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「冷たい」と婚約破棄された氷の令嬢ですが、実は王国経済を握っていたので、愛人と共に滅びゆく王太子を見送ることにしました

作者: uta
掲載日:2026/03/29

【お知らせ】

この作品は生成aiを用いて執筆を行なっています

あらかじめご了承の上、お楽しみください

「セラフィーナ、我々の婚約は今日限りで破棄する」


王太子レオンハルトの声が、夜会場に響き渡った。


シャンデリアの光が煌めく大広間。数百の視線が私に集中する。驚愕、同情、そして——ほんの少しの好奇心を含んだ眼差し。


(ああ、ようやく)


三年。長かった。


「リリアーナを正妃として迎える。彼女こそが、私の真実の愛だ」


レオンハルトの隣で、蜂蜜色の髪をした少女が涙ぐんでいる。リリアーナ・メルツェン。私から婚約者を奪った女。


「私、こんなつもりじゃ……でも、愛は止められなかったんです」


(よく言うわ。三年間、陰で何を吹聴していたか知らないとでも?)


私は静かに微笑んだ。完璧な淑女の微笑み。「氷の令嬢」として三年間磨き上げてきた仮面。


「殿下」


「何だ。今更泣いて縋るつもりか?」


レオンハルトは勝ち誇った顔をしている。私が取り乱し、醜く泣きじゃくる姿を期待しているのだろう。


残念ね、殿下。


私はそんなに安い女ではなくてよ。


「承知いたしました」


「……は?」


「婚約の解消、謹んでお受けいたします」


会場がざわめいた。予想外の反応に、レオンハルトの眉が寄せられる。


「待て。それだけか?」


「それだけ、とは?」


「三年も婚約していたのだぞ。何か言うことがあるだろう」


(あなたの愛人と過ごした三年間に、私がどれほど耐えてきたか知りたい? 知らないほうが幸せよ、殿下)


「特にございません。殿下がお幸せであれば、それで」


「……っ、相変わらず冷たい女だ!」


リリアーナが私を見上げる。大きな瞳を潤ませて、いかにも被害者然とした表情。


「セラフィーナ様、ごめんなさい。私、本当に申し訳なく——」


「謝罪は不要ですわ、リリアーナ様」


私は穏やかに遮った。


「むしろ感謝しております。殿下の本質を見極める機会を与えてくださいましたもの」


「——本質、だと?」


レオンハルトの声が低くなる。怒りの兆候。でも、もう遅い。


「ええ。婚約者がいながら他の女性に入れ込む軽薄さ。国政より恋愛を優先する愚かさ。そして——」


私は一度言葉を切った。


「——自国の財政が誰に支えられているかも知らない、致命的な無知」


会場の空気が凍りついた。


老貴族たちの顔色が変わる。彼らは知っている。王国の財政を実質的に握っているのが誰なのかを。


「何を——」


「では、婚約解消に伴う違約金と、ヴァルトシュタイン家が王家に貸し付けている全ての債権の即時返済をお願いいたします」


私の父——宰相公爵クラウス・ヴァルトシュタインが、穏やかな声で言った。


「父上!?」


「ヴァルトシュタイン公爵、これは何の冗談だ」


「冗談?」


父は柔和に微笑んだ。その笑顔の下に、どれほど鋭い牙が隠されているか、この愚かな王子は知らない。


「娘は三年間、殿下の不貞に耐えてまいりました。その間、我が家は王家への融資を継続し、利子の支払いすら猶予してきた。全ては、婚姻による王家との絆を信じていたからです」


