18.森の守護者と従者の狂気
「カズサおじちゃん! またククルの実だよ」
「おじちゃんではないがよく見つけた。ひとりで採れるか?」
「できるよ!」
ディルくんは木の幹をうんうん言いながら昇ると、枝に絡みついた蔓を実ごと引き剥がして採取した。
キリキスには落ちたときの用心に下で構えてもらい、俺は落ちたククルの実を回収した。
ディルくん大活躍である。蛇(無毒:鑑定者キリキス)や長い足をもつ大型昆虫(無毒:鑑定者キリキス)を、木の枝の聖剣で勇敢に突っついて追っ払った。
「おいアルフ」
「な、なんだ」
「お前も少しは働いたらどうだ?」
「おまえに言われたくないぞ!」
「俺はまじめに働いているぞ。ちゃんと慌てたり、しっかり尻もちをついたり、雄々しく助けを求めたりと忙しかった」
「う、うむ。なんとなく主旨は分かってきたのだ。わかるのだが、その・・・」
「分かっていない! この森の試練で、ディルくんはレンジャーから、勇者へとレベルアップした。ディルくんがよりいっそう成長するために、俺たちは頑張ってディルくんの足手まといとなるんだ!!」
「ど、どうすればいいんだ・・・・」
「ほら、あそこに毒々しい警戒色満載の巨大毛虫がいるぞ! キリキス!」
「無毒です」
「うあああ、なんて恐ろしい! ディルくん、たすけてくれええ!」
「どうしたのカズサおじちゃん!?」
「けっこう頑固だな!? さあ、アルフ!」
「・・・・」
「アルフ!!」
「・・・・・・きゃあ?」
「なめとんのか?」
「・・・きゃああ?」
「ひと声増えただけじゃないか!」
「キャアアアアアアアア」
「ちょっと可愛いぞ」
「殺す」
「勇者ディル様! あそこに恐ろしいモンスターが」
「えい」
ぷち。
「もうだいじょうぶだよ、ほら!」
「ちょっと教育方針に疑問をおぼえた! あとこっち持ってくんな! ポイしなさい!」
「うん、はい」
「ぎゃあああああああ」
アルフが本気の悲鳴をあげる。あまり可愛くなかった。可愛い悲鳴というのは演技なのだろう。
こうして探索は森のほとんど入り口辺りを一周した。
一応、森で見かける珍しそうな植物は根っこごと採集して、種類ごとに束にしてある。
キリキスによれば薬用になるもので、切り傷、打ち身、解熱、利尿などの効果があるらしい。
スケ兵さんたちにインプットして、今度採集してもらおうと思う。
「こうして俺たちの始めての冒険は終わった。残念だがエルフは発見できなかったが、次回はきっと見つかるだろう。尊い犠牲を払ったが、俺たちは負けない。ありがとう、そしてさようなら女遊び人!」
「さようならおねえちゃん!」
「お元気で」
「・・・なあ、カズサ。おまえはわたしに、何を求めているんだ?」
「さあ、帰ろうか!」
「アハハッハハハ八ハッハハハ」
頭上から降り注ぐ哄笑。
底抜けに明るく、無邪気な笑い声。
頭上に誰かいる。
背中を走る悪寒。
スケ兵さんたちの警戒網がまったく感知していなかった!
「ああおかしい!ほんとうにおもしろいわ貴方たち!こんなに笑ったのははじめて!」
白銀の髪を垂らし、彼女は立っていた。
だが、おかしいだろ? だって彼女が立っているのは木の幹だ。
横たわった丸太に立つのは難しくないだろう。だが、垂直に伸びる木の幹に立つのは不可能なはずだ。
重力がおかしい。その底抜けに無邪気な笑顔がおそろしい。
二十メートルの距離をおいて対峙する俺たちと、その女。
「・・・エルフ」
見上げたキリキスが呟く。
あれがエルフなのか? あの自然の理に反して悠然とたたずむあの生き物が?
