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氷のとける頃に

作者: 有終文
掲載日:2012/06/19

母上。

どうして、ここに。


俺はただ、呆然と遠目から隣国の王妃殿下を見つめていた。




母上が父上に嫁いだのは12の頃だという。

白百合のような気品の中に、マーガレットのように可憐に笑う、とても美しい姫だったという。

当時は王太子だった父上もその時、16歳。

年若くはあったけれど、政略結婚であったというから、格段おかしいこともなく、つつがなく行われた。

そして、母上が俺を生んだのは14歳。

王族といえど、早すぎではあったが、俺という世継ぎを生んだことで地位を盤石なものにしたはずだった。


けれど、母上は、俺の前ですら、泣きも笑いもしない、人形のような方だった。

感情という感情がなくなってしまったようだった。

公務ときも笑わず、「氷の王妃」と言われていた。

原因は父上にあったと思う。

俺は、母上のもとで育つことが許されず、父上の側室のもとで育てられた。

俺も、7の頃になるまで、側室が母親だと思っていたくらいだった。

父上の愛情を一心に受けていた側室が、本当の母上から全てを奪っていたのだろう。


俺が母上を本当の母上だと知ったのは、ただの偶然だった。

父上と側室が、二人で話をしているのを聞いた時だった。

その時に、俺は正妃…、母上の子だと知り、その時、俺付きだった侍従にそのことを聞いた。

ごまかせないと、秘密だと、俺の出生をその侍従は教えてくれた。


それを知ってから、俺はこっそり母上のもとに、政治の勉強という名目で訪れていた。

本来ならば父上のもとで学ぶべきだったのだが、側室とのいちゃつきばかりで政務を投げ出していたことは誰もが知っていることだった。

それでも国が傾くことがないのは、母上のおかげだった。

母上は、笑うこともせず、俺に淡々と政を教えた。

教え方は厳しかったが、よくできた時、母上直々に入れてくれたハーブティーがとても美味しかった。

それだけが、俺と、母上との交流だった。俺の唯一の心やすらぐ時間だった。



俺が12の時、母上は死んだ。

俺と父上と建国の祝い事の最中に、何者かに打たれた矢が原因だった。

父上を庇って、背中に刺さった矢。

俺はひどく動揺していてはじめて「母上」と呼んだ。父上は驚いていた。

母上も少し驚いたようだったが、柔らかく微笑んでくれた気がした。

それが俺がはじめてみた母上の笑みだった。

その後、母上は目を閉じ、……俺はもう母上に会うことはできなかった。



それから、3年後…、俺は隣国の国王の結婚式に、「父上の名代」として参加した。

父上のこの3年間はとても愚かだった。

政をろくにして来なかった父上に国を回せるはずはなく、国は傾き、結局隣国の援助によって生かされるだけの国に成り果ててしまった。

属国ではないが、それにとても近い。

隣国からも父は見下されているのだろうか、隣国の結婚式から招待状が来た際に、俺の名指しで招待状が送られてきていた。

父上はそれはそれは激昂したが、外聞を偲んで、「名代」という形で俺を送り出した。


その先で見たのは、信じられない光景だった。

隣国の国王の隣で、手を引かれているのは、ふっくらとしたお腹を大切そうに歩く母上だった。

そしてその母上は、よく表情が動き、そして花の咲いたような笑顔を浮かべているのだ。

はじめは別人だと思いたかった。

けれど、笑い方が、最後に俺に笑ってくれた時と一緒なのだ。


なぜ。

俺は礼も失して呆然とその光景を見つめていた。



***********



私が、彼女に一目惚れをしたのはいつだっただろう。

彼女がまだ感情を消すことができず、自分を必死に押し殺していた頃だっただろうか。


彼女を見たのは、招待された隣国の建国祭のとき。

彼女はもう5つになる子供もいたが、それを感じさせない美しさがあった。

ピンと糸をはったような緊張感の中に身をおき、自分を律する姿に目がはなせなかった。

なぜ、隣国の王妃なのだろうと、隣国の王を悪く思ったものだった。


国に戻ってから、隣国の王妃の周りの状況を調べさせると、隣国の王を殺したくなった。

なぜ彼女をこのようなつらい目に合わせる?

