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17 完璧な計画を立てたラネ

 謎のチート薬“金剛丹の素”で九死に一生を得た俺。襲ってきた4人を返り討ちにしたものの、一味の誰かを生け捕りにして情報を吐かせる目論見は失敗してしまった。


 盗賊共を殺した。命を奪いに来るなら返り討ちにするのは予定通りだったが、実行して罪悪感や動揺がない自分が妙に気持ち悪い。

 この気持ち悪さが何なのかわからないが、この場から早く離れたいと真っ先に思った俺は一瞬躊躇ったものの、林内の散らばった4つの死体から金銭と矢、そして折れた剣の代わりを剥ぎ取った。 


(これじゃ、どっちが盗賊かわかりやしない。)


 自分でもそう思うものの、命懸けで戦っていない俺以外の他者が死体から剥ぎ取るのはおかしいと思うし、奪うのが勝者である俺にとっては当然の行動という気もした。

 だから、手早く剥ぎ取ってこの場を去るのが最善だと俺は判断したのだ。

 正確に数えていないが、これで合計4ギルほどの硬貨を得た。

 4人でこれっぽっちしか持ってない。どうせ借金を背負わすために襲って荷物を壊すのは割のいい仕事じゃないんだろう。


 箱を背負ってから林道に戻り、予定通りに預けてある壺を受け取るためにカルタポルトへと向かうことにした。



 森を抜けたら日が落ちかかっていた。戦闘後に呆けていたのだろうか。森に入った時からかなりの時間が過ぎていたようだ。


 俺は往路と同じく空の箱を背負ってまま走り続けた。“金剛丹の素”の薬効のせいか、幾分足も速くなったようだ。現場から一刻も早く遠ざかりたかったためにペースが早くなるのは歓迎できた。

 日が落ちてからも月明りを頼りに走り続けてカルタポルトに町に戻った。

 真っ先に町外れの井戸に行き、身体に着いた血を洗い流す。裸になって服も水で洗い、軽く絞って着直してから、昨夜泊まった宿に転がり込んだ。


 まだ日が暮れて間がないため、一階の酒場には見覚えがある常連客が数名入っていた。

 俺が店に入った時に一斉に見られたが、彼らはびしょ濡れなのを気にもせずに俺に集まった視線はすぐに散った。

 

 宿賃を居酒屋の親父に前払いして、身体を洗うための桶とお湯を頼んで持ってきてもらう。俺はそのお湯を絞った布で身体を洗い、それが終わると服を桶の中で濯いで絞った。絞った服は窓際に干し、寝台に裸のまま横になった。



 翌朝。下の階が騒がしくなって俺は目を覚ました。どうやら昨夜は疲れていたせいか、いつの間にか眠っていたようだ。

 生乾きの服を着て階下に行き、朝食を頼んで腹に収めるがどうにも足りない。追加料金を払って3人前を食べてようやく腹が落ち着いた。

 

 腹を満たしてようやく頭が回るようになってきた俺は、昨日整理したかった事を考える。



 どうせあの盗賊4人は汚れ仕事をやらせるだけの手駒なのだろう。黒幕が領主かそれとつるむ有力者なのであれば、あんな奴らが死んだところで痛痒も感じないように思う。

 ならば初めの計画通りに壺を届けて、きっちりと報酬を受け取ることが黒幕へのささやかなダメージになるはずだ。


 ダメージ。

 そうだ。鏡の輸送を含めギルドに出された詐欺依頼を片っ端から達成していけば詐欺の黒幕には経済的打撃になるはず。

 その後に黒幕は商売の邪魔をする俺を消そうとするだろう。俺個人を依頼関係なく狙うなら、全て返り討ちにして森の肥料に変えてしまおう。

 そしてモンタニ領主の館に乗り込んでロープで縛って無理矢理自白剤を飲ませて吐かせてしまえばいい。


「くふっ。」


 悪党を罰する。そう考えただけでも楽しくなってくる。

 そうだ。それなら仮面が要るな。さすがに悪党の親玉だとしても領主を殺すのは大事になって拙そうだ。接触した相手を生かすなら顔バレは厳禁だ。


 仮面が必要か。商店を回って仮面を買いに行くことにしよう。

 

 よしこれで行こう。我ながら完璧な計画。

 