「さあ、これがおもしろい見世物を見せてくれたお代よ?」
そういって彼女は弓を引き絞り、矢を放った。
同時に三本。
俺はディルくんを抱きかかえ、横に飛ぶ。アルフは剣を抜き払い、矢を叩き落とす。キリキスは
彼女は木の幹を駆け上がった。
恐怖が一瞬にして吹きとぶ。
俺の従者の頼もしい姿が、俺に何かを与えてくれる。
エルフが連射する矢を、剣で叩き落としながら駆け上がるキリキス。
エルフがジャンプ、いや真横に移動した。ワイヤーアクションみたいだ。
空中で優雅に身をひねり、矢を放ちながら隣の樹木に着地する。
スピードを上げ、矢をかわしたキリキスは幹を蹴り、より高い位置からエルフを襲撃する。
弓を放ち、さらに次の樹へ飛ぶエルフ。
接近して剣を振るうキリキス。
次々と樹に飛び移りながら矢を放つエルフ。
樹間を立体機動しながら繰り広げられる戦闘。
首をそらして眺める俺は、平衡感覚が狂うようなめまいを覚える。
だが、呆けている場合ではない。
流れ矢が頭上から降り注いでくる。
俺はディルくんを抱きかかえたままアルフの剣の下へと避難する。
アルフはこちらに落ちてくる矢を的確に払い飛ばし、安全圏を保持する。
少し離れた地面に突き刺さった矢を観察する。矢柄が短い。その分、弾数を携帯できるのではないか?
「ここではアイツの独擅場だ。森の外へと退避するぞ」
「キリキスはどうする!」
「わたしたちがいては邪魔にしかならん」
その通りだ。正直、頭上では援護のしようもない。
俺たちが逃げれば、彼女も撤退できるだろう。
俺の見るところ、エルフの動きは重力を無視しているとしか思えない。
キリキスの機動は、脚力とスピードによるものだ。
若干怪しい部分があるが、かろうじて物理法則の範疇だろう。
エルフのほうが自由に樹間を飛びまわれるので、有利な位置をとりやすい。
下手をすると、苦戦を強いられるかもしれない
そうなる前に、俺たちは逃げ出すべきだ。
「いまだ!」
アルフの号令と同時に、俺はディルくんを抱きかかえたまま、駆け出した。
走るとなれば、子どものディルくんでも重い。
彼に覆いかぶさるような姿勢なので、走り方も安定しない。
ディルくんだけは、絶対に怪我をさせるわけにはいかない。それこそ毛一筋の傷さえもだ。
彼が無事に帰ってこそ、開拓村の信頼を得られる。
だから絶対に守る。
頭上での戦闘には目も向けず、背後から追いかけるアルフを気にも留めず、ただひたすらに森の外へと目指す。
外に出た。明るい日差しに安堵する。
【――――――――】
高音域の歌声が響いた。やがて可聴域を超えた瞬間
「カズサ!」
切迫したアルフの声。
その声に反応して、俺はディルくんを地面に抱え込む。
衝撃
辺り一面を、無数の衝撃が襲いかかる。
目に見えぬ弾丸が、地面をえぐり、草花を散りとばす。
「かはっっ」
背中にあたった衝撃が、肺の空気を押し出す。
「陛下!!!」
キリキスの、絶叫。
「陛下! 陛下!! 陛下!!!」
一声ごとに、彼女が近づいているのが分かる。
グイっと肩を掴まれ、仰向けに転がされる。
キリキスの、血の気が失せた顔が歪んでいる。
大丈夫だ
そう応えてやりたいが、呼吸がままならない。
痛みはそれほどない。ただ衝撃によるショックだろうか全身が硬直している。
「あーごねんね?」
バツの悪そうな声。
目だけを動かして向けた視線の先に、太い枝に腰掛けるエルフの姿があった。
白銀の髪をかきながら、申し訳なさそうな顔をしている。
「森の外に出ていたのに、悪かったね。そっちの姉ちゃんが手強いもんだから、つい魔弾を無差別射撃しちゃった」
どうやら流れ弾だったようだ。彼女が攻撃できるのは、森の中に侵入した者だけらしい。
これは非常に重要な情報だ。
あと魔弾とかなんだそれ、スゲーかっこいい!
