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04 粉生成はチートなギフト

 あれから皆が起き出すまで、砂糖を少し手の内に生成して舐めたり、食塩を出して舐めたりを繰り返す。

 小麦粉も出してみた。このヘンテコなギフトは塩でも砂糖でも、出せると思い至ったものは出せるらしい。小麦粉は舐めてみたが、そのままでは全然美味しくなかった。

 前世の記憶も調理していない小麦粉の味を知らなかった。


 そうこうしていると、父と母が起き始めた。

 砂糖を舐めたり塩を舐めたり、腹は膨れなかったが楽しい時間だった。


 

「おはようラネ、昨日はすまんかったな。違うキノコが混じっとったかもしれん。」

 父が起きてきて、ガサゴソと動いている俺に話しかける。

「母ちゃんにどえらい剣幕で怒られたわ。」

「皆は何ともないん?」

「ああ、お前もこれまで何回も食っとるから、あのキノコで毒になるってことも無いと思うだが。」

 話を聞く限り、一つの鍋で煮たキノコ汁なのでラネ一人だけ毒に当たるのも変だと思うのだが、今まで食べていたのなら体質の違いでもないのだろうかとも考える。

「まあ、残ってるキノコはやめとき。もし何かあったら母ちゃんに殺されてまうわ。」

 父は叱られてしょ気た犬のような目でそんなことを言う。

 どうやらキノコの残りを食卓に出すけれど、俺には食うなということらしい。

「じゃあ、オレは何食べれるん。」と聞くと、父はナンのようなパンを指した。朝食は俺だけこれだけらしい。

「それっぽっちじゃ力でない。昨日の夕食を全部吐いちゃったし。」

 何せ昨日の今日だ。腹が減っているから何か欲しいと要求すると、父は黙って干し肉を少し削いで渡してくれる。

「はよ、裏行ってこい。」

 兄たちにバレないようにこっそり食べろということらしい。

 兄を起こさないようにして父から干し肉を受け取り、急ぎ足で家の裏手に回った。


 立ったまま一口齧る。干し肉は燻したもので少し塩の味がする。

 ラネの基準では十分に美味しいはずなのだが何か物足りないと考えてしまう。

 その時、コショウの粉末を手から出そうと思いつく。どうやら欲しいものが手から生成できる場合ははっきりと生成できるとわかるらしい。

 周囲を確認してから、少しコショウを手から作り出して干し肉にかけた。

 細かい粉末じゃなくて、粗挽きのコショウを出してみようかと考えたけど出せそうになかった。

 諦めて粉のコショウだけ干し肉と一緒に食べた。


(すごく旨かった。他にも美味しいものがいろいろ出せそう。)


 すぐに食べ終わってしまい、俺は肉とコショウが名残惜しくて指を舐めた。



 兄たちも起きてきて朝食を皆で食べた後、今日も掃除、洗濯と父について回る。

「ラネ、家で休んどくか?」

「なんで?」

「さっきからボーっとして、手が止まっとる。」

 どうやら粉を生み出すギフトの事が気になって上の空だったらしい。洗濯する手が止まっていた。

「うん。これ洗い終わったら、家の中で休んどく。」

 体調はこれっぽっちも悪くなかったが、俺は一人になりたかったので、父の提案を渡りに船とばかり受けることにした。ラネとして人生初の仮病である。

 

 前世の記憶の男にとって仮病はやりたくないことから逃げる処世術の一つである。どうやらラネとしての俺は突如生えてきた記憶の影響を受けつつあるようだ。


 残りの洗濯物をいつもの倍速で速やかに片付け、干し終わって家の中でゆっくりすることになった。


 家に入り、兄弟4人が寝台として使っている場所に腰を掛けた。

(さっき、肉に合う香辛料が欲しいと思ったんだっけ?そうしたらコショウが出せることがわかったんだよな。)

(小麦粉、砂糖、塩、コショウ。他に何が出せるか、試さないといけない。)


 粉以外にも出せるかを試してみた。

 水は出せなかった。パチンコ玉程度の岩塩もイメージしてみたが出せなかった。これらは出せる気がしなかった。

 

(液体は駄目で、個体も粉状の物以外は駄目ってことか?)

