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08 成長しないラネと長兄の旅立ち

 冬。エラン村は山なので薄っすら雪は積もるが、大雪に見舞われることはない。

 だから、冬でも外に少しは出る。しかし、獣や魔物が冬籠りするので、長兄の仕事はたまにウサギを狩りに出かけるくらいどほとんど休業状態だ。

 そういうわけで、剣の稽古の時間が自然と増えていた。


 一緒に剣を振り始めてから季節が二つを跨いだが。長兄も俺も共に剣が上達してきたと思う。

 長兄は狩人として優秀なだけあって運動神経も反射神経も優れている気がする。

 とてもじゃないが子供の俺にはついていけるレベルではない。だからドーピングして相手している。

 数日ごとにあの霊薬の素を飲んでいるのだ。


 おかげで本気を出せば互角以上にやれてしまうが、そこまではやらない。自信を喪失されても困るので、追いつかれまいとする長兄を適度に追い込むように加減している。

 長兄は来年の初夏、あの行商人にくっついてここを出ていくつもりらしい。

 だから残り半年で技術的には剣道初段くらいには仕上げる態で俺は長兄の矜持をくすぐりつつ彼を追い込む。

 

 そうやって冬を越した。

 


・・・・・ 

 ラネ12歳。

 まだ寒さが残っている春の日。冬はほとんど外に出てこなかったアビーと久々に会った。

 アビーは以前見た時より大きくなっていた。

 目線を合わせた時、少し下に見る感じだったのに、今、お互いの目線が合うのは水平だった。

 背丈が並ばれたのだ。ひょっとしたらひょっとすると抜かされたかもしれない。


(こいつこんなに大きかったっけ?)


 驚きを隠して喋ろうとしていたせいでぎこちなかったのか、アビーはきょとんとした顔を向けていた。

 


 何気なく、本当に何気なく、夕食の時に家族にそのことを話題にした。

「久々にアビーに会ったんだけど、あいつさ、オレより背が伸びてたの。」


「あー、ラネ、全然伸びてないもんな。」

「いや、ちっこくなってるよな。」

 さすが次男坊、三男坊は俺には容赦ない。

「そうだな、でも後から急に伸びる奴もいるし。」

 長兄は二人の兄に比べ配慮に富んでいる。

「あたしと父ちゃんはちゃんと食べさせてるよ。」

「そんだな。」


 家族の目から見ても伸びてないらしい。誰も気のせいだろと言ってくれない。


「あっ!」


 食事中に思わず大声を上げてしまった。


 家族がびっくりした顔する。三男坊は驚いて汁をお椀からこぼしてしまったようだ。

「何だよ、いきなり。」

 家族も俺の大声を責めるような視線。

「ご、ごめん。」


 心当たりがある。

 いや、わかってしまったのだ、身長が間違いなく伸びてないことと、その理由が。

 その心当たりに俺は血の気が引いた思いだった。



 “不死の霊薬の素”。これがその元凶。

 不老不死に近い現象を身体に起こす奇跡の薬。なんでも病気や怪我を治しちゃう万能薬にして、身体能力も高めるドーピング剤。

 必要コスト、推定無料&魔力たくさん。


 きっとこれが成長と老化を止めるのだ。だって、イメージは不死の霊薬の素でしょ。間違いないわ。

 少し考えればその弊害に気付けるはずだった。

 俺は頭悪いんだろうか?

 こんなにあれこれ気を回していろいろ考えているのに肝心な部分が抜けている気がする。


 まあいい。

 それでいつ頃から成長が止まっているんだろう?