 自分の頭のキレの良さが怖くなるよ。

 たまにパニクって昨日みたいなこともあるけど、俺の地頭の良さときたらこんなもんよ。

 誰かに自慢したいがギフトの力だけは明かせない。正体を明かせない正義の味方ってのはきっとこんな気分なんだろうと考えてしまう。



 詐欺集団しか襲ってこないから命は狙ってこないだろうと考えた時のようにまたまた単なる思い付きだけなので完璧には程遠い片手落ちの計画なのだが、ラネ(オレ)は学ばない男だった。

 


 さっさとこの壺運びの依頼を終わらせて、あの鏡の輸送をやってやる。120ギルの違約金ならもっと多くの悪党共が襲ってくるだろう。

 そいつら全てを“金剛丹の素”の力でボコって、10ギル払わせて悔しがらせてやるよ。


 

 口角が自然と上がるのを人に見られる度に下げながら歩く俺。さっそく壺を受け取るために行商人の家に向かった。

 今日も行商に出ているオッサンや弟たちは居ないようだ。応対してくれたのは妻と娘の一人。この娘は算術を住み込みで教えていた時に嫁の候補になりかけた女性だ。


 挨拶も早々に壺の状態を確認する俺。

「ねぇ、その箱で運ぶなら、枯草をもっと詰めた方が良いんじゃないかい?」

 行商人の妻がそうアドバイスしてくれる。緩衝材が足りないということか。

「うん、やはりそうだよね。ここにあるかな?」

「あるよ。倉庫の横にこういった品を運ぶのにちょうどいいのがある。」

「母さん、私取ってくるわ。」

 近くに居た娘がそれを聞いて、バタバタを駆けていった。

 娘はすぐに大きな麻袋を抱えて持ってきた。その袋に詰められた弾力性のある枯草を箱に詰めてもらうのを手伝ってもらって壺が割れにくいようにした。


「ありがとう。」

 俺は行商人の妻に約束通りに小金貨1枚を渡す。

「足りないよ。」

「え?」

「枯草のお代、銅貨2枚。」

 無料ではないらしい。さすが町の商人だ、アドバイスしてきっちり商売にする。実にしっかりしている。

 俺は手を出してきたので、銅貨2枚を袋から取り出してそこに載せる。

 すると娘の方も手を出してくる。

「運び賃で1枚。」

 倉庫から持ってきただけなのに金を毟ろうとするとは、さすが商人の娘だ。ちゃっかりしている。


 俺は銅貨ではなく銀貨1枚を娘の手に載せて、

「仮面を売っている店を知らないか?良かったら教えて欲しいんだ。」

と問う。

「仮面って、どんな仮面?」

「顔が隠れて、目のところがちゃんと開いていて見えやすいヤツかな。」

「うちにもあるよね、母さん。」

「ここにも祭りの劇に使う狼とイノシシの仮面があるよ。」

「見せてくれるかな?」


 行商人の妻は、2つの仮面を持ってきた。狼は黒っぽい、イノシシは白っぽいせいか豚にしか見えない。両方とも木彫りの割に艶々している。

 狼の方は口元が隠れない形状で、イノシシは目と鼻と口の部分に穴が開いている。


 狼の方が好みだったが、俺は顔を隠せることを優先してイノシシの仮面を買うことにした。仮面がトレードマークの謎の男を演じるわけではないから顔が隠れれば何でもいいだろう。

「こっちの方にする。いくら?」

「3ギルだよ。」

「え?」

 ボッタクリだと思った。でも、悪意は感じない。

「職人が作るんだよ。そんなもんだよ。」

 娘が援護射撃してくる。


(そっか、そう言われるとそうかもしれない。加工する道具も大したことなさそうだもの。彫るの大変だよね。)

「よし、買うよ。でもモンタニまで行くんだ。パンと干し肉をおまけしてよ。」

「わかったわ。」

 俺は小金貨を3枚渡して荷造りしてから、お礼を述べて行商人の家を離れた。



「算術が得意なだけじゃ、お金持ちになれないんだね。」

「そうね。それにラネは人が良すぎます。」

「あれじゃ、騙されるし商売には向かないよね。残念だね。」

「それよりさっきはよくやりました。あなたは商売に向いてるわ。」

「ふふふ。あの仮面、職人の作だとして売れたと言えば、父さんきっと喜ぶね。」

「ええ。冬にまた彫るでしょうね。」


 遠ざかった俺を確認して小声でしゃべっている母子の会話。

 聴覚が強化されているせいか、周囲の雑音に紛れていても全部俺に聞こえているんだよね。



 カルタポルトを発って休みなしに街道を走る俺。小麦畑を抜け、草原を抜け、森に入った。林道を突き進み、途中で大きなじゅうしゅば2頭に引かれた乗合馬車1台とすれ違っただけであっという間に森を抜けた。