 

 水は無理でも氷の結晶や粉雪のようなものなら出せるのかもしれないと考えた途端、出せることが頭の中でわかった。

 手の平の上に粉雪を出してみる。体温のせいで一瞬で融けて水になってしまうが、雪のようなものが出てきた。

 

(ひょっとして砂糖と水で砂糖水を作って、かき氷を作れるんじゃ?)


 思い付きをすぐさま試す。

 お椀を持ってきて、手の平を下に向け、そこから粉雪をお椀に落としていく。作った傍から少しずつ雪が融けていくので、砂糖水を作らずに砂糖をそのままお椀の中の雪の上にかけて、横着したかき氷らしいものを完成させる。

 木の匙でかき氷を掬い上げて口に入れる。砂糖が少なかったのか甘さが乏しいが、かき氷で間違いない。

 こんな電気もガスもない村で氷菓を食べられるとか、感動してしまう。


 粉雪からヒントを得て、常温で個体じゃなくても出せるなら、ドライアイスも出せるかもしれないと思いついた。その瞬間にそれは出せることが分かった。

 試しにドライアイスの粉末をお椀に出してみる。粉と共にひんやりした煙がお椀から漂ってくる。


(これ、工夫次第でチートじゃない?)


(この便利なギフトの力は粉状なら何でも出せるのかも?)


 気付けばドライアイスは消えていた。


 ギフトで何が出せるかをちゃんと確認しないといけない。このギフトの価値を確かめねばいけないだろう。

 そう思うと興奮しているのが自分でもわかる。

 授かったスキルはアレなので、ギフトに人生を賭けたいし、ギフトが有用であればスキルがアレでも気にならないだろう。


 何を試しに出そうか。ものすごいものを出そう。

 逸る気持ちとは裏腹に、これが出せたらチートだと確認できそうなものを考えようとするが砂金くらいしか急には思いつかない。

 ここぞというときに己の発想が貧困であるのを自覚しながら砂金生成を試みる。

 

 砂金を出そうと前世の記憶の中の砂金を思い浮かべてここで出してみようと思うのだが、出せる気がしない。どうやら砂金は出せないらしい。でもなぜかわからないが納得がいかない。

 ちょっと粒子が大きいイメージだったかもしれないと粘ってみる。細かい金粉をイメージしてみると手からキラキラした粉が少しずつ出てくる。


(マジに、これはチートだわ。)


 サラサラとした金粉を見ていると思わずニヤけてしまう。

 一円玉くらいの大きさの硬貨を作れそうな分量まで金粉を出すと、まずいと気づく。これ隠さないとギフトがバレてしまう。

 

 金の卵を産む鶏なんて碌な末路を辿らない。


 親が俺のギフトを使って贅沢して、外部に俺のギフトが露見して、悪い連中に攫われて、閉じ込められて奴隷として生きることになるだろう。俺のギフトを狙う際に邪魔な家族は俺が攫われる前に殺されるかもしれない。

 

 妄想でしかないが、俺には容易に起こりうる結末に思える。杞憂とは思えない。

 さっきまでワクワクして興奮していたのに、みぞおちが急にソワソワしだす。


(記憶の中では青年でもあっさり拉致されて殺されたんだぞ。狙われたら子供に何ができる。)


 俺は世間知らずの9歳だけど、記憶のおかげなのかこう考えてしまう。


(このギフトの力は一生誰にも明かさない。)


 そう考えたら、とにかく手元の金粉を隠さないといけないと思い立つ。

 俺は急いで外に出て、お椀に貯まった少量の金粉を家の裏手にある一番大きな木の下の石の下に隠した。

 石をひっくり返されて金粉が見つかっても、白を切れば良いだけ。


 家の中に戻り、座って頭が冷めたらため息が出てきた。


 ギフトの価値は何を出せるのかだけではない。どれくらいの量を出せるのか、粉を出す時に何か対価として失っているのかを検証する必要もある。

 調子に乗って粉を出しまくっていたけど、実は対価は寿命でしたなんてことで早死にしたくない。

 仮にこれが魔法のようなものであっても、魔力や精神力などの対価無しで出せるわけもないだろう。


 怖い想像も含めて、頭の中にいろんな考えが浮かぶ。

 ギフトの恩恵は大きそうなので封印する気はないが、ギフトの扱いは極めて慎重にしないといけない。


 あれこれ確かめたいことがたくさんあるが、それには誰にも見られずに一人で検証できる時間が必要だ。

 しかし、俺の今の生活は意外と誰にも見られず一人になれる時間は少ない。


(まず、自分一人でいられる時間の確保が最優先だな。)