 あの右手首を痛めた際に飲んだ時からなのか、それとも剣の練習を始めてから飲み続けているからここ半年なのか。

 初めに飲んだのは一年半くらい前だっけ。

 最悪、一年半も成長ゼロミリメートルかもしれない。

 

 村の外に出てから一人で生きていく場合、子供の姿はとても不利なのだ。侮られるし、騙される。まず対等に交渉なんてできない。人攫いにだって目を付けられ狙われる。

 相当治安が良い善良な社会ではない限り、トラブルが次々襲ってくる。エラン村は平和だけど、イカつい護衛の男たちを見る限り村の外は違うと思う。


 だからこのまま成長しないのは非常に拙いと思う。

 かと言って不老のままでエラン村に留まるのは尚悪い。ギフトの存在を疑われ、何をされるかわかったものではない。

 ある人間が不老不死なら、そいつの肉を食って自分も不老不死になれるか試す。そんなバカなことを考える輩がきっと出てくるだろう。

 


 今日からあの薬は絶つしかない。夢のような薬だけど飲んじゃ駄目だ。

おそらく薬の効果が永遠じゃないはずなのだ。体感的に少しずつ痛みにも弱くなるし、日ごとに体力も普通に戻っていく感じだからこれまで飲んだあの薬が体内から抜けば、元に戻ると思う。


(きっと大丈夫。)

 

(そうさ、大丈夫。)


 俺は自分に言い聞かせて、現在の身長を正確に測っておくことにした。


 家の柱に自分の背中をピタリと合わせて、父に自分の身長を刻んでもらう。


(これでよし!)



 薬を絶ってから20日ほどで剣の稽古で長兄に敵わなくなった。それにすぐに息が上がってしまう。身体能力だけなくスタミナも極端に落ちている。

 そして32日目の今日、長兄に手も足も出なくなった。


 長兄は素早い剣捌きでこちらの木剣を巻き上げて、簡単に間合いを詰めてきた。そのままだとやられるので、こっちも長兄が剣を振れない距離まで一気に詰めようとするが、それより早く俺の首に木剣を当てる。

 こちらが間合いを詰めようと突っ込んでしまっているので寸止めの木剣が俺の鎖骨に強く当たってしまった。

 痛かった。真剣なら致命傷になりかねない。

「すまん。」

 長兄がすぐに木剣を離して謝ってくる。

「負け負け。兄ちゃんにもう全く敵わないや。」

「そうかなぁ?」

「そうだよ。今の兄ちゃんはすごく強いよ。」

 こちらが手を抜いているわけではないので、日を追うごとに弱くなっただけだってことを勘付くことはないだろう。日に日に強くなったと錯覚しているはずだ。

 今日はこの後も寸止めで打ち合いをしたが、全く歯が立たなかった。

 そりゃ、高校3年と小学校6年だもの。


 半年という短期間の割に剣術の基本は身に付いてきたと思う。長兄も俺も。

 長兄にとっては偶々俺が薬を絶つタイミングに重なって上達を意識させられることになったけど、上達したことに嘘はない。冬から追い込んで稽古していたんだからね。

 自信を持てばいいのだ。

 

 すっきりとした表情の長兄を見て、自然と笑みがこぼれる。

 俺も自信を得た。

 剣術ではなく、あの霊薬の素の使い加減について。

 やはりあの霊薬の素は効果が徐々に弱くなる。弱くなって、今は普通に戻ったのだと思い、嬉しくて笑ってしまった。

 気付くと、長兄は不思議そうにこっちを見ていた。

 


・・・・・

 季節は遷り、行商人たちがまた初夏にやってきた。

 今回は行商人見習いの若い少年も同行してきた。跡取りだろうか?彼は15歳くらいに見える。

 行商人から紹介があった。少年は彼の甥という話だった。

 紹介された後、この少年は村の少年に近づいてお互いの面通しだ。ここは田舎で何もない。一方でカルタポルトは良い町だと自慢ばかり。正直、第一印象で嫌な奴だと思った。

 まあ、調子を合わせて少し煽てながら聞いていると、他のいろんな町や村の情報をくれる。

 単に自慢したがりなんだろうか。初め俺はそう思っていた。

 しかし、質問するときちんと答えてくれる。山村を見下しているが、性根が悪いというわけではないらしい。

 どうも彼は外の世界の素晴らしさを俺たちに教えてくれているらしい。

 おしゃべりな奴め。

 確かに山村は情報源として行商人を大事にしてるし当てにしている。でも反感を買っちゃ駄目さ。

 こいつ、今後、商人としてやっていけるだろうか。



 行商人の村での買い付けも終わった。

 いつも通り村で売った小麦の輸送は村人が行うが、我が長兄はその護衛として同行することが決まった。

 ついに村を出て行くことが確定したのだ。

 


 その日はすぐにやってきた。

 村の入り口まで家族で見送りにいく。

 一人ずつお別れをしていく長兄。


 母は金を稼いだら宝石に変えなさいとアドバイスしている。貨幣は嵩張るから旅人は宝石や装飾品に変えておくらしい。

 前世の記憶では、国によって通貨が違うから越境する人々は動産を貨幣ではなく宝石や首飾りとかに変えていたんだっけ?

