11. side:ルーク
名門の総合アカデミーアステルの入学初日、早速大きな受難が待ち受けていた。
俺はルーク・アヴリル・シメリアン。闇属性の魔法使いの名門シメリアン公爵家の一人息子で、今年アステルに推薦入学した。そんな俺の隣には、寝不足だとか抜かしてその無駄に美しい顔面に立派なクマをこしらえている変な女、イリスが立っていてドウェイン教授のクラス分けに関する説明を聞いている。
周りの奴らは説明を聞いた直後は怒り、そして教授から説教をされた今は黙って絶望するか焦るかそれでも尚不満を露わにするかしている者がほとんど全員だったが、イリスはドウェイン教授の説明の最初から最後まで顔色一つ変えなかった。二つの抜き打ちテストの存在を知らされても少しも動揺を見せず、相変わらず何を考えているか分からない顔をしている。
「(…これが“強者の余裕”ってやつか?)」
イリスは初めて出会った時から魔法使いとして間違いなく天才なのに、兄貴の後ろにばかり隠れる変な女で、それでいて“雰囲気のある”奴だった。
シメリアンは歴史が浅い家門で、他の三大公爵家のエイプリルやラファーガが百何十代という深い歴史を誇る一方、初代公爵は俺の曾祖母であり俺の父はまだ三代目公爵だ。しかもその曾祖母は元々天涯孤独の平民だったらしくそもそもの親類が少ないので、兄弟もいない俺は何があっても必ずシメリアンの跡取りとなってその座に相応しい闇属性の魔法使いにならなければならない。
だから幼い頃は必死だった。現公爵である父や専属の魔法講師から教わったことを朝から晩まで練習してみたり、魔導書を読み漁ってそれを元に自己訓練をしてみたり。
母は俺にもっと年相応に遊んだりして欲しかったみたいだが、その頃俺は同年代の友達が欲しいとか遊びたいとかは欠片も思わなかった。だって友達ができたところで強くなんてなれないし、俺が得することが何もないから。
『いやはや、まさにルーク様は“初代公爵返り”ですな!』
『こんなに闇属性の魔法の扱いに長けているなんて、シメリアンの未来は明るいですわね!』
周りは俺の努力の結果を認めた。天才だ神童だと言われたこともあったが、俺は決して自分がそうでないことを知っている。
イリス、彼奴のような人間を真に天才だと言うのだ。火炎属性を持ちながら、無属性が扱えるレベルのものではあるが氷属性の魔法も扱えることや膨大な魔力量もそうだが、イリスの才能はそんな表面的な物には留まらない。これは七歳の時に実際に手合わせをしてみて感じたことであり上手く説明することはできないから、これは俺の魔法使いとしての勘だけど。
まぁとにかく彼女は間違いなく天才で、ゆくゆくは大魔法使いにもなり得る逸材だ。だから今目の前でこんなことが起こっていても、俺は少しも驚かない。あぁ此奴ここまでやるかとまぁ納得した。
「え、あの、ごめんなさい。これ割れちゃったんですけど…。」
周りの生徒たちは皆目をがんびらいて壇上を見つめ、あのアストルの鬼教授までもがバカみたいに口を開けてパクパクしている。
それはそうだ、魔力測定の水晶が粉々に砕け割れることなんて前代未聞なのだから。
水晶に魔力を持った人間が手を触れると光を放つ。魔力が強ければ強いほど水晶は強く発光し、その光の強さによって魔力量を測定する。ちなみに無属性の魔力なら無色で、色が変化したら属性持ちというのが分かるし、変化した色によっては黄色なら神聖力、灰色なら剣気を持っていることが判別できる。便宜上この行事は“魔力測定”と言われ、水晶は“魔力測定の水晶”と呼ばれてはいるが神聖力や剣気などあらゆるもの判別ができる貴重なものというわけで、それはそうそう簡単に壊れるものではない。
「すっ…すげぇ…、水晶が粉々だ。」
「これが天才イリス・ルーン・エイプリル…」
「え、どういうこと?割れるほど魔力が強かったってこと?」
「見ました?!あの炎のように赤く輝く光ときたら…!」
「こんなこと魔法史上でも初じゃないか?!」
