03. 数年後
月日が経って七歳となった私と十二歳のお兄様の訓練で広く立派な公爵邸が揺れるほどの地響きが起こるくらいには、エイプリルの属性魔法は凄まじかった。
ドゴオォォォォォオン!!!
「?!な、何の音…?!」
「あぁ、気にしなくて大丈夫よ。いつものことだから。」
「貴女は新入り侍女だから知らないのね。セザールお坊ちゃまとイリスお嬢様が訓練してる音よ。」
「く、訓練…?え、でも確か今年公子様は十二歳、公女様は七歳になられたばかりでは…?」
「貴女出身は?」
「あ、えっとカターリャの男爵家です。お金に困って応募したらたまたま此処で雇ってもらえることになって…」
「カターリャって帝国の最南部にある田舎でしょう?なら知らなくても仕方がないわ。エイプリル公爵家が今や三大公爵家の筆頭家門だって言われてる理由。」
「長男で次期公爵のセザールお坊ちゃまは魔法の才能もありながら剣の天才なの。史上初めての魔法戦士になるお方だって有名よ。」
「あ、何だか噂を耳にしたことがあるような気がします…ご兄妹揃って神童だとか何とか…」
「そうそう!イリスお嬢様は剣はからっきしみたいだけど何と言っても魔法の才能がとてつもないわ。“火炎属性”をお持ちだけど、普通の“無属性”の魔法使いと同じように“氷属性”系の魔法も使えるんだとか。」
「将来は大魔法使いになるに違いないって言われてるのよ。」
「でも少し勿体ない気もするのよね、あれだけお美しいのに。」
「美しいのに、何?」
「!イ、イリスお嬢様…?!」
「えっ、いつの間に?!」
厨房に行くと、侍女たちが休憩ついでに世間話をしていた。瞬間移動魔法で私が急に現れたからびっくりしたようだ。
「申し訳ございません!決してお嬢様を侮辱した訳ではなく…!」
「分かってる。別に気にしてないわ。」
大方嫁の貰い手のことだろうな。良い女というのは教養があり、魔法もある程度扱えるが強すぎず男を立てることができる美女のことを言う。どの時代でも強い女より守ってあげたくなるようなか弱い女がモテるものなのだ。
エイプリル公爵家の跡取りは兄だし、私はじきに何処かの家門と政略結婚をすることになるだろう。別にそれは構わないけど、近頃ある人物から花嫁修業を強要されておりそれが我慢ならない。
実は今兄との訓練を中断して厨房に来たのも彼女から逃げるためだったりする。
「イリス!!何処にいるの、隠れていないで出てきなさい!」
「げっ…」
「この声は…まさか大奥様?」
「普段は厨房になんていらっしゃるお方じゃないのに。」
エイプリル先代公爵の妻であり私にとっては父方の祖母にあたる彼女は、やたら私に花嫁修業をさせたがる。私が魔法の訓練をしているのを見つけるやいなや「そんな風に魔法ばかりやっていて淑女として云々」と説教を始めるので困ったものだ。
しかもそれに拍車がかかり暇さえあれば私に花嫁修業花嫁修業と突っかかってくるので、私は初対面の時からこの祖母が苦手で徹底的に彼女を避けている。
「ちょっと、さっきのは聞き流してあげるから私を匿って!」
「え?!か、匿うって」
「何を聞かれてもイリスは此処に来ていないって答えるだけでいいから!」
侍女たちに早口で指示を出し、私は透明魔法でふっと姿を消す。それから数秒後に祖母が厨房に入ってきた。
「…貴女たち、イリスを見なかったかしら?」
「い、いいえ、お見かけてしていませんが…」
「本当に?この私に嘘をついたらただじゃ置かなくてよ。」
「…嘘は申しません、大奥様。」
「…そう、中々従順な侍女じゃない。ねぇイリス?」
「っ!」
祖母の手がふいに体に当たる感触がし、私の透明魔法の効力が切れる。透明魔法は初級魔法で扱いやすい上便利な魔法だが、人間に少しでも触れられるとその効力は簡単に切れてしまうというデメリットがあるのだ。
とはいえ透明魔法を見破るのは難しく、相当魔力探知に優れた魔法使いだけなはず。思い返してみれば祖母は私を捕まえることはできなくてもいつも容易に見つけ出していた。
「やっぱり此処にいたのね。さぁ、この私に嘘をついたこの者たちをどうしてやろうかしら。」
「お祖母様、私が彼女たちに何があっても私の所在を明かさないようにと命じたのです。ですからどうかこの者たちを罰することはご容赦ください。」
「そうねぇ…なら代わりに貴女が私の命令を何でも一つ聞くというなら構わないわよ。」
さすがに私の命令を守った侍女たちが罰されるのを黙って見ている訳にはいかない。私が仕方なく頷くと、祖母は満足気に笑った。




