02. 魔法の才能
兄は私が初めて泣いて以来、『光の勇者さま』を読んでくれることはなかったし、母も父も使用人に至るまで私の前で勇者と魔王の話をすることはなかった。
やってしまった。私としてはアレクシスたちの逸話はたくさん聞きたいし知りたいのに。ある程度舌っ足らずでも言葉を言えるようになると「ゆっしゃしゃまぁ」だとか「あえくししゅ」だとか言ってみたがまるで無駄だった。たった一回のことなのに大袈裟すぎるし過保護過ぎない?
そのせいで特にやりたいこともないしそもそもあまり自由に身動き取れないし、ここ最近の私はとんでもなく暇を拗らせていた。
「ひま…」
ぽつりと呟いたところで誰が現れるわけでもない。意味もなく両手を上げてみると、カサカサで潤いのなかった手の代わりにずっと小さく白くて柔らかそうなクリームパンのような手が見えた。
いかにも貴族令嬢といった感じの手だ。前世とは似ても似つかない…そういえば今世の私は魔法をどの程度扱えるんだろうか?一応生まれた時に無意識でまた魔法を発動させてしまったようで前世と同じく私の周りには雪が降ったが、勇者パーティーの魔法使いとして魔王を討伐した前世と同等の魔法の才能があるかどうかはまだ分からない。
うん、ここはひとまずやってみよう。暇だし。
まずは体内を流れる魔力を感じ取る。…おっ、これは赤ん坊の魔力量としてはかなり多いんじゃないか?まだ一歳になったばかりなのに既に前世の私の十歳の時くらいの魔力量がある。それでも私だって多い方の部類だったのに。
しかも何というか魔力の質が独特だ。もしかして“属性持ち”か?
この世の魔法使いの多くは属性を持っていない、いわゆる“無属性”だ。一般攻撃魔法や防御魔法、転移魔法、等を扱うことができる。しかし皇族や高位貴族には属性持ちの魔法使いが生まれることが多い。
属性は先祖から代々受け継ぐもので、それぞれ“火炎属性”、“地属性”、“風属性”、“水属性”、“氷属性”、“光属性”、“闇属性”等があり基本的に家門ごとに異なっている。属性持ちの魔法使いは普通の魔法使いの操る魔法に加えて個性的かつ強力な魔法も使えるので名のある魔法使いは属性持ちがほとんどだ。
まぁそうは言っても魔王を倒した勇者パーティーの魔法使いである私は無属性だったし、属性が実力の全てってわけではないのだけど。
「(でも属性があるってワクワクするな…早く使ってみたい!!)」
魔法使いとして属性持ちに憧れが無かったわけでもない。無属性でも小さな炎を出したり雪を出したり、氷の結晶を作ったりはできるけど、それはそれぞれの属性持ちには到底適う代物ではない。
例えば無属性の魔法使いが蝋燭を灯す程度の火を出すのが限界なのに対して火炎属性の魔法使いは辺り一面を火の海にできるほどの強い火炎魔法を使うことができる。また、風属性の魔法使いが竜巻を起こして大人数への範囲攻撃ができるのに対して、無属性の魔法使いはそよ風を起こすことくらいしかできない、など。
さて、私が何の属性の魔法使いなのか早く知りたいところだけど焦りは禁物だ。属性のある魔法を扱うのには普通より体に負担がかかるし、まずは無属性でも使える簡単な魔法から使って体を慣らさなくては。
「ふっ」
丹田に力を込めて、意識を自分の体の中の魔力に集中させる。まずは前世からの一番得意な魔法からだ。
サラサラと頬に冷たいものが当たる感覚がして、雪が舞っていることを実感する。
「(懐かしい…)」
一瞬、隣にアレクシスがいて私の魔法を綺麗だと言って笑う姿を錯覚した。いつでもどんな時でも、それこそ魔王との戦いが始まる直前でも彼は私のこの魔法が見たいと言ってきた。
『やっぱりこれだよなぁ。』
『別にいいけど、決戦の直前にこんなお粗末な魔法でいいの?花畑出したりとかもっと色々できるけど。』
『いいんだよ。この魔法が一番、イヴが隣にいるって感じがする。』
『何それ、変なの。』
『なぁ、この戦いが終わったら一番にこの魔法でお祝いしようぜ。』
『えぇ…』
『私は賛成よ。あんたたちがいつもこれやってるせいでこの魔法が一番見慣れてるし。』
『確かに綺麗だし、僕もいいと思うよ。』
『よし、じゃあ決まりだな!約束だぞ、イヴ。』
在りし日の思い出が頭を過ぎる。結局約束守れなくて申し訳ないな。皆結局何でお祝いしたんだろう。無難に紙吹雪とかかな。それともユリエルが祈りでも捧げたのかな。うーん一応二年も一緒に旅した仲間が死んだ訳だし、そんなお祝いムードじゃなかったか?
