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百八番目は異世界魔王  作者: 藤正治
第一章 三日戦争
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01.魔王の世紀と異世界から来た男

「ようこそ、魔王陛下」

 片膝をついてこちらを見上げる少女に、いきなりそんなことを言われた。

「わたくしはキリキス、只今より陛下の従者を務めさせていただきます」

「あ、どうも」

 きれいな娘だなと思いつつ、慌てて頭を下げる。

「現時刻をもって、この第一〇八城砦は陛下の統治下に入ったことを宣言いたします。すべては陛下のお望みのままに」

 少女の言葉を聞き流しながら首をひねる。

 ここがどこで、どうして俺はここにいるんだろう?

 目前でうやうやしくひざまずく少女を観察する。

 うん、まちがいなく初対面だ。

 夢ではない自覚はあるのだが、どこか現実感がとぼしい。

 とりあえず彼女の言葉から気になる単語をひろってみた。

「城砦って?」

 ヨーロッパとかにあるお城か?

「陛下が降臨されました第一〇八城砦は兵三百人規模の防御施設です。

 現在の兵力は

 スケルトン兵三百体

 竜骨馬三体

 保存食は約三千食分

 資金は金貨百万枚

 塩、麦その他の生活物資の蓄えもあります」


「いやちょっと待ってくれ!」

 俺は彼女の言葉をさえぎった。

 背筋にじわじわと不安感が這いのぼってくる。

 あらためて眼前の少女を観察する。

 年の頃は十六、七か。

 白い髪に赤い瞳、綺麗だが感情をうかがわせない人形のような面立ち。

 耳の先端が尖っているのが個性的だ。ちょっと小悪魔っぽくて可愛い。

 制服とも軍服ともつかぬ濃紺の衣装をビシリと着こなしている。

 腰に差しているのは刀剣の類だろうか?

 とにかく非日常的な装いにはちがいない。


 そもそも俺が今いる場所はどこなのか。

 四方を石造りの壁に囲まれた部屋である。広さは学校の教室ぐらい。

 右手に窓。正面の、キリキスと名乗る少女の背後には大きな扉。

 高い天井はそれ自体がうっすらと光を放ち、周囲を照らしている。

 そして自分が座っているのは玉座としか形容しようのないもの。

 黒曜石のような、硬質でひどく冷たい感触。大人二人は楽に座れそうだ。

 さっぱり訳が分らない。

「ねえ、きみ」

「キリキス、とお呼びください」

「あ、ああ、キリキスさん?」

「敬称は不要です。わたくしは陛下の剣にして最後の盾。もっとも忠実な道具なれば、ただキリキスとお呼び捨てください」

 逆らわないほうがよさそうだ。ちょっとビクつきながら尋ねる。

「わかった。それで、なんで俺はここにいるの?」

「陛下が魔王となられたからです」

 魔王、ときたもんだ。

 どうやら大掛かりなイタズラかイベントの類のようだ。

 そうと分ると変に安心して笑ってしまった。

「あのね、キリキスさん?」


 彼女の紅い瞳がまっすぐに俺を射抜いた。

 次の瞬間、俺は膨大な情報の海の中に溺れていた。


 《魔王の世紀》は不可避の災厄であり、

 その起源は遥か悠久の過去にまで遡る。

 三百年周期で繰り返し、混乱と戦乱をもたらす播種の災禍。

 終息しては抹消され、顕れては文明を後退させる破局の歴史。


 同年同月同日同時刻。

 大地のありとあらゆる場所から、

 見えざる手によって数多の人々が掬い取られ、

 種子を植えるように大陸の各地へとそれぞれ据え置かれる。

 そして彼らは魔王となり、その激動は世界を席巻する。


『哀れな犠牲達よ。咎なき罪人達よ。全ては汝らの望むがままに・・

「俺はちがう! 俺は無関係だ!!」


 後にそれは魔術的な何か、なのだと理解した。

 天啓のごとく俺は《魔王の世紀》に関する概略を把握していた。

「おれは魔王じゃない!!」

 俺は絶叫し、反発した。

 魔王に選ばれる者に貴賎種族は問われない。

 王・貴族・庶民・乞食・奴隷など世俗の地位は関係ない。

 人間・エルフ・ドワーフ・獣人・魔人など種族も関係ない。

 この世界のあらゆる人々に等しく降りかかる災難だ。

 だけど、それでも!