「それは……」


「しかし、その絆は殿下ご自身が断ち切られた。であれば、我々も通常の債権者として振る舞うまでです」


父が懐から書類を取り出す。


「現時点での貸付総額は、金貨にして八百万枚。違約金を含めれば九百万枚ほどになりますか」


会場から悲鳴にも似たどよめきが上がった。


王国の年間予算は、およそ三百万金貨。つまり——三年分の国家予算に相当する額を、即時返済せよと言っているのだ。


「そ、そんな……払えるわけが……」


リリアーナが震えている。ようやく事態を理解したらしい。遅すぎるけれど。


「レオンハルト様、私、知らなかったんです! こんなことになるなんて——」


「黙れ!」


レオンハルトが叫んだ。蒼白な顔で私を睨みつける。


「セラフィーナ、お前……最初からこれを狙って……!」


「まさか」


私は小首をかしげた。


「私はずっと待っていただけですわ。殿下が目を覚まし、リリアーナ様との関係を清算されることを。三年間、何度も機会を差し上げたはずです」


「嘘だ! お前は何も言わなかった!」


「言わなければ分からないのですか?」


私の声が、ほんの少し冷たくなる。


「婚約者が愛人を作っていることに、私が気づいていないとでも? それでも黙っていたのは、殿下に立ち直る時間を与えていたからです」


「……っ」


「でも、殿下はその情けを踏みにじった。公衆の面前で私を辱め、よりにもよって——」


私は月光が差し込む窓を見上げた。


「——よりにもよって、この夜会で婚約破棄を宣言された」


振り返る。


瞬間、自分の瞳が金色に変わるのを感じた。


三年間押し込めてきた感情が、ようやく解放される。氷の仮面の下で燃え続けていた炎が、表に出てくる。


「ひっ——!?」


リリアーナが悲鳴を上げた。


「こ、怖い……! レオンハルト様、この人、おかしいですわ!」


「おかしい?」


私は微笑んだ。氷の令嬢の微笑みではない。獲物を追い詰める狼の——そう、銀狼の笑み。


「ええ、そうかもしれませんね。三年も待った獲物を、ようやく追い詰められるのですから——少し、興奮しているのかもしれません」


「獲物……だと……?」


レオンハルトが後ずさる。


今夜、彼は初めて理解したのだろう。自分が婚約していた相手が、どのような存在だったのかを。


「殿下」


私は一歩近づいた。


「私が『氷の令嬢』を演じてきた理由をご存知ですか?」


「……」


「感情に任せて行動すれば、王国経済を崩壊させてしまうからです。あなたのような愚か者に腹を立てるたびに、この国の民が苦しむ。だから、耐えてきた」


「——っ」


「でも、もう我慢する必要はありませんわ」


私は振り返った。


夜会場の入り口に、一人の男が立っている。


漆黒の髪に琥珀色の瞳。獰猛な笑みを浮かべた、野性味溢れる美貌。


隣国シュヴァルツェン帝国の皇太子——アルヴィン。


「ようやく手に入る」


彼は歩み寄ってきた。獲物を見据える眼で私を見つめながら。


「俺もずっと待っていた。お前という獲物を」


「……アルヴィン皇太子」


レオンハルトの声が震えている。


「まさか、最初から……」


「最初から? ああ、俺がセラフィーナに求婚し続けていたことか」


アルヴィンは私の傍に立った。


「婚約者がいるからと断られ続けてな。だが、今夜——お前が自分で彼女を解放した」


「これは罠だ! 私を陥れるための——」


「罠?」


私は笑った。


「三年間、何度も警告しました。父は正式な書簡で、現状のままでは融資を継続できないと伝えていた。殿下がそれを読まなかっただけです」


「……読んで、いない……?」


老貴族の一人が呟いた。周囲から批判的な視線がレオンハルトに向けられる。


「まさか、公爵家からの公式書簡を放置していたのか……」


「国の財政に関わる重要案件を……」


「愛人と戯れている間に……」


ざわめきが大きくなる。レオンハルトの顔から血の気が引いていく。