 目の前に広がる草原の先に、カルタポルトより幾分小さな町が見えてきた。高台には城に見える大きな屋敷がある。間違いない。あれがモンタニだ。

 モンタニは低めの城壁に囲まれていて、大きな扉のような門でしか出入りできない構造になっている。そしてその門では入る人を検査している。

 カルタポルトには通行税は無かったがモンタニでは通行税が徴収されるようだ。

 あちらは海に面していて人が出入りし放題だからだろうか。海に面していないここモンタニは門で出入りを管理されていた。

 俺は門番に町に入る目的を聞かれて冒険者ギルドの荷運びの依頼で来たと答えた。ギルドの仕事でも通行税が免除されることはなく、1シルを払って町に入った。


 初めて訪れた町なので届け場所への行き方がわからない。だから屋台の男に串焼きを買った序でに冒険者ギルドの場所を聞き、そこへと急いだ。


 モンタニの冒険者ギルドは扉が開けっ放しになっていて、その奥に座っている受付はまたオッサンだった。

「カルタポルトのギルドね。ここでも登録していけよ。」

「考えておく。」

 俺は登録を保留しておいて、届け先の場所だけ聞くことにした。

 この受付に情報量として通行税と同じ小銀貨1枚を払い、道順を聞いてそこに向かうことにした。


 商店が並んだ通りの外れにその届け先はあった。


 俺は届け先の呼び鈴を鳴らす。

 中に人の気配はするが、出てこないので再度慣らす。

 まだ出てこない。よしもう一度。

 すると、中から靴音がして玄関の扉が開いた。

「もう少し静かにしてくれませんかね。」

 扉から出てきたその男はそう言った。


「カルタポルトからあんたに届け物を運んできた。荷を確認し、受け取りのサインをくれ。」

 一瞬、ギョッとした目をしたのを俺は見逃さなかった。

 俺は気付いていないふりをして背負子から箱を降ろし、箱を開けて中身を見せる。

「箱に矢傷があるが、中身の壺には傷はないだろ?」

「ち、ちょっと待ってくれ、ペンとインクを持ってくる。」

 微かに声が震えていた。

 この男は盗賊とやり合って生き残った冒険者相手におかしな行動はしないだろう。おそらく矢傷の意味も分かっているはずだから。


 俺は木札にサインを貰って依頼を達成した。あとはカルタポルトのギルドで報酬を貰うだけ。

 金を受け取るには一度カルタポルトまで帰らないといけない。この荷運びの仕事を経験して現地で報酬を貰えない依頼は不便だとわかった。

 これは金銭のトラブルを防ぐために斡旋と仲介をしているギルドが町ごとに独立していているせいもあるだろうが、一番の理由は町と町とで情報をやり取りできる通信手段が無いことにあるのだろう。


 モンタニのギルドにもう一度顔を出し、受付の男に自分の依頼が達成したことを告げた。

 証拠が残せないこの世界では証人はたくさん作っておくに限る。

「ご苦労さん。どうだい兄ちゃん、ここでも登録するだろ?」

「やめておくよ。すぐ帰るつもりだから。」

「そうかよ。カルタポルトまでの護衛だって頻繁にあるんだぜ?」

「護衛は苦手なんだ。ははは。」

 笑って誤魔化す俺。

 護衛依頼は受けたことが無いが、苦手ではないだろう。何せ言葉通り、俺は矢も剣も弾く盾になれるのだ。

 問題はここモンタニで暴れる可能性があるという事。ここで登録してしまえば、最近モンタニにやって来た冒険者として怪しまれる。ここで登録した指紋が持ち出されて、偽名を使っていてもカルタポルトのラネの指紋と照合されてしまう。


 モンタニ領主と事を構えようとしている限り、登録する選択肢はない。


 しかし、長兄の情報を調べたい俺は小銀貨を再び1枚出してここモンタニのギルドで長兄が登録しているか聞いてみたが、ここでは長兄の名で登録が無かった。

 やはり長兄が商隊の護衛として向かったとされる王都ランドパリエスに行ってから足跡を探すべきだろう。


 ギルドを出てから武器屋を探して覗いてみたが、あの直刀よりも欲しいと思える剣は無かった。

それから俺は屋台で売っている棒に刺さった大きな腸詰を頬張って、あちこち見て回った。

 