 ここエラン村は国境の村だ。ここから隣国への続く道は通っていないけど、そういう知恵は昔から伝わっているのかもしれない。

 

 父は嫁さんを早く見つけろよとだけ。

 町には綺麗な女がたくさんいるかもしれないが騙されないように。妻にするなら母のような働き者の女がいいと。

 これは時々父が俺たち兄弟に話して聞かせた口癖のようなものだ。もう数十回は聞いている。

 長兄も苦笑いしている。長兄もまたこの話かと思っているんだろう。


 次男坊は後のことは任せると言われているようだ。長兄は狩った獲物の毛皮や皮のなめしの仕事を次男坊に回していたから、これからが大変だと思う。

 長兄の革袋とベルトは次男坊のお手製で出ていくことが決まってから長兄に贈られたものだ。すでに腕は良さそうに思うが、皮革を扱う村人は別に4人いるから、厳しいとは思う。


 三男坊はお互いにエールを贈り合っている。三男は村を出る長兄のことを羨ましいと言っているな。スキルの都合で一応跡取りだから出たいと思っても我慢しているのだろう。

 母みたいな農婦の嫁さんを貰って次男が継いでもいいと思うんだけど、町に出ても農夫のスキルで生きていくのは厳しいと思っているだろうなぁ。

 スキルは自信をくれるけど、スキルが無い分野は自信が湧いてこないんだよね。


 最後は末っ子の俺。俺は兄弟の中でも一番長兄の世話になったと思う。簡単な算術のやり方と剣術の基礎を教えたつもりだが、他に何か物を贈りたいと思っていた。

 少し前からずっと悩んでいた。贈り物をするなら金粉にしようか、薬にしようか、食品にしようか。

 俺は物を人に贈ろうと思った時、ギフトくらいしか頼るものがないからね。他にもやりようがあったかもしれないけどギフトで出せる範囲しか思いつかなかった。


 まず金粉。

 金粉だと渡したときに長兄から出所が問われるし、町で無事に換金できるかも懸念される。長兄が金粉を換金したせいで変な奴に狙われたら申し訳ない。だから金粉は候補脱落。

 金粉は俺が長兄に一番贈りたかったものだった。金粉なら町で剣を買う資金の足しにできるからだ。しかし、よくよく考えてリスクを無視できなかった。


 次に薬。

 薬は渡すか飲ませるかしかない。子供に薬を貰っても身近な薬草じゃない限りは絶対に使わないよね。俺には薬草の専門家スキルもないし。

 じゃあ飲ませるとしたら例の霊薬の素になるけど、いきなり強くなって調子に乗って、薬の効果が薄れていったら危険になるだろうと考えた。したがって薬も候補脱落。

 

