにされ、地面に散らばっている。
頭蓋骨を砕かれようが腕を折られようが戦うことができるスケ兵さん同士の戦いの決着は、かなり悲惨だ。
命じているのは俺だから、罪悪感が半端ではない。
明日にはけろりとして復活しているのだが。
スケ兵さんによる剣と槍の模擬戦は次々と行われた。今のところ戦績は剣が十五勝、槍が五勝である。
「解説のアルフさん、この戦績をどのように思われますか?」
「一般的に、人間の歩兵同士の戦いでは、槍のほうが有利だと言われている。なにしろ槍のほうがリーチが長いので、剣の間合いに入る前に攻撃できる。槍は懐に入られると不利だが、槍兵の密集隊形に剣で突入するのは容易ではない」
「では兵士はすべて槍を装備したほうが有利であると?」
「そう考えて、多くの領主が槍兵を主力にする場合は多いが、運用次第なのだ。たとえば混戦になれば槍は取り回しが難しい。一般的な三兵の運用としては、まず弓兵が矢で前衛の槍兵を射竦ませ、槍兵が突撃して防御を崩し、そこへ剣兵が突入して混乱させる」
「なるほど」
「もっとも相手も同じ手を使うのだがな」
「では、この試合の結果はどうしてなのでしょう」
「簡単だ。槍はあくまで刺突なのだ。人間ならば胸や腹を刺されれば致命傷だが、スケ兵に胸も腹もない。見ていて分かったと思うが、槍を持ったスケ兵が勝利する場合は常に、相手の関節や腰骨をたまたま砕いたからだ。それも狙ったわけではなく、偶然だ。槍の攻撃が点なら、剣の攻撃は線だ。相手の骨を砕くのは剣の方が容易だ」
「解説、ありがとうございました」
「だが、始める前にこうなると、言っておいたはずだが?」
「そうなんだけど、実際に観察しないと、なかなか理解できないしね」
「参考になったのか?」
「スケ兵さんたちの強化は、装備の充実が基本だということが良く分かった」
そこでちょっと首をひねる。
「あと、アルフのスケ兵さんの方が、俺のスケ兵さんよりも若干、動きが良いよね?」
「そうだな。だが、当然だろう? わたしが率いているスケ兵の方が、実戦経験が豊富だからな」
うすうすだが、それをうかがわせる現場にも立ち会ったことがある。
フィリラやクルスの直属になっているスケ兵さんは、料理や魔獣解体を専門に行っている。
スケ兵さんたちが最初の頃より手際が良くなっているのを見て、フィリラやクルスの制御技術が向上したのかと思っていたのだが。
「だとしたら、スケ兵さんには学習能力があるということだ」
「そうかもな?」
アルフは事もなげに肯定するが、俺は驚きを禁じ得ない。ただでさえスケ兵さんは頼りになるのに、学習能力まであるとなればもはやアンドロイドなど目じゃない。
現代の科学技術では再現不可能なオーバーテクノロジーだ。
「あと、装備の充実というが、城砦にスケ兵の装備は弓と槍、剣に丸盾しかないぞ? 品質も悪くはないという程度だ」
「そこが問題点なんだよな」
とりあえずスケ兵さんの機能についてはわきに置き、即効性のある解決策を考える。
「やっぱり、交易しかないな」
武器や防具を入手する。そのためには誰と取引するか、支払いをどうするか、の問題がある。
支払いに関しては、三つの城砦にある金貨を集めれば三百万になる。とりあえず買い揃えることができるかもしれないが、武器も防具も消耗品である。
壊れたりしたら補充しなくてはならないし、メンテナンスも必要だろう。他の武器もほしい。
それに、魔王群の襲来に備えるには、スケ兵さんたちの強化だけでは不十分だ。
スケ兵さんたちの強化以外の戦力増強に、資金がほしい。
そのためにはまず、金を稼ぐ手段を模索しなければならない。
「武器防具の入手、賃金の確保、食料の生産体制の確立、やることは多いなあ」
「・・・それか、カズサの目標は」
「そう、傭兵軍の設立だよ」
明確に言葉にしたのは、これが初めてかもしれない。
「スケ兵の数は減りもしないが、増えもしない。この状況で戦力の増強を図ろうと思ったら傭兵を雇うしかないが・・・・」
「でも、傭兵を雇うにはお金が掛かる。それも短期契約ではなく長期契約で。そうなったら、傭兵の相場は知らないけどいつか城砦の資金は底を尽く。このくそったれな戦いがいつまで続くか分からないからね」
「・・・・・」
「どうしたの、アルフ?」
「・・・最終的にそれは・・・いや、なんでもない」
「なんだよう、気になるじゃないか」
「気にするな。たいしたことじゃない」
「もったいぶるなあ」
「ところでみんなはどうした?」
あからさまに話題を変えられたら、追求しづらい。
「フィリラとラキスは開拓村へ、ディルくんを送るついでに訪問」
「あの二人はいつも一緒だな」
「というか、ラキスがフィリラにベッタリだな」
過保護というか、フィリラが城砦を出るときにはいつもカルガモのようにくっついて行く。
「ラキスも単独で働いてほしいんだけどなあ」
スケ兵さんが百体も護衛につけば、開拓村辺りなら安全なのだ。
だが、ラキスには理屈は通じない。