 モンタニの町を歩いていると視界に頻繁に入ってくる領主屋敷。あれを見る度に、壺を受け取った男の震えを思い出す。カルタポルトに戻り、鏡の輸送依頼を受けてモンタニ領主に届けて、受け取る奴らを震えさせてみたいという誘惑に抑えが利かなかった。


 夕焼けの時間だ。そろそろ宿をどうするか考えないといけない。モンタニは俺にとっては敵地みたいなもの。寝込みを襲われないとも限らない。

 俺はナイフを指先に当てて押し、血が出ないことを確認する。まだ“金剛丹の素”の効果が持続しているようだ。

 これなら寝込みを襲われても大丈夫だろうと考えて、安宿で一晩過ごすことにした。


 朝方近くまで隣の部屋から声が聞こえたせいで寝不足だが襲われることはなかった。

 宿で朝食を腹に収めてからパンとチーズを買い込んでカルタポルトへ向けて出発した。


 昨日の道を今度は逆向きに走る。気のせいか昨日よりも走る速度が遅く感じた。

 ひょっとしたら“金剛丹の素”は2、3日で効果が切れるのかもしれない。しかし、新たな盗賊が森で張り込んでいるとは思えないし、大丈夫だと思う。

 何事もなく森を駆け抜けて夕方前にはカルタポルトに到着した。意外と二つの町の間は人の行き来が少ない。遠回りでも旅人向けに安全な別のルートがあるのかもしれない。



 港町が見えた頃はまだ日が傾いてもいなかった。カルタポルトに着いて直ぐにギルドに向かって、俺は達成報酬の10ギルを受け取りに行く。

 依頼達成の証であるサインありの木札を渡して、小金貨10枚を受け取る。その間ずっと俺は受付のオッサンをガン見していた。


 俺はこのオッサンも一味だと考えている。いや、疑っている。

 大体、何年もここで仕事してればどれが詐欺依頼かなんて薄々でも知っているはずなんだ。荒っぽい連中に仕事を斡旋する以上、その手の情報に疎いわけがない。


 しかし、オッサンの表情に変化はないし、怪しいところはなかった。

 目が合った時、オッサンは俺がじっと見ていることに気付いていたが、反応は自然だったと思う。


 もうすぐ夕方だ。今依頼を受けても野宿する破目になるから動けない。壁に掛けてある依頼の木札を見て回る俺は、鏡の輸送の木札が残っていることを確認して、明日にこの依頼を受けに来ることにしてギルドを出た。


 まだ宿に入るには時間があるから武器屋に顔を出す。この悪党から剥ぎ取った剣はいつまでも使う気にはなれないから20ギルのあの直刀を買うのだ。壺運びの報酬で懐は温かい。20ギルくらい即金で払えるのだ。

 店主は居眠りをしていたのか、俺が店に入るとビクっとしてこちらを見た。

 俺はまだ直刀が飾られていることを確認して店主に近づく。

「あの片刃の剣をくれ。」

「ああ、24ギルな。」

 嘘だろ。少しの間に2割もインフレしていた。

「ちょっと待ってくれ、この前は20ギルだった。」

「そうか?でも今は24ギルだ。間違いない。」

 値札がない以上こういうこともあるのが商売の世界だ。この店主はおそらく赤字にならない範囲で適当に値段を決めている。だが、別の日に来ても直刀に執心している俺相手に安くなることは無さそうだ。