「違う、これは——リリアーナ、お前が書簡を……」


「私は何も知りません!」


リリアーナが泣き叫んだ。


「私、ただ殿下をお慕いしていただけで——政治のことなんて分かりませんわ!」


「だから厄介なのだ」


父が冷ややかに言った。


「無知は罪ではない。だが、無知のまま国の中枢に関わろうとする傲慢さは——罪だ」


リリアーナが崩れ落ちる。泣きじゃくる姿は、もはや誰の同情も引かない。


「殿下」


私は最後に振り返った。


「ご心配なく。狼は、弱った獲物を追うのが好きなのです」


金色に輝く瞳で、私は笑った。


「せいぜい足掻いてくださいませ——追いかけ甲斐がありますから」


アルヴィンが私の手を取る。


「行くぞ、セラフィーナ」


「ええ」


私たちは夜会場を後にした。背後でレオンハルトが何か叫んでいたが、もう聞こえない。


「お嬢様」


廊下で待っていたエミールが、眼鏡を押し上げながら言った。


「馬車の準備は整っております。隣国への書類も全て」


「ありがとう、エミール」


「三年間、お疲れ様でございました」


彼の目元が、ほんの少し和らいだ気がした。



◇ ◇ ◇



馬車に乗り込むと、アルヴィンが隣に座った。


「泣かないんだな」


「泣く理由がありませんもの」


「三年間愛した男に捨てられたんだぞ」


「愛して……」


私は窓の外を見た。月が美しい夜だ。


「……いませんでしたわ。最初から」


政略婚約だった。感情など入り込む余地はなかった。


ただ——期待は、していた。いつか、この人を愛せるようになるかもしれないと。


「そうか」


アルヴィンの大きな手が、私の頬に触れた。


「なら、これからは俺を見ろ」


振り返ると、琥珀色の瞳が真っ直ぐに私を見ていた。


「狼が二匹では、群れにはなれませんわ」


「お前を喰らうつもりはない」


彼は獰猛に笑った。


「共に狩りをしようと言っている」


——ああ、この人は。


私の本質を、最初から見抜いていたのだ。


「……三年間、よく待っていてくださいましたね」


「共犯者だからな」


アルヴィンが私の手を取る。


「さあ、これから本当の狩りを始めよう」


馬車が走り出す。


私はようやく、氷の仮面を外した。


窓に映る自分の顔。金色に輝く瞳。——銀狼の瞳。


「ふふ」


笑いが込み上げてきた。


「どうした?」


「いいえ。ただ——」


私は隣の狼を見上げた。


「——ようやく、息ができる気がしまして」


アルヴィンが目を細める。


「俺の隣では、好きなだけ牙を剥け」


「……ええ」


月明かりの中、二匹の狼は同じ方向を見据えて笑った。



◇ ◇ ◇



馬車が国境を越えてしばらく経った頃、エミールが咳払いをした。


「お嬢様——いえ、セラフィーナ様。今後の呼称について確認させていただきたいのですが」


「あら。まだお嬢様で構わないわよ?」


「皇太子殿下との婚姻が成立すれば、皇太子妃殿下とお呼びすることになります。今のうちに練習を——」


「気が早いわね」


私は窓の外を眺めた。見慣れた王国の景色が、少しずつ遠ざかっていく。


「まだ正式な婚約すらしていないのに」


「おい、エミール」


向かいの席でアルヴィンが身を乗り出した。


「今の言葉、聞き捨てならないな。俺は三年前から求婚している」


「口約束ですわ、殿下」


「口約束で三年も待ったんだぞ」


「だから何ですの?」


私はにっこりと微笑んだ。氷の令嬢の微笑みではない。——相手を値踏みする、商人の笑み。


「三年待ったから結婚してくださる、などという甘い話は通用しませんわ」


「……お前」


「私を娶りたいのであれば、相応の対価をご用意くださいませ」


アルヴィンが目を瞠った。


次の瞬間、彼は声を上げて笑い出した。


「はっ——ははは! やはりお前は最高だ、セラフィーナ!」


「お褒めの言葉として受け取っておきますわ」


「ああ、そうしろ」