 そのようなわけで食品に決定した。



 俺は長兄に手で持っている飴色の塊が刺さった二本の小さな串を見せて、

「これね、樹液を煮詰めて作った甘いヤツ。舐めてみて。」

 そう言って、串の片方をペロペロ舐めてから長兄にもう片方を渡す。

「おっ、甘っ!」

 俺の真似をして舐めた長兄の反応は予想通り。


 これはべっ甲飴。少量の水に砂糖を熱しながらドロドロに溶かして、やや橙色になるまで色付くまでそのまま弱火で熱したものを冷やして固めたもの。

 火加減さえ間違わなければ簡単に作れる飴で、濃厚でやや香ばしい砂糖の味がする。

 コンロを使ってないので作るのは火加減が難しかった。鍋底を焦がしてからは火を極力小さくするように努力した。


 どうやら長兄はこの味が気に入ったようでペロペロ舐めている。

「蜂蜜に似てるな。」

 長兄は蜂蜜を知っているらしい。あれれ?我が家で食べたこと無いんだけど。

 それにこの村はいろんな仕事があるけど養蜂って聞いたこと無い。

 彼は狩人だから、仲間と共に蜜蜂の巣から蜜を採った経験があって知っているのかもしれない。

しかし羨ましい。

 あの濃厚な甘さの蜂蜜そのものはギフトの能力でも出せないんだよな。高価だし渡す先が村長とかなんだろうな。あいつらは上級村民だもん。


 長兄がべっ甲飴を気に入ってくれたので、問題なく追加のべっ甲飴を渡すことができる。

「これと同じものを入れておいたの。濡れないうちに舐めて。」

 そう言って、俺は数個のべっ甲飴を草で包んだものを渡す。こちらのべっ甲飴には米粉を塗してあって、湿気でくっつきにくくしてある。

「ありがとな。」

 嬉しそうな長兄の顔に俺は満足した。

 飴があれば町までの道中で少しは楽しめるだろう。同行する村の先輩たちに集られるかもしれないが。

 

「元気でな。」

 最後、長兄に頭を撫でられて急に俺の涙腺ダムが決壊した。

 謎な青年の記憶があっても身体と感情は一番幼い。勝手に涙が出てきて止められない。今日はどうも涙腺を閉めるパッキンが緩いようだ。


 長兄は出発した。一度振り返って俺たちに手を振って、二度と顔をこちらに向けなかった。


 涙腺と鼻腔は繋がっている。

 俺は鼻水も出てきたので、グスっと鼻を啜った。

 すると涙も一緒に口に入ってくる。

 べっ甲飴を舐めているのに、口の中は少ししょっぱかった。



 大好きな長兄は去った。

 この村に次にいつ帰ってくるかわからない。

 もしかして二度と帰って来ず、これで永遠の別れかもしれない。



 次の日から自分一人の稽古になった。

一人の稽古は寂しい。初めは一人でやるつもりだったのに、あの時の覚悟はどこに行ってしまったのか。

 あらためてこれからは孤独な修練になるだろう。長兄に教えてもらった弓も練習する。


 俺だってあと6年もすれば出て行く。金粉が生成できるからいざという時に金銭を用立てられるだろうし、兄と違ってもっと早いかもしれない。だから剣も弓も磨かないといけない。

 外見が子供と思われているうちは厳しいから、もちろん成長が戻ることが前提だ。チビのままはさすがに拙いのだ。

 懸念はあっても、剣と弓をサボる理由にはならない。チビでも剣と弓は役立つ。

さあ頑張るぞ!

 



・・・・・

 秋。畑に播き終えた秋まき小麦が芽を出した少し後。

 父と一緒にドングリなどの木の実を採集しに森に入って、にわか雨に合い、夜にくしゃみが出て寒気を感じるようになった。

 そう、これはきっと風邪を引いたのだ。


 ここは山村なので天候は変わりやすい。にわか雨に遭ってずぶ濡れになることなんてしょっちゅうだ。しかし、風邪を引くことはここ数年なかった。

 随分と霊薬の素の効果に助けられていたんだと気づかされる。

 風邪の引きやすさだけじゃない。ここ半年は激しく動きまわった後なら筋肉痛になるし、しょっちゅう怪我をするようになっている。


 朝、おでこに手を当てると熱が出ている気もする。寒さも悪寒に近いものになってきて、ぶるっとする。

「寒いし、風邪ひいたみたいだ。」

 家族に風邪を引いたことを伝える。

「あー、雨で濡れて冷えただな。」

 母が父を見て、父はそれに答えるように言う。

「今日は家で休んどき。」

 母の一声で今日の仕事は病欠扱いにしてもらった。


 我がギフト製薬が出している風邪の対処薬・葛根湯を試す時が来たと思う。

 前世の記憶が確かなら、風邪は引き始めこそ葛根湯だ。


 飲み水用にお湯を沸かしてもらった後、葛根湯を右手に出して周囲を見る。誰も見てないことを確認してからそれを口に入れてまだ冷めきってない湯と共に飲み込む。

 葛根湯はあまり苦くはないので子供の俺でも飲みやすい薬。

 あと2回適当な間隔を開けて葛根湯を飲むことにして安静に過ごした。


 次の日。

 一日3回飲んだおかげか、さほど悪化せずに風邪は去りつつある。

 劇的に変化が起きる霊薬の素や鎮痛剤と違って確実に効いたのかは確信がない。そう言えば、昨朝の1回目で悪寒を感じなくなったので多分効いたのだろう。

 そう思うことにする。

 だってギフト製薬の社長は俺なのだから。自社製品を信じないでどうするよ?