「…っ静かに!ひとまず水晶は他の物を用意するから、お前たちはそこで待っているように!」
それまで驚きのあまり口をきけなかったドウェイン教授がそう指示をすると、ようやく講堂は静かになった。壇上から下りてきたイリスは珍しく困ったような顔つきで「魔力測定の水晶弁償かな…」と呟いた。
「弁償だろうな、前例ないから分からないけど。」
「水晶っていくらくらいするの?私のお小遣いで足りるかな。」
「まぁ…ざっとこのくらいはするだろ。」
「うえっ」
相変わらず当の本人は自分がどれだけのことをしたのか自覚がないのか興味がないのか、弁償のことばかりを気にしている。やっぱり此奴は周りと少しズレたところがある。
やがてドウェイン教授が戻ってくると、その手には新たな魔力測定の水晶が握られていた。
「次の者からはこの予備の水晶で測定を行う。それからイリス・ルーン・エイプリル、お前は後で教授室に来い。弁償はしてもらうからな。」
ドウェイン教授にそう言われるとイリスは項垂れた。公爵家からすれば痛くも痒くもない出費なはずだが、此奴は何故か昔から金銭感覚が貴族のそれとは異なり変に平民臭いところがあるのだ。
イリスのように水晶を粉々にした奴はさすがにいなかったが、今回の魔力測定では他にも才能の塊のような人間が何人かいた。
「お疲れ。今更だけどルークってすごかったんだね。」
「何だそれ。てかさすがにお前とか彼奴とかには敵わないけどな。」
今はちょうど入試首席のリーヴァイが水晶に触れたところだった。濃い青の眩い光がその場を包み込んでいる。あまりの眩しさに俺は目を閉じたが、光が止むと今度はまた周りからどよめきが起こる。
「!!まさかまた割れ…ってはないな、じゃあ次。」
「ちょ、今度はヒビだって!」
「やっば…」
どうやら水晶にヒビが入ったらしい。一瞬顔を青くしたドウェイン教授は「にしても今年の一年はどうなってるんだ…」とボヤいた。
それも無理はない、魔力測定の水晶を粉々にした前代未聞の奴が一名、ヒビを入れた奴が一名、そして他の学年であれば間違いなくトップクラスであろう水晶の反応を示した奴が俺を含め四名もいるのだから。
「全く生まれる年代間違えたなこれは…。」
「?何で?」
「お前とかリーヴァイとかがゴロゴロいるからだよ!他の学年だったら間違いなくトップ狙えるのに今年はライバルだらけじゃねぇか…。」
「リーヴァイって今の人でしょ?後は誰とか?皇太子?」
「そうだよ。其奴とか平民の女とか、後はあの光属性の奴とか。」
ロチェスター帝国の皇太子フェリックスは、代々優れた剣気を持つことで有名なロチェスター皇族なだけあって鋭い灰色の光をしていた。さすがというかなんというか、強く光るシルバーはまるで刀身のようだ。
そして次席の他国の平民であるシエラは眩い金色の光だ。あまりに輝くので何処か神々しさを感じた。神聖力についてはよく分からないが、近くにいた神学科の奴が「司教様と同等レベルじゃないか?!」などと言っていたので並大抵ではないだろう。
最後に光属性を持っているらしいブランシュ・ラナ・グロリアスだ。新入生代表の五人以外で目に止まったのは彼女だけで、並の神聖力よりも余程神がかっているのではないかと思うほど神々しい黄色の光を放っていた。彼女とは一瞬目が合ったような気がしたが気のせいだろう。
「そんなにすごい人たちが同学年なら逆に得なんじゃない?お兄様なんて同級生で張り合いがある奴が居ないって前愚痴ってたもの。それよりマシよ。」
「セザール兄上は史上初の魔法戦士になる天才なんだぞ。兄上と張り合える奴なんてそうそういてたまるか。」
イリスの兄、セザールはこの魔力測定の時赤い光と灰色の光…つまりは火炎属性の魔力と剣気のどちらの特徴も示すものだからそれはそれは騒がれたらしい。
俺は七歳のあの日からエイプリル公爵邸によく訪れるようになったので、その過程でセザール兄上と呼ぶくらいには仲良くなった。