彼は獰猛な笑みを浮かべたまま、私の手を取った。


「対価か。いいだろう、言ってみろ」


「殿下」


私は真っ直ぐに彼の瞳を見つめた。


「私が欲しいのは、対等な立場です」


「……」


「皇太子妃として飾り物になるつもりはありません。政務に関わり、外交に参加し、帝国の運営に携わる権利。それを、正式な形で保証していただきたい」


エミールが息を呑んだ。


当然だろう。私が要求しているのは、前例のない権限だ。


皇族の妃は、表舞台に出ない。子を産み、家を守り、夫を支える——それが、この世界の常識。


でも、私は。


「レオンハルトに耐えていた三年間」


私は静かに言った。


「一番辛かったのは、彼の愛人でも、不実でもありませんでした」


「……」


「私の能力が、何の役にも立てなかったことです」


財政の知識がある。政務処理もできる。外交交渉の心得もある。


なのに、婚約者というだけで、全てを封じられていた。


王国のために何かをしようとしても、「女は黙っていろ」と退けられた。


「だから、次は違う場所を選びたい」


私はアルヴィンを見上げた。


「私を対等に扱ってくださる場所を」


沈黙が落ちた。


アルヴィンは長い間、私を見つめていた。その琥珀色の瞳は、何を考えているのか読み取れない。


やがて、彼は口を開いた。


「帝国議会で、特別顧問の地位を新設する」


「……は?」


「皇太子妃には政務参加の権限がない。だが、『皇太子の特別顧問』なら話は別だ。前例がないなら、作ればいい」


私は言葉を失った。


「外交交渉への同席権、政務資料の閲覧権、議会への出席権——全て認めよう」


「……本気、ですの?」


「俺が冗談を言う男に見えるか?」


アルヴィンは獰猛に笑った。


「言っただろう。お前を喰らうつもりはない。共に狩りをするんだ」


「……」


「狼の群れに、飾り物は要らない。必要なのは、共に戦う仲間だ」


私は——


不覚にも、目頭が熱くなった。


「……泣くのか?」


「泣きませんわ」


声が震えた。ばれている。


「三年間泣かなかった女が、今更——」


「今更じゃない」


アルヴィンの手が、私の頬に触れた。


「三年間我慢した分、ここで泣いておけ」


「……っ」


「俺しか見ていない。お前の執事も、今だけは目を瞑っている」


「……エミール」


「窓の外の景色が大変美しくございます」


エミールは涼しい声で答えた。確かに、こちらを見ていない。


私は——


「……ぅ」


小さく、声が漏れた。


「っ……」


涙が、一筋だけ頬を伝った。


三年間。


愛人を作られても、黙っていた。


「冷たい」と責められても、微笑んでいた。


国のために財を貸し、政策を提案し、裏から王家を支え続けた。


なのに、誰も——


「よく耐えた」


アルヴィンの声が、耳元で響いた。


「お前は、十分すぎるほど頑張った」


「……」


「これからは、俺がいる」


私は彼の胸に額を預けた。


泣き声は上げなかった。でも、涙は止まらなかった。


静かに、静かに——三年分の感情が、溶け出していく。


「……アルヴィン」


「ん」


「私、あなたと結婚しますわ」


「そうか」


彼の腕が、私を包んだ。


「ようやく、その気になったか」


「三年も待たせておいて、文句は言わせませんわよ」


「言わない」


アルヴィンは笑った。


「待った甲斐があった」



◇ ◇ ◇



その頃、王国では嵐が吹き荒れていた。


「九百万金貨だと!? 払えるわけがないだろう!」


玉座の間で、国王が怒鳴り声を上げていた。


「ヴァルトシュタイン公爵、これは脅迫か!」


「いいえ、陛下」


父——クラウス・ヴァルトシュタインは、穏やかに答えた。


「正当な債権回収でございます。むしろ、三年間の利子を免除していたことに感謝していただきたい」


「だが、急に全額返済など——」


「急では、ございません」