彼が側妃に傾倒し、あまつ世継ぎの王太子をそのもとで育てさせていること、公務はすべて王妃が行なっていて国王は遊び呆けていること。

私は彼女に手紙を送った。

はじめての求愛の手紙だった。

それには、「国王から」送られてくる手紙と同じ筆跡で、丁寧な言葉でお断りの内容が綴られた手紙が送られてきた。


私と彼女の文通が始まった。

四季折々のなかで私は彼女に手紙を送った。

何十通も送った手紙。

よく、こんなに露骨にアプローチしているのにもかかわらず、隣の王は気づかないのだろうと思った。


文通が始まって、6年目。

俺は、王となった。けれど、変わらず、彼女への手紙を書き続けた。

7年目。

「彼女」からの招待状が送られた。表向きは、国王からだったが。

友好の証に建国祭に参加して欲しいのだと、彼女からのお願いだった。

俺は、また彼女に会えると胸踊らせて、それを承諾し、数年振りに彼女の国を訪れた。


その時だった。

彼女が、王を庇って矢に倒れたのは。

俺は賓客で、近づけないと思ったから、彼女の侍女に頼み込み、その国の医師の服装を借りた。

侍女は私からの求愛を知っており、それを応援するといってくれた。

私は、王妃が目覚めた時、唯一そばにいた。

目が覚めた時、彼女は、記憶が曖昧だった。

自分の名もよくわからなかったし、自分の立場もよく覚えていなかった。

私はそれをチャンスだと思った。



そこから、私は必死だった。

彼女を死んだことにする書類を、侍医に捏ち上げさせ、ひっそりと私の国に彼女を連れ込んだ。ぜひ連れて行って欲しいという、彼女の、王家に嫁ぐ前から仕えているという侍女も一緒に。