 スキルを虚偽申告することは早々にやらねばならないが気が進まないので後回し、今はギフトの使い勝手の把握が優先だ。


 考え過ぎたせいか、その晩に俺は熱を出した。


 父も母も昨日のキノコのせいだと思ってとても心配そうにしている。


(ごめん、違うんだ。)


 申し訳なさを感じるけれどもギフトのことであれこれ悩んで知恵熱出していますなんて説明できない。

 心苦しさもあるが無茶できない子供として扱われることがなぜか俺は少しだけ嬉しかった。



・・・・・


 時が過ぎ、夏が過ぎて涼しくなった頃、俺は両親に授かったスキルを報告した。

 数字を扱うやり方を教えたりする仕事に向いてそうだと話したのだ。


 村の中にはおそらく居ないであろう職能のスキル。イメージとしては算術の教師。

 もちろんこれは虚偽だけどね。


 実際に授かった本当のスキルはベビーシッター。とてもじゃないけど開示できない。いや、ただ単に言いたくないスキルなのだ。

 嘘の申告をするにしても、他の村人が持つようなありふれたスキルにして上手くできなくて疑われたり、馬鹿にされるのも癪に障る。

 父や母のスキルはどんな才能を伸ばしているのかわからないが、長兄の弓の腕前を見ればスキルが伸ばす技能はスキル無しには簡単に真似できないと思う。


 だから大げさにならないような珍しいスキルを一生懸命考えた。希少なスキルなら村人と被らないから比較されずに嘘がバレないという寸法だ。

 もちろん馬鹿にされにくい分野にしようと見栄を張ったさ。それについては自分でも劣等感の裏返しという自覚はある。


 今の俺は素因数分解だって、微分積分だって、二次関数だって、基礎的な確率論だって理解できる。

 そりゃ、前世の記憶を辿っても工学とか統計学とか詳しくないので、それらに役立つ数学の利用法を知らない。


 しかし、ここエラン村では四則演算のみの算術ができれば十分賢いと見なされるから誤魔化せると踏んだ。中学までの算数と数学の教育で生きていけそうなんだ。

 前世の人生は、この時のために九九を覚えたと言っても過言ではないだろう。

 日本の義務教育万歳だね。

 それに、これから習っていない算術を器用に使ってもスキルの恩恵だと言えば誤魔化せるというメリットもある。


 こういうスキルと知られておけば、一人でこっそり何か試していても変わり種のスキル持ちだから不自然ではないと見られるかもしれない。

 ギフトに関して何かしている現場が見つかっても誤魔化すにしてもスキルは方便としても使えると思ったのだ。


 スキルを両親に報告した翌日、父にいつも通り連れられたのだが、その先が村長のおっさんだったのにはビックリした。父と母は俺のことを村長に相談したみたいだ。

 そして父は村長を巻き込んでスキルについての話し合いをしに来たのだ。

 村長は目を丸めながら、聞いたことも無いスキルだと驚いていたが、俺が簡単な足し算と引き算と掛け算を口頭でできるかを試して納得したようだ。

 そして、前代未聞のこととしつつも、村では数少ない算術を扱える大人から読み書きや算術を学ぶ機会を与えられることになったのだ。


 そう言えば、俺は前世の文字は知っているがこの村で使っているような文字は読み書きできない。だが、父と母が読み書きできないということまでは知らなかった。

 周囲の大人たちがバタバタと自分の将来を考えて動き出すのを見て、スキルを算術の教師と偽るのは杜撰な計画だったようにも感じる。

 正直言って、こんなに大事になるとは思ってなかった。ちょろっと誤魔化しながら生きていくつもりだったのに。


 村長宅を辞し、父に手を引っ張られて家に帰宅する。

 畑の草毟りを終えて休憩している母に、父が俺のスキルへの扱いで村長から出された提案を報告していた。

 母は喜んでいる。

「さすが父ちゃんの息子だ。」

 父は自慢げに言うと、即座に母に睨まれたのかしょ気た犬の目をして言い換える。

「さすが母ちゃんと父ちゃんの息子だ。」


 嘘のスキルで喜んでいる両親の気持ちに気まずさを感じながら、見栄のための嘘が周囲を動かし、自分の手から離れて大きく広がっていくことを理解し、密かにため息が漏れるのだった。


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