父は懐から書類の束を取り出した。


「過去三年間、我が家から王家へお送りした警告書簡の控えです。全て、王太子殿下の執務室に届けられたはず」


「……レオンハルト」


国王の視線が、息子に向けられた。


青ざめた顔のレオンハルトは、震える声で答えた。


「わ、私は……読んでおりません……」


「読んでいない、だと?」


「リリアーナが……『こんな堅苦しい書類より、私とお茶をしましょう』と……」


「馬鹿者がッ!」


国王の怒声が響いた。


「公爵家からの公式書簡を、女の甘言で放置しただと!? お前は国の未来を、色恋に売り渡したのか!」


「お、お父上、私は——」


「言い訳は聞かぬ!」


国王は立ち上がった。


「ヴァルトシュタイン公爵。返済の猶予を願いたい」


「……お聞きしましょう」


「一年だ。一年の猶予をいただければ、なんとか工面する」


父は静かに首を振った。


「申し訳ございませんが、陛下。娘は既に隣国へ向かっております」


「何……だと……?」


「シュヴァルツェン帝国との同盟交渉が、近く始まるでしょう。その結果次第では——返済を帝国が肩代わりする可能性もございます」


国王の顔から、血の気が引いた。


「まさか、セラフィーナ嬢は——」


「ええ」


父は微笑んだ。娘と同じ、銀狼の微笑み。


「皇太子アルヴィン殿下との婚姻を、前向きに検討しております」


「そんな……」


「陛下がレオンハルト殿下の愚行を止めてくださっていれば、このような事態にはなりませんでした」


父は一礼した。


「全ては、王家のご判断の結果です。我々は、それに従ったまで」


会議室を出る父の背中を、誰も止められなかった。



◇ ◇ ◇



帝都に到着したのは、三日後の夕暮れ時だった。


「見えてきたぞ」


アルヴィンが窓を指さした。


西日を受けて輝く白亜の城。王国のそれより、はるかに壮大で美しい。


「あれが、シュヴァルツェン帝国の皇城……」


「お前の、新しい家だ」


私は深呼吸をした。


新しい場所。新しい人生。


三年間の屈辱は、全て置いてきた。これからは——


「セラフィーナ」


アルヴィンが私の手を取った。


「緊張しているか?」


「……少しだけ」


「大丈夫だ」


彼は獰猛に笑った。


「俺がついている」


馬車が城門をくぐる。


整列した衛兵たちが、一斉に敬礼した。


「皇太子殿下、お帰りなさいませ!」


「ああ」


アルヴィンは馬車を降り、私に手を差し出した。


「紹介しよう」


私は彼の手を取り、馬車を降りた。


夕日の中、白銀の髪が風になびく。


「俺の婚約者——セラフィーナ・ヴァルトシュタインだ」


衛兵たちの視線が、私に集中する。


私は微笑んだ。


氷の仮面ではない。銀狼としての、誇り高い笑み。


「お初にお目にかかります」


「これから、この国を共に守る仲間になる。よろしく頼む」


「「「はっ!」」」


衛兵たちの返事が、城内に響き渡った。



◇ ◇ ◇



帝国での生活が始まって一ヶ月。


私は、信じられないほど充実した日々を送っていた。


朝は政務資料の確認。昼は議会への同席。夕方はアルヴィンとの政策議論。


「セラフィーナ嬢の財政改革案、拝見しました」


帝国宰相——老齢の公爵が、私に頭を下げた。


「見事です。特に、税収の再配分案は目から鱗でした」


「恐れ入ります、公爵」


「いえ。皇太子殿下が彼女を選ばれた理由が、よく分かりました」


アルヴィンが獰猛に笑う。


「だから言っただろう、爺。俺の目に狂いはない」


「ええ、ええ、まったく」


宰相は目を細めた。


「隣国の王太子は、とんでもない宝を手放したものですな」


「あちらの損失は、こちらの利益だ」


私は黙って微笑んだ。


(レオンハルト、聞いていますか?)


心の中で、皮肉を呟く。


(あなたが『冷たい』と切り捨てた女は、今、帝国で重用されていますわよ)