彼女はすこしずつ、断片的に記憶を拾い上げていくが、それでも我が身が何者であるかという思い出は殆ど無かった。

記憶が無いためか、彼女はよく笑った。

その笑顔を見るたびに私は、彼女に惹かれていった。


「妃は私自身が決める」と内外に言っていた私が直々に連れてきた女。

それも、俺が長いこと思いを寄せていた「隣国の王妃」にそっくりな女だ。

けれど、誰も本人だとは思わなかった。

なぜなら彼女の笑った顔を、俺も含めて誰も見たことがなかったからだ。

隣国の王妃があまりにも笑うという表情からかけ離れていたためだろう。

結局、俺の妄執が、隣国の王妃に似ている女を見つけてきた、という結論になった。




「パステル」


私が彼女に与えた名前を呼ぶと彼女はなぁにと首を傾げて寄ってくる。

彼女を連れてきてから、私は彼女を口説いた。

彼女はすぐにうんとは言わず、気づけば3年もの歳月が流れていた。

けれど、本当は手に入るはずがなかったんだ。気長に待つのにはもう慣れていた。


「ディン」


彼女が私のことを読んでくれるだけで、早鐘が全身を駆け巡る。

それだけは、3年経っても変わらなかった。


「パステル、やはり、私達、結婚しないか」

「でも、私、ディンより年上だよ?」

「そんなの、私は気にしない」

「私は気にするの。ディンは王様なんだもの」

「……その王様の子が、ここに宿ってると言ったら?」


私はパステルのお腹に優しく触れた。彼女はきゃっといったが、気にしない。

今日の朝、侍女と彼女につけた医師から連絡を受けていた。懐妊したのだと。


「ほんとに?」

「ユーフィーとダント医師から聞いた。あと、7月ほどで生まれてくるそうだよ」

「ディンの子?」

「そうだよ、パステル。早く結婚しないと、子供に間に合わない」

「……ディンは本当に後悔しないの?自分のこともよくわからない、私を奥さんにすること」

「私が君の事をよく知ってるからいいのさ」


彼女はまだよく昔を思い出さない。

自分に子供がいたような気がするとたまに言っているくらいで、自分の名前も生まれもよく覚えていない。


「分かった…私、ディンと結婚するわ」


その言葉は、我が国全部を喜びの渦に巻き込んだ。



私は隣国の援助を行なっていた。

なぜなら、パステルの出身の国であり…なにより、次に継ぐのはパステルの血が半分入っている子供だ。

だから、結婚式には、彼を呼んだ。…あの愚王は、「名代」として遣わせてきたが。


息子、アルフといったか、は、さすがに自分の母親だとわかったらしい。

私達をみるなり、目を見開いて、驚いていた。

あの愚王とは違って、まだ見る目はあるらしい。


私は結婚式の翌日、非公式の場にアルフを呼び出した。

アルフは動揺を隠す余裕もないらしい。


「失礼を承知で、単刀直入に聞きます。ディンバル・スオード様の王妃、パステル・スオード様は…私の母ではありませんか」

「よくわかったね、君もパステルを侮辱してると思っていたのに」

「…俺は…!」

「嘘だよ、アルフ。私は君の義理の父親になったんだ、いじめる気はないよ」


あまりの興奮で、敬語すら抜けてしまっている。

ディンもアルフがパステルを慕っていたことは知っている。

そうでなければ、前王妃の死後、正式に王妃となったあれの愛人から距離をとったりしないはずだ。


「母上は、どうして…ここに?矢の傷から膿が広がり、そこから熱の病に侵され、会うことも許されない状態になって死んだと」

「ああ、そういうことにしてもらったんだったな。それは捏ち上げさ」

「どうして…あなたは、我が国を潰す気か!」

「潰すも何も…国は関係ない。彼女を幸せにしたかったからさ」


あそこに彼女の安らぎも希望もなかった。まるで奴隷のように仕事を強いる悪王がそこにあるだけ。

感情をすべてなくすほどに過酷な日々から抜け出させてあげたかった…救い上げたかった、自分の手で。


「それに、彼女はあの怪我から大部分の記憶が抜け落ちている。メイアクトの王妃だったことも、それ以前のことも、今の彼女は夢物語のようにしか感じていないのさ」


それを聞いて、アルフは言葉を失っていた。

ショックなのだろう。自分が敬愛する母親が、自分のことを何も覚えていないのを。


「けれど、落ち込むことはないさ。君のことは、少し覚えているみたいだ」

「……ほんとうですか、別の、母上が憎いはずの女を母と呼んだ俺のこと」

「残念ながらね。……お腹の子供にも、男だったらアルフレッドと名付けると言っていてね」


アルフの名前をつけたのは、パステル…旧名、レイアだった。

すでにアルフが生まれた時には、レイアへの恋慕の情どころか興味も失せていたあいつは子どもが生まれたことを知ったのは、アルフの一歳の誕生日の時だったという。

その存在を知り、アルフを取り上げられた時から、レイアの感情が消え始めたのだと、ユーフィーは嘆いていた。


「母上は、俺を憎んで、いないのか…?」

「さあね。覚えてないだけかもしれない。それも、私にはどうでもいい。パステルが笑ってくれるならね」

「……スオード陛下」

「長い話も飽きた。君も【母上】に逢いたいだろう。今からパステルの部屋に行くんだ。一緒に来るかい」


アルフは頷く。

私は、パステルの部屋に行く。部屋をノックすると、きゃあ、という可愛らしい悲鳴が聞こえる。


「パステル、私だけど。可愛いお客さんが来てるんだ、一緒に入ってもいいかい?」

「び、びっくりしました。ディン、お客様、どうぞ」


許可を得て入ると、髪を結い上げ、今日の祝いの夜会への装いの準備を終わらせたパステルがそこにいた。

アルフ…15だったか。15の息子がいるとは思えないほど、また自分のこどもを孕んでいるとは思えない可憐な姫君だった。

いや、14の時に子供を産ませたあいつが非常識なのだ。


「パステル、綺麗だよ」

「ありがとう、ディン。…そちらの方は?」

「メイアクト国の王太子殿下であらせる、アルフレッド・メイアクト様だよ」

「アルフレッド…?」


パステルは、アルフを覗きこむと懐かしそうな顔をした。

記憶が戻ったのかと想ってハラハラとしたがそうではなかったことをパステルの言葉で感じた。


「不躾なことを失礼しました、アルフレッド様。はじめてお会いした気がしなくて…」


その言葉に確実に傷ついているような、アルフ。


「いえ、そのようなことは……」

「あら、よかったわ。私、パステル・スオードともうします。メイアクト国は小麦の畑がまるで水面のように美しい国とお聞きしておりますわ。建国祭も壮大で素敵な催しなんだとか。いつか訪れてみたいと思っていますの」

「そのように言っていただけるとは、光栄なことでございます。スオード国の港の広さと豊かな国土にはとてもかないません」

「アルフレッド様」

「いえ、私のことは、アルフとお呼び下さい、スオード王妃」

「では、私のことは、パステルとお呼びくださいね、アルフ様」


そういって、彼女が笑う。アルフは泣きそうになっている。

しばらく二人の好きなように話させていてわかったことがある。

アルフはきっと、いや、絶対、マザコンだ。それ以外の何者でもない。


「ディンバル・スオード様、私が言えた義理ではないですが、母上を幸せにして下さい」

「当たり前だ。君も心配なら、遊説しにおいで。義理の息子だし、許可は下ろしてあげるから」


数カ月後、アルフはメイアクト国を見捨てるように、すごい勢いで【遊説】しにきたのは別の話である。


やまなしいみなしおちなし…(笑)

本当にすみませ…。

稚拙な文章でしたが、読んでいただきありがとうございました。

文章力もないし、本来こんな感じの設定をすべて説明しているだけで満足してしまう自分は物書きに向いていないなぁと思いながら、でも、いろいろ設定は思いつくのでかいてみたいなぁとおもってしまうのです。


アルフが大好きなので、続編も書きたいなと思いつつ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ぜひとも続編待ってます!!
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