四音
指が震える。昔は緊張なんてしなかったのに。手汗がスポットライトか緊張によるものなのか。数分間の綱渡りがようやく終わり、舞台袖へと逃げ込んだ。
私の名は呼ばれなかった。周囲は1位しか評価をしない。壇上で一回り小さい銀盾をもらい口角を無理やりあげることでその日を終えた。選曲ミスなのか。審査員との相性なのか。はたまた練習不足なのか。あいつの音は粒ぞろいだが、ただそれだけだった。ただ音が鳴っているだけ。そこに主題も2声・3声なんてものはなかった。だが大きな盾はあいつが持って帰った。
「現代のバッハ」「100年に1人の天才」このような言葉があいつを持て囃した。私については「秀才」「堅実な演奏家」といったものばかりであり、表現力について評価する者はいなかった。これならロボットに弾かせておけばいい。ただ音が単調で速弾きが評価されるのなら機械でもできる。何が天才だ。どこが天才なんだ。私の演奏を秀才と評価する人間なんて素人ばかりだ。彼らは1位という結果しか見ておらず、内容については浅薄な評価語を羅列することしかできない。「綺麗」「テンポがよかった」「彼の曲は作曲者の背景を連想させるような...」。来る日も来る日も素人の取材に口角を上げて対応したがついに糸は切れてしまった。
遺作として自分の鎮魂歌を作った。世間は悲劇の演奏家として報道し、私の過去や人生までも報道した。鎮魂歌もある一点を除いて高く評価された。「遺作は苦悩を彷彿とさせるものであり、天才の陰に隠れた苦しみを表現していた。レ・ミ・ラ・レを繰り返す場面があり、これは彼の今際の際を表現したと解釈するほかない」
この評価によって本当の意味で私は死んだのであった。