彼はシスコンすぎるのが玉に瑕だが性格が良く、俺のこともまるで弟のように可愛がってくれた。俺はセザール兄上と違って剣気は扱えないが、ある程度近接戦闘もできるようになりたいと思っていたので何度か剣の稽古をつけてもらったこともある。
「魔法科のみの試験で厄介になるのは三人、全学科総合だと五人か…、中々厳しいな。」
「まぁまぁ、大丈夫よ。」
「何が大丈夫なんだよ。俺レベルだと得意分野でようやくトップ争い、苦手分野ならこの面子だと当然平均点も上がるから成績も危ない。俺はシメリアンの唯一の跡取りなんだ、結果を残せなかったら…、」
「だから大丈夫だって。私が保証するわ、ルークなら大丈夫。だってちゃんと強いもの。」
「っ」
何を根拠にそんなことを、と言おうとして開きかけた口を閉じた。イリスが大丈夫だと言うと本当にそうなのではないかと信じてしまう。まるでルビーのように赤く美しい瞳がそう思わせるのだ。
だからその時は代わりに「はぁ、良いよなぁ天才様はお気楽でさ。」と適当に返しておいたのだが。
「なぁにがお気楽でだ!!お前っ、エイプリル公爵家の代表としてこんな点数取って恥ずかしくないのかよ?!」
「私はエイプリルの代表なんかじゃないわ、お兄様が次期公爵だし。」
「それとこれとは話が別だ!この学年ではお前しかいないんだぞ、お前の評価がそのままエイプリルの評価に繋がるんだよ!」
分かってるって、こういう口煩いところ私のお祖母様そっくり、と欠片も反省していなさそうな様子でイリスがそう唇を尖らせる。
イリスは実践テストでは相変わらず天才的な才能を発揮し素晴らしい成績を残したが、後日返却された基礎知識テストの点数はかなり…いやとても酷かった。
「まさかお前が学年で百二十人中九十九位だなんて…、いや確かに昔からバカだとは思っていたが…。」
受けたのは必修科目である言語学と数学と世界歴史学だ。言語学と数学は平均的な点数だが、イリスの場合は世界歴史学が壊滅的だった。
「世界歴史学は一番平均点が高くなる科目だぞ、ただでさえ皆の得点源なのにほとんど取れてないじゃないか。エイプリルでは世界歴史学の家庭教師はつかないのか?」
「つくわよ。だけどあまりにも実際と違い過ぎてこんがらがるんだもの…。」
「はぁ?」
「まぁいいじゃない、ルークと同じAクラスにはなれたんだし。それに強い魔法使いになるのに座学なんて関係ないわよ。」
「これくらいは常識の範囲内だろ。」
「はいはいこれからはちゃんと勉強するって、基礎知識テスト首位のルーク様。」
こんな調子だから、魔力測定と実践テストの時点でイリスは学年で総合首位確定かと思われたがそうもいかなかったわけだ。
「彼奴等に負けて悔しくないのか?」
「え?何で?別に仇でも何でもないのに悔しくないよ。」
何言ってんだ此奴みたいな目で見られた。
ちなみに総合首位はリーヴァイ、二位はフェリックス、三位にイリスだ。フェリックスは三つのテストのうち基礎知識テストが他二つと比べて見劣りするがそれだってちゃんと上位だし、リーヴァイに至ってはどの試験でも二位という超人のような結果だったので総合一位となった。
ちらりとその二人に目線をやるとどちらも此方を見ていた。尤も、俺とは目が合わないし十中八九俺の隣のイリスを見ているのだろうが。
「ライバル視とかしないのか?」
「別に。ライバルってよく分からないわ、味方なのに敵みたいな態度とるなんて。」
「向こうはそうも思ってなさそうだけどな。あの二人さっきイリスのこと見てたし。」
「見てたってだけでしょ。ただの好奇心よ。」
俺との会話は片手間に、イリスはキョロキョロ辺りを見回している。不審に思ったので聞いてみると、人を探していると言った。
「シエラよ、ほら、あの神学科の子。」
「知ってる、次席入学の平民だろ。けど何だって急に其奴に興味を持ったんだよ。」
「それは秘密。」
イリスはやっぱり変な女だ。今後自分の壁となり得るような他国の大公家の息子と自国の皇太子には目もくれずに、他国の平民に興味を示すような奴。
けどそんな奴だから見ていて飽きないんだよな。




