07. 前世で出会った少女
ルークに似た少女の名前はアヴリル。平民のまだ小さな女の子だった。
『頼むよ、君だけが頼りなんだ。水龍の居場所を知ってるんだろ?』
『知ってるけど何でそれをあたしがアンタたちに教えなくちゃいけないわけ?見ての通りあたしは魔導書を読むので忙しいの!他を当たってちょうだい。』
『そう言わずに…』
『無理強いはダメよアレクシス、こういう時は物で釣るのが一番よ!ほら、案内してくれたらこのネックレスをあげるわ。女の子なら好きでしょ、こういうの。』
『そんなのいらないわ、何なのよこのおばさん。』
『おばっ、おばさんですって?!私はまだ十七よ!!』
あの時はユリエルが荒れて大変だったな。無愛想なところもルークに似ている。
水龍の討伐依頼を受けたので近くの村人から案内を頼もうとしたのだが、その村には老人や女子供ばかりで案内役に適当な人物がいなかった。水龍の住処は魔物も多く危険地帯なので、屈強な男かそこそこの実力を持った魔法使いなどが望ましい。
そこで村一番の魔法使いだというアヴリルにその役目を頼んだのだが、中々首を縦にはふってくれなかった。
『どうしてそんなに魔導書が読みたいの?』
『あたしは今よりもっともっと強い魔法使いになりたいの。そしてゆくゆくは公爵になるのが夢なのよ!』
『公爵?』
『そう!あんたも魔法使いでしょ?それならロチェスター帝国の三大公爵家のことは当然知ってるわよね?』
『?』
『嘘、イヴァンジェリンったらまさか知らないの?!ロチェスターと言えば魔法の大帝国じゃない!』
『そ、そうなの?田舎者だから分からないわ。』
『いや俺は知ってるけど。』
『何でよ?!』
『そりゃこの世界で生きてれば常識というか…。まぁイヴは基本自分と魔法以外に興味ないからな。』
『はぁ、しょうがないわね…。三大公爵家は帝国に三つしかない魔法の名門よ。火炎のエイプリルに風のラファーガ、光のグロリアス。有名じゃない。…で、あんたはその三大公爵家の一員になりたいって?』
『そう。“家門交代の決戦”を申し込むの。狙い目は今落ち目のグロリアス公爵家よ。』
『確かに今のグロリアス当主は酒飲みでろくでもない奴だって噂だけど、それでも“光属性”の魔法の使い手だぞ。君みたいな小さな少女が無茶じゃないか?』
『無茶じゃないわ、何たってあたしは“属性持ち”だもの!』
彼女は“闇属性”の魔法の使い手だった。その場でアヴリルが披露した魔法は、漆黒のオーラを放つ凄まじい“陰”の魔法だ。
当時から三大公爵家の力は絶大で、もう何百年も家門交代が起こったことはない。そもそも“属性持ち”なんて魔法使いの中でもほんのひとつまみだし、平民が属性を持っているなんてケースは過去にも未来にもアヴリルただ一人だろう。
『あんた、そのパーティーの魔法使いみたいだけど“無属性”でしょ!どう、あたしの“闇属性”の魔法は!』
『うん、確かにすごいわ。“属性持ち”は貴族ばかりだから初めて見た。』
『でしょでしょ!さ、分かったならさっさとどっか行きなさい。このあたしの時間はあんたたちのみたいに安くないのよ。』
『だけど僕たちは水龍の討伐依頼で此処に来てるんだ、水龍は今はまだ大人しいかもしれないけど魔物が集まる要因にもなるし、早く討伐しなきゃじきに村が危険に晒されるかもしれない。案内して貰えないと困るんだ。』
『あたしは困らないわ。あんたら雑魚と違って自分で自分の身くらい守れるもの。』
『っこぉっんのガキ…!』
『ユリエル、待って。』
『何で止めんのよ!イヴァンジェリンだってこんな奴に舐められてて良いわけ?!』
『大丈夫、私に考えがあるの。…アヴリル、少しいいかしら。』
『何、まだ居たの?』
私はアヴリルに手合わせを申し込んだ。私が勝ったら案内をしてもらう、負けたらもうアヴリルには関わらずにこの場を去るし有り金を置いていく、という条件にしたらすぐに了承した。
