05. 祖母の思い
『ねぇ、魔王を討伐したら私たちにも爵位が与えられるのかしら?』
『伯爵…いや侯爵くらいにはなれるんじゃないか?最近魔王の力が増してきて王都にも魔物が出てくることがあるらしいし、そのくらいして貰えなきゃ割に合わねぇ。』
『きゃー!元から優しいイケメン貴族と結婚するのが夢だったけど自分が侯爵になるのもいいわね〜!』
ユリエルは貴族に大層憧れがあるようで、『貴族になったら絶対毎日甘いデザートを食べて、綺麗なドレスを着てパーティーに出かけるの!そしてそこで素敵な男性と出会って恋に落ちて…えへへ』と桃色の瞳をキラキラさせていた。
『確かにユリエルは社交界とか好きそうだよなぁ。』
『そりゃそうよ!!社交界は貴族の優雅な娯楽の場であり出会いの場、全ての女の子の憧れよ!そうよね、イヴァンジェリン!』
『え?あー…私はあんまりそういうの興味無いわ。ていうか社交界とか面倒臭い。』
『えー!何よそれ!!』
ユリエルが『信じらんない!』と叫び、ディーンが苦笑する横でアレクシスはアハハと声を上げて笑った。
『イヴらしいな。じゃあもし王様が爵位をくれるって言っても断るのか?』
『うーん…それは迷いどころね。貴族なら平民みたいに理不尽されることも舐められることもないだろうし、その立場は惜しいけど…』
『そっか。だったらこうしよう!社交活動とかの面倒事は俺が全部やって、イヴは魔法の研究とか訓練とか好きなことをする!そしてその成果で金を稼いで過ごすってのはどうだ?!』
『私はいいけど、それじゃアレクの負担が大きすぎない?それに貴族な以上社交界に出ないと色々不味いんじゃないの?悪い噂とか流れたらそれもそれで面倒なんだけど。』
『大丈夫だって!悪い噂からは俺が守ってやるから。』
『ちょっと!あんたに悪い噂なんて流れたら同じパーティーの私の結婚にも悪影響出るかもしれないじゃない。そんなの許さないわよ!』
『ユリエル、君たまに空気読めないよね。』『はぁ?!ちょっとそれどういうことよディーン!』
もう此処には頼りにできる仲間のアレクもユリエルもディーンもいない。昔の優しい思い出が蘇ってきて少し泣きそうになった。
私にも、自分のことを自分できっちりやらなきゃいけない時が来たんだ。
「花嫁修業をやりたい、ですって?今まであんなに嫌がっていたのに急にどうしたの?」
だからその日の夕食の時、思い切って祖母に花嫁修業にチャレンジしてみる旨を申し出てみた。てっきり手を叩いて喜ぶかと思ったが予想外に祖母は歯切れが悪い。「そんないきなり…」「無理してやることでも…」などと言っている。
「花嫁修業は時間を取るし、魔法の訓練の時間が減ってしまうわよ?」
「お祖母様こそどうしたのですか?あんなに花嫁修業を勧めてきたのに。」
「それは…」
祖母がちらりと父の方を見ると、父は気まずそうに目を逸らした。
「イリスがどうしても魔法をやりたいと言うのなら思う存分やらせてあげるのがいいと思ったのよ。これまで私は自分の考えを貴女に押し付けてしまっていたようね。貴女のお父様に怒られてしまったわ。」
「え、そうなのですか?」
「!そんな怒ったという訳じゃ…母上、変な言い方はやめてください。」
「あら、事実じゃない。でも確かにそうだと思ったから構わないのよ。これまで申し訳ないことをしたわね、イリス。」
父は私が花嫁修業を強要されることを嫌がっていたことを知っていたみたいで、私が祖母の部屋から飛び出した後に少し苦言を呈してくれたらしい。
父は公爵として忙しい身なためこれまで一緒に過ごすことは母や兄より少なかったが、それでもちゃんと私のことを見ていてくれていると知れたので何だか胸がむず痒い。
「私こそごめんなさい。実は私もお兄様とあの後お話して、お祖母様が私のためを思って行動してくださっていることを知ったんです。だから花嫁修業や社交活動は私がするべきことだしやってみようと思ったんですが。」
「そうだったの。…けれどやっぱりやりたいことをやらないでやりたくもない花嫁修業や社交活動ばかりやるのも間違ってるわ。好きに生きてのびのび自由に育つべきよ。」
「そうですか…?」
「そうだぞ。お前が魔法が好きなのは知っている。好きな魔法の訓練をしていてお前が幸せならそれでいいんだ。な、グレイス。」
「ええ。セザールもそうしていたし、お母様もお父様もお祖母様も貴女たちの幸せを願っているのよ。」
兄はまだ帰っていないのでこの場にはいないが、今のこの言葉を兄にも聞かせたいと思った。