「俺はこの世界の人間じゃない!!」

 強制的に脳に焼き付けられたこの世界の基本情報は、俺が持つ現代社会の常識と比べ、あまりに異質だった。

 魔術の存在、跳梁跋扈する魔獣、数々の異種族。

 自分がもつ常識と、この世界の現状のいちじるしい齟齬。

 かみ合わない歯車を回すように軋みをあげ、ついに理性をはじけさせる。

「俺は無関係だ!」


「ですが、すでに陛下は魔王です」


 俺の叫びに、キリキスは眉ひとつ動かさなかった。

 魔王であるか否か、それだけが重要なのだと。

 俺は嗤った。ああ、そうなのかと。

 もし仮に野良犬が魔王になったとしても、彼女はうやうやしくひざまずき、忠誠を捧げるのだとわかった。

 俺という人格や感情など考慮にすら値しないのだと、彼女に対してわずかに失望した。

 そしていかに反論し非難しようと、俺は魔王なのだと理解した。


 逃げよう。そう決めた。


「俺は逃げるよ」

 どこに逃げるとか逃げた後どうするのかとか、後先など考えていない。

 まずこの場所を脱出するのが最優先だ。逃げて逃げて、とにかくこの城砦から出来るだけ遠ざかるのだ。

 後のことはそれからだ。

「承知しました」

 俺の決意に、キリキスはあっさりと頷いた。

「では路銀、食料、その他を用意しますのでお待ち下さい」

 あまつさえ、逃走の準備までしてくれるらしい。

「・・・いいのか」

「もちろんです。すべては陛下のお望みのままに」

 悪くすれば彼女に捕らえられ、監禁されるかと思ったのに。

 拍子抜けするほどの反応だ。

 一礼して部屋から出て行こうとする彼女を見て、何かがひっかかった。

 彼女はあまりに従順だった。命じられたことは何一つ異論を唱えず、実行しようとする。初対面で人形のようだと思ったが、むしろロボットに近い。

「待ってくれ、キリキス」

 直感めいた衝動が、彼女を呼び止める。

「はい、陛下」

 彼女は振り返り、こちらを見た。仮面のように整った綺麗な顔。だけどやはり、感情らしきものはうかがえない。

「意見を聞きたい。俺が逃亡したとして、安全を得られると思うか?」

「いいえ、陛下」

 ごくあっさりとした返答。思わずこぶしを握る。

「・・・・理由は?」

「現在の陛下の力の中枢は、この城砦にあります。ここを放棄すれば、ありとあらゆる追討の手がかかると予測されます。どこに潜伏しようと近い将来に暴かれ、お命を奪われるのは必定と思われます」

 呼吸さえ忘れた俺を見て、彼女は続ける。

「ですがその最後の時までわたくしがお側にお仕えします。わたくしは陛下の従者、陛下の剣にして最後の盾。剣が折れるまで敵を打ち払い、この身をもって敵を阻みましょう」

 気負いもなく淡々と、物理の講義のような宣言だった。

 もういいと、怒鳴りそうになった。彼女の言葉に慰められるどころか、おぞましささえ感じてしまう。

 彼女を追い払い、一人になりたかった。

 それでも俺は慎重に考え、口に出した。

「俺が身の安全を守るために、何か良い案はあるか?」

 かなりあいまいな質問だとは自覚したが、たぶんコレが正解ではないだろうか。質問を特定するには知識が不足している。


 彼女は首をかしげ、考え込んだ。はじめての人間らしい仕草だ。

 しばらくお待ち下さい、そう告げて退出したが、すぐに戻ってきた。

 手には筒状にした紙を手にしている。A3用紙ぐらいだろうか。

 玉座に座る俺の膝に、その紙を広げた。

 それは地図だった。紙質はかなり悪い。茶色だし、ざらざらしている。どうやら山や川らしきものが書き込んである。

 キリキスはその地図の中央からやや上の位置を指差した。


「こちらが、陛下の城砦になります」

 それだけを告げた。そこには赤く、丸い点が描かれている。

 キリキスが何を言っているのか分からなかった。

「これがどうかした?」

 だが彼女は応えない。俺の目を見詰めるだけだ。

 俺はもう一度、地図を見た。

 そして気が付いた。

 頭を殴られたような衝撃を感じた。

 深呼吸をして息を整えようとしたが、無駄だった。

「・・・キリキス」

「はい、陛下」

「これと、これはなんだ?」

 俺は震える指先で、地図を指し示した。

 俺のいる場所を三角形の頂点だとすると、残りの角2点にも同じく赤丸の印がある。

「近在の魔王方の城砦、第一〇六城砦と、第一〇七城砦です。距離にして徒歩で半日ほどです」

 最悪の答えだと思った。しかし、そうではなかった。

「他の魔王方を討ち果たせば、魔王としてより強い力が得られます。そうすれば陛下の安全は、現状より確かなものになるでしょう」

 止める間もなかった。

 キリキスを殴り倒した。


 記憶にある限り、生まれてはじめての暴力だった。

 子供の頃、友達とつかみ合いのケンカをしたおぼえもない。

 なのに、無抵抗の女の子を、しかも拳で容赦なく頬を殴りつけた。

 息が乱れる。ただ腕を振り上げ、下ろしただけなのに、まるで全力疾走の後のように、肩で息をした。

 彼女の唇が切れ、流れた赤い血を見て、ロボットじゃなかったと、場違いな感想が浮かんだ。

 後悔すべき状況だった。なのに、俺の内側に猛るのは、更なる暴力的な感情だった。


「なにが、望むままに、だ!」

 異なる世界に連れてこられ、魔王にされ、逃げることも出来ない。

「答えろ! 他の魔王の城砦の兵力は、この城砦と同じか!」

 女の子を殴ってしまった。

「はい、陛下。初期配置の城砦はすべて、同等の兵力を備えております」

 彼女は唇の血を拭うこともなく、冷静に告げる。

「三つも城砦が等距離で隣接し、兵数も同じ、同時刻に魔王就任か」

 それだけではない。

「他の魔王を倒せば、なんだか分からんが、強い力が得られる。そうだな? そしてその事実は、すぐに他の魔王も知るだろうな?」

「おそらく。それぞれの魔王方の従者が進言するでしょう」

 ふたたび怒りがこみ上げてくる。

 この状況と配置には、悪意があった。

 しかも、他の魔王を倒せば、レベルアップのようなことも可能らしい。

 動機となるエサまで用意されている徹底振りだ。

 望むままになど、建前に過ぎない。選択肢など、ほとんどなかった。

 後から思えば、このときの俺は、狂ってしまったのだと思う。

 もっと最良の方法があったはずなのだ。

「キリキス、ただちに出撃の準備をしろ!」

 だけどもの知らずで愚かな俺は、たった一つの方法しか思い浮かばなかった。

「第106城砦を攻めるぞ!」

 彼女の顔に初めて見た感情は、驚きのそれだった。

次話掲載予約 明日2014/08/14 00時


彼は不死の兵団を率いて出撃する

目標は第106魔王の城砦

罪なき魔王を攻めるその理由とは?

次話『第108魔王 出撃』

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