01. 転生
そこでイヴァンジェリンは偉大な勇者パーティーの魔法使いとして確かに死んだ。長い眠りについて、もう二度と目覚めることなどないと思っていた。けれど驚くべきことに私は再び目を覚ましたのだった。
目を焼くような明るい光に包まれて、息苦しさから開放された私は思わず反射的に大きな声で泣いた。
「女の子です!公女様のご誕生ですわ!」
「おめでとうございます、奥様、公爵様!」
こうじょさま?おくさま?こうしゃくさま?
平民、それも田舎の小さな村出身の私からすれば聞き慣れない単語が飛び交った。それにしてもおかしい。耳は割とよく聞こえるが、視界が全然はっきりしない。
「あぁ、なんて可愛らしいんだ!ありがとう、グレイス。…ん?これは…雪?」
「この子の周りにだけ降ってる…?貴方、これは…」
「…魔法だ。」
会話からして父らしい人がポツリとそう言った。
「グレイス、この子はもしかしたら世界で一番の大魔法使いになるやもしれん。」
これが私の第二の人生の始まりだった。
イリス・ルーン・エイプリル。それが今回の私の名前らしい。イヴァンジェリンだった頃はセカンドネームどころかラストネームすらなかったのに、今回はどっちも持ってるなんて贅沢な話だ。
生まれてから三ヶ月ほど経つと、ようやくぼんやりしていた視界もはっきり見えるようになって状況がよく分かるようになってきた。
まず私はとんでもなく豪華な邸宅に住んでいるということ。生まれた時に公女様なんて言われた時点で察してはいたが、改めて見てみるととてつもない。
ただ赤ん坊である私が寝てるだけなのに平民の家二つ分くらいはありそうな部屋の広さだし、毎日慌ただしくメイドさんっぽい見た目の女の人が掃除やらお世話やらをしに来る。おしめを変えてもらうのは最初少し対抗があったけど、今の体じゃ自由にトイレに行くことなんて不可能なので気にせず出させてもらうことにした。
「イリス〜、おねんね中かしら?今日はお兄ちゃんも連れてきたわよ〜。」
そして次に両親共に健在で、兄まで存在するということ。
にこにこ笑顔の母の後ろから、少し緊張した面持ちの兄がひょっこりと顔を覗かせた。うーん、相変わらずこの親子顔が良い。
父は筋肉ムキムキのいかにも強キャラといったゴツいほどの見た目だが、母はサファイアの瞳とサラサラの銀の髪をした天女の如く美しい女性だ。兄も母に似て一瞬女の子かと見まごうほど繊細な美少年。父との共通点と言えば目が赤なことくらいだろうか。これは今回も女として生まれた私としては母似なことを願うばかりだ。これで私だけ父に似てしまったら悲惨なことになりかねない。
「…」
「んんぅ」
「こらセザール、イリスのほっぺを引っ張らないの。」
「だってすごく柔らかくてもちもちしてるんです。」
「だからって引っ張ったら痛いでしょう。」
兄がしゅんとして私の頬から手を離した。うーん、別に痛くないし触ってても良いんだけどな。
何となく可哀想な気がしたので離れていく兄のまだ小さな指をぎゅっと掴むと、兄は嬉しそうに顔を輝かせた。
「見てください母上!イリスが俺の指を掴みましたよ!」
「ふふ、そうねぇ。イリスはお兄ちゃんが大好きなのね。」
「母上、今日はこのままイリスと遊んでいてもいいですか?」
「良いけどまだイリスは生まれて三ヶ月しか経ってないんだから、あなたがいつも同い年の子としてるような遊びはできないわよ?」
「分かってます!」
兄はとたとたと部屋を出て、数分して戻ってきた。手には絵本を抱えている。
母は私をベビーベットから降ろして兄に抱かせると「じゃあ後はよろしくね」と言って部屋を出た。此処は兄に任せて大丈夫だと思ったようだ。
「さぁイリス、兄様が本を読んでやるよ。これは俺が一番好きな本なんだ。」
兄が持っていたのは『光の勇者さま』というものだった。
【あるところに、世界を危険にさらす邪悪な魔王がおりました。魔王は多くの魔物を従え、凄まじい力で数々の国を滅ぼし、多くの人を殺しました。人々はその魔王を恐れ、なんとか討ち倒そうとこれまで何人もの勇気ある者が立ち上がりましたが、誰も魔王を倒すことはできませんでした。魔王に怯えて暮らす日々が続いていました。
しかしついにある勇者が魔王の心臓を貫く時が訪れました。太陽のように輝く金髪をした彼こそ、“光の勇者”さまです。
「勇者様万歳!」
「勇者様万歳!」
人々は再び安心して暮らせる日々が訪れたことに泣いて喜びました。こうして世界は平和を取り戻しましたとさ。】
「はい、おしまい。勇者様、かっこいいだろう?」
兄はそう言って私に笑いかけたが、私は我慢できずに泣いた。「えっ、ど、どうしたんだ?!魔王が怖かったのかな…?」と兄は私を泣き止ませようとあやしたり変顔をしたりしてくれたが、一度溢れた涙は止まらない。
ああ、良かった、良かったねアレク。
人々から賞賛され愛される“光の勇者”はアレクシスのことで間違いないだろう。あの時死んだ私が、残した仲間がその後どんな人生を歩むのか気がかりじゃなかったわけがない。特にアレクシスとは幼い頃からずっと一緒に居たし、私が居なくなってからどうなってしまうのか心配だった。ディーンは過去との折り合いをつけられたのか、ユリエルは真に愛する男と添い遂げられたのか…気になることはたくさんあった。
けれどこんな風に絵本にもされるほど偉大な勇者一行として皆が人々から賞賛されているのならこんなに嬉しいことはない。