フィリラが城砦にいれば外に出たがらないし、フィリラを通じて頼めばしぶしぶ巡回に出るが、早々に帰ってきてしまう。
「まあ、現状は仕方ないか。もう少しラキスの操縦方法を考えてみるよ」
「キリキスはどうした?」
「彼女は一〇七領域を巡回中だ。中位魔獣の痕跡が見つかったからしい」
「ひとりで大丈夫なのか?」
「今回はあくまで偵察だと釘をさしておいた。スケ兵さんも余分に割り当てたし」
「クルスはどうした? あの辺りは彼女の担当だろう?」
「ああ、クルスはいま、牢の中」
「・・・え?」
アルフが固まる。ああ、まだ伝えていなかったか。
「この間の、森のエルフとの遭遇時に発覚した件だよ、キリキスに入れ知恵したアレ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、確かにカズサに任せるとは言ったが」
「うん。尋問したらあっさり白状したからね。これから罰として拷問するつもり」
「カズサ!」
いきなりアルフがつかみ掛かってきた。
俺たちはいま、城砦の中の廊下にいる。俺のえりを締め上げたアルフは、そのまま叩きつけるように壁に押し当てた。
「きさま、どういうつもりだ!」
アルフが憤怒の形相で俺をにらむ。
だが、彼女の怒りを予想していた俺は、わりと冷静だ。
「どういうつもり、とは?」
「拷問だと! そんなことは許さん!」
そのまま首を絞めてくる。息が詰まる。
だがそのままやられっ放しにはできない。隷属魔術の許容範囲を越えるかもしれない。
俺は逆に、彼女の両手首をつかみ、力を込める。
アルフの怒りの形相が、次第に驚きの表情に変化する。
不思議だった。騎士団長としてあきらかに俺より鍛えてある彼女の腕をねじ上げ、手のひらを開かせる。
そのまま彼女の両腕を持ち上げ、万歳の格好をさせてから反対側の壁にドンとはりつけにした。
俺の腹の底には、黒くよどむ感情の塊がある。それは嘔吐のように喉元にせり上がり、相手の顔面に吐きつけたくなる。
それは怒りの衝動だ。理性を緩めれば、身体の奥から全身に駆け巡り、爆発しそうな激怒だった。
「許さない、だと」
あまりに激しい怒りのために、かえって口調が静かになる。
「それはこっちのセリフだ」
まさか力で抑え込まれるとは思わなかったのだろう。
あるいは俺の怒りの激しさを感じたのか、アルフの瞳に一瞬だが怯えがはしった。
「クルスの罪状は、殺人未遂だ」
「な――――!」
「俺は、生命の危険があるために、従者たちの必殺技を禁止した。だが、クルスは俺の命令を意図的に曲解し、必殺技の名称を変更するなどという児戯でキリキスをそそのかし、彼女の生命を危機にさらした。これを殺人未遂といわずに、なんと言うんだ?」
「! だ、だが、そ、それは――――」
「ああ、キリキスも愚かだ。だが、アルフも理解しているだろう? キリキスは精神的に未熟だ。見かけは俺たちと同じ年代に見えるが、実際は子どものようなものだ。必殺技という名前でなければ大丈夫だ、などと言われて素直に信じるようなやつだ」
キリキスは、物事を字義通りに解釈する面がある。
思い起こせば俺が死んだふりをしたときも、ただ驚き慌てて演技だと見抜くことさえできなかった。
そのことにだいぶ経ってから気付き、後で彼女が怒っている理由も理解できたのだ。
「だが、クルスは違う。彼女は俺たちの命令の意図を考えることも、必要とあれば拡大解釈することもできる」
クルスは、相談相手としては誰よりも、そう、人間であるアルフやフィリラよりも、俺の従者であるキリキスよりも頼りになる。
明晰な頭脳の持ち主であり、俺の計画を理解してくれる。
そんな彼女にしてみれば、キリキスを騙すことなど簡単だ。
「クルスに、キリキスを騙すつもりがなかったなどとは言わせない。俺の命令に逆らったことは、許してもいい。だが、キリキスの命を危険にさらしたことは、絶対に許さない。だから拷問するんだ」
「あ、で、でも、お願いだ、カズサ」
アルフはなんとか慈悲を乞う言葉をつむごうとする。
俺はなぜ、こんなに怒っているのだろうか。
キリキスへの仕打ちのためだけだろうか。それもあるだろう。
ただ、少しばかり、信頼していた相手から裏切られた怒りもあるのではないだろうか。
「・・・あたりまえだが、命を奪うようなことはない。傷跡が残るような真似もしない」
「あ、ああ」
「彼女は失うにはあまりに惜しい人材だ」
呟く声に、どうしても失望がにじんでしまう。
俺はアルフの腕を離した。一歩、二歩、後ろに下がってアルフと距離をとる。
「だからアルフ、止めないでくれ。どうしても納得できないなら、察してほしい」
「・・・・・・」
「たったひとりの家族を殺されそうになった人間の怒りを」
俺は彼女を残して、歩き出した。
もう、怒りの大半は発散されてしまった。
たぶんだが、クルスにも彼女なりの考えがあったのだろう。
従者に私心はない。それを持ち得ない生物なのだ。
「ついて来ないでくれよ?」
ただ再犯がないように、きっちりシメておこう。