◇ ◇ ◇



その夜、私はアルヴィンの執務室を訪れていた。


「王国からの書簡が届いた」


「拝見しても?」


「ああ。むしろお前に見せるために呼んだ」


差し出された羊皮紙を開く。


国王の署名が入った、正式な外交文書だった。


「……返済猶予の要請、ですか」


「ああ。五年の猶予と、利子の免除を求めている」


私は冷ややかに笑った。


「厚顔無恥にも程がありますわね」


「お前なら、どう返す?」


「そうですね」


私は書簡を置いた。


「猶予は三年。利子は通常通りいただきます。ただし——」


「ただし?」


「王太子レオンハルトとリリアーナ・メルツェンの婚姻を認めないことを条件にします」


アルヴィンが目を瞠った。


次の瞬間、彼は声を上げて笑い出した。


「はっ——お前、性格悪いな!」


「褒め言葉として受け取りますわ」


「最高の褒め言葉だ」


彼は私の肩を抱いた。


「つまり、愛を取るか金を取るか、選ばせるわけだ」


「ええ。『真実の愛』とやらが、国家財政に勝るのか——見ものですわ」


私は窓の外を見た。


夜空に浮かぶ月が、冷たく輝いている。


「レオンハルトは、きっとリリアーナを選ぶでしょう」


「そうだな。奴はそういう男だ」


「でも、国民は許しませんわ。国庫を空にしてまで愛人を選んだ王太子を」


「廃嫡か」


「少なくとも、民衆の支持は失う。王位を継いでも、まともに政治はできないでしょう」


私は振り返った。


「それが、私の復讐ですわ」


アルヴィンが、私を見つめている。


「……お前は」


「はい?」


「本当に、恐ろしい女だ」


「嫌いになりました?」


「いいや」


彼は私を抱き寄せた。


「もっと好きになった」


「……殿下」


「アルヴィンと呼べ。二人の時は」


私は彼の胸に顔を埋めた。


「……アルヴィン」


「ん」


「私は、あなたを選んでよかった」


「俺もだ」


彼の腕が、強く私を抱きしめる。


「俺も、お前を待っていてよかった」


月明かりの中、二匹の狼は寄り添っていた。



◇ ◇ ◇



一ヶ月後。


王国から返答が届いた。


「『条件を受け入れる』だと?」


私は書簡を読み返した。


「レオンハルトとリリアーナの婚姻は白紙に戻す。代わりに、返済猶予を認めてほしい——」


「……予想外だな」


「いいえ」


私は首を振った。


「予想通りですわ」


「どういうことだ?」


「この書簡を書いたのは、レオンハルトではありません。国王陛下です」


私は書簡を机に置いた。


「陛下は、息子より国を選んだ。当然の判断ですわ。愛人のために国を傾ける愚か者に、王位を継がせるわけにはいきませんもの」


「つまり——」


「レオンハルトは、リリアーナと引き離される。そして、おそらく——」


私は窓の外を見た。


「——別の政略結婚を強いられるでしょう。今度こそ、逃げられない形で」


アルヴィンが口笛を吹いた。


「因果応報か」


「ええ」


私は微笑んだ。銀狼の微笑み。


「三年間、私が味わった屈辱を——今度はあの二人が味わう番ですわ」


愛を引き裂かれる苦しみ。政略で縛られる屈辱。自由を奪われる絶望。


全て、私が知っている感情だ。


「これが、復讐の完成形?」


「いいえ」


私はアルヴィンを見上げた。


「復讐なんて、とっくに終わっていますわ」


「終わって?」


「私が幸せになること。それが、最大の復讐ですもの」


アルヴィンは目を見開いた。


そして——


「……お前には敵わないな」


彼は私を抱き上げた。


「きゃっ——何を!?」


「決まっている」


獰猛な笑み。


「今すぐ婚姻届を出す」


「え、ちょ——正式な手続きが——」


「後でいい。書類は後で整える」


「殿下——アルヴィン!」


「うるさい。三年も待ったんだ、もう一日も待てない」


私は抗議しようとして——


やめた。


「……仕方ありませんわね」


私は彼の首に腕を回した。


「付き合ってあげます。共犯者ですもの」


「ああ」


アルヴィンが笑った。


「共犯者だ。——そして、これからは伴侶だ」


月が、窓から差し込んでいた。


二匹の狼は、同じ方向を見据えて笑った。



◇ ◇ ◇



——これが、私の物語の結末。


いいえ、違う。


これは、始まりだ。


新しい場所で、新しい人生が始まる。


銀狼は、もう一人ではない。


隣には、同じ瞳を持つ狼がいる。


「さあ」


アルヴィンが私を見下ろした。


「狩りを続けよう、俺の狼」


「ええ」


私は頷いた。


「どこまでも——あなたと共に」




【完】

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