前世には大切な仲間がいたように、今世には大切な家族がいる。その事実がどうしようもなく私の胸を温かくさせるのだった。
「そういえばお兄様から聞いたのですが、お祖母様は仙級魔法使いなんですか?」
「え?ええ、まぁ…今じゃ大分腕も落ちてるだろうけど。」
「どうして魔法使いの仕事を一切やめてしまったんですか?」
「…イリス、今の大魔法使いは誰か知ってるわよね。」
「はい、それはまぁ。」
大魔法使いマクシミリアン。彼は二代目の大魔法使いでありながら長寿種族のエルフで、もう百年近くその地位を維持している唯一の神級魔法使い。この国の帝国民で…というよりこの世界で生きていて彼の名を知らない者はまずいないだろう。
しかし私は彼にあまり良い印象を抱いていない。とは言っても会ったことはないのだけど、彼は何故か“魔王討伐を果たした勇者パーティーの魔法使い”と言われているから。
「私は確かに若くして仙級魔法使いになったわ。当時の私は本気で自分は将来大魔法使いになる逸材だと思い込んでいた。けれど、それは愚かな私の勘違いだったわ。」
「っそんなことはありません、母上は…」
「いいのよ、セドリック。…マクシミリアン様に一目お会いして、私は彼には一生かかっても決して敵わないと悟った。それほどまでにマクシミリアン様から感じる魔力は膨大で絶対的だったの。」
「…」
「大魔法使いの席は一つよ。マクシミリアン様が健在な限り、その席が空くことはない。当時の私はそう確信して魔法の道を極めることをそこで放棄したわ。」
そして十九歳の時に子爵家だった実家のため、また普通の貴族令嬢としての幸せを掴むために結婚をすることに決めて社交界に積極的に出ることにしたそうだが、そうするにしては当時の祖母は結婚活動をするには遅すぎたし、“強い魔法使い”として名前が知れ渡りすぎてしまっていたらしい。
自分よりも強い女性を妻として娶ることは社交界での格好の噂の的になるためリスクが高く、祖母は一時期このまま本当に結婚もできずに生涯を終えるのではないかと噂される始末だったらしい。
「そこで現れたのが先代公爵様なのですよね!全く素敵ですわ、一度の夜会でお義母様に一目惚れなさって噂なんて気にせずに結婚を申し込むだなんて!」
「ふふ、何だか照れるわね。私が仙級魔法使いのカミラだって明かしても『そんなことは関係ない、むしろそこまで好きなことを追求した君を尊敬する。』なんて言ってくれたのよ、本当に嬉しかった…。」
「きゃ〜!」
若かりし頃の祖父を思い出しているのか祖母が頬を染める。うんうん、祖母が良い人と出会えたようで本当に何よりだ。
「私は本当に運が良かったわ。当時エイプリル公爵家の跡取りだった彼は他の女性を選び放題だったのに、私なんかを選んでくれた。でもこんな奇跡は滅多にないことなの。いくら結果的にはこんな風に幸せになれたとしても、自分が危ない綱渡りをした自覚もあったわ。だからもし私に娘や孫娘ができたら私みたいな目に遭って欲しくなくて、できるだけ早くから花嫁修業や社交活動をさせようと決めていたのよ。」
なるほど、そういうことだったのか…兄が言っていたことは大方当たっていたようだ。
「けどもうそれはいいの。よく考えてみれば私はしがない子爵令嬢だったけどイリスは公爵令嬢だし、貴女は私よりもずっと美しいし素敵なレディなんだもの。それに…」
祖母は少し下を向いて言い淀んだが、すぐに顔を上げ私の目を真っ直ぐに見て言った。
「…もしかしたら貴女なら大魔法使いになれるかもしれないから。」
「間違いないですわ、何たってイリスは天才だもの!あなた、イリスが生まれた日のことを覚えてる?あんなに小さな体から溢れ出る魔力が雪として降り注いだのよ。こんなことマクシミリアン様にだって起こり得たことか分からないわ!」
「もちろん覚えているさ。この子は稀代の天才だ、いい加減マクシミリアン様も隠居して三代目大魔法使いを輩出するべきだ。イリス、今後もお前は好きなことをして暮らしなさい!何ならお前が嫌なら次の会合にだって参加しなくても…」
「そこまでよセドリック。淑女教育は一応受けているから花嫁修業はいいとして、だからって全く社交活動にノータッチでいいとは言っていないわよ?」
祖母が黒い笑顔でにっこり笑って言った。年老いたとはいえ元社交界の花、さすがの美しさである。
「エイプリルの公女が不参加で良いわけないでしょう?!“三大公爵家会合”にだけは何が何でも絶対参加してもらうわよ!」