 値下げ交渉は前も断られたな。

 さて、どうしたものか。


 今腰に帯びている盗賊ソードで我慢するか。それとも4ギル吹っ掛けられた値で買うか。


「何唸ってんだい?そんなことしても負けられないからな。」


 どうやら悩んで声に出していたようだ。

「ちょっとこの剣を下取りするなら幾らになるか教えてくれないか?」

 俺は剣を腰から外して店主の前の台に置いた。この盗賊ソードの売値が4枚以上なら売った上で直刀を買うことにして、値付けしてもらうことにしたのだ。


「これか。」

 丁寧に鞘から剣身を出してじっくりと剣を見る店主。鞘も確かめる。

 刃こぼれが無いことは剥ぎ取る時に確認したが、無言で店主が剣を調べていると緊張してくる。

「7ギルだな。」

 店主は見終わると、剣を鞘に収めてから大きく一呼吸して、俺の顔を伺う様に見ながら買値を伝えてきた。

「よし売った。それであの剣を買う。差し引きで小金貨16枚だ。」


「おい待て。17枚だろう。」


 引っかかってくれなかった。瞬時に否定してきたから、店主はすでに頭の中で計算してあったようだ。

 俺は苦笑いしてから袋から小金貨17枚を出して、目の前に綺麗に並べた。

 店主の目は笑っていたように思う。俺にはわからないが、おそらく盗賊ソードは7ギル以上の価値があり、売り手としても買い手としても駆け引きに勝ったのだろう。

 しかし、俺としてはこれ以上持っていても気持ちが良いものじゃないからさっさと売っ払うに限る。俺の方も気持ちよくこの取引を終えて、欲しかった直刀を手に入れた。


 俺は足取り軽くあの3人が利用している定宿に戻った。ここで寝泊まりしていれば3人がカルタポルトに戻ってきた時にすれ違いになる事はないからだ。


 無事生還したし、仕事も順調である。たまに贅沢も良いだろう。

 そう考えた俺は夕食でステーキを食べようと追加料金を払った。俺は皿に乗った肉厚のそれが食卓に運ばれた後、焼いてくれた親父さんには悪いがこっそりコショウの粉や粉醤油で味を調整しながら夕食を満喫した。


 腹を満たして寝台に仰向けになった俺は、ここまではほぼ完璧に計画が進んでいることに満足し、気持ちよく意識を手放した。


 次の日。俺は朝からウキウキしていた。新しい愛剣の切れ味を試す時がすぐ目の前にやってきたのだから。

 朝食をいつもより素早く掻き込んでからギルドに行き、あの鏡の輸送依頼を受けようとしたがあの木札はもう無かった。

 受付のオッサンにあの依頼がどうなったか聞くと、期限が来たから取り下げられたそうだ。

 俺が無事に依頼を達成して帰還したことで詐欺依頼がまた達成されることを危ぶんで依頼を引っ込めたのではないか?

 そういう疑念が拭えない。


 納得いかない俺はオッサンをガン見する。いつも通りに応対してくるその男からは真偽はわからない。

 俺と強い視線が合って目を逸らすオッサン。

「あんな違約金が高いのに、何で受けようとするんだ?お前さん、前は断ってただろ。」

 しれっと常識的な言葉を吐くあの口に無理矢理自白剤を突っ込んでやりたくなる。しかしそうもいかないから何ともしようがない。


 依頼が取り下げられたのだから、あの鏡の輸送は諦めるしかない。

 

 あれは諦めるしかないが。


 そもそも領主に届ける鏡の輸送依頼と壺の依頼は全くの無関係だったかもしれない。そうだとしたら、まだモンタニへ荷を運ぶ詐欺依頼が残っていてもおかしくないと考え、俺はモンタニへ運ぶ依頼が無いかを受付に聞いてみたが無いと言われた。


 俺は渋々受付から離れることにした。

「ハァ。」

 背中の後ろから小さな溜息が聞こえた。


(ため息を吐きたいのはこっちだよ。)


 狙った依頼がないのは想定外の事態だ。これから先何をすべきか頭が回らない。とにかく場所を変えよう。ここはむさ苦しい男ばかりで息が詰まる。

 俺はギルドの建物を後にした。


 歩きながら気付いたことだが、通信手段がない世界なので、詐欺依頼の違約金に合わせて盗賊が増員されるわけではない。したがって詐欺依頼であってもあの4人以外に道中で襲ってくるために待ち伏せされることはなかったのだ。


 壺を取りに帰った際にそれに気付いていれば、鏡の輸送も受けて2つの依頼を一回で達成することができたし、せめて昨日のうちに気付いていればまたモンタニに走るだけで10ギルをリスク無しで手にすることができたのだ。


(悔しい。なんだそれ。俺の10ギル誰か返してくれよ。)


 詐欺集団を追い詰める様を思い描いているうちは楽しかったが今はその記憶がとても虚しい。


(何が完璧な計画だよ。考えていたことが穴だらけじゃないか。)

 

 こういう気分の時は人目のつかない所でホットココアでも飲まないとやってられない。


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