「すごく楽しかった、また遊びにおいでよ」
友達にするような、明るく、親しみのこもった挨拶。
ひょっとしてこの襲撃は、エルフ流の歓迎だったのだろうか。嫌な種族だなエルフ。
「死ね」
緊張が解けようとした瞬間、キリキスの声が差し込まれた。
「死ね、下等なエルフ」
生物的な血肉をそぎ落とした、カラクリじみた無機質な音声。
キリキスの赤い瞳が、光を帯びて輝く。
その視線が、死の照準のようにエルフをとらえる。
「死ね、下劣で下種なエルフよ」
そっと立ち上がるキリキス。その全身を、淡く白い光の膜が包む。
「陛下の身を、エルフの下賤な魔術で汚した罪を贖え」
エルフが、木の枝の上に立ち上がり、緊張の面持ちで弓を構える。
その表情にはさきほどの陽気さはない。極度に緊張した面持ちでキリキスを見詰める。
「塵芥にも等しい貴様の命ひとりでは足りぬ。その咎を森のエルフ、全ての命で贖え」
そう言って、キリキスは剣先を地面に引きずりながら、一歩前に踏み出した。
ガックンと前につんのめる。
「へ、陛下!?」
彼女のズボンの裾を、俺がしっかり掴む。
「なにカッコつけている?」
「う、動けるのですか、陛下!?」
「なぜ驚く! いや、ちょっと待て・・・うん、動くぞ、痺れがとれたみたいだ・・・後遺症とかないだろうな、これ」
「へ、陛下」
へたり込むキリキスの顔に手を伸ばし
「それより、いま何をしようとした?」
「え、あ、あの」
「必殺技を使おうとしたな?」
キリキスの頬を両手で抓りあげる。
「いいひぇ、へいふぁ」
キリキスは平然と答える。
それでも痛いのか、ちょっと涙目だ。手を放して念を押す。
「ほんとうだな?」
「はい陛下。これは偶殺技と申しまして、必ずではなく、偶然、偶々、死に至らしめることがあるかもしりぇなひひょひふ・・・・ひひゃいへふへいふぁ」
「帰ったら、ほかの連中をまじえて、ゆっくり話そうな。どうせキリキスだけの知恵ではないだろう?」
「え、あの?」
「キリキスがおれに忠実なのは知っている。だから必殺技を使うなと言われれば、使わないものな。だから、誰かが言ったんだろ、必殺技という名前じゃなければ良いと?」
「その、はい」
「キリキスは俺の言い付けを守る、良い子だもんな。素直なキリキスに、そんな悪知恵を吹き込んだのは誰かな、ラキスかな?」
「いえ、クルスです」
「そうか、良く教えてくれたな。でも、おまえが喋ったとは言うんじゃないぞ。偉大な魔王である俺は、最初から御見通しだったからな」
「さすがは陛下です」
よしよしと頭を撫でるとアルフを見やる。
「・・・すまない」
「クルスは俺に任せてもらえるか?」
「わかった・・・」
「よし、帰るとしますか」
「おーい」
俺は立ち上がり、ディルくんについた泥をはたき、収穫物を担いだ。
「スケ兵さんたちも撤収して~~」
「ちょっとちょっとお」
スケ兵さんたちもぞろぞろと集まる。
「それじゃあみんな、今日はお疲れ様。でも家に帰るまでが冒険です、気を緩めないで帰りましょう!」
ハーイとディルくん、スケ兵さんたちもガチャガチャと返答する。
「おおおおおおおいいいいいい!!」
遠吠えるエルフに気付き、手を振る。
「ああ、また今度な、さようなら~」
「エルフのおねえちゃん、さよなら~~」
「・・・・・・死に腐れ」
「え、あ、うん、またね?」
呆けているエルフを残し、俺たちは家路へとついた。
こうして俺達の初めての冒険は終わった。