色々考えていたら雪を出しすぎてしまったようで、慌てて止めた時にはもうベビーベット付近はビシャビシャだった。うわっすごい量おもらししたみたいで恥ずかしい。
「イリス、今日は一緒に折り紙を…って、うわ?!何でこんなに濡れてるんだ?!」
そこからおもらししたわけじゃないと弁明するのに私は必死だった。さすがにこの美形な兄に汚物を見るような目では見られたくない。
また魔法で雪を出した後にその場の勢いで水も噴射してみると兄は大層驚いた。
「は、母上!父上!大変です、イリスが魔法を…!!」
「何だって?!一歳になったばかりでもう?!」
いやどこから湧いてきた。公爵ってそんなに暇なの??
確かに一歳で意図的に魔法を操ることができるのはまずない。普通は貴族だと五歳頃に魔法教育を受けて初めて魔法を操れるようになる。だから魔法教育を受けられない平民は余程才覚がない限り魔法が扱えないケースが多いのだ。ちなみに前世で私は三歳の頃から感覚的に魔法が扱えるようになっていたけど。
母は父が騒ぎまくってようやく「あら、やっぱりイリスは魔法の天才だったのね〜」とふんわり笑っていた。父よりよっぽど落ち着きがある。
「史上初めての魔法戦士になる逸材だと言われるセザールに加えて、イリスまでこうも魔法の才覚に溢れているとは…。」
「そうね、セザールとイリスが居ればエイプリルは安泰だわ!」
「ああ。この子は初代大魔法使いイヴァンジェリン様をも超える魔法使いになるはずだ。」
「!!いあんじぇいん…」
だ、大魔法使いだって?私が?
思わず反応すると、私がイヴァンジェリンと言ったのが分かったのか三人が一斉に此方を見た。
「今イリスはイヴァンジェリン様の名前に反応したのか?」
「まだ舌が回らないようですが、確かにイヴァンジェリンと言いました!」
「まぁ、次の代の大魔法使いとして共鳴でもしたのかしらね?」
「イヴァンジェリン様は天才だが無属性だ。イリスも多分魔法の属性は持たないし、シンパシーでも感じたのかもしれないな。」
「え?イヴァンジェリン様は平民だったそうですが、イリスはエイプリルの血が入っているのに…?」
「代々我がエイプリル公爵家は“火炎属性”を持つ。しかし先程イリスは雪の魔法を使っただろう?」
「あ、確かに…」
属性持ちの魔法使いは、その属性の対になる部類の魔法が無属性でも扱えるようなどんなに弱いものだとしても使用することができない。つまりもし私が属性を持っているなら、火炎属性の対になる“氷属性”の魔法は一切使えないということだ。
しかし既に私は雪を降らせる魔法を使った。これから分かることは、父が言う通り私には属性がないということだろう。
「生粋のエイプリルの人間だとしても無属性だというケースも無いわけではないんだ。」
「そうなんですか…残念です。イリスと一緒に火炎属性魔法の訓練をしたかったのに。」
あれ、身体の感覚的に確かに属性は持ってると思ったんだけどな…。あーあ、また今世でも無属性かぁ。何かしらの属性魔法が使えると確信してただけに残念だ。感じた魔力の質の違和感は勘違いだったのだろうか。
生まれた時から雪を降らせる魔法は使えたし、まさかよりもよってエイプリル公爵家が火炎属の名門だとは。
今世も諦めて無属性で努力するとするか、と思っていたのだが。
「ぅあっ、熱!…くない?」
「きゃあっ!!公女様から火が…!!」
「水!!水を早く!」
「ちょっとそこの貴方!急いで公爵様を呼んできて!!」
「お、落ち着いて、私は大丈夫だから。」
三歳になった年、私は何とエイプリル公爵家の火炎属性の魔法を扱えるようになった。
え、私無属性なんじゃなかったの?雪を降らせる魔法は今でも変わらず使えるままだけど。
見ると、駆けつけた父が口をあんぐりさせて棒立ちしている。母は相変わらずで、「やっぱりイリスは天才だわ〜!」と喜んだ。
「あ、有り得ない…!火炎属性でありながら雪を降らせる魔法を使えるなんて…!!」
「お父様、大袈裟ですよ…」
「大袈裟なものか!!何故属性持ちが対になる属性の魔法を扱えないのか考えてみなさい!」
無属性には到底扱うことの出来ない、ある属性における最高純度の強力な魔法。魔法使いとして属性持ちはメリットしかないように思われるが、実はそれぞれの属性ごとにデメリットも存在する。
例えば水属性の魔法は使用し過ぎると次第に溢れる水の制御ができなくなっていく。そのデメリットを解消するには、対の属性である地属性の魔法で水と大地の比率の均衡を取れば良いのだが、水属性の魔法使いは地属性の魔法を扱えない。…あ。
火炎属性の魔法は使えば使うほど体に熱がこもってしまうため連発ができない。しかし、私のように雪を降らせる魔法が使えるのなら?
「熱を持った体を冷やすことができる…」
何ですぐに気づかなかったんだろう。その日から私は火炎魔法と氷属性系の魔法の猛特訓を始めた。とは言っても決して氷属性の魔法まで扱えるようになった訳ではなく、小さな氷塊を作ったり体を軽く冷やしたり冷気をまとったり、無属性でもできる程度の魔法だ。
加えて驚くべきはエイプリル公爵家の火炎属性の魔法だった。