『お金はいくらあっても困らないしね、そのお金で新しい魔導書でも買おうっと!』
『喜ぶのはまだ早いわよ。』
『あたしが“無属性”のあんたに負けるとでも?』
まぁ結果勝ったのは私だった。確かに“闇属性”の魔法は強力だし手強かったけど、正直私の恵まれた魔力量と、これまで積み重ねてきた魔法の数々を駆使すればどうってことはない。
『う、嘘…、あたしが負けるなんて…っ。これじゃ、うぅ…』
アヴリルは大粒の涙を零して泣き始めてしまったので少し焦った。ユリエルはそれで少し鬱憤が晴れたのかニヤニヤしながら崩れ落ちるアヴリルの肩に手を置いて慰めていたけど。
『イヴァンジェリンは天才だからしょうがないわよ。今回は相手が悪かったわね。』
『じゃ、約束通り案内してくれる?』
『…っ』
アヴリルはそれまでの此方を見下した態度が嘘のように改善し、素直に水龍の所まで案内してくれたので私たちの水龍討伐は滞りなく行われた。
しかし一つ誤算だったのは、帰り際アヴリルが『どうかあたしを弟子にしてください!』と頭を下げてきたことだった。弟子とか面倒臭いし拒否したけど、アヴリルは頑固で一歩も譲らず、弟子にしてくれないのならこの場で死ぬとまで言い出したのでそこからひと月ほど訓練をつけてやることにした。
私は魔力の効率的な出力の仕方と魔力操作、それから汎用性の高い魔法をいくつか教えた。アヴリルは飲み込みが早くてメキメキ魔法の腕をあげ、今三大公爵家がエイプリル、ラファーガ、シメリアンになっているということはアヴリルは夢を叶え公爵となり、シメリアンのラストネームを授かったのだろう。ルークのセカンドネームが初代当主のアヴリルの名だというのも納得だ。
ルークはアヴリルにそっくりだ。人との関わりを嫌いプライドが高く、魔導書から全ての知識と技術を得ようとしている。
「…魔導書ばかり読んでいても強くはなれないわよ。」
「は?」
「実践してみることが有益な場合もあるの。ねぇ、私と手合わせしてみない?それで自分にとって良い経験ができたと思ったら、私と友達になってよ。」
「嫌だ。俺に何のメリットもないじゃないか。」
「ほんとそっくり…」
「?」
「こっちの話。じゃあこうしましょう、もし私が負けたら家にある魔導書を全部あげるわ。」
聞き耳を立てていたらしいユーインがずっこける音が聞こえた。兄が「大丈夫?」なんて呑気に声をかけたと思ったら、此方にずんずん近づいてきた。
「お前なぁ、いくら天才だ逸材だって騒がれてるからってあんまり調子こかないほうがいいぞ?!家にある魔導書を全部って…その中にはエイプリルにだけ伝わる貴重な魔導書も含まれてるんだからな?!セザール、お前も此奴の兄貴なら何とか言ってやれ!」
「別にいいんじゃないか」
「シスコンにも程があるぜ全く!!とにかくイリス公女、もう少し世間を知った方がいい。此奴のこと知らねぇとは言わないよな?」
ユーインがルークを指さしてそう言った。ルークは若干嫌そうな顔をして眉を顰める。
ルーク・アヴリル・シメリアン、彼は有名人だ。シメリアン公爵家の唯一の跡取りとしてもそうだが、彼にも優れた魔法の才能があるから。そ
の才能は初代公爵であるアヴリルに似通ったもので、特に属性魔法の扱いに長けている。まさに“初代公爵返り”だとは上手いこと言ったものだ。
「もちろん知っています。けど大丈夫です。」
「おい、本当にエイプリル公爵家にある魔導書を全部俺に譲るんだな?後から取り消しはなしだぞ。」
「貴方が勝ったらね。」
「…ついてこい。」
ルークは庭園を抜け、裏庭にまでやってきた。今回の会合はシメリアン公爵邸で行われているから、大方いつも彼が訓練で使っているような場所に連れてきてくれたのだろう。彼処には私たちが親睦を深められるようにとローテーブルにティーセットの用意までされていたから。
さて、この子をどう料理しようか。