 あと二、三日は飲み続けようと思う。風邪はきちんと治さないとぶり返しが怖いのだ。


 

 身体は少し重いが、気分は軽くなっていた。

 長兄に剣で圧倒された時も感じたけど、身体がめっきり弱くなっているのに嬉しいのだ。

 普通の身体に戻れたことで安心を感じてしまうのだろうね。

 

 あと残る不安は背丈の成長だけだ。背が伸びていることを確かめられれば最後の不安は払拭される。


 あの薬を絶ってから半年以上も経った。この世界は前世と同じように360日くらいで四季が一巡する。季節ごとに判断しているようだが、エラン村に月や曜日という概念はない。

 春夏と過ぎ去ったし、木々の様子を見れば晩秋に近づきつつある。だからあれからきっちり数えているわけではないが200日くらい経たと思う。

 したがって、薬効が切れるまでのタイムラグを考慮しても普通の子供の身体に戻っているのであれば、当然数センチくらいは伸びているはずなのだ。


 ついに身長を確かめる時が来たと思う。


 それにしても

(不便だ。)


 この世界、身長さえ一人で正確に測れない。手動の身長測定器も無いのだ。

 頭の上の高さを自分の指で確かめて壁に押し当てる方法でやると誤差が大きすぎるのは前世の記憶で知っている。

 だから、春先に身長を刻んだ柱で、父がやってくれたように今の俺の身長を誰かにきちんと測ってもらいたい。


 風邪気味の俺を心配して、頻繁に覗きに来る母に頼んで、背を測ってもらうことにした。


「あんた、まだそんなこと気にしてたの?」

 忙しそうにしている母は、面倒くさそうに言う。


 あー、これは軽い拒絶だ。


「でも、伸びてなかったみたいだし。」

 “不死の霊薬の素”をこっそり飲んでいたので成長しなかったんです。今もどうしようもなく不安なんです。助けると思って協力してください。

 なんて言えないし、言ったところで熱で頭がおかしくなったとしか思われないだろう。


「子供が伸びないわけないだろ、兄ちゃんたちを見なよ。」

 うーん、根本的にそこは理解し合えないと思うんだ。当方の諸事情によって説明できないけども。


「おねがい。母ちゃん、一生のお願い。」

「あたしの一生のお願いはラネがバカなこと言わなくなることだけどね。」

 反論できません。すみません。

 それでも必死に拝み倒して、何とは重い腰を上げてもらった。


 柱に背中をピタリとつけて背を伸ばして頭の頂点の位置を測ってナイフで刻んでもらった。

 身体を反転させて新しい柱の傷を確認する。

 嬉しかった。ちゃんと伸びている。5cmくらいか。

 ホッとして身体からぐったりと力が抜けるような気がした。


「伸びてる!母ちゃん見て、伸びてる。」

 この嬉しさをわかって欲しいとばかり俺は叫ぶ。


「しっかり食わせてんだから当たり前だよ、何言ってんの。」

 声を弾ませるくらい喜んでいるのに、却って母を怒らせてしまった。

「うん。でも、母ちゃんさ、たまにオレの飯抜くよ?」

「あんたが悪い事するからでしょが。」

 藪蛇だった。


 母はしっかり食わせているから心配するなというスタンスで一貫していて、背が伸びてないと俺が心配し主張するのは自分が責められていると感じていたのかもしれない。

 この件は不安の根本を説明できないので分かり合えない。もう触れないでおこう。



 俺は12歳にして、人の社会は前世もここも嘘と隠し事と誤解で空回りしていることを経験するのだった